魔法道具はじめました

浜柔

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第八一話 何を売ろうか

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「おかしなことになりましたの」
 ニナーレが苦悩していたのは間違いない。だがそれは、雑貨店との別れを惜しんでいたのではなく、魔法の研究が道半ばであるためだ。疑問が有れば直ぐに質問できる相手が近くに居ることは研究する身としては心強い。その環境にある間に実現させたいものが有るのだが、所持金が尽きる前に完成する見込みが無さそうで悩んでしまったのだ。
 今取り組んでいるのはスイッチである。だが、足掛かりすら怪しい。コイルとかトランジスタとか言われてもちんぷんかんぷんなのだ。累造に言わせると、魔法陣には元々概念でしかない部分も多いのでスイッチも概念で描き直せるのではないかとのことだが、実際に動いている魔法陣が有るためにどうしてもそれに引き摺られがちになる。そうなるともう思考が堂々巡りになって抜け出せない。
 累造はと言うと、何やら大掛かりな魔法陣に取り組んでいるようで、相談しても半ば聞き流されてしまう。「それでもどうにか」と尋ねると「思いつかないんですよね」と軽く返されてしまった。その時は若干腹が立ったものの、累造には優先順位の低いものなのだろうし、累造に頼りきりになるのもいけないのだと思い直した。
 それでも、できないものはできないのだった。
 雑貨店の面々と別れるのも寂しくはある。しかし神官という職業柄、多くの別れを目の当たりにしてきた。ニナーレ自身が誕生を言祝ことほぐ祝詞を送った子供へ永遠の別れを告げる祝詞を捧げた時などは一晩泣き明かしたものだった。それと比べると雑貨店を離れるのは大したことではない。会おうと思えば会えるのだし、累造の魔法を使えばいつでも会話ができるのだ。共に食卓を囲むことができなくなる程度の話である。
 だが、ルゼには違ったようだ。自分が帰郷するだけのことであれほど動揺するとは考えもしなかった。自分の存在そのものを望まれれば嬉しい。ルゼの様子を想い出すだけで胸が温かくなる。
 しかしである。ニナーレは商売の「し」の字も判らないのだ。商売をしろと言われても難しい。収入を得るなら神官としての仕事が理想だ。それしかできないだけと言ってしまえばお終いだが、それは脇に置く。とにかく今から商売を覚えるのでは時間が足りない。
 結果、人に頼らなければならない。頼る相手は決まっている。一人しか居ないのだから当然だ。それは、転送装置の片割れを送った先の親友である。
 はたと気付いた。考えてみれば、転送装置を使わなければいけないので、どの道彼女に頼ることになる。彼女に任せれば商品の仕入れに間違いはない。ぐずぐず考えていたのは無駄だった。休むに似たりと言うやつである。
 ため息が出た。

『そんでニナーレが商売すんの? 騙されて泣くんが目に見えるようやね』
「マッカが私を騙すんですの?」
『なしてそうなるん?』
「転送装置を使うからマッカしか商談相手が居ませんの」
『あいたた、これは一本取られたわ』
 彼女の名前はマッカ・モウカリ。ニナーレの親友で商家勤めである。ニナーレに代わって薄い本を調達して貰うことを考慮して、転送装置を託す相手に選んだのだ。そして今回は商品の調達を頼むのである。通貨が異なるため物々交換の形を採り、ニナーレから送るのはカレー粉に決まった。
『ウチは構わへんよ。その分カレー粉が手に入るんやから、むしろ大歓迎や』
「そんなに人気なんですの?」
『もう事ある毎にみんなにせっつかれてしもうてな。せやけどこっちから送るんは「そんなに沢山はいらん」言うやろ? どないしょう思うとったんよ』
「何だか申し訳ないんですの」
『かめへん、かめへん。これからはウチも儲けさせて貰うさかいな』
「ほどほどにお願いしますの」
『あっははは、勿論や。ほどほどが一番やからね』
「それにしても、その変な方言は段々酷くなってますの」
『あいたた。しょうないやん。親方がコッテコテやから移ったんよ』
「方言って移るものなのですね」
『ウチも驚きや。まあ、商品の方は任せとき。直ぐに用意したるさかいな』
「お願いしますの」
『ほなな』
「はい、またですの」
 今回頼んだのは漆器の他に竹串と竹製の小物だ。竹串は累造の希望による。その希望を聞いた時、レザンタに竹製品が無いことを思いだして竹製品を思いついた。竹製品は安価で手に入れやすいし、もしルゼに「売れない」と言われても自分で使えば良い。だから自分で使うのを考慮した小物を選んでいる。

 商品は翌日には届いた。今回は見本だけだったので簡単だったのだ。それをルゼに売れるかどうか判断して貰う。
「これは綺麗だな」
 中でも高級品の漆器の皿にルゼが目を瞠った。厚く塗られた漆の風合いには引き込まれるものがある。
「だけど、これはもう装飾品の域だね。勿体なくて食器に使えないよ」
「私もそう思いますの」
 ニナーレも見たことが無かったような品物である。一枚だけ送られてきたのだが、マッカが何を思ったのかが判らない。代金の大半がこの一枚に消えた。
「だったら、装飾に使おうじゃないか。売り場に飾ればきっと目を引く」
「そんな使い方が有るんですのね」
 商人にだけ通じる阿吽の呼吸があるのかも知れない。ニナーレは若干置いてきぼりである。
「この深くて小さいのはちょっと売りようがないね」
 椀や小鉢だ。この国で使われる皿が平皿と深皿ばかりであるために食器としての用途が無いのだ。
「深くても大きいのなら売れなくもないね。サラダボールに使えそうだ」
 どんぶりだ。
「だけど、売れ筋になりそうなのはやっぱり深皿だね」
 鉢だ。ニナーレでもこれは予想できた。
 安価なものであれば地の木目が見えるほどに漆が薄い。それでもただの木製の食器に比べると風合いが段違いに良い。これを売れなくてどうすると言った感じの顔をルゼはしている。傍目からもやる気に満ちていて、ニナーレは若干引いてしまった。
「それよりこの『竹』だっけ? この籠や笊がいい。しなやかで丈夫なのに安いとなれば言うこと無しだ」
「それを聞いて安心しましたの」
 ルゼに竹製品のお墨付きを貰ってニナーレは少し自信を持った。そして、竹製品と鉢を中心に売ろうと言うことで纏まった。

 その日の夕食は累造作のタレの掛かった鶏肉の鉄板焼きである。それはそれで美味しく、ルゼもニナーレも満足だったが、累造は溜め息を吐き、チーナはそんな累造を生暖かく見ていた。ルゼとニナーレはそんな二人を見て疑問符を浮かべるばかりだった。

  ◆

 累造は竹串を手に意気揚々と調理を始めた。チーナの手を借りつつ鳥を捌いて串に鶏肉を挿していく。鳥を捌く殆どをチーナがやったのは内緒だ。タレを作り、いざ焼こうとしたところで漸く気が付いた。竈は大きな丸い穴が空いているだけなのだ。串など引っ掛けようがない。鉄板を隙間が出来るように置き、そこに串を置いてみると、今度は熱くて串を摘めない。串が鉄板や竈の縁から外に出ないために摘みようがないのである。それならばとトングで掴んで焼こうとしてみたら、串が燃えた。結果、串一本分の鶏肉も犠牲になってしまった。
 その時、くぐもった声が聞こえたのでチーナを振り返れば、顔を背けて肩を振るわせていた。
「鉄板で焼くことにします」
「そ、そうですねっ。それが良いですねっ。ぷぷっ」
 鉄板で焼くのであれば串に意味は無い。見た目だけである。悔し紛れに串を全部抜いてしまった。
「ぷぷっ」
 チーナの肩の震えは暫く止まらなかった。
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