魔法道具はじめました

浜柔

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第八三話 雪見おでん

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 雪は夜の間に止み、朝には抜けるような青空が広がっていた。中庭には真っ新な雪が積もっている。こうなると足跡を付けたくなるのが人のさがと言うものだ。ルゼは朝風呂を浴びようとした足を止め、中庭へと足を踏み出した。
 キュッ、キュッ、と雪を踏みしめる度に足跡が一つ、また一つと増えていく。それは、純粋なものを穢すような背徳感にも似た感動を呼び起こす。その一方で瞬く間に足が冷たくなり、感覚が失われていく。感動に浸れる時間は長くない。
 だが、ルゼとて無目的に足を踏み出したのではない。以前厩だった物置に入ると、シャベルを手に取る。そして、そのまま表の通りへと向かう。店の前の雪掻きをするのである。
 通りに積もった雪は流石に真っ新とはいかず、幾つかの足跡が延びている。だが、足跡は有っても今現在において人通りは無い。左右を見回しても雪掻きをする人が数人見えるだけだ。
 静寂を感じる。まるで音の無い世界に紛れ込んだようだ。それは勿論錯覚で、何処かで雪掻きをする音がずっと聞こえている。それにも関わらず静けさを感じるのだ。
 暫しの間その不思議な感覚に身を委ねた後、雪掻きを始めた。雪掻きと言っても扉の前の雪を避けるだけに等しい。雪を捨てようにも馬車が走れない状態では町の外に運び出せない。通りの除雪が進むのを待つのみである。
「おはようございます、姐さん」
「おはよう。今日は早いね」
「雪掻きが必要だと思ったんでやすが、姐さんがやってらしたんですね」
「ああ、年に一度くらいは雪掻きも楽しいもんだよ」
「そうでやすか……」
 一汗掻いてむしろ爽快な気分なままに返事をすれば、ショウは何やら疲れたような表情だ。どうしたのか尋ねてみれば、今朝、既に自宅前の雪掻きをした後だと言う。
「それはともかく、あっしが代わりやす」
「ここはあたしがやるよ。もう直ぐ終わるからね」
「しかし……」
「いいんだよ。今日はショウも仕入れには行けないだろ? ショウが店に居るんだから、あたしはこの後ゆっくり休ませて貰うよ」
「そうでやすか。それじゃ、お願いしやす」
「おー」

 言葉通りに間もなく雪掻きは終わった。直ぐに入浴したかったが、胃は空腹を訴えているし、チーナも片付けができずに困ってしまうだろう。冷えた足を温水で温め、濡れたズボンを履き替えるだけでルゼは食堂へと赴いた。
「会長、早く席に着いてくださいね。スープが冷めてしまいます」
「あ、ああ」
 チーナに促されるままに席に着くと、食卓にはスープが四つ、湯気を立てていた。ルゼが現れるのを待ち構えていたかのようだ。
「待っていてくれたのか?」
「会長がお風呂から戻って来ないので様子を見に行ったら、中庭に足跡が有りましたからね。何をしていたか判ります。累造君は起こすのを遅らせればいいだけですし、ニナーレにはパンだけで我慢して貰いました」
「チーナ! それは言わない約束ですの!」
「そうでしたっけ?」
 我慢の利かない子のように見られるのが恥ずかしいのかニナーレは真っ赤になっている。そんなニナーレの抗議をとぼけて流すチーナの様子に吹き出しそうになりながら見てみれば、なるほどニナーレはパンを皿に取っていない。既に満腹に近いのだろう。
「そうか、ありがとう」
 心遣いが嬉しい。目頭が熱くなった。
「会長はもう、何を泣いてるんですか」
「え?」
 頬を手で撫でてみれば、確かに濡れている。些細なことに涙もろくなってしまったようだ。
「わ、悪い」
 ゴシゴシと手で涙を拭いてから、ニカッと笑った。

 朝食後は入浴である。折角広い風呂なのだから誰かと一緒に入りたくもある。チーナを誘ってみれば、仕事が有るからとやんわりと断られた。ニナーレを誘ってみれば、自分の胸を押さえて何かを見比べるような仕草をした後、哀しげな顔で断ってきた。それならばと、累造を誘おうとしたらチーナに全力で止められた。他に一緒に入りたいと思う相手はケメンの母チャコラであるが、忙しい筈の相手をここに呼び寄せるなんて論外だろう。
 誰かと一緒に入ることが叶わなくても、風呂が気持ち良いことに変わりはない。ずっと入っていたいくらいだ。だが、長く入りすぎると身体がふやけてしまう。ふやけた指先の感覚は気持ちの良いものではないので、そうなってしまう頃が上がる潮時である。

 風呂の後片付けが終わると昼時で、昼食を摂ったまでは良かったが、その後途端に手持ちぶさたになってしまった。ついつい店の様子を見に行ってしまう。
「あれ? 姐さん。何かご用でやすか?」
「ちょっと様子を見に来ただけだよ。お客は居ないね」
「見ての通りでやす。雪が片付かないと殆ど来ないでやしょう」
「そうだね」
 客が居なければ何もすることが無い。早々に食堂へと引き上げた。
「会長、お暇ですか?」
「ああ」
 食堂について早々ルゼはチーナに呼び止められた。
「それじゃ、これを擂るのを手伝って頂けますか?」
「何だい? これは」
「魚の身です。累造君がおでんとか言うものを作るって言い出しまして、その具を作るんです」
「よく判らないけど、判った。それで、どの程度擂れば良いんだい?」
「粘りが出るまでです」
「粘り? まあ、やってみるよ」
 ルゼはチーナから擂り鉢と擂り粉木を受け取ると、ごーりごーりと擂り始める。着地点の見えない作業は少々不安を伴うが、辛抱して擂っている内に次第に粘りが出てきた。なおも擂り続けて粘りが強くなり、腕も怠くなってくれば「もう、いいかなー」と言う気分になる。ならばチーナにお伺いを立てるのみである。
 台所に行くと、チーナは何やら揚げ物をしている。その横ではニナーレが袋のようなものに野菜を詰め込んでいる。
「チーナ、このくらいでいいか?」
 擂り粉木で擂り身を持ち上げつつ尋ねた。
「とってもいい感じです!」
 ポンと手を叩いてチーナが賞賛する。
「それじゃ、それを半分にして、片方にあっちの人参と玉葱のみじん切りを混ぜて、それぞれ掌の半分くらいの大きさに丸めて頂けますか?」
「まだ続きが有ったのか」
「はい。でも丸めたら会長に頼む分は終わりですよ」
「判った」
 魚を擂って少々腕が怠くなってしまっているが、もう一頑張りと擂り身を丸めた。丸めた擂り身はチーナが油で揚げる。
 その様子を腕を解しながら暫く見た後、改めて周りを見回した。そこに有るのは見慣れない白い野菜や黒いぷよぷよした物体、擂り身を焼いたらしいもの、茹でて殻を剥いた卵等が有る。随分と大掛かりな料理のようだ。
「累造はどうしたんだ?」
 言い出しっぺの筈の累造が台所に居ないのだ。
「累造君にはちょっとした演出をして貰ってます」
「演出?」
「見てのお楽しみですよ。多分何も知らない方が楽しいですから、会長にはまだ内緒です」
「むぅ」
 一人だけ知らないのは何となく面白くないが、意地悪で隠されているのではないから文句も言えない。
「そんなに拗ねないでください。夕食の時間には判りますから」
「ええ!? 顔に出てたか?」
「はい、それはもう。最近の会長は考えていることが顔によく出てます」
「そうなのか……」
「だけど、今の方が以前より素敵ですよ」
「ば、馬鹿! 年上をからかうんじゃないよ!」
 抗議はしたものの、耳まで真っ赤になっているのが自分でも判るくらいだから、恐らく迫力は無い。現にチーナは微笑ましげに視線を向けてくるだけだ。
 そのチーナは予め鶏肉を似ていただろう大鍋に醤油などで味付けをして食材を入れる。食材は一度に入れるのではなく少し時間差を置いている。全ての材料を投入し終わって一煮立ちしたら、火加減を調節して煮るだけだと言う。
 チーナの手際は見事なもので、食材を入れる合間に後片付けも進めており、鍋が一煮立ちする頃には調理道具の後片付けが全て終わっていた。
 食堂でお茶を飲みつつ取り留めもない会話をしていると直ぐに日暮れ時となった。チーナが飯を炊きに台所へと向かう。
 チーナと入れ替わるように累造が長い棒に巻き付けた紙を携えて食堂へと現れた。いつからそこに置いてあったのか、壁に立て掛けられている棒二本に引っ掛けるようにしてその紙を広げる。紙の両端にはそれぞれ棒が取り付けられている。一方が引っ掛ける為のもので、もう一方が紙を伸ばすための重りらしい。それを二張り張り終わると、また何処かへと向かった。
 累造が張った紙には魔法陣が描かれている。何をするものなのか予想しようとして止めた。下手に予想しない方がきっと楽しい。
 累造が再度食堂に現れた頃には飯も炊けていてチーナが配膳をしている。大鍋で煮られていたおでんも取り分けられて目の前に置かれると、食欲をそそる匂いが鼻腔をくすぐる。
「それじゃ、まずお料理を楽しみましょう」
 チーナの言葉に従っておでんに手を伸ばす。
「美味い! 特にこの魚の擂り身を丸めたやつが」
「私はこの揚げたお豆腐が美味しいです」
「一番は巾着ですの」
 それぞれ自分の手を掛けた具が一番だと言う。
「くくっ」
「ふふっ」
「あはは」
 三人が顔を見合わせるようにしながら小さく笑う。
「それじゃ、こっち動かしますよ」
 会話に加わっていなかった累造は魔法陣の傍に行っていた。累造が魔法陣を起動すると、それは風景を映し出す。映し出されたのは雑貨店の中庭と、中庭から見える屋根の景色だった。
「綺麗なもんだね」
 それ以上言葉を続けなかった。言葉にしてしまうと感動が陳腐化してしまうような気がしたのだ。
 屋根に残る雪が月明かりに青く光って幻想的な光景を醸しだし、中庭に残る雪は魔法の光に照らされてキラキラときらめいている。累造がガラス窓を通して中庭を照らすように魔法陣を設置していたのだ。
 チーナの言ったことは本当だった。何をするのか知らなかった分、感動も一入だ。飽きること無くその光景を見続けた。

 雪の降った翌日の何のことはない一日、それはルゼの生涯忘れ得ない思い出の一ページ。
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