魔法道具はじめました

浜柔

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第七話 思考の螺旋

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 グリグリ、ガシュッガシュッ。板を彫る音が響く。
 彫刻刀を貰い、板と鉛筆も貰って自室に戻った累造は、板に鉛筆で下書きして彫刻刀で彫り始めたのだが、なかなかに手強かった。
 板も安くはないのでそうそう失敗もできない。しかし、慎重に彫ろうとすればするほど、手が震える感じがして失敗しそうになる。だからと言って大胆に彫っていくと失敗が必至だ。時には大胆に、時には繊細に彫るのが求められるが、中学校で木版画を彫った経験しか無い累造には、その加減がさっぱり分からない。
 板切れに釘で彫った線の中には木がふやけた事で消えかかっている部分すら有り、今日使えなくなってもおかしくはない。元々間に合わせで彫ったものだから、そんなものだと言ってしまえばそれまでだ。だが、今はその板切れが最も重要な品物である。
 だから彫らねばならない。釘で彫ったものより小さい魔法陣を、より深くはっきりした線で彫らねばならない。

 ふと、もっと彫りやすいものがあったらとの考えが過ぎる。もっと彫りやすいとなると、粘土みたいなものか。しかし彫りやすくても潰れやすければ意味がない。粘土が乾いたならまた話は別だ。
 そこまで考えて、粘土を焼けば陶器になるのではと気が付いた。陶器にしてしまえば消える事もなく火や水にも強い。絵付けの形で模様を描けば、彫るまでもないかも知れない。陶器で魔法陣を作れれば実に都合が良い。
 だがそこには大きな問題が有る。如何に焼くかである。陶器職人に依頼するにしてもお金が掛かる。自力で焼くなら窯から必要なのでもっとお金が掛かり、窯を設置する場所も必要になる。ルゼの店の資金繰りが危ない事を聞いてしまった今となっては、それらをルゼに無心するのは論外だ。
 それに、今はまだ魔法陣の事を世間に知られないようにしたい。ルゼのためにも、少なくとも水の売上が安定するまでは隠匿するべきだろう。
 結局、陶器は今後の課題にしかならなかった。
 一方でコンロには粘土を使うのが最適だろうとの考えは纏まった。鋳物の方が良いが、お金が掛かるので、今後の課題だ。

「今は木だ」
 思考が一周して木を彫ると言う結論に達したところで「なぜ彫っているのか」と言う根本的な疑問が頭を過ぎる。それは魔法を使った時に線が消えないためだ。インク等で描いた線であれば、水で滲んで線が消えてしまうかも知れないし、火で焦げて駄目になるかも知れない。だから水や火を扱う魔法には鉛筆で線を引くだけと言った方法は使えない。
 他方、可視光を扱う分には特に消える要因は見あたらない。照明用であれば線を引くだけで大丈夫だろう。これは木の板に線を描いて試してみなければいけない。線を引くだけなら簡単なので直ぐにでも試せる。
 その照明だとて、どこででも試せるものではない。失敗すれば魔法陣を描いた板が燃えるかも知れないし、周りの何かを破壊するかも知れない。そんな事にならないように魔法陣の動作試験は草原かどこかで行わなければならない。ところが川の向こうの草原までは遠い。最悪泊まりがけの覚悟も必要だろう。どうせなら粘土の有る場所なら都合が良い。
 出掛けるのに準備が必要な程であったら、水の方を手当てしてからにしなければ落ち着いて実験ができない。
「やっぱり今は木だ」
 更に思考に耽る。照明で連想される素材はガラス。照明の魔法陣を描いたガラスから光が迸れば綺麗だろう。ルゼの笑顔には負けるかも知れないが、と想像した。
 しかし、ガラスに線を描くには塗料が問題だ。彫るのはヤスリで根気よく削るしかない。現実的には鋳型に流し込む事だが、陶器の場合同様の問題がある。
「結局今は木を彫るしかない」
 累造が幾ら考えても今できる事は限られていて、今後の課題が増える一方だった。

 時折ぶつぶつと何やら呟きながらであったが、ひたすら木を彫る累造の姿にルゼは驚いた。ここまで集中して作業をするとは予想もしていなかった。
 声を掛けても気付かない累造を暫く見ていたが、一向に手が止まらない。道具を使い慣れないのか手つきはぎこちないが、徐々に完成へと向かっているのが判る。
 累造を一見すれば、体力も腕力も無さそうなのが判るし、覇気も感じられない。逢った日に殆ど警戒しなかったのも、腕力で勝てるだろうと見計らったのも一因だ。初見で気に入ってしまった相手だとしても、組み伏せられてしまいかねない相手を前にしては無防備になどなれない。
 そしてそれ程までにひ弱に見える累造に労働意欲が有るとも思えなかった。この町の者ならとっくに働いている年齢であり、働いているならもっと逞しい筈だ。累造が労働する必要のない生活を続けていたのだろうと考えた。そんな累造に何か仕事をさせ、下手に臍を曲げられても困るし、使い物になるとも思えない。それならば、宥め賺《すか》して調子に乗らせてでも、水だけは十分に供給して貰う方が有意義である。
 だから、店を手伝えないと言いだした時には、累造の扱いを悩む必要が無くなったくらいに考えていた。
 だが、累造は今、正に取り憑かれたように木を彫っている。覗き込んでみれば、彫っている図形は水を出す板切れと同じだ。自分との契約を守ろうとしている。嬉しい誤算だ。
 そして、累造を侮りすぎていた事を内心で詫びた。

「店長、ここにいらしたんですか。昼食の用意ができてますよ」
「ああ」
「随分と熱心にやっているようですね」
 累造を呼びにやって来たチーナが部屋の中を覗き込んで言った。
「話しかける隙もないよ」
 ルゼは肩を竦めてみせる。
「だけど店長はなんだか嬉しそうです」
「そう見えるかい?」
 ルゼはニカッと笑った。
 それに釣られるようにチーナも優しく微笑むのだった。

 そうしてルゼとチーナが少し話をしていると、累造が顔を上げた。
「あれ? 二人ともどうしたんですか?」
「お昼の用意ができたから呼びに来たんです」
「あ、はい。直ぐ行きます」
 累造は彫刻刀と彫り上がった板を片付け、削り滓を軽く掃除すると食堂へ向かった。

 昼食は堅パンと干し肉のスープだ。売れ残って古くなった食品類はこうしてルゼとチーナの胃袋で処分されていた。これからは、累造もその処分要員に加わる事になる。
「美味い!」
 ルゼがスープを飲んで声を上げた。
「ほんとに美味しいです!」
 チーナも声の大きさは負けてない。
「今まで飲んでたスープが泥水だったみたいな気分で、嬉しいやら悲しいやら判らないね」
「ほんとに水だけでこうも違うんですね」
 ルゼとチーナは嬉しそうに食事を進める。
 累造はと言えば、以前の味を知らないので話に付いていけず、ただ黙々と食するのみだった。

 食事が終わったところで累造が口を開く。
「近くに一昨日野営した所と似た場所はありませんか?」
「何にしそんな所へ?」
「魔法の実験です。描いた魔法陣をいきなり使うのはやはり危ないので、誰も居ない所で試そうと思いまして」
 ルゼは考え込むように腕を組んだ。
「それもそうだね。判った、北の門から出て真っ直ぐ行けば今からでも夕方には帰ってこれるだろう。あたしが付いてってやるよ」
 うんうんと頷きながらルゼは言った。だが、待ったが掛かった。
「店長は駄目です。店長の仕事はまだ残ったままになってます」
「えー」
 ルゼは嫌そうな顔をするが、チーナにじっと睨まれると降参した。
「判ったよ、代わりにチーナが案内してやってくれ」
「かしこまりました」
 チーナはにっこりと笑った。
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