魔法道具はじめました

浜柔

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第八話 北の草原にて

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 板、彫刻刀、鉛筆、襤褸布、それに転移の時に羽織っていたシーツを背負って、いざ北へ。
「あの、そのシーツは一体何のために?」
 チーナは累造の背負い袋から覗くシーツに首を傾げた。
「これは、魔法の実験に大切なものです」
 累造はきっぱりと答えるが、チーナにはその用途が全く想像できなかった。この段階で用途を察する事ができる者など、累造の妹のりいな位のものである。

 レザンタの町は北の門から外に出ると、近場には畑が広がり、左手遠くには山や森が見え、右手遠くには草原が広がっている。
 町を出て三〇分も歩くと畑は途切れ、その先の街道の周囲は草原となっている。
「こっちは随分と畑が少ないんですね」
 累造はレザンタへの道中で見た南側の畑の広さと比べると、北側の畑の狭さに驚いた。
「こちらは川がありませんからね。雨が降らないとレザンタから水を運ぶ事になるので、あまり遠くまでは畑にできません」
 チーナの説明に累造は「なるほど」と頷くだけだった。
 理由はともかく、歩く距離が短くて済むのは有り難い。この程度の距離なら魔法陣の動作試験もし易い。
 そのまま更に三〇分程度歩いた辺りで草原に分け入り、動作試験に相応しい場所を探して試験の準備に取り掛かった。

 累造は背負い袋を降ろして板とシーツを取り出し、おもむろにシーツをマントのように羽織った。
 そしてその他の必要なものを出し終えると、軽く足を開いて胸を張って立ち、バサッとシーツを翻す。
「ふはははははははっ! 今こそ新たなる魔法を発動する時が来た!」
「ええ!? 累造君!?」
 累造の突然の奇行に、チーナは面食らった。
「ほほう、チーナ殿は期待に胸を踊らせている様子」
「違うよ!?」
 無意識に胸を押さえて抗議した。
「隠さなくとも良いではないか。胸を躍らせるのは我も同じ。共に感動の時を迎えようぞ!」
「なんだか累造君が変だーっ!」
 チーナは頭を両手で押さえながら、ぶんぶんと振った。
「むむ、どことなく我が妹を彷彿とさせるその返し! チーナ殿はただ者ではないな!」
「普通よ? 普通!」
「謙遜めさるな。自ら普通と言う者ほど、他者と一線を画するものよ」
「もう、さっさと実験しなさい!」
 頬を膨らませて抗議した。
「むむ、仕方がない。始めるとしよう。まずは、我が手ずから彫り上げた新たな水の魔法陣ぞ!」
「前置きが長いから!」
 チーナの突っ込みに累造は若干冷や汗を垂らしつつ、水の魔法陣を構えて言葉を紡ぐ。
『出でよ、水っ』
 どばーっと水が噴き出した。以前と違って、ごく普通の日本語だったが結果は同じだ。前の板切れより魔法陣が小さい分だけ水量も少ない。水量が少なくなった事で扱いも容易になるだろう。累造が噴き出している水を手で掬って飲んでみると間違いなく真水だ。問題なく成功である。
「累造君? 今の言葉違ってない?」
 チーナは累造が唱えた言葉が今朝とは違う事に疑問を持った。
「チーナ殿は気付かれたか。そう、唱える言葉そのものには全く意味は無かったのだ」
 うんうんと累造は頷く。
「ええ!? じゃ、今のはともかくとして、前のどこか馬鹿にされたような気分になる言葉に意味は無かったの!?」
 言葉は分からなくてもその適当さが伝わっていた事に累造は身震いした。だが、ここはさも当然とばかりの態度で誤魔化す。
「うむ、その通りである! ふはははははっ!」
「はぁ、もう、いいわ。なんだか疲れちゃった。次に行っちゃって」
 チーナは眉間に皺を寄せ、中指の先を額に当てて累造に先を促した。
 累造はぞんざいに扱われてしまった事に若干落ち込みつつも、次の作業に入る。
「次は、新作の魔法陣である! これぞ光を呼ぶもの。夜を明るく照らすものなり!」
「いちいち仰々しいから!」
 チーナの突っ込みが徐々に厳しさを増す事に、累造は冷や汗を垂らした。
 照明の魔法陣を鉛筆で描いた板を地面に立て、電灯のスイッチのイメージで描いた図形の部分に指を当てて言葉を唱える。
『出でよ、光っ』
 光は出た。草などの影になっている場所が仄かに明るくなった事でそれが判った。だが、色が判らない。
 そこで累造が羽織っているシーツに光を向けると、青緑に光っていた。
「凄い! 光ってる!」
 チーナは感動の声を上げるが、累造は少し渋い顔をする。
「どうしたの? 成功じゃないの?」
「これでは九割でしかない! 完璧を求める我には失敗に等しいのだ!」
「ええーっ?」
 チーナは訳が分からないと言う顔をして声を上げたが、累造としては少々深刻だ。
 累造は最初の試験では黄色の光を出すつもりだった。ところが、出たのは緑で、思惑から外れている。
 累造の魔法は無から有を生み出すものではない。何かを出すには必ず元となるものが有る。今し方実験した光の魔法陣の場合には地球の自転軸の延長上の宇宙空間からフィルターを通して太陽光の必要な部分だけを転送する。
 照明を作ろうとするなら、このフィルターが肝要である。ずれが有ると熱線や放射線になって致命的な事になりかねない。
 そのため、今回は可視光の一部を更に絞った形で最初の実験をした。それで選択した色が可視光のほぼ真ん中になる黄色である。だが、結果は致命的なずれではなかったのが幸運なだけだった。
 チーナが首を傾げつつ見守る中で累造は魔法陣を睨む。睨みながらフィルターについて考える。光のスペクトルのある部分より短い波長を全てカットし、ある部分より長い波長を全てカットするのがフィルターだ。そこで気付いた。スペクトルと言うアナログ的なものでイメージしたために、フィルターを描く位置のずれがそのまま通す光のずれになっている。だがその一方で、累造が光として認識している可視光、赤外線、紫外線以外はフィルターを記述するまでもなくカットされていた。
『そうなると、基本はこのままでフィルターだけデジタル的に……』
 無意識に日本語で呟きつつ累造は考える。
 チーナはその言葉の意味が分からないので、累造が何を考えているのかいよいよ判らず、ただ待っている。待つ時間は退屈だ。暫くしたら完全に待ちくたびれた。
 そのまま暫く時が過ぎた後、累造は魔法陣を書き換え始めた。まずは襤褸布を濡らし、フィルターの部分を洗い流すようにして鉛筆の線を消す。綺麗に消えないのが不満だが仕方がない。その後で図形を描き込んでいく。記憶を辿って引っ張り出した六〇〇ナノメートルの波長を通すものだ。
 そして、描き上がったら直ぐに実験へと取り掛かった。

「待たせたな、チーナ殿。これより実験を再開する」
「はいはい」
「むむ、なんとも気のない返事であるな」
「なんの説明も無いんだもん。おねーさんは退屈」
 少しむくれた子供っぽい口調で文句が返った。
「むむ、それはすまぬ。だが、説明すると長くなるのだ」
「なら、いーです。さっさとやっちゃってください」
 チーナのご機嫌は直りそうにない。だからと言って、チーナのご機嫌取りをしている場合でもないので実験に取り掛かる。
『出でよ、光っ』
 橙色の光が出た。成功である。
 それから累造は波長を少しずつ変えながら実験して赤から紫の波長を割り出し、最後に綺麗な板を使って赤から紫の範囲で光を通すフィルターにした魔法陣を描き上げた。
「ふはははははははっ! ついに完成した! これさえあれば夜の闇を恐れることはもはや無い!」
「え? 累造君は夜が怖いの?」
「いや、そう言う事じゃなくて、言葉の綾と言うもので……」
「もう、日が陰ってきてるんだから、早くして!」
「うむ」
 チーナのご機嫌は退屈も手伝って斜めなままだ。
 チーナは累造が同じ事を繰り返しているだけなので飽き飽きしてしまっていた。ここに来る前はもう少し楽しいのを期待したが、ただ退屈なだけだった。
 そんなチーナに、累造は逆らわない事にした。
「では参ろう」
 累造は板を手に持って言葉を紡ぐ。
『出でよ、光っ』
 目映い白色光が迸った。
「わっ!」
 チーナが顎の下で掌を合わせ、驚きの声を上げた。
「ふはははははははっ! 今、正に新たな時代の始まりである!」
 累造の哄笑が響き渡る。

 実験を終え、荷物を背負い袋に纏め終えた所で、チーナが累造の前に仁王立ちした。
「ところで累造君? 今日の貴方の言動は何? おねーさんに失礼だと思わなかったの? おねーさんはもうぷんぷんよ!」
 チーナはずっと退屈していた事からくる不機嫌も手伝って、累造の中二病的言動が我慢できなくなっていたのだ。
「すいませんでした!」
 累造は平謝りだった。
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