魔法道具はじめました

浜柔

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第二〇話 新しい服

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「累造。累造、そろそろ起きな」
 累造は遠くに自分を起こす声を聞いた。まだ殆ど夢の中に居る。
「累造、起きないとおはようのチューをしちゃうぞ?」
 累造は頬を撫でられているような感触に気付いた。カッと目を見開く。
「ルゼさん、この起こし方は勘弁してください」
「えーっ」
 拗ねたように口を尖らせるルゼを横目に、累造は懊悩する。前回までは最悪流されたとしてもその時はその時だった。しかし、ショウの話を聞いた今となっては流される訳にいかない。手を出すのはルゼの一生を受け入れるに等しいのだ。そうしなければ怖い人になってしまうだろう人物が控えている。
 しかし今はまだ誰かの一生を受け入れるような覚悟など無い。それ以前にりいなや両親の事も気に掛かる。家族からは自分が忽然と消えたようにしか見えない筈なのだ。
 ところが、それらの事が逆に刹那的な情動を掻き立てたりもする。
 早い話、辛抱堪らんくなりそうになるのを押し止めるのが辛いのだ。直球ど真ん中ストライクのルゼに身体的接触をされてしまっては、色々なものが鎌首をもたげてしまう。これはある意味で拷問かも知れない、などと考えてしまっても致し方ないのである。
 一方のルゼはと言えば、累造の懊悩に気付くこともなく、累造のベッドに腰を掛けて口を尖らせつつ頭を左右に傾げていたりする。
「店長。店長がそこに居ると累造君が起きられませんから、食堂に行ってください」
「えーっ」
「さあさあ、早く早く」
 いつの間にか現れていたチーナが、不平を漏らすルゼの背中を押して連れ出した。
「累造君、ごゆっくり」
「な、何をですか!?」
 胡乱な台詞を残したチーナに、累造は顔を真っ赤にして叫んだ。

 朝食は全粒パンとインゲン豆のスープ。累造はこの世界に来て以来、いつもの味になってしまっていて飽きていた筈だったが、今朝は大変美味に感じた。何故なら、一昨日の晩から昨晩まで四食続けてお粥だったのだ。お粥というものは一食だけならともかく、何食も続くと辛い。塩味だけなので尚更である。
 せめて漬け物でも有れば良かったのに、と考えたところで一つの可能性に思い至った。糠漬けである。キュウリやナスの糠漬けはきっと美味しい。思い立ったが吉日とばかりに始めたかったが、石臼を一人で持ち上げるのは無理がある。次の休日を待たねばならない。

 累造としては日本の味を幾つかは再現したい。天ぷらやから揚げ、お好み焼きもどきの他、炒飯もできるだろう。醤油やウスターソースが無いために味付けはどれも塩胡椒だけで、お好み焼きに至っては「もどき」にしかならないが、こればっかりは致し方ない。
 ある程度の妥協をすれば直ぐに料理できるかと言うとそうでもない。最大の問題は竈だ。扱い方が分からない。石炭なぞ生まれてこの方燃やした経験が無い。憶えれば済む話だと言えばそれまでだが、そのための時間が有るのなら慣れ親しんだガスコンロに近いものを早く作りたい。
 そんな考えの下、累造はコンロの構想を練る。
 材料は、火を扱うために粘土と決めている。設置場所は竈の中。石炭の代わりに入れる事になる。
 問題は火力の調節だ。ガスコンロのつまみを回すようにはいかない。それでもスイッチを応用してボリュームを設ける事は可能だろう。だが、頻繁に擦る事になるので、粘土を固めたものだと破損しやすい。破損しないようにするには鉄板での補強するか、擦らないようにするかだ。擦らないためには、魔法陣を二重構造にして内側と外側を別個に動作できるようにし、弱火、中火、強火の三段階の調整で妥協する事だろう。ただ、二重構造は魔法陣の一部にどうしても隙間ができるため、火力にむらができやすい。
 最終的にはボリュームを設ける方式が望ましいが、鉄板は鍛冶屋に発注する必要が有って高価になる。今の時点ではそれだけの資金が無いので試作止まりである。
 いずれにしても、両方式の試作をしてみなければ話が進まないため、まずは試作をする事にした。
 試作するにもまた準備が必要だ。粘土を整形するための木枠の用意と、何より粘土の用意である。更に、光の魔法陣を利用してのボリュームの試作。
 一朝一夕にはいかないものだと溜め息を吐きたくなったが、単純に水や光を出す方が例外的に簡単だったのだと思い直した。

「累造、服が仕立て上がったぞ。早速着てみてくれ」
 ルゼが満面の笑顔で服を携え累造の部屋へと訪れた。
 その服の色を見て、累造の眉毛がピクンと動く。累造は恐る恐る尋ねる。
「今直ぐですか?」
「ああ、今直ぐだ」
 ルゼの笑顔は崩れない。
「はあ……」
 累造は諦念して服を受け取り、ベッドの上にシャツを広げてみて顔を引き攣らせた。
 シャツは、真っ赤なもの、在り合わせの糸を寄せ集めたかのように違う色がまちまちな幅で積み重なったもの、前は黄色地に黒のチェック柄で後ろは目に優しくないピンクの前後色柄違いのものの三枚である。
 累造の許容範囲はせいぜい真っ赤なものまでだった。誰が作ったのか生地自体が前衛的なものにはもう手を出しづらい。この生地をルゼが選んだ時の仕立て屋の満面の笑みを思い出してしまう。きっと不良在庫だったのだ。前後で色柄の違うものは生地を決めかねたルゼが「いっそ両方使っちまおう」などと言い出した結果の前衛的な一品である。このシャツは封印したいとしみじみと思った。
「やっぱり、これが良いなっ」
 累造の思いとは裏腹に、ルゼが手に取って差し出したのは前後が色違いの一品である。
「ささ、これを着て見せてくれ」
 良い笑顔でルゼに言われると、なかなかに断り辛い。累造は冷や汗を垂らしながらシャツを受け取った。諦めて着替えるべくシャツのボタンに手を掛けた所で、手を止める。
「ん? どうした? 早く着て見せてくれ」
 ルゼがじっと見ている。
「あの、ルゼさん? 着替えたいんですけど」
「ああ、早くしてくれ」
「あの、そこに居られると着替えにくいんですが」
「ん? あたしの事は気にしないでくれ」
「俺が気にするんです!」
「えーっ、見ていたいのにーっ」
 ルゼが口を尖らせて不平を漏らす。
「頼むから部屋の外で待っていてください!」
 睨むようにルゼをジッと見た。
「ちぇーっ」
 渋々といった風情でルゼが部屋の外に出たところで、累造は安堵の息を吐いた。

「ふふー、やっぱり良いじゃないか、よく似合ってるよ」
 着替えた累造の姿を見たルゼは満面の笑顔だ。
「そうですか……」
 一方の累造は変なコスプレでもしている気分である。中二病が健在と言えど、闇に潜む魔法使いと言う方向性であるため、派手なものを好まない。マント代わりがシーツだったのも、カーテンでは派手すぎて方向性に合わなかったからだ。
「ささ、みんなに見せに行こう」
「ええ!?」
 ルゼが累造の肩を抱いて有無を言わせずに店へと連れて行く。
 累造としては待って欲しい。時折「ルゼの胸の感触が気持ちいい」とか思ったりもしたが、前衛的なシャツで人前に出る羞恥心の方が上回っている。
 そして、そのシャツを見たチーナとショウの哀れみにも似た生暖かい視線が、累造にはとっても痛かった。

  ◆

「あっはっはっはっは、こりゃ傑作だ!」
 粘土用の木枠を作成するのに必要な木材を買いに、累造はテンダーの木工所へと足を運んでいた。前の注文の木枠と板も既に出来ていて、その内の数枚も受け取った。
「笑い事じゃないですよ」
「あっはっはっは、すまねぇ、すまねぇ。おめぇも災難だったな。嬢ちゃんの悪趣味も筋金入りだからな」
 笑いがなかなか止まらないテンダーに累造は渋い顔をした。
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