魔法道具はじめました

浜柔

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第一九話 その者、馴染みにて

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 朝の雑貨店前、ショウの出勤である。雑貨店に入る途中、視界の端に引っ掛かるものを感じた。振り返れば派手な馬車が近付いて来ている。花畑で戯れる竜や虎が派手な色彩で馬車全体に彫られていているのが遠目にも判る。とてもシュールな一品だ。
「姐さん! お客さんのようでやす!」
 大声でルゼを呼んだ。
 呼ばれたルゼと、ついでのチーナが店の外に出る頃、その馬車は予想通りに雑貨店の前に止まった。
 馬車から男が一人降りてくる。様々な色が地に使われた黒のチェックのスーツが少々目にきつい。ショウは軽く溜め息を吐いた。
「やあ、ルゼ! 今日も君はとても麗しい!」
 男は左手を胸に当てて右手を差し伸ばし、背景に花を背負って開口一番そんな事を口走った。花輪を後ろで支えている付き人は大変である。
「ケメン、あんたは相変わらずだね」
 ルゼがげんなりした顔で言葉を返した。
「勿論だとも! 君を讃える気持ちはいつまでも変わりはしないよ!」
 今度は両手で自分を抱き締める。
「どうせ、誰にでもそんな事言ってるんだろ?」
「これは心外、僕が愛を語るのはルゼ、君だけさ!」
「ケメンさん、いらっしゃいませ」
「やあ、チーナ嬢、今日の君もとても愛らしい」
 ケメンはまた、右手を差し伸べるようにした。
「ケメンさんは相変わらずですね」
 チーナがそう返す横で、ルゼがそうであるようにショウも苦笑いしか出なかった。

 店内に入ると、ケメンは店内を見回して照明で視線を止めた。照明を一頻り眺めながら「あれが」などと呟いている。
 暫くして、店内を見回すばかりのケメンにルゼが焦れた。
「それで、何の用で来たんだい?」
「勿論、ルゼ、君を僕の商会に招くためさ」
 ケメンはルゼを振り向くと、両手でルゼの右手を自分の胸の前へと持ち上げた。
 ペシッと左手でケメンの手を叩いて払いのけ、ルゼは怒鳴る。
「よしとくれ! その話は断った筈だよ!」
「つれないなぁ」
 ルゼに怒鳴られても、ケメンは全く痛痒を感じていない様子である。
「もう、用事がそんだけなら帰っとくれ! 開店準備で忙しいんだ」
「ちっちっちっ、これからが本題だよ」
 立てた人差し指を左右に揺らしてそう言った瞬間、ケメンの顔が真剣になった。

「あの、お客様と言うのは?」
 累造が隣に居るチーナに尋ねると、チーナは「あの方ですよ」とケメンを指し示した。
 チーナは一昨日の累造の話からケメンの来訪の目的を察し、先んじて累造を呼びに行ったのだ。
 だが、累造の目にはルゼの客のようにしか見えず、立ち尽くすばかりである。

「やあ、君が小僧君だね?」
 立ち尽くしている累造に気付いたケメンが話し掛けた。だが、呼称が微妙におかしい。
「テンダー親方から聞いているよ。小僧君は凄い物を作るんだってね?」
「あ、あの……」
 累造と言えど、「小僧君」と言う呼ばれ方には困惑を顔に浮かべる。
「ケメン、そいつの名前は累造だ。小僧じゃないよ!」
 ケメンが目を丸くしてルゼを振り返る。
「大方、おっちゃんは累造の名前を憶えてなかったんだろ?」
 これは失敗と言った風に掌で自分の額を軽く叩いてから、ケメンは累造に向き直った。
「これは失礼したね、累造君。僕はテンダー親方の紹介で君に会いに来たんだ」
「え? あの……」
 累造がお伺いを立てるようにルゼを見やると、ルゼは人差し指の第二関節でこめかみを押さえながら言う。
「話して構わないよ。こいつはこんなだけど、信用はできる」
「ああ、ルゼ、君に信用して貰えるなんて僕は幸せだよ!」
 声高らかに言い放ち、ケメンは両手で自分の胸を押さえた。
「まったく話が進まないねぇ」
 ルゼはげんなりと顔を顰めた。

 本題に入ってからは、ルゼの言葉とは裏腹に、話はさくさくと進んだ。ケメンは照明の魔法陣そのものについてはテンダーの木工所で既に確認済みだったのだ。外観は雑貨店に入って直ぐに確認したため、後は累造とルゼの意思を確認するだけだった。
 だが、話のついでで見た水の魔法陣について、ケメンは眉間に皺を寄せた。そこにはチャラチャラした雰囲気は微塵もない。
「水の方は、できればずっと隠した方が良い。本当なら水を売ったりもしない方が良かっただろう」
「どう言う事だい?」
 ルゼがいつになく不安げにする。
「清潔な水が無尽蔵に手に入るんだ。ここにどれだけの利権が乗るか判ったものじゃない。金額で言えば一〇〇億ツウカ、いや一〇〇〇億ツウカの価値は有る。それに目が眩む者も出るだろう。対策ができる迄は魔法で水が出せると知る人をこれ以上増やさないようにしてくれ」
 具体的な人物を予想しているかのようである。
「ああ、判ったよ」
「心配はしなくていい。全部僕がやっておくからね」
 ケメンは若干落ち込み気味のルゼの左頬を右手で軽く撫でた。そして即座に踵を返す。
「では諸君、また会おう!」
 颯爽と雑貨店を後にした。

「あの、今の人は?」
 ケメンが誰だか判らないままだった累造がショウに尋ねた。
「ケメン・ゴッツイ、この町一番の大店ゴッツイ商会の御曹司でやす。姐さんとあっしの幼なじみでもありやす」
「幼なじみですか!?」
「そうでやす」

 ゴッツイ商会は元々虹の橋雑貨店の近所に店を構えていた。更に、ゴッツイ商会の現当主夫人とルゼの母とが親友の間柄だったため、ご近所同士だった頃は家族ぐるみの付き合いが有った。
 ルゼの母が病により早世してからは、父親が不在の際にルゼがゴッツイ商会に預けられる事も多かった。そのためか、ゴッツイ家、特に現当主夫人はルゼを何かと目に掛けている。
 ゴッツイ商会が事業拡大に伴って手狭になった旧店舗から新しく開発された地区へと移転した後、両家の行き来は減ってしまったが、その関係は今も損なわれていない。
 ルゼの父が早世した折、跡を継いだルゼに不安を覚えて虹の橋雑貨店との取り引きを止めようとした仕入れ先の慰留に尽力したのもゴッツイ家の面々である。
 因みに、ルゼの言葉が乱暴なのは、テンダーに預けられる事も多かったからである。

「ついでに、ケメンの兄貴はここに来る度に姐さんに求婚してるでやす」
「はい? 引き抜きっぽい事はしているように見えましたが、求婚っていつしてたんですか?」
 累造は、何の用で来たのかをルゼがケメンに尋ねた辺りから見ていたが、求婚している風には見えなかったので首を傾げた。
「その引き抜きっぽいのが、あの人流の求婚なんでやす」
「ええ!? あれでですか? 全くそうは見えませんでした」
「驚きでやしょ? だから姐さんもまるで信じてないんでやす。こう言うあっしも兄貴に聞くまでは、そうとは思ってもみなかったでやす」
「はい。あれでは『うん』と言えないような気がします」
「ただ、あの人がそうする理由も有るんでやす」
「理由ですか?」
「あの人は御曹司で商会の跡取りでやす。そこに嫁入りするとなると、この店は最悪畳む事になるでやす」
 ハッとした。
「この店は姐さんにとって家族との思いでそのものでやすから、兄貴は姐さんが区切りを付けられるようになるまで待つつもりなんでやす」
「凄い人ですね」
「はい、あっしが姐さんの相手として唯一認める人でやす」
 息を呑んだ。
「あの人はあれで一途なんでやす。あのスーツを見たでやしょ? あれは姐さんの好みに合わせてるんでやす」
 話を聞いていて、ショウも十分一途だと感じた。
 そして、注文していた服があんな風だった事も思い出した。
 その服もそろそろ仕上がる頃合いである。
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