魔法道具はじめました

浜柔

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第一八話 食堂にて

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「あの、二人とも今日はどうしたんでやすか?」
 水販売の準備をしているルゼとチーナは、ショウが理由を尋ねずにいられない程に難しい顔をしている。
「なんのことだい?」
「やけに難しい顔をしてやす」
「え?」
 ルゼ自身は普段通りにしているつもりだった。
「累造君の様子がおかしいんですよ」
 チーナは自分の顔をあちこち触りながら言った。チーナにも自覚が無かったのだ。
「ボウズがでやすか、それはまたどんな具合にでやすか?」
「どこかにフイッと出掛けたら、そのまま帰ってこないかも知れない感じですかね?」
 チーナは人差し指を顎に当て、上目遣いに空を見上げながら答えた。
「ここから出て行っても、故郷に帰るだけなんじゃないでやすか?」
「それはあり得ないな」
 ルゼがキッパリと言った。
「ボウズにも故郷くらいあるでやしょう?」
「ああ、だけどこの世界には無いらしい」
 ショウはからかわれているような気分になった。
「まるで余所の世界から紛れ込んだみたいな言い方でやすね」
「その通りだよ」
「はい?」
 軽く揶揄を返したつもりだったのに素で返されてしまい、唖然とした。
「あたしも最初は信じてなかったんだけどね。だけど、時々累造が呟いている聞いたこともない言葉とか、見たこともない物が使われている服とか、魔法の板の事とか、信じない訳にはいかないよ」
「それにしちゃ、言葉に不自由してないようでやすが」
「そう言や、何でだろうね?」
 ルゼも首を傾げた。
「いずれにしても、累造君が遠くから来た事には違いありません。ずっとここで暮らしていても寂しい時もあるんですから、遠くから来ていれば尚更ではないでしょうか」
 チーナはチラッとルゼを見て言った。
 ショウはまだ半信半疑だったが、これ以上何かを言い募るような事でもないので口を噤むことにした。

 そうこうしている内に準備も終わり、水の販売開始である。既に店の前に並んでいる客も居る。
「一人一杯限りで、一〇〇人までだよ!」
 ルゼが客に向かって声を張り上げた。衝立と水樋が完成しない内はこれが売る量の限界だろうと言う事になったのだ。
 そして、水の販売は昼を待たずに終わったものの、三人は予想通りに疲れ果てた。
「疲れたでやす」
 ショウは天を仰ぐようにして呟いた。
「まったくだ」
 ルゼが腕を揉みつつそれに答えた。
「累造君が居ないだけでこんなにしんどいとは思いませんでした」
 チーナが膝に手を突いて、今にも座り込みそうにしながら言った。
 水の販売中、三人は息つく暇もないほどだったのだ。
「さあ、もう一仕事だ」
 重くなった身体を動かし、三人は後片付けを始める。
 その途中、チーナがルゼにある提案をした。

  ◆

「一体どこにやったんだったかな」
「もう、随分前になりますからね」
 ルゼ、チーナとショウは光る板を携え、倉庫で捜し物である。
「ありやしたぜ、姐さん!」
 ショウが倉庫の一角を指した。
「そんな所に有ったのかい。この光る板が無けりゃ、探すだけで日が暮れるところだったよ」
「ほんとにそうですね」
 捜し物である石臼は他の荷物に隠されるようにして鎮座していた。

「それじゃ、あたしは買い物をしてくるから、二人は石臼を用意しておいてくれ」
 三人がかりで石臼を中庭へと出した後、ルゼは買い物へと出掛けた。残る二人は石臼の洗浄とその他の道具の準備である。

 ルゼが買い物から帰ると、買ってきたものを石臼でいた。
 碾いたものをふるいに掛け、ふるったものを集めてゴミを取り除いて茹でる。茹で上がったらざるにあけ、触れる程度まで熱を取る。そしてそれを手で丸めてみる。だが、手に持った瞬間に丸まらない事は判った。
 チーナは絶望に近いものを感じた。

 この日、雑貨店を早仕舞いした三人は挫けそうになりつつも奮闘した。石臼で碾いた後はチーナだけで作業をするつもりだったが、とても一人だけでは間に合いそうになかったのである。

  ◆

 グウ。
 腹の鳴る音で、累造は夕刻である事を知った。知らず知らず米を見詰めたまま物思いに耽っていたらしい。既にチーナが夕食に呼びに来ていてもおかしくはない頃合いだが、まだ来ていない。少し不思議に感じながら食堂へと向かった。
「くそっ、ちっとも丸まりゃしない」
「ほんとに丸まるんでやすかね?」
「こんな事で嘘を言っても仕方ありませんし」
 食堂からはそんな声が聞こえる。
「皆さん何をしているんですか?」
 累造が話しかけると、皆一斉に振り返った。
「え? 累造君!? あ、もう外は暗いのね」
 チーナは累造を見て驚いたが、窓の外に目を向ければもう夕暮れ時だ。
 ルゼとショウが手から米粒を溢しながら固まっている。
 テーブルの上には煮たのであろう玄米が入った皿、その玄米が更に粥になるまで煮られたと思しきものが入った皿、半ば崩れた丸いおにぎりっぽい米の塊が入った皿などが有った。
「これは一体……」
 累造が困惑する一方で、ルゼが少し拗ねたような仕草を見せる。
「まあ、これはだな、あれだ」
 言葉の方も歯切れが悪い。
「おにぎりとやらを作ってみようとしたんでやすがね、この有り様でやす」
「ショウ! お前!」
 はっきりと言ったショウをルゼが咎めようとするが、逆にショウがそれを窘める。
「誤魔化したってしょうがないでやすよ」
「そりゃ、そうだけどさ」
 ルゼがモジモジとする。
 ルゼとしては、完成したものを見せて驚かせようと思ったのが台無しだったのだ。
「おにぎり、ですか」
 累造はおにぎりとは似ても似つかないものが並んでいるのを見回した。米の炊き方すら判らないままに試行錯誤したのだろう事が見て取れる。
 並んでいる皿の中でどうにか形を保っているものを手に取ってみた。持ち上げようとした時点で半分が崩れてしまう。一口食べる。三人がそれを固唾を飲んで見守っている。
 表面はびちゃびちゃしていながら芯が有り、塩を振りすぎていてしょっぱい。ごわごわした食感はお世辞にも美味いとは言い難い。しかし、心に沁みる味だった。

 累造は暫くの間その味をかみ締めるように口をもごもごさせていたが、次第に俯いて肩を振るわせ始めた。
 その様子にルゼがちょっとだけ焦ってしまう。
「累造?」
「くくくくくっ、おに……おに……、あっはっははははは!」
「え? え? 累造君?」
 チーナは困惑しつつ、やり場に困るかのように手をあちこち振り回した。
「あはははは、すいません。おにぎりはもっと粘り気のある米じゃないと駄目なんです」
「累造が買っていたのと同じ米じゃ駄目なのか?」
「そうでしたか。一番似た感じのを買ったんですが、俺の故郷の米とはやはり違ったようですね」
 そう言った累造の顔は晴れやかだった。
 ルゼとチーナはそれを見て安堵する。
 ショウは一人よく分からない様子で皆を見回しつつ頭を掻いていた。
「皆さん、ありがとうございます」
 累造は三人に深く頭を下げた。
 そんな累造にルゼは焦り、チーナは微笑んだ。
 これは、この雑貨店が我が家なのだと、累造が実感した瞬間でもあった。
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