魔法道具はじめました

浜柔

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第一七話 見詰める影

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「するってぇと、それができれば誰でも灯りを点けたり消したりできるって事かい?」
「そうなります」
 累造は朝からテンダーの木工所へと足を運んでいた。幾つかの品物を発注するためである。
「そいつはいい、それなら寝室でも使いやすくならーな」
「はい」
 半ば反射的に頷いたが、なんとなく念押しされているようにも感じた。そして、それは正しかったらしい。
「じゃあ、光る板を売ってみねーか? 勿論そのまんまじゃなく、嬢ちゃんの店に置いているような物にしてだけどよ。一台で一〇〇〇万ツウカでは売れるぜ」
「はい?」
 考えもしていなかった事なので、今ひとつテンダーの言葉が飲み込めない。
「光る板の事は隠そうとしてても遅かれ早かれ誰かにバレちまう。だったら、そん時になって慌てるよりゃ、こっちからバラしちまった方が心構えができてやり易いってもんだ。だったらついでに儲けちまった方がいい」
「はあ……」
「勿論、ただバラしちまったら、危ねー奴が来るかも知れねーから、それなりに力の有る奴を頼んなきゃなんねぇ」
「そんな人が居るんですか?」
「ああ、打って付けの奴が居る。嬢ちゃんも知ってる奴だ」
 尤もな話だと思えたので、話だけは進めておく事にした。

 この日注文したのは、水販売用の衝立と水樋、ショウの為の照明のスタンド、照明の魔法陣用の板を予備も合わせて三〇組、その木枠を二〇枚、水の魔法陣用の板を予備も合わせて二〇組、その木枠を一〇枚。
 代金は、新しい照明の魔法陣一組である。

  ◆

「塩を切らしちゃってたのに、昨日は店に入れなくて参ったわよ」
 常連客の中年女性がルゼに零した。
「すまなかったね、あたしもあんな風になるとは思わなかったからね」
「だけど、あれは確かに一目見たくなるわね。一体どんな魔法を使ってるんだか」
 客は照明のスタンドを見上げた。
 ルゼにしてみれば「魔法」と言う言葉に冷や汗が出る思いだったが、そこはさらっと流してしまう。
「みたいだね。それで客が入り過ぎて収拾付かなくなったんだ」
「それで今日は少ししか客を入れないようにしてるのね?」
 客は店内を見回した。店内には客は数人だけしか入っていない。しかし、外には一〇人以上の客が並んだままになっている。
「ああ、常連客が逃げちまわないか、冷や冷やものだけどね」
 事実、行列を見て最初から買い物を諦める客も多い。外で行列の整理をしているチーナはそれを目の当たりにしていた。
「それで、いつまでこんな感じで続けるの?」
「ごめんよ、それはあたしが知りたい位なんだ」
 ルゼは少し情けない顔をした。

  ◆

 雑貨店へと戻った累造は、朝から用意されていたパンと冷めたスープで昼食を摂り、水を出す魔法陣を彫る作業に入った。
 魔法陣を彫っていると、テンダーから持ち掛けられた話が脳裏を過ぎる。魔法陣そのものが売れるのであれば、ルゼに拾って貰った恩返しもできる。今のところは迷惑を掛けっぱなしに思えるので、恩返しになるならそれに越した事はない。その一方で、魔法陣を売る事に不安も有る。身の危険が有ると脅されれば不安にもなる。
「不安?」
 その言葉を違和に感じた。確かに不安に思う気持ちは有るが、身の危険と言ったものではなく、もっと漠然としたものだ。幽霊、あるいは将来に感じる不安に近い。
 疲れている。
 漠然とした不安はそこから生まれている気がする。つい一昨日に感じ、一昨日の定休日にはそれなりに休んだ筈だ。
 それがもう疲れているのだろうか。
 そう考えると何もかも放り出したくなった。恐らくこれは精神的疲労。自分で思うより深刻なのかも知れない。
 それでも水の魔法陣は急ぎだ。累造は彫刻刀を黙々と動かした。

 魔法陣は夕方には彫り終わり、動作確認も終えた。チーナには夕食の後で試して貰う。
 そして累造は、チーナが夕食に呼びに来るまで、麻袋の中の米をじっと見詰めて過ごした。この行動そのものには特に意味は無い。ただ、そうしている事で何となく落ち着く感じがしたからである。

 夕食の時間、累造はテンダーから持ち掛けられた話をルゼにも話した。
「やってみればいいんじゃないか? あたしを通して貰えば、中間搾取であたしも大儲けだしね」
 ルゼの答えはお気楽にも冗談めかしたものだった。だが、気になっているのは利益ではない。
「あの……、大丈夫なのかな、と……」
「ん? もしかしておっちゃんに言われた事を気にしてんのかい?」
「は、はあ……。怖い人がどうのと言われると、どうも……」
 何か歯切れの悪い累造の言葉にルゼは眉根を寄せた。
「起きてもない事にビクビクしてもしょうがないさ。いざとなったらあたしが累造を護ってやるよ」
「あの、俺としてはルゼさんやチーナさんが、その……」
 危険なのはルゼやチーナも同じだと思うものの、自分では何もできないので尻窄みに言葉を途切れさせて俯いてしまった。
 そんな累造にルゼとチーナは返す言葉が見つからない。「子供が大人の心配なんてするんじゃない」と言って切り捨てられる程、累造は子供ではないのだ。それに、心配されるのが少し嬉しかった。
「そう言えば、累造君? お米って累造君にとって大事な物なの?」
 チーナが話題の転換がてら、気になっていた事を尋ねた。
「え? いえ、単に俺の故郷は米が主食だったってだけですけど」
「そう……。それで、食べる時はどんな風にして?」
 チーナは肩透かしを食らったような気分だったが、逆に深刻なのかも知れないとも考えた。
「炊いて食べるだけですけど……。後は、炊いたのをおにぎりにしたり炒飯にしたり?」
「おにぎり? それはどんな?」
 首を傾げた。
「はい、炊いたご飯を少し塩を振った手で三角に丸めたものです」
「そんなのが有るのね」
 軽く頷いた。

  ◆

 チーナの脳裏からは夕食に呼びに行った時の累造の姿が離れない。ノックしても返事がなかったためドアを開けると、じっと米を見詰める姿があった。その姿は迷子のように寂しげで、胸が痛かった。声を掛けるのさえも躊躇われた。だから努めて普段通りになるように夕食を告げた。
 米に何か思い入れがあるのかもと思ったが、米の話をした時の累造はなんともあっさりしたもので、拘っている様子も無い。累造の目は米を見ていたのではなく、米の向こうに有るものを見ていたのだろう。ホームシックなのかもとも思うが、どこか違うような気もして、なんとなくもやもやしてしまう。知らず溜め息が漏れる。
「はあぁ」
「どうしたんだ? 大きな溜め息なんてついて」
 ルゼが怪訝な顔で尋ねた。
「それが……」
 チーナは夕刻の累造の様子をルゼに語った。

 チーナの話を聞いたルゼは累造の部屋へと急いだ。そっと累造の部屋のドアを開ける。もう寝ている事を期待する。だが、そこにあったのは、麻袋の中の米を見詰める累造の姿だった。その姿はチーナが語った通りに迷子のようにも見える。一瞬、ルゼの胸に痛みが走る。思わず累造を後ろから抱き締めた。
「ルゼさん!?」
 累造がびっくりした声を上げる。
「累造……」
 ルゼは累造の名前を呼ぶだけだった。離してしまうとこのまま累造が消えてしまう、そんな錯覚に囚われていた。

 この直前まで累造は確かに憂いを感じていた。だがこの瞬間だけは、背中に感じるルゼの胸の感触に、悩みも憂いも忘れて癒されるのだった。
 かなり単純である。
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