召喚するのは俺、召喚されるのも俺

浜柔

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第一章 夏

第二話 泉にて

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 まだ朝と言って良い時間だから山菜摘みに行く。




 セバルスは北西と南東の山地の挟まれた位置に有り、北東と南西を含めて森に囲まれている。

 ここに町が出来たのは南北に延びる街道と東西に延びる街道の交点に位置しているからだ。
 北西の山地の東から南東の山地の西へと繋がる街道と、北西の山地の南から南東の山地の北へと繋がる街道が交わっている。




 山菜を摘むには山の麓まで行くのだが、水魔法を使えないので先に水の補給に行く。
 町でも手に入るが有料だ。
 節約したい身にとっては遠回りでもタダで手に入るに越したことはない。

 行くのは北東の森の中。
 頻繁に森に入る者しか知らない泉が湧き出ている。
 北東へと流れ出すので森に入らなければ気付きもしない。
 流れ込む水も無いので綺麗な水がいつでも汲める。




 パシャン。

 水音がした。

 続けてバシャバシャバシャと音が続く。

 動物か?

 そう思って背負子を降ろし、様子を覗おうとしたら女の鼻歌が聞こえた。

 人だ。

 そう判った途端、頭に血が上った。

 水を汚されては堪らない。

 勢い、飛び出した。

「水を汚すんじゃね……」

 水を汚すんじゃねぇ! と怒鳴る筈だったのが尻窄みになった。

 目が釘付けになってしまったのだ。

 セミショートの薄青髪をした全裸の女が太股まで水に浸かり、水をすくってはけしからんほどに豊満な胸に掛けている。

 こんなものからは視線を外せない。
 俺も健全な男なのだ。

 声に気付いたのだろう。
 振り向いた女が目を見開いて硬直する。

 俺の視線はその先端に吸い寄せられる。
 余所見などできやしない。

「おおー」

 思わず低い声が出てしまった。

 しかしそれで我に返ったらしい女が胸を隠してしゃがみ込む。

「な……、な、な、何をしとるかーっ!」

 女が突き出した右手から光球が放たれた。

 避ける暇もない。

 光の向こうの慌てたような女の顔を目にしながら俺の視界は灼熱の中に蒸発した。


  ◆


 酷い目に遭った。

 目の保養と言う意味では幸運だったが、背負子とナイフは諦めるしかないだろう。




 ここは自宅。
 俺が一三歳の時に地滑りに巻き込まれて亡くなった両親が残した家だ。

 視界が暗転した瞬間、俺はここに帰って来たのである。




 その秘密は俺の召喚魔法に有る。
 俺が召喚魔法で召喚できるのは俺自身なのだ。

 俺自身、魔法を使えるようになってからそれを知るまでには二年の月日を必要とした。




 一一歳の時に俺は自分が召喚魔法を使えると知った。
 魔法は大人の身体からだになるのとほぼ同時に使えるようになり、使い方も手足を動かすように本能的に解る。

 だから早速試した。

 今にして振り返れば、何が召喚できるのかも判らずに無謀なことをしたものである。
 ただ漠然と俺自身と同じくらいの大きさの何かが召喚されると感じていたので深く考えていなかった。

 部屋の中をさっと片付け、空けたスペースの前に立って魔法を発動する。

 その瞬間に視界が暗転し、一拍置いて視界が元に戻った時には全裸で立っていた。
 着ていた服は踏んづけている。

 まるで意味が判らなかった。

 意味が判らなかったせいで幾ら魔法を発動しようとしても発動しない日々が続くことにもなってしまったのだ。




 どうしてそうなったのかを知ったのがその二年後だ。

 その日、雑貨屋を営んでいた両親に連れられて仕入れを兼ねた家族旅行に出発した。
 北に有るパタラの町が目的地だった。

 そしてその途中で地滑りが起きた。
 雨が何日も降り続いていたためだったのだろう。
 原因はともかくとして、俺達一家はそれに巻き込まれたのだ。

 そして気付いた時には全裸で自分の部屋に立っていた。

 この時点では「どうして」なんて考える余裕は無く、慌てて服を着て近くに住む馴染みの鍛冶屋のドグの家へと駆け込んだ。

「ドグ! ドグ!」

「何じゃ? シモンか? 何だか縮んでおらんか?」

 オレンジ色の顎髭を撫でながらドグが首を捻った。

 何を馬鹿なと反論しかけた時、自分がぶかぶかの服を着ていることに気付いてしまった。

 暫し呆然となった。

「それで何のようじゃ?」

 それで我に返って訴えた。

「大変だ! 地滑りに巻き込まれた!」

 そして怪訝な顔をするドグに必死に説明して捜索隊を手配して貰ったが、両親は帰らぬ人となっていた。




 召喚魔法は世界の何処かに居る動物を呼び出す魔法だ。
 使い手それぞれで召喚できる種類が異なるので何でもは呼び出せない。

 召喚された動物は送還されるか死ぬことで元の場所へと戻る。
 送還された場合に現在の姿で戻るか、召喚時点の姿で戻るかは召喚された動物の意志次第になる一方、死んだ場合は召喚時点の姿で戻ることになる。




 自分が生き残った理由についてドグと話す中、その召喚魔法の特性と起きた事態からドグが推測したのが、自分自身を召喚するのが俺の召喚魔法だと言うことだった。

 そして幾度か実験して確信に至った。

 それ以降、毎晩一旦送還しては再度俺を召喚している。

 また、何に利用されるか判らないから人には教えない方が良いと言うドグの助言にもしたがって、魔法の内容は他人に話さないようにしている。




 そんな俺の召喚魔法で最初に召喚できたのは俺の身体だけだった。
 そして送還できるのは召喚したものだけだ。

 これが何を意味するかと言うと、召喚しては全裸になり、送還しては全裸になると言うことだ。

 最初の頃はそうして全裸になる日々だった。




 魔法を鍛えるのは筋力を鍛えるのと大差無く、使えば強くなり、繰り返せば素速くなったり柔軟になったりする。
 俺の場合は端から二年間使いっぱなしだったことで、強さは十分に有っても柔軟性には乏しいままだった。

 その後、練習を繰り返す内に着ているものや持っているものも一緒に召喚できるようになって今に至る。

 つまり、今は全裸にならずに済むのである。




 持ち物も一緒に召喚できるようになってから試したところ、持ち物だけを送還することも可能だった。
 持ち物が原型を留めずに破壊されてもそうだ。
 そして持ち物は召還時の姿に戻る。

 とても素敵なことだった。

 何と、服や道具を消耗させずに使えるのだ。

 しかしながら、召喚し忘れたり、後から必要になった道具の一つや二つは有るものだ。
 そしてそのために召喚し直すのが面倒になる時も、召喚し直すの自体を忘れることも有る。




 それでも普通は死んだりはしないので道具を失うようなことには至らないのだが、今日の背負子とナイフは残念なことになった。
 召喚していなかったのだ。
 だから魔法で殺されて送還された時、現場に取り残されたままにになっている。

 向こうからすれば恥ずかしいのかも知れないが、裸を見られたくらいでいきなり魔法を放ってくるような女が居るかも知れない所になんて探しに行けない。

 本当に痛い出費である。


  ◆


 今の俺の生活はと言うと、山菜摘みなどで小銭を稼ぎながら両親が遺した蓄えを取り崩している。
 今のペースなら保って後一〇年だ。

 安定した働き口を探せれば良いのだが、そう簡単にはいかない。
 世の中は魔法前提に出来ていて、多くの職業が特定の種類の魔法を使えなければ話にならない。
 鍛冶なら火魔法、土木なら土魔法と言った具合だ。

 これは単純にコストの問題で淘汰されたのだ。
 例えば飲食店で火魔法と水魔法の使い手が居るのと居ないのとではコストに歴然とした差が出る。
 それは値段に反映され、安く提供できるそれらの居る店が残るのが自然の理と言うもの。
 だから、飲食店や宿屋は火魔法と水魔法の夫婦が営んでいることが多い。

 そこまでの差が出ない職業でも、有利不利は有るものだ。
 仕立て屋のような手作業なら、手許てもとを明るく照らせる光魔法の使い手が有利になる。

 また、職業そのものが魔法に依存していなくても雇われるのは清掃に便利な水魔法の使い手であることが多い。




 つまり、表向きに魔法の使えない俺には選択肢らしい選択肢が無い。

 鍛冶屋のドグが「俺の所に来い」とは言ってくれるが、俺に鍛冶はできない。
 その誘いに乗るのは親世代のドグに面倒を見て貰おうとするに等しく、今を先延ばしするだけでもある。

 幾ら何でもそれは無いだろう。

 だから山菜摘みなのだ。




 その山菜摘みをするにはナイフが要る。

 予備のナイフは持っているが、愛用していたナイフに比べて使い辛く、長く使うなら新しく手に馴染むものが欲しい。

 こればかりはドグに相談だ。

 ただ少々心苦しい。

 それと言うのも、代金を支払おうにも受け取ってくれないドグからはいつも貰ってばかりになっている。


  ◆


 カーン、カーンとハンマーを打つ音が響く。
 ドグが鉄を鍛える音だ。
 鉄板をやっとこで挟み、魔法で熱を加えて柔らかくしたら金床に置いてハンマーで叩く。
 その繰り返しだ。

 ドグはそのオレンジの髪が示すように火魔法で出せる温度が高く、炉を使うまでもなく鉄を柔らかくできるのだ。

 贔屓目に見ても俺の出る幕は無い。




 一般に火魔法の使い手の髪は出せる温度が低ければ赤が強く、温度が高くなるにつれて黄色が混じる。
 オレンジなら鉄を融かせ、黄色にもなれば大抵のものなら融かせるらしい。

 だが、温度が高ければ優秀なんてことはなく、用途が違うだけだ。
 高過ぎる温度で料理をしたら黒こげになってしまうのだから、そこそこが肝要である。




 ドグが手を止めたのを見計らって声を掛ける。

「ドグ、相談したいんだけど、今大丈夫?」

「何じゃ? 言うてみい」

「実は……」

 今日、泉で起きたこととナイフについて話した。

 ドグは顎髭を撫でながら聞いていた。
 この髭はただの無精髭だ。

「それは災難じゃったな。
 随分乱暴な娘も居ったものじゃ」

 そう言って、女と遭った場所には暫く近付きたくないと言う俺の考えにも同意してくれた。

「今はそんな娘よりナイフのことじゃな。
 少し待っておれ」

 ドグは奥へ行き、細長い木の板に固まっていない粘土を巻き付けたものを持って来た。

 俺は促されるままにそれを握る。
 順手、逆手、順手と逆手両方の三箇所だ。

 こうやって取った手の跡から利用者に合わせた握りを造るのがドグの流儀なのだ。
 その手に馴染む握り心地と使い易さは格別で、一度使うともう他のナイフが使えない。
 商人を中心にして、わざわざ滞在日数を増やしてでもドグのナイフを買い求めて行く旅人が後を絶たないほどである。

「明日の朝にでも取りに来い」

「うん。
 ありがとう」

 ドグは早速仕事に取り掛かった。
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