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EX1-2

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「お、お嬢様」

 メーサにささやかれて、キセンセシルはハッとした。意識が飛んでいたらしい。
 直ぐに姿勢を正し、ベッドの老人に挨拶する。

「初めまして。キセンセシル・コンヤハーキと申します」

 メーサもキセンセシルに合わせて礼をする。

「よく……おいで……なさっ……た」

 老人は起き上がる力も無く、震える手を僅かに挙げるのがやっとらしい。

「あの……、お加減が優れられないのでしょうか?」
「当主は今、臥せっております」

 キセンセシルの問いには執事が答えた。
 これにはキセンセシルが沈思する。予め面会を打診しての訪問だったから、何も不都合が無いと考えていた。しかし、受け答えも辛そうにしているのでは話がままならない。この場に留まることさえ気が引ける。いや、何となく留まりたくない。
 早々にお暇するべく質問する。

「それではわたくしどもはお邪魔なのでは?」
「お気になさらないでくださいませ。当主は大層喜んでおります」

 執事はニタッと笑った。キセンセシルの背筋にゾゾゾと冷たいものが走る。

「そう……なのですか?」
「勿論でございます」

 嫌な汗を感じながらキセンセシルが問い直すと、執事はニタッと笑いながら肯定した。
 キセンセシルは思わず後退りそうになるのを必死に堪える。そうしてしまっては失礼でもあり、名誉にも関わるからだ。
 会話を途切れさせては闇に飲まれそうに感じられて、話の種を藁にも縋る思いで探す。
 すると、老人の横たわるベッドの横に置かれた奇妙な箱が目に映った。箱の中には老人の片足がベッドの上から下ろされている。

「ところでご寝台の横に置かれているものが何か伺っても宜しいでしょうか?」
「はい。あれは棺桶でございます」
「棺桶!?」

 執事が何でもない様子で答えたせいで、余計に驚いたキセンセシルである。

「当主がいざと言う時にいつでも入れるように用意させたものでございます」
「そ、それ程までにお加減がお悪いのですか!?」

 執事の言葉はベッドの老人が死期を間近にしているのだとしか聞こえなかった。
 その時、老人が持ち上げた右手をふらふら揺らしながら笑い声を上げた。

「ひっひっひ……。女子おみなごの……生気を少ぉし……分けて貰えれば……、直ぐに元気になりますけぇの」

 地の底を這うかのような声。これに合わせたかのように、外で稲光が煌めき、ドンガラグシャーンと雷土が轟く。バタバタと激しい雨音も響き出した。

「「ヒィッ!」」

 キセンセシルとメーサは引き攣った悲鳴を上げた。

「ほっほっほ……。可愛い悲鳴じゃぁ」
「「きゃあああ!」」

 今にも取って食おうとするかのような不気味な声。パニック! キセンセシルとメーサは悲鳴を上げて逃亡を試みる。
 ところが執事が部屋の入り口に立ち塞がった。

「お客様、ご用件がお済みではございません」
「そ、そこを退いて!」

 メーサがまるで余裕の無い金切り声を上げた。

「いえ、そうは参りません」
「だったら、お嬢様!」
「う、うん」
「退いてったらぁ!」

 メーサはキセンセシルの手を引き、執事に体当たりを敢行する。しかし失敗した。執事に避けられたのだ。
 しかしこれはこれで目的は達成された。逃走経路の確保こそが目的なのだ。二人は一目散に玄関へと向かった。
 ところが、走る二人の横で執事の声がする。そちらに視線を動かすと、執事が二人の横を涼しい顔で走っている。二人の心臓が跳ね上がった。

「婚約の件はどうなさいますか?」
「こ、婚約なんて、は、破棄に決まってますわ!」

 ただただ混乱する中、キセンセシルは叫んだ。

「承りました」

 二人は執事が立ち止まって礼をしたことにも気付かない。屋敷から降りしきる雨の中に飛び出して馬車に飛び乗り、御者に命じて馬車を必死に走らせた。
 当然ながら、玄関先で馬車を見送る二人の老人が元気にハイタッチをする姿など、見る余裕なんて全く持ち合わせていなかった。
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