天ぷらで行く!

浜柔

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25 来ないのなら

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「相変わらず、客が来ないわね」
 ぱくぱく。もしゃもしゃ。メリラさんはいつもの通り、天ぷらを挟んだクレープを食べている。
「そうですね」
 生返事しているあたしも、いつも通りにとうもろこしを揺すっている。
「来ないのなら、こっちから行くのはどう?」
「行くんですか?」
「そうよ! そうだわ! どうせ客は持ち帰るのだから、持って行けば客も喜ぶわよ。寒かったら家から出たくないものね!」
 メリラさんはドヤ顔だ。ここで食べている人が「どうせ持ち帰る」と主張するのはどうなのだろう?
「配達かぁ……」
 人差し指を顎に当てて、上目遣いに考える。配達と言う考えには一理有る。以前に貰った通話石と言う道具が有るから、お客さんが店まで来なくてもいいものね。だけど問題も多い。
 配達中は店を閉めなければならないこと。人を雇う余裕なんて無いんだ。
 通話石を使って注文するお客さんは現物を見られないこと。「こんな筈じゃなかった」と言われたら処置無しだ。
 そして何より住宅地図を期待できない。地図が無かったら配達先を見つけるのが難しいもの。
「注文を受けたとして、どうやって配達先を見つけるかが一番問題ですね」
「あら? そんなのは通話石を使えば簡単よ?」
「なんと?」
 パチクリと、思わず目を瞬かせた。通話石は通話するだけのものじゃないの?
「通話石って、相手の方角が判るのよ。迷ったら相手と通話石で繋げばいいわ」
「何でまた、そんな機能が?」
「元々、冒険者が仲間とはぐれたりした時のために作ったものらしいわ。向きが判らないと捜せないでしょ?」
「納得しました」
 それなら配達先の問題は解決だ。大まかにでも地図を用意しておいたら、後はどうにでもなりそうだ。
 店を閉めなければならない点は、売り上げ目標から逆算した配達料を設定すればいいかな?
 今の1日の売り上げ目標が2万円で営業時間が6時間余りだから、片道5分以内と考えれば往復での10分当たりの売り上げ期待値は550円ほど。
 必要なのは移動時間だけじゃないから、その分を考慮に入れたら1000円くらいかな?
 売り上げ目標を最低限で考えても何だから、どーんと2倍の4万円とすれば配達料は2000円になる。何らかの理由で片道5分を超える場合は追加料金ってところか。
 うん、誰も利用しなさそうだ。それでも「そんなこともできますよ」と言うのは有りなような気がする。
 しかし、改めて計算したら、平均して10分で7食は売れないといけない勘定だったんだ……。
 ちょっと冷や汗が出た。このまま何もしないままじゃ、かなり危うい。と言うか、今は全然経営が成り立ってない。配達はやってやれないことでもなさそうだから、やってみないとだね。
「配達先が判るのであればやってみようかと思います。配達料は少し高額に設定してしまいますが……」
「高額って、幾らにするつもりなの?」
「半径5イグ以内で、2000ゴールドでしょうか」
 イグはこの世界の距離の単位で、概ね人が1時間に歩ける距離。5イグなら20キロメートルと少しかな? 今のあたしの全速力なら2分と掛からない。
「2000って、貴女ね。いえ、むしろ、5イグの方を追及するべきかしら?」
「あははは、それはまあ配達できる範囲、と言うことで……」
 ついつい目が彷徨ってしまう。言ってから気付いたけど、チートが無ければ無理な距離だった。
 そんなあたしをメリラさんはジトッと見る。
「やっぱり、貴女は大魔法使いか何かなのね」
「あの、それは……」
「その割には結構可愛らしいわね」
 メリラさんは「がおぅ」の仕草をしながら苦笑した。
 若干頬が引き攣るのを感じながら自分の手を見るたら、やっぱりやってたよ!
「薄々は判っていたのよ。その天ぷらだって、私ができる範囲で材料を集めればどうしても原価だけで80ゴールドを超えるもの。だから特別な何かが無ければその値段で売るのは無理よね」
「はあ、まあ、何と言いますか……」
「まあ、いいわよ。だけどそんな人が、どうしてこんな流行らない店をやってるのかしらね?」
 メリラさんは腰に手を当てて溜め息を吐いた。
「は、『流行らない』は余計ですっ!」
「ぷっ……」
 メリラさんがクスクスと笑う。
「顔を真っ赤にしちゃって、ほんとに貴女って可愛らしいわね」
「もう、からかわないでください!」
 ツンと口を尖らせて見せてみるけど、多分今のあたしに迫力は無い。元々大して迫力は無いんだけど、どうにもメリラさんには真剣に怒る気になれないんだ。
 この3週間余り、彼女にはほんとに救われた気がしている。今のあたしが落ち込まずに居られるのは殆ど彼女のお陰だ。厳しいことも言われるけど、それはいつも問題点の指摘だったり、改善点の提案だったりだものね。意外とツンデレさんなのだと思う。
「だけど、そうね。考え直さないといけないことが出来たから、今日はもう帰るわ」
「あ、はい。ありがとうございました」
 あたしの方はあたしの方で少しすることが出来た。大まかな地図を作っておかないとね。

  ◆

 日曜日。港町はまた後回しにして、地図の作成をする。
 町の中についてはもう終わっている。平日の内に手掛かりを求めて役所に行ったら、大きな通りの名前とそれに囲まれたブロックの番号が振られただけの地図が有ったので、それを書き写しただけだ。細かい所は必要に応じて書き足すつもり。
 だから作成する地図は町の周辺だ。

 町の北から西にかけては森が広がっている。「魔の森」と呼ばれていて、魔物が多数生息しているらしい。いつかのトカゲに遭遇したのもこの森にほど近い場所だった。
 この森の中、北に10キロメートルほどの場所に集落が有るらしかったので行ってみた。
 迷宮の入り口だった。「邪神の迷宮」と呼ばれる迷宮で、邪神の復活を阻止するために攻略している最中なのだとか。
 世界には同様の迷宮がここを含めて7つ在るらしい。言い伝えでは、各迷宮の最奥で1000年の時を掛けて形作られる邪神の像を破壊することが、邪神の復活を阻止することに繋がるとされている、らしい。何でも「らしい」になってしまうけど、見た人が居ないんだから断言できないんだよ。
 それらの迷宮は既に4つが攻略されていて、残る3つの内の1つがここの迷宮らしい。
 言い伝えには違和感が有るけど、あたしが頭を悩ませる問題でもないよね。像を壊してどうにかなるものなのかな? とは思うけど。
 それよりも、この邪神とは女神が言っていた邪神のことに違いあるまい。前に迷宮と聞いて嫌な予感がしていたら、そのまんまだった訳だ。乾いた笑いしかでないよ。
 迷宮に付属するように佇む集落では迷宮の地図も売られていた。各階1000円で89階までが有る。ただ、深い階層になるにつれて記述が曖昧になって、不明点も多い。
 あたしにとって問題なのは、もしも迷宮の中に配達する注文を受けた時にどうするかだ。断るか、配達するか。
 状況次第かな……。注文が沢山来るようなら迷宮の中にまで配達していられないけど、少なかったら迷宮の中にだって配達して少しでも売り上げに繋げないとだしね。
 でも、配達する場合はどうしよう? 道が判らなかったら配達できないし、配達中に地図なんて書いてもいられない。地図なんて買ったら赤字だ。
 ……決めた。迷宮の中に配達することになったら、階層毎に1000円の特別料金を加算しよう。地図代としてね。

 町の東には街道が東へと延びる。それ以外は草原が広がるばかりだ。
 町の東南には町に付属する農地が在って、牧場や農場に従事する人々が幾つかの集落に住んでいる。上から見たら、町の陰に潜んで森から身を隠すような感じに見えるんじゃないかな。

 大まかにだけど周辺の地図を書き終えたから、配達サービスの開始を掲示板で告知する。
 内容は、通話石の番号、月曜日から受け付けること、配達料金が2000ゴールドなこと、配達範囲が町から5イグの範囲なこと、配達は建物又はそれに相当する場所の入り口までなこと、もし建物などの中に入る必要がある場合は追加料金が発生すること、そして配達可能なメニューは400ゴールドの天ぷらセット1種類なこと。
 メニューをセットのみに絞ったのは、メニューに絡むトラブルを回避したいから。届けた先で「頼んだのと違う」なんて言われたらやるせないものね。
 配達時には通話石を携帯しなくちゃならないけど、これが結構邪魔くさい。掌サイズでほぼ立方体だから、首から吊しても腰から提げても微妙だ。
 リュックサックを用意して入れるとしよう。

 そんなこんなで一応の体勢は整えたけど、あたしには配達の注文が来るなんて思ってない。だから配達で店を建て直せるとも思ってない。本格的に店を立て直すのは、魚を仕入れられるようになってからじゃないかな。
 それでもできることはやってみないとね。新しいことを一度に始めてトラブルが起きたら収拾が付かなくなりかねないから、1つずつ順番にね。
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