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十九の女子会
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昭和四十二年(1967年)四月の夕暮れ、高台に建つ学生会館の一室では、にぎやかな声があふれていた。
黒板には『十九回生新入生歓迎会・児童文化研究会』と大きな文字が躍っている。
新入生三十六名。女子二十名、その中に私たち四人はいた。
窓からは、色とりどりの街並みの向こうに、大きな水たまりのような神戸の海が見えていた。
そのサークルは、人形劇や影絵、劇や童話などを子どもたちに楽しんでもらい、児童文化について考えようという活動をしていた。夏休みには、僻地といわれる小さな小学校を訪れ、何日もかけて公演してまわった。また、合宿もあり、夜を徹しての青臭い議論も熱がこもっていた。
入部して間もない頃、部室の前から男子学生の雑談が聞こえてきた。
「東から来てる女の子はおしゃれやけど、西の方は田舎くさいな」
私たち四人は、正にその『田舎くさい女子』で、性格はずいぶん違っていたけれど、肩ひじ張らず付き合えた。
あれから五十年。今の私たちは、平凡な主婦という範疇に入るのだろう。
眞理子さんは、油絵をずっと続けている。昔は、見る者を緊張させるちょっと暗い絵だったが、最近の絵は、上手くなったことはもちろんだが、こちらの心をぐっとつかんでくるやわらかい迫力がある。素人だから偉そうには言えないけれど。入賞して東京の美術館に展示されたときはみんなで見に行った。「私はしょーわるよ」とよく言うけれど、とんでもない。自分の意見を持ち、そのアドバイスは何度も私を助けてくれた。
さゆりさんは、ずっと幼児教育に携わって来て、地域での信頼も厚い。朗読の活動を続け、そのクールな語り口は味わい深い。大きな病気を乗り越え芯の強い人だ。ご主人の愚痴を絶えず口にするが、学生時代の大恋愛の時ですら彼の文句を言っていたので、愛情表現の一つだと、ふんふんと聞いている。
由美さんは、静かだけれど、他の三人がギャーギャー言い合っていても
「それって、こうと違う?」
などと、常に軌道修正してくれる頼れる人だ。ご主人の仕事の都合でアメリカ暮らしも経験し、知識も豊かだ。また、植物をこよなく愛し、今もボタニカルアートを描いている。私はずっと、「何たらアート」ですましてきたけれど、やっと言えるようになった。その繊細な絵は、由美さんの花への愛が詰まっている。
私も、大きな交通事故の怪我も癒え、やっと健康を取り戻すことができた。今は、はた迷惑なエッセイや童話もどきを書くのを趣味にしている。それを三人に読んでもらうのが、楽しみであり、こわくもある。
五十年という永い間には、それぞれ本当にいろいろなことがあった。四人の距離が離れたり近づいたりしたが、それでも何かしらつながっていた。還暦を過ぎた頃から連絡が頻繁になり、ちょっとした旅行を楽しむようにもなった。
『十九の女子会』というかなりはずかしいネイミングのささやかな会だ。一昨年は念願の石垣島への二泊旅行も果たし、お互いの古希を祝った。
「次はどこへ行こう?」
そんなことをにぎやかに話していたとき、このころな禍。計画は宙に浮いた。
そこで、無謀にも『オンライン飲み会』なるものに挑戦することにしたのだ。
去年(2020年)八月十九日午後七時半
私は、食卓にスマホを置いて、ホームボタンをぎゅっと押した。
「あっ、映った! わーい」
「わあ、ちゃんと映ってる」
「さゆりさん、首から下しか見えないよ」
「きれいに映ってる? 」
「それは無理」
声高にワイワイ言いながら、ビデオ通話の画面をのぞきこむ。無料ビデオ通話するなら、月一回十九日にと、意見が合い、ドキドキしながらその時を待っていた。四人のスマホやタブレットの画面がぶれるけれど、まあ、それもご愛敬だ。
「まずはカンパーイ!」
それぞれが自分で用意したグラスに口をつける。
「元気にしてた?」
「腰痛い」
「膝痛い」
「いやあ、それ、おいしそうやね」
「ちょっと聞いて。うちのダンナがねえ」
さゆりさんが、ご主人の愚痴を話し出す。
例によって、四人の会話は脈絡がない。
突然、眞理子さんが画面から消えた。声だけがする。
「あかん、スマホ熱くなってきた。やけどしそう。保冷剤で冷やすわ」
「えっ、また大げさな。スマホを保冷剤で?ありえへーん」
私は呆れて声をあげる。
「バッテリーが古いのかな。なんかギガが小さいのかな」
「ギガて何?」
そんなことを言われても、誰も何も分からない。
「まあ、保冷剤でぎっくり腰治した眞理子さんやから」
さゆりさんがフォローする。
「いや、それは関係ないと思う」
「おーい! 眞理子さあんん」
「一度携帯ショップに持って行けば?」
そう由美さんが言うやいなや、たちまちショップの対応の冷たさに話の花が咲く。私も、腹の立ったことを話していたが、こんな婆さんたち相手では携帯ショップの方もさぞ大変だろうなとは思う。でも、分からないものは仕方がない。
また急に、眞理子さんの顔が復活する。
「やっぱ保冷剤すごいな」
そうは言うけれど、眞理子さんは早く携帯ショップへ行くべきだと、三人は言った。
気がつけば、二時間が経っていた。
「じゃあまた」
「来月ね」
「元気でねえ」
そう言いながら、私はスマホを切った。何を話したのか、ほとんど覚えていないし、まあ覚えておくような内容でもない。ただワクワク楽しい気分が体中を満たしていた。
翌月九月の『オンライン飲み会』の終わり。
「もう、ビデオ通話いらんね」
「お化粧するのじゃまくさい」
「要するにしゃべっとったらええんやから」
ということで、翌月からは通話だけになった。
毎月、相変わらずたわいない話を長々と続けている。そして、やはり、何を話したのか思い出せない。ただ、のどがからからになるので、お茶だけは欠かせない。
通話を終えると、たちまち次の十九日が楽しみになる。話していると、うれしいプチプチの粒子が体中を飛び跳ねているのだ。そして、その余韻がなんとも楽しい。
世の中が落ち着いて、またささやかな旅行に出かけるのが今一番の楽しみだ。
さあ、明日は十九日。
何の気負いもなく、準備もなく、ただただ待ち遠しい。
黒板には『十九回生新入生歓迎会・児童文化研究会』と大きな文字が躍っている。
新入生三十六名。女子二十名、その中に私たち四人はいた。
窓からは、色とりどりの街並みの向こうに、大きな水たまりのような神戸の海が見えていた。
そのサークルは、人形劇や影絵、劇や童話などを子どもたちに楽しんでもらい、児童文化について考えようという活動をしていた。夏休みには、僻地といわれる小さな小学校を訪れ、何日もかけて公演してまわった。また、合宿もあり、夜を徹しての青臭い議論も熱がこもっていた。
入部して間もない頃、部室の前から男子学生の雑談が聞こえてきた。
「東から来てる女の子はおしゃれやけど、西の方は田舎くさいな」
私たち四人は、正にその『田舎くさい女子』で、性格はずいぶん違っていたけれど、肩ひじ張らず付き合えた。
あれから五十年。今の私たちは、平凡な主婦という範疇に入るのだろう。
眞理子さんは、油絵をずっと続けている。昔は、見る者を緊張させるちょっと暗い絵だったが、最近の絵は、上手くなったことはもちろんだが、こちらの心をぐっとつかんでくるやわらかい迫力がある。素人だから偉そうには言えないけれど。入賞して東京の美術館に展示されたときはみんなで見に行った。「私はしょーわるよ」とよく言うけれど、とんでもない。自分の意見を持ち、そのアドバイスは何度も私を助けてくれた。
さゆりさんは、ずっと幼児教育に携わって来て、地域での信頼も厚い。朗読の活動を続け、そのクールな語り口は味わい深い。大きな病気を乗り越え芯の強い人だ。ご主人の愚痴を絶えず口にするが、学生時代の大恋愛の時ですら彼の文句を言っていたので、愛情表現の一つだと、ふんふんと聞いている。
由美さんは、静かだけれど、他の三人がギャーギャー言い合っていても
「それって、こうと違う?」
などと、常に軌道修正してくれる頼れる人だ。ご主人の仕事の都合でアメリカ暮らしも経験し、知識も豊かだ。また、植物をこよなく愛し、今もボタニカルアートを描いている。私はずっと、「何たらアート」ですましてきたけれど、やっと言えるようになった。その繊細な絵は、由美さんの花への愛が詰まっている。
私も、大きな交通事故の怪我も癒え、やっと健康を取り戻すことができた。今は、はた迷惑なエッセイや童話もどきを書くのを趣味にしている。それを三人に読んでもらうのが、楽しみであり、こわくもある。
五十年という永い間には、それぞれ本当にいろいろなことがあった。四人の距離が離れたり近づいたりしたが、それでも何かしらつながっていた。還暦を過ぎた頃から連絡が頻繁になり、ちょっとした旅行を楽しむようにもなった。
『十九の女子会』というかなりはずかしいネイミングのささやかな会だ。一昨年は念願の石垣島への二泊旅行も果たし、お互いの古希を祝った。
「次はどこへ行こう?」
そんなことをにぎやかに話していたとき、このころな禍。計画は宙に浮いた。
そこで、無謀にも『オンライン飲み会』なるものに挑戦することにしたのだ。
去年(2020年)八月十九日午後七時半
私は、食卓にスマホを置いて、ホームボタンをぎゅっと押した。
「あっ、映った! わーい」
「わあ、ちゃんと映ってる」
「さゆりさん、首から下しか見えないよ」
「きれいに映ってる? 」
「それは無理」
声高にワイワイ言いながら、ビデオ通話の画面をのぞきこむ。無料ビデオ通話するなら、月一回十九日にと、意見が合い、ドキドキしながらその時を待っていた。四人のスマホやタブレットの画面がぶれるけれど、まあ、それもご愛敬だ。
「まずはカンパーイ!」
それぞれが自分で用意したグラスに口をつける。
「元気にしてた?」
「腰痛い」
「膝痛い」
「いやあ、それ、おいしそうやね」
「ちょっと聞いて。うちのダンナがねえ」
さゆりさんが、ご主人の愚痴を話し出す。
例によって、四人の会話は脈絡がない。
突然、眞理子さんが画面から消えた。声だけがする。
「あかん、スマホ熱くなってきた。やけどしそう。保冷剤で冷やすわ」
「えっ、また大げさな。スマホを保冷剤で?ありえへーん」
私は呆れて声をあげる。
「バッテリーが古いのかな。なんかギガが小さいのかな」
「ギガて何?」
そんなことを言われても、誰も何も分からない。
「まあ、保冷剤でぎっくり腰治した眞理子さんやから」
さゆりさんがフォローする。
「いや、それは関係ないと思う」
「おーい! 眞理子さあんん」
「一度携帯ショップに持って行けば?」
そう由美さんが言うやいなや、たちまちショップの対応の冷たさに話の花が咲く。私も、腹の立ったことを話していたが、こんな婆さんたち相手では携帯ショップの方もさぞ大変だろうなとは思う。でも、分からないものは仕方がない。
また急に、眞理子さんの顔が復活する。
「やっぱ保冷剤すごいな」
そうは言うけれど、眞理子さんは早く携帯ショップへ行くべきだと、三人は言った。
気がつけば、二時間が経っていた。
「じゃあまた」
「来月ね」
「元気でねえ」
そう言いながら、私はスマホを切った。何を話したのか、ほとんど覚えていないし、まあ覚えておくような内容でもない。ただワクワク楽しい気分が体中を満たしていた。
翌月九月の『オンライン飲み会』の終わり。
「もう、ビデオ通話いらんね」
「お化粧するのじゃまくさい」
「要するにしゃべっとったらええんやから」
ということで、翌月からは通話だけになった。
毎月、相変わらずたわいない話を長々と続けている。そして、やはり、何を話したのか思い出せない。ただ、のどがからからになるので、お茶だけは欠かせない。
通話を終えると、たちまち次の十九日が楽しみになる。話していると、うれしいプチプチの粒子が体中を飛び跳ねているのだ。そして、その余韻がなんとも楽しい。
世の中が落ち着いて、またささやかな旅行に出かけるのが今一番の楽しみだ。
さあ、明日は十九日。
何の気負いもなく、準備もなく、ただただ待ち遠しい。
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