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お湯は出なかったけど
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「うー、寒、さむーい」
背中を丸めて二階の寝室から下りてきた私は、大急ぎで二つのファンヒーターをオンにする。それから、キッチンに行ってお湯のコックを上げる。
「うわ、やってしまった」
水は出る。けれど、お湯は一滴も出ない。給湯器の管が凍ってしまったのだ。
前日から『水道管の凍結にご注意ください』と注意があったのに。お風呂のお湯を落とさずにお湯をチョロチョロ出しておくことがポイントだと知っていて、うっかり忘れていた。
何年か前にもやったことがある。そのとき、修理屋さんにお願いしていろいろやっていただいたが、結局「気温が上がるまではどうしようもない」とのことで、四、五日かかった覚えがある。
こうなったら、もうアタフタしても仕方がない。
「お水出るだけラッキー。今日から昭和の暮らしや」
私はそう自分を慰める。しかし困った。問題はお風呂だ。天気予報ではしばらくはこの冷蔵庫のような気温のままのようだ。
前回は、車の免許も返納していなかったし、近くのスーパー銭湯も営業していた。連日銭湯巡りをし、夕食をそこでとったりして結構楽しんでいたのだ。夫もビールをおいしそうに飲んでいた。
だがしかし、今回はこのころな禍!
「銭湯ってどうよ! マスクして? いやそれは無理」
そんなことを考えながら、食洗器も使えないので、冷たい水で食器を洗っていた。
ガチャン
「あっ、割れてしもた。これプレゼントしてもらったかわいいグラスなのに。ヨネちゃんごめん」
ゴム手袋をはめていると、すべりやすいのだ。
「もうなんなん。今日は星占いが最低? 天中殺? 」
ぶつぶつ言いながら、ガラスの破片を片付けた。大きな音を聞いてキッチンに現れた夫も、たいしたことではないと分かって、そのままテレビをつけて座った。私は、独り言のように言っていた。
「あー、お風呂入りたい!きっと晩寝られへんと思うわ。冷え性やもん、お風呂入ってすぐやないと寝られへん。うわあ、かなんわあ」
その晩、ソックスをはいたまま背中を丸めて寝室へ行った。
すると、なんと! 布団乾燥機がセットされているではないか。その布団に潜り込んだ。時間も合わせてあったようで、もうホカホカぬくぬく。うーんとのびをする。ソックスを脱いだ爪の先まで暖かい。
(私こんな幸せでいいのかなあ。あー)
ため息が出る。
(もういい。五十年近くなるけど、夫からただの一度もプレゼントもらったことないけど、気の利いた優しい言葉もないけど、あれやこれやあったけど、もういい。これでいいわ)
私はそのまま、やわらかい眠りに落ちていった。
背中を丸めて二階の寝室から下りてきた私は、大急ぎで二つのファンヒーターをオンにする。それから、キッチンに行ってお湯のコックを上げる。
「うわ、やってしまった」
水は出る。けれど、お湯は一滴も出ない。給湯器の管が凍ってしまったのだ。
前日から『水道管の凍結にご注意ください』と注意があったのに。お風呂のお湯を落とさずにお湯をチョロチョロ出しておくことがポイントだと知っていて、うっかり忘れていた。
何年か前にもやったことがある。そのとき、修理屋さんにお願いしていろいろやっていただいたが、結局「気温が上がるまではどうしようもない」とのことで、四、五日かかった覚えがある。
こうなったら、もうアタフタしても仕方がない。
「お水出るだけラッキー。今日から昭和の暮らしや」
私はそう自分を慰める。しかし困った。問題はお風呂だ。天気予報ではしばらくはこの冷蔵庫のような気温のままのようだ。
前回は、車の免許も返納していなかったし、近くのスーパー銭湯も営業していた。連日銭湯巡りをし、夕食をそこでとったりして結構楽しんでいたのだ。夫もビールをおいしそうに飲んでいた。
だがしかし、今回はこのころな禍!
「銭湯ってどうよ! マスクして? いやそれは無理」
そんなことを考えながら、食洗器も使えないので、冷たい水で食器を洗っていた。
ガチャン
「あっ、割れてしもた。これプレゼントしてもらったかわいいグラスなのに。ヨネちゃんごめん」
ゴム手袋をはめていると、すべりやすいのだ。
「もうなんなん。今日は星占いが最低? 天中殺? 」
ぶつぶつ言いながら、ガラスの破片を片付けた。大きな音を聞いてキッチンに現れた夫も、たいしたことではないと分かって、そのままテレビをつけて座った。私は、独り言のように言っていた。
「あー、お風呂入りたい!きっと晩寝られへんと思うわ。冷え性やもん、お風呂入ってすぐやないと寝られへん。うわあ、かなんわあ」
その晩、ソックスをはいたまま背中を丸めて寝室へ行った。
すると、なんと! 布団乾燥機がセットされているではないか。その布団に潜り込んだ。時間も合わせてあったようで、もうホカホカぬくぬく。うーんとのびをする。ソックスを脱いだ爪の先まで暖かい。
(私こんな幸せでいいのかなあ。あー)
ため息が出る。
(もういい。五十年近くなるけど、夫からただの一度もプレゼントもらったことないけど、気の利いた優しい言葉もないけど、あれやこれやあったけど、もういい。これでいいわ)
私はそのまま、やわらかい眠りに落ちていった。
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