「火垂るの墓」を歩く

はまだかよこ

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「火垂るの墓」を歩く

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            「火垂るの墓」野坂昭如著(新潮文庫)を読んで


  自宅のテレビで、ジブリ映画『火垂るの墓』を初めて観たのは、もう35年位前だったように思う。
40歳のおばさんがボロボロ涙を流した。それから放映されるたびに観てその都度泣いた。でも、最近は放映されることもなく、記憶の底に沈んでいた。

 
 今年初め、新聞の地方版の小さな記事にふと目が留まった。『火垂るの墓を歩く会』とある。
(近くだし面白そう)
とごく軽い気持ちで申し込んだ。
(その前にもう一度読んでおいた方がいいかも)
『泥縄』ではあるが、改めて新潮文庫の古本を購入し、じっくりと読んだ。収められた6篇とも興味深かったが、やはり『火垂るの墓』に一番心を抉られた。

 これは、野坂昭如氏の体験に基づく短編で、1945年(昭和20年)6月5日の神戸の焼夷弾空襲から主人公清太が亡くなる9月22日までが描かれている。著作は1967年に発表され、翌年直木賞を受賞した。
読点が少ない独特の文体と、挟み込まれる大阪弁の会話がリアルに迫ってくる。
 真っ暗な防空壕での中学生の清太と4歳の妹節子の暮らし。

――(蛍つかまえて蚊帳の中に入れたら、少し明るなるのとちゃうか)
 朝になるとその蛍の半分は死んで落ち、節子はその死骸を豪の前に埋めた。
「蛍のお墓作ってんねん」と言って。――

 タイトルが蛍ではなく『火垂る』であるのは、地上を焼き尽くす焼夷弾の2000度を超える
『火』を表すという。


『火垂るの墓を歩く会』は、『尼崎市史』を読む会が、1999年から継続して実施している企画だそうで、二回に分かれ参加は自由とあった。

 私は、二月末日の日曜日、まず『御影コース』を歩いた。阪神石屋川に集合した10名ほどの参加者が、スタッフの説明を受けながらマップを手にゆっくり歩く。石屋川沿いのきれいに整備された松並木の道、そこは焼け出された清太と節子がたどり着いた場所だ。
 道沿いの少しそこには、少し広くなったところに、色が剝げかかったアニメのモニュメントが建っていた。目を移すと、交通量の多い道路の向こうには、『御影公会堂』が見える。その窓枠は当時のままだという。中に入って驚いた。修復されて今も地域の人に使われている。その日は『東灘子どもフェスティバル』が開かれ、楽しそうな子どもたちでにぎわっていた。
 ハッと思いだした。50年前職場の後輩の結婚式があったところだ。友人たちが企画した手作りの温かい結婚式だった。

 その後、小学校のそばで、足を止めた。大やけどを負ったお母さんが運ばれたところだ。降り始めたみぞれ交じりの雨の中をしばらく歩いて解散となった。

 それから、私は一人でJR三宮駅へ向かった。清太がゴミのように餓死した『省線三宮駅』の面影はかけらもなく、慣れ親しんだ明るい構内が異世界のように感じられた。


 二回目は、『西宮コース』で、花吹雪が舞う阪急苦楽園に集合だった。参加者は前回とは全く別の方だった。
 遊歩道が整備された美しい夙川沿いの道を、『西宮震災記念碑公園』に向かう。広やかな公園には、1995年1月の震災で犠牲になった方々の名前が彫られている。その前では、幼い兄弟が、日差しを浴びて、笑いながら追いかけっこをしていた。
 奥まったところに目指す石碑はあった。2020年6月、地元の有志の熱意によってそれは建立されたと聞いた。立派な御影石の碑には『火垂るの墓誕生の地』とある。その前で高齢の男性が黙々と草むしりをしておられた。地元の方の日々のお世話できれいに整備されている。

 またゆっくりと住宅地の中を歩いて行くと、清太と節子がしばらく暮らしたおばさんの家の前まで行った。今はそこだけ空き地になっていて、雑草が茂っていた。近くには、アニメで観た階段があり、デジャブのような不思議な感覚がもあもあと立ち上った。
 次に、丸いフォルムの給水塔がある「ニテコ池」に向かう。その東側斜面に防空壕があったとされている場所だ。話の中に浸っていると、参加者のお一人の高齢の男性が、
「宝物なんです」
 そう言いながらうれしそうに取り出されたのは、なんとサクマド式ドロップの缶だった。
 原作では、それは象徴的に描かれており、三ノ宮駅で衰弱死した清太の虱だらけの腹巻に入っていた。駅員に投げ捨てられた缶から、節子の小さな骨が転がり出て来た。
「あらー」
「いや、懐かしいですねえ」
「まあ!」
 などとため息をつきながら、もう製造中止になったサクマ式ドロップを一粒ずつありがたく頂き、解散場所の阪急夙川駅に向かった。
 瀟洒な邸宅が建つ、静かな住宅地をゆっくりと歩く。
 今も蛍がいるのだろうか?
 うららかな空を見上げてのんびり歩を進める。
 何の恐怖もなく空を見上げることができる幸せを噛みしめながら。


 将来、今の時代を俯瞰したとき、どうぞ『戦前』ではありませんようにと強く強く願う。
『焼跡闇市逃亡派』と自称していた野坂氏のメッセージ
「戦争をしてはならない。戦争は悲しみだけを残す」を胸に刻みたい。

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