白いティーカップ

はまだかよこ

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白いティーカップ

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 毎年のことながら十二月も半ばを過ぎると、気持ちが焦り始める。少しは予定も立てなければと見慣れたカレンダーに目をやった。
「あらっ、今日は結婚記念日だ。四十年、いやもっとだわ。まっ、今更どうでもいいか」
 最近多くなった独り言をつぶやきながら、私は、重い腰を上げて、台所を片づけ始めた。まず、シンク上の戸棚から。
 元来片付けが苦手なのだが、四年前の交通事故で三か月の入院をして以来、上を向くのが苦痛になり、全く開けていなかったのだ。奥から、しわだらけの包装紙に包まれた物を見つけて、なんとか取り出した。紙をはがすと、白いティーカップとソーサーがあらわれた。
「あーこれ、ずっと前に夫からもらったものだ。すっかり忘れてた」
 踏み台に腰をおろすと、ティーカップを手にしたまま、いつものボンヤリモードに入ってしまった。
 世間の女性はよくご主人や恋人からプレゼントされるらしい。

「これプレゼントなの」
 友人や従妹が、うれしそうにバッグや靴やアクセサリーを見せてくれる。その度に、私はため息交じりに思うのだ。
(いいなあ、でもあの夫からはいらないなあ。何しろベージュを薄茶色、アイボリーは白としか理解できないし、アクセサリーに至っては用途も分からない人だもんね)
 夫は決してケチではなく、むしろ鷹揚な人だと思う。今まで私が買った物に嫌な顔をしたことはないし、値段を尋ねたこともない。だから勝手に自分で買う方が気楽なのだ。

 私は夫に誕生日や父の日(夫は私の父ではないのに)やバレンタインデーには必ずプレゼントをするけれど、もらったことがないのだ。
 困ったのは、ホワイトデーだ。夫が会社勤めをしていた頃、女子社員からもらったバレンタインデープレゼントのお返しを買うのが、私の三月の仕事だった。
「申し訳ないけど、今年はこれだけ頼むな」
 夫から受け取ったリストには、もらった人の名前と品物が書かれているだけだ。
(何歳ぐらいの方かなあ?これは一人で頂いたんだろうか?グループだったら同じ物にしないとね。お値段も見合ったものにしないと)
 などと考えながら、デパートや雑貨屋をぐるぐる回り、あれこれと買い求める。ついでに娘の分も。それを、娘はお父さんからだと無邪気に喜んでいた。
「こんなのでいいかなあ。お菓子と雑貨分けてあるよ」
 そう言って、可愛くラッピングされた包みを渡すと、
「あー助かった。いやもう何でもええんや。それよりこの習慣なんとかならんかなあ」
 手提げの紙袋を、そのまま確かめもせずに、会社へ持って行った。その時に、私にも何かという思いは、かけらもないようだった。

 ところが、二十年もっと前のある日のことだった。
「これ通販で買ったんやけど」
 夫がそう言ってプレゼントしてくれたのが、このティーカップだった。私は、ただただポカンとして、お礼を言うのも忘れていた。誕生日とかでもなく、あまりにも突然だったからだ。
(一体何が起こったのだ)
 そう思いながら、恐る恐る紅茶を入れてみた。すると、何の変哲もないカップの中で、紅茶がハートの形になっていくではないか。白いカップに澄んだ茶褐色のハートが映えてきれいでかわいい。
(どうしたんだろう。何かうしろめたいことでもあるんだろうか)
 そう思ってきいてみた。
「どうしたん?急に」
「いや、なんかええなと思って」
「おしゃれやねえ。ありがとう」
 そう言ったものの、疑惑は一層深まった。食器戸棚の特等席に置いて、二度くらい使っただろうか。
 このカップにスポットが当たるチャンスが一度あった。娘の友達が遊びに来て、紅茶を入れて出した。
「まあすてき!」
 いたく気に入ってもらえたので、差し上げたいと申し出た。
「とんでもないです。お父様の折角のプレゼント、いただくなんてできません」
 そう丁寧に断られた。

 その後、カップは、どんどん奥へ入れられ、ついには高い戸棚の奥で忘れられる運命になってしまったのだ。

(このカップ、可愛そうなことをしてしまったね。そうだ、結婚記念日ティーでも入れようかな。確かクッキーもあったよね)
 そうまたひとり言を言いながら、座り込んでいた踏み台から降りた。そして、お湯を沸かしながら、カップを丁寧に洗った。
 キッチンにやわらかな香りが漂い、カップにハートがゆらめいた。
(あの時の疑惑はもう晴れたでしょ)
 そう茶褐色のハートが尋ねたようで、思わず笑ってしまった。
(そうね、完全に。ただの気まぐれだったのよね、人騒がせな人)
 私は、十二月のやわらかな日差しと香りをゆったりと深く吸い込んだ。

   おしまい
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