ぴょんぴょん騒動

はまだかよこ

文字の大きさ
1 / 1

ぴょんぴょん騒動

しおりを挟む
 いつもは両親と志保だけの静かな家の中が、ゴールデンウイークの始まった今日は、にぎやかだ。兄夫婦が三歳になる美咲を連れて来たのだ。
「しほ、テレビつけて」
 夕食の後、美咲は当然のように志保に命令した。
(こんなチビに呼び捨てされるとは)
 大学四年生になる志保はそう思うけれど、美咲は父親をまねてるだけだ。『おばちゃん』よりはましだと、あえて無視している。今お気に入りのアニメを見るという。ぴょんぴょん跳ねている美咲の横で、志保もぼーっとテレビをながめていた。目が愛くるしいハムスターが現れ、テーマソングが流れる。
 『原作 河井リツ子』
 突然、画面に釘付けになった。子供の頃の志保が、夢中になっていた漫画家さんだ。背表紙がすり切れるまで読んだ、あの『ぴょんぴょん』が鮮やかによみがえった。
 
 もうすぐ小学一年生になるという冬、志保は『元気な女の子のための新まんが雑誌発売!』という広告を見た。大好きな『あさりちゃん』もある。お兄ちゃんの『小学五年生』という雑誌に載っていた。
「お母さん、この雑誌買ってもいい?」
 そう言うと、
「おこづかいで買ってね。あとでお母さんにも見せてね」
 漫画好きな母は、ちゃっかりとそう言った。
 創刊号は、お年玉で買った。そして、たちまち夢中になった。漫画家になりたいなあと思っていたけれど、それが確かな夢になった。1988年のことだ。次の号が発売されるまで何度も何度も読み返した。それが『ぴょんぴょん』だ。
 おこづかいでお菓子を買わなくても、この本があれば平気だった。次の年から月刊になって、毎月、本屋さんへ駆けて行った。
 伝記や名作、スポーツものや、ちょっとミステリー風なもの、ギャグもたくさんあって、どれも好きだった。あまりにも繰り返して読むものだから、すっかり覚えてしまった。

 お正月など家にお客様が集まった時、酔っぱらったお父さんが言った。
「志保の一発芸お見せします。この本のどこからでも吹き出しのセリフを言ってみてください。志保はその題を当てまあす」
 お客さんが隠れて、せりふを言うと、志保はたちどころに言い当てて、みんなを面白がらせた。

 いろんな作家さんのまねをして、たくさん漫画も描いた。どのノートも漫画だらけになり、テストも裏に描く漫画の方に時間をかけてしまい、先生にしかられた。
 ある時、『全員プレゼント』という企画で、河井リツ子先生の『なんでもアリス』のテレホンカードをもらった。それは、宝物で、使わずに今も大事に持っている。公衆電話が見当たらなくなった今、使い道もないけれど。

 月日が過ぎるうちに、雑誌がかなりの量になった。置き場所に困り、お兄ちゃんのベッドの下のスペースを借りることにした。志保のベッドの下は、洋服を入れる引き出しになっていたので仕方がなかった。
「えー、女の子の雑誌置き場かあ。友達来たらかっこ悪いよ」
 そういうお兄ちゃんに、母は言った。
「このすきま、もったいないじゃない。志保の部屋は狭いし、別にじゃまにならないでしょ。新しい分は志保の本箱に入れるから」
 志保は、お兄ちゃんのいない間に、それを取り出してよく読んでいた。だから、そんな楽しい日がずっと続くと思っていたのだ。
 
 四年生の九月、いつものように十月号をワクワク読み始めた志保は、
「えっ、これも終わるの?これも?」
 つい独り言が出た。すると突然、最後のページに、『ぴょんぴょんはしばらくお休みすることになりました。『ちゃお』におひっこしするお話もあります』という記事があった。志保は混乱したけれど、お休みだからすぐにまた会えるのだと思っていた。
「ぴょんぴょんがお休みするんだって」
 そう泣きそうに言う志保に、お父さんは言い放った。
「売れてないんやな」
 その心無い一言は、志保を打ちのめした。
 日本で一番人気があると思っていた。確かに友だちは『りぼん』や『なかよし』を読んでいる子が多いし、志保も借りて読んでいる。でも、どれも恋愛ものばかりで、ちょっとうんざりしてしまうのだ。その点『ぴょんぴょん』はバラエティーに富んでいて、志保にとって不動の一位だったのだ。
(今までの本を大事に読むしかないな)
 志保は、繰り返し繰り返し、いっそうボロボロになったのを読んでいた。
 
 五年生になる春休み、
(ひさしぶりに『ぴょんぴょん』読み返そうかなあ)
 うきうきと志保は、お兄ちゃんのベッドの下をのぞきこんだ。
「えっ?うそ!」
 そこは空洞だった。
 二階から絶叫が響き、慌ててかけあがってきたお母さんに、志保はしがみついた。
「ぴょんぴょんがない!全部ない!ない!うわーん!」
 その日の夜、お兄ちゃんが、むすっとして言った。
「邪魔なんだよ。幼稚な漫画雑誌。高校生になって、オレもいろいろ置きたいもんがあるんだよ。わざわざ廃品回収に出してやったんだぜ。お礼言ってもらいたいくらいだ」
「だまって捨てるなんてひどい!」
「言ったらまた、ぎゃあぎゃあうるさいじゃないか」
 すっかり元気をなくし、食事もあまり食べなくなった志保のために、お父さんは、出版社の小学館に電話をした。親切な対応だったが、休刊して一部ずつしか残していないため、お分けすることはできないとのことだった。
 それから『古書通信』に記事を載せてもらった。いつもは自分の趣味の古本を探すために使っているものだった。
(あまりにもジャンルが違うのでまあダメだろう)
 そう思いながらも、何かしないと志保の落胆が目に余ったからだ。インターネットが普及していない時代のことだ。こういうことしか手段はなかった。

 二か月がたった頃、新潟県の分水町に住んでいる方が「少しあります」と連絡くださった。
 送られて来た五冊の『ぴょんぴょん』で少し元気になった志保は、その家の明子ちゃんと文通を始めた。同い年だったが、農家の明子ちゃんの暮らしぶりには興味があった。『ぴょんぴょん』が大好きで、そんな話ができるのもうれしかった。読んでいたのは志保一人ではなかったのだ。お父さんたちも、共通の趣味で意気投合した。

 そして、夏休み、何と、志保は、新潟の明子ちゃんの家にお泊りに行くことになったのだ。一人で飛行機に乗って、楽しい思い出がいっぱいできた。あちこち連れて行ってもらったのに、申し訳ないくらいほとんど心に残らなかった。ただ、二階の明子ちゃんの部屋は、うらやましかった。畳の広い部屋の窓から、まわり一面の緑の田んぼから吹きわたって来る風が、気持ちよかった。そして、その部屋で『ぴょんぴょん』全巻を思う存分読むことができたことが、一番うれしいことだった。
 それから、だんだん明子ちゃんとの文通も間隔が空き、年賀状だけになって、そのうち途絶えてしまった。


 「ひまわりのたね~」
 ふと気づくと、美咲がおしりをふりながら歌っていた。
(今大人気の『ハム太郎』って、あの河井りつ子さんだったんだ。知らなかった。そういえば、アリスと目が一緒だわ)
 志保は、子供の頃の『ぴょんぴょん騒動』を思い出し、苦笑いを浮かべた。
(休刊になってもきちんと努力積み重ねてこられた漫画家さんも、たくさんおられるんだ)
 漫画家になるという夢は「ぴょんぴょん」休刊からいつの間にか消えてしまった。あの頃の自分を思い出すと、ぶわんとまぶたが熱くなった。それを振り払うように、テーブルにあったメモ用紙に『ハム太郎』の絵をササーっと描いた。
「うわあ、しほじょうず!もっとかいてかいて」
 そう言って美咲は、自分の落書き帳を持ってきた。
「パパ、しほじょうずだよ、ハムタロウ」
「志保は、ずっとそんなのばっか描いてたからなあ」
 兄は、眉を下げて、デレデレと美咲を抱き上げた。
「明日ハム太郎のノート買ってあげるね。お姉ちゃんにお風呂で、さっきの歌教えて」
「しほ、じょうずにうたえるかなあ」
 どこまでも生意気な姪と、ぴょんぴょん跳ねながらバスルームへ向かった。

   おしまい
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

まほうのマカロン

もちっぱち
絵本
ちいさなおんなのこは 貧しい家庭で暮らしていました。 ある日、おんなのこは森に迷い込み、 優しいおばあちゃんに出会います。 おばあちゃんは特別なポットから 美味しいものが出てくる呪文を教え、 おんなのこはわくわくしながら帰宅します。 おうちに戻り、ポットの呪文を唱えると、 驚くべき出来事が待っていました

緑色の友達

石河 翠
児童書・童話
むかしむかしあるところに、大きな森に囲まれた小さな村がありました。そこに住む女の子ララは、祭りの前日に不思議な男の子に出会います。ところが男の子にはある秘密があったのです……。 こちらは小説家になろうにも投稿しております。 表紙は、貴様 二太郎様に描いて頂きました。

パンティージャムジャムおじさん

KOU/Vami
児童書・童話
夜の街に、歌いながら歩く奇妙なおじさんが現れる。 口癖は「パラダイス~☆♪♡」――名乗る名は「パンティージャムジャムおじさん」。 子供たちは笑いながら彼の後についていき、歌を真似し、踊り、列は少しずつ長くなる。 そして翌朝、街は初めて気づく。昨夜の歌が、ただの遊びではなかったことに。

雪の降る山荘で

主道 学
児童書・童話
正体は秘密です。 表紙画像はフリー素材をお借りしました。 ぱくたそ様。素敵な表紙をありがとうございました。

魔女は小鳥を慈しむ

石河 翠
児童書・童話
母親に「あなたのことが大好きだよ」と言ってもらいたい少女は、森の魔女を訪ねます。 本当の気持ちを知るために、魔法をかけて欲しいと願ったからです。 当たり前の普通の幸せが欲しかったのなら、魔法なんて使うべきではなかったのに。 こちらの作品は、小説家になろうとエブリスタにも投稿しております。

【総集編】アリとキリギリスパロディ集

Grisly
児童書・童話
❤️⭐️お願いします。 1分で読める! 各話読切 アリとキリギリスのパロディ集

丘の上のじゃが次郎

天仕事屋(てしごとや)
絵本
丘の上のじゃがいも畑のじゃが次郎は今日も退屈をしていました。 良いか悪いかじゃなく、今のその場所にとっては何が幸せで嬉しいかというお話。

ふしぎなリボン

こぐまじゅんこ
児童書・童話
ももちゃんは、クッキーをおばあちゃんにとどけようとおもいます。 はこにつめて、きいろいリボンをむすびました。 すると……。

処理中です...