うん、東京へ

はまだかよこ

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うん、東京へ

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 東京の友人四人にどうしても会いたくて……

  一、 角野栄子
 憧れの童話作家角野栄子さんの『魔法の文学館』が昨年三月にオープンした。何としても、うん、東京へ行こうと決めた。

 『角野栄子』という名前を知ったのは、35年前、大好きなジブリのアニメ映画『魔女の宅急便』だ。慌てて原作を読んだ。夢中で6巻をすべて読み終え、そして、ドボッとはまった。他の童話もたくさん読み、ますます魅かれていった。
 2011年に、姫路文学館のイベント『角野栄子の世界展』が開かれ、講演を聴いた。
華やかで清楚で知的で、金の粒が降り注いでいるようなオーラのある方だった。
爪の垢がいただけるものなら煎じて飲みたいが、せめてもと、髪型だけずっと真似をしている。
(ただ白いというだけで誰にも分からないのだが)
 そのイベントで買った絵本『魔女からの手紙』は、今も私の宝物だ。
『かよこさんへ かどのえいこ』とサインがあり、ほうきに乗ったジジの絵も描いていただいた。
 今年一月『カラフルな魔女』という映画を観た。88歳の日常が描かれ、私の角野栄子愛は、はちきれんばかりに膨れ上がった。
 そして、ついに江戸川区にオープンした『魔法の文学館』。
 これは行かなくてどうする! と三月半ばに決行した。

  二、 鎌野文世
 不思議な友だ。私より五才年下。なぜ彼女との付き合いが二十年近くも続いているのかよく分からない。出会いも靄(もや)につつまれている。
 彼女のブログのタイトルが絵本から取っていたのに惹かれたのが始まりだったかな?
 少し遅れて娘にブログ開設してもらってからコメントしたりして始まったのかな?
はっきりしないけれど、今でいうSNS友だ。
(厳密にいうと違うのだろうけど、要するにパソコンを通しての友達だもんね)
 彼女はシングルマザーで頑張ってきたけれど、気負いもなくポワワンとしている。
二人の共通点はちょっと間抜けで、ものすごい方向音痴。
何よりも本が大好きで、何となくお互いに買った本を送り合いするようになっていき、今まで、もう何冊交換しただろう。すごい数だと思う。
文世さんの選ぶ本は、ドンピシャ私の好みで、送られてきたら、荷物を解くのももどかしく、ウキウキルンルンと本棚に並べる。
 連絡は、メールからラインになり、その時々の悩みを綴ってきた。息子と娘という共通の悩みもあり、あれこれと愚痴を言い合ったり、お互い病気も抱え、慰め合ったり…… 
 でも、どこかしらぬけていて、深刻にもならず、ポワワンとしている。

 いつだったか、急用があり、東京へ行ったとき、どうしても会いたくて、ごく短い時間だったけれど、東京駅で待ち合わせた。
「『銀の鈴』ね。私お上りさんだから、そこまで来てね」
という私のメールへの返事が、
「東京駅なんて行ったことないよー」
信じられなかった。
(東京で五十年以上過ごしていて!)
ある意味、彼女を見なおした。思った通りの飾らなさすぎる人柄で。
 その後も何度か、時間を取って出会った。
 私が交通事故で入院していたとき、いらないというのにお見舞いに来てくれた。東京駅を通って!
 今は子どもさんも独立し、最愛のワンちゃんも亡くなって独り暮らし。
「本だけが息抜きだよ~」
と言いながら介護の仕事に携わっている。
 育った家は町の本屋さん、出版社に勤めていたというから、根っからの本好きだ。
そのおかげで、私はたくさん本が読めている。

 そんな文世さんと二人『魔法の文学館』へ行ってきた。
なにしろ自分の住む区から出たことがないという人とだからもう大変だ。
それにしても、東京駅は、なんであんなにややこしいのだろう。
 駅を離れ、私がコンビニで道をきくと、
「信じらんない。物も買わずに道だけ聞くなんて」
 そう、うつむいて外で待っている。
「関西のおばちゃんなめたらあかんで」
私が尋ね、たずねて、なんとか辿り着いた。
「江戸川区へ来るなんてもうトラベルだよー」
などと言いながら、道をきく私からそっと離れてしまう。
「ほらほら、関西弁で聞いたら、親切に教えてくれるんやから、まかしとき」
 私の「しゃーないやん」というのがとてもお気に入りだ。関西弁はイントネーションが優しくて癒されるのだと。

 辿り着いた「文学館」は素晴らしかった。広いなだらかな丘に建っていて、生きててシアワセって感じがした。
中は本当に『魔法』がかかっていた。赤の角野カラーに統一されていて、何もかもがかわいい。絵本は読み放題。テーブルも椅子もなでたくなる。時間がたつのがもったいなかった。
 見晴らしのいいカフェで『キキランチ』という大盛りのオムライスを食べた。あーシアワセ!

 帰り道、最寄りの駅までも不安だらけ。いっそ歩こうと歩き出した。
「とても無理ですよ。バスに乗らないと」
尋ねた方にそう言われたが、東京の人はすぐ
「遠いですよ」
って言うんだもの。便利すぎるのよね。
天気もいい散歩日和。おしゃべりしながらてくてく歩いた。
(こっちで大丈夫かなあ)
なんて言いあいながら。やっと目指す駅にたどり着いたが、今度は予約していたホテルが分からない。ホテルの名を言いながらウロウロしていると、交通誘導員の方があの棒で指してくださった。すぐ目の前だった。
そこで文世さんとはお別れ。なんか今生の別れのような挨拶を交わす。だって、そうなるかもしれないんだもの。
 文世さん、またね。きっと。

  三、岩崎ちひろ
 大好きな画家。学生の頃『子どものしあわせ』という雑誌で目にした時から引き込まれた。いくら見ていても飽きない優しいタッチ。『子どもの幸せと平和』をテーマになんと9500点もの作品を描き、55歳という若さで亡くなってしまわれた。それから年が経つ。
美術館が二つある。一つは東京、もう一つは長野県安曇野。こちらはずいぶん昔に訪れた。広やかで周りの景色に圧倒されたが、時間に追われ素通りのようになってしまった。  
 東京に行くからには、今回はどうしても東京の美術館に行ってみたかった。ちひろが暮らした家。
(どんなところだろう? 行ってみたい。じっくり絵を観たい)
それで、もう一人の友人を誘った。

『世界中のこどもみんなにへいわとしあわせを』
 どの絵もどの絵も切ないほどにその想いが詰まっている。淡い色使いの絵、モノクロの絵、どれもが胸に迫ってくる。
鋭く刺さるのではなく、じんわりと沁みてくる。そして忘れられなくなる。
ちひろファンは多いが、みんなそんな想いなのだろう。厳しい戦争体験を昇華されて、あの絵なのだなあと、優しい絵を目でかみしめる。
 
 ちひろの絵は、線のあわいが緩やかで、そのためとても劣化しやすいのだそうだ。美術館ではその修復にも力を注いでおられた。
 東京の街中の決して大きくはないが、住宅街のひっそりとした美術館。その中庭で、友と二人、幸せに浸っていた。

  四、高浜明美
 この人も不思議な友人だ。私のブログにコメントをくれた。それから始まったお付き合い。本が好きということから、いろんな話をして…… 文世さんに送ってもらった本を読んだ後、明美さんに送る。
(まるで横流しだね)
と笑う。それを彼女はボランティア団体を通して被災地などに送る。そんなことをずっと続けている、一度も会ったことのない友人。私よりかなり若くてまだ現役会社員の主婦だ。
 そんな明美さんとラインを通して会うことになった。初デイトだ!

 当日は、東京駅まで出向くという私をホテルまで迎えに来てくれた。数々の方向音痴エピソードを語ってきたから、心配してくれるのも無理はない。
 写真も見ず面識のない私たち、ドキドキしながらロビーで待っていた。でも、「あっ、この人だ」ってすぐに分かった。想像通りの穏やかな笑顔の女性だった。まるで毎日出会ってあってきた人のようにおしゃべりしながら、二人でちひろ美術館に向かう。
 今日は安心。お任せコース。
 美術館を堪能して、なんと歌舞伎町へ連れて行ってもらった。そこでランチ。
怪しげな街かと思っていたが、単に、にぎやかな人がやたら多いだけの普通の街だった。やはり怖いのは夜だろうか? 
 その一番街を一緒に歩いているだけで、人となりが分かりすっかり安心している私がいた。ご主人とのなれそめや、あれやこれやと話が弾んだ。
 偶然それぞれの息子に障碍があり、今までそんなこともいっぱいメールで話してきたけれど。
本音で語れる幼馴染みのようだった。

 さあ、帰路だ。新宿駅で別れようと思ったけれど、
「いえいえ、東京駅まで送りますよ」
と。まあ『私』だからと、お言葉に甘える。
 東京駅新幹線の改札口で
「ではこれで。回り道になってごめんなさいね」
「じゃあね」
さすがにこれで大丈夫と思った明美さん、
「またね」
と手を振ってくれた。ところが自動改札機のドアがばたんと閉まる。
「えっ」
明美さんが慌てて走って来てくれる。
「えー、なんでかなあ」
駅員さんに尋ねると、特急券を買っていなかったみたい。
「私、ホームまで送ります」
心配そうな彼女を残して、無理に笑顔をつくって、一人でホームに上がる。最後まで心配をかけてしまった。
(こんどはきっと神戸で会おうね)
そう固く約束した。

 今、私のベッドの枕元に若草色の『わらびを持つ少女』の小さな額が置いてある。ちひろ美術館で明美さんがプレゼントしてくれた。絵本「あかまんま」の表紙で有名な絵だ。毎晩、そっと眺めながら眠りにつく。
 明美さんありがとう。おやすみなさい。

 東京にいる私の『友人』四人。
ますます好きになったよ。
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