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再び、モディリアーニ
しおりを挟む「うわ、あった。あの絵」
静かな館内、私はマスクの中で、そっと声を出した。
そして、ありありと思い出した。
ずっと昔、正確には1968年の夏、友人のまり子に
「モディリアーニ展行かへん? 京都やけど」
そう誘われた私は、絵のことなど全く分からず、まあ京都に行くのも悪くないなと、夏休みの一日を約束した。
当時は国鉄といっていた電車に、西の駅から2時間以上ゆられて、たわいないおしゃべりを楽しんでいた。
そして、何の予備知識もなく、旅行気分のまま、『京都国立近代美術館』に足を踏み入れた。
たくさんの絵画に圧倒されながら、階段を上った真正面に、その絵は掛けられていた。
『横たわる裸婦』
その前で、私は動けなくなってしまった。堂々と裸体をさらすその女性の、独特の細く描かれた顔、そしてくっきりとした二つの目。
(えっ、何なん)
突然あふれてきた涙にびっくりした。恥ずかしくて、汗を拭くふりをして目元を押えた。訳が分からず、自分の感情を持て余していた。
気持ちが収まらず、三日後に一人でまたその絵に会いに行った。モデルの女性のこちらを見据えるまなざし、その凛とした芯と孤独のようなものが私の胸に刺さって来た。
それから、絵を観ることが楽しくなった。私は全く絵を描くことはできなかったけれど、廉価な画集を買ったり、近くの美術館へ行ってみたりするようになった。
そして、先日、ずっと親友でいてくれているまり子に誘われたのだ。
「モディリアーニ展行かへん? 新しくできた『大阪中乃島美術館』やけど」
私は二つ返事で約束した。彼女は趣味でずっと絵を描いていて、受賞も多い。
二人で美術館へ向かう途中、うろうろ迷いながらもうれしくて、話も足もはずんだ。
「これは奇跡ちゃう? 私ら二人、また一緒に来られて」
やlっとたどりついた大きくて堂々とした美術館。期待で気持ちが高ぶった。といより不安が大きかった。
たくさんの絵や彫刻の部屋を足早に通り過ぎ、三つ目の部屋に入った。
(ああ、これだ。もっと大きな絵だと思ってたなあ)
モデルの女性と、再び見つめ合う。予想はしていたが、不安は的中し、私の目からは涙一粒もこぼれず、体が固まることもなかった。
それからゆっくりと他の絵も堪能してから、美術館を後にした。
心地よい風が、ビル街の大通りを渡っていく。並んで歩きながら
「私の感性カラカラに乾いてしもてるわ」
私が笑ってそう言うと、
「まあ色々ありすぎるほどあったもん。当たり前や」
そうまり子は慰めてくれる。
「モディリアーニはやっぱり好きやけど、もう胸がキュンとならんかった」
「その代わり、いろんなことにぶつかっていったり、耐えたりできるようになったやない」
「そやなあ、まあええか。お肌も心もカッサカサ」
そう歌うように言った。
「あほらし。それより遅なったけど、どこかでランチにしようよ」
そう言って、スマホで検索し始めた。
堂島川添いのやわらかくゆれる緑の樹々を見下ろしながらのイタリアンは、最高だった。もはや、おいしいものが一番になった。
「うれしい日やな、食べて心がキュンキュンや」
デザートにコーヒーを飲みながら、笑い合った。
こんな楽しい一日。モディリアーニとまり子よ、ありがとう。
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