再び、モディリアーニ

はまだかよこ

文字の大きさ
1 / 1

再び、モディリアーニ

しおりを挟む
 
 「うわ、あった。あの絵」
  静かな館内、私はマスクの中で、そっと声を出した。
 そして、ありありと思い出した。

 ずっと昔、正確には1968年の夏、友人のまり子に
「モディリアーニ展行かへん? 京都やけど」
 そう誘われた私は、絵のことなど全く分からず、まあ京都に行くのも悪くないなと、夏休みの一日を約束した。
当時は国鉄といっていた電車に、西の駅から2時間以上ゆられて、たわいないおしゃべりを楽しんでいた。
そして、何の予備知識もなく、旅行気分のまま、『京都国立近代美術館』に足を踏み入れた。
たくさんの絵画に圧倒されながら、階段を上った真正面に、その絵は掛けられていた。
『横たわる裸婦』
 その前で、私は動けなくなってしまった。堂々と裸体をさらすその女性の、独特の細く描かれた顔、そしてくっきりとした二つの目。
(えっ、何なん)
 突然あふれてきた涙にびっくりした。恥ずかしくて、汗を拭くふりをして目元を押えた。訳が分からず、自分の感情を持て余していた。
 気持ちが収まらず、三日後に一人でまたその絵に会いに行った。モデルの女性のこちらを見据えるまなざし、その凛とした芯と孤独のようなものが私の胸に刺さって来た。

 それから、絵を観ることが楽しくなった。私は全く絵を描くことはできなかったけれど、廉価な画集を買ったり、近くの美術館へ行ってみたりするようになった。


 そして、先日、ずっと親友でいてくれているまり子に誘われたのだ。
「モディリアーニ展行かへん? 新しくできた『大阪中乃島美術館』やけど」
 私は二つ返事で約束した。彼女は趣味でずっと絵を描いていて、受賞も多い。
 二人で美術館へ向かう途中、うろうろ迷いながらもうれしくて、話も足もはずんだ。
「これは奇跡ちゃう? 私ら二人、また一緒に来られて」
 やlっとたどりついた大きくて堂々とした美術館。期待で気持ちが高ぶった。といより不安が大きかった。
 たくさんの絵や彫刻の部屋を足早に通り過ぎ、三つ目の部屋に入った。
(ああ、これだ。もっと大きな絵だと思ってたなあ)
 モデルの女性と、再び見つめ合う。予想はしていたが、不安は的中し、私の目からは涙一粒もこぼれず、体が固まることもなかった。
 それからゆっくりと他の絵も堪能してから、美術館を後にした。

 心地よい風が、ビル街の大通りを渡っていく。並んで歩きながら
「私の感性カラカラに乾いてしもてるわ」
 私が笑ってそう言うと、
「まあ色々ありすぎるほどあったもん。当たり前や」
 そうまり子は慰めてくれる。
「モディリアーニはやっぱり好きやけど、もう胸がキュンとならんかった」
「その代わり、いろんなことにぶつかっていったり、耐えたりできるようになったやない」
「そやなあ、まあええか。お肌も心もカッサカサ」
 そう歌うように言った。
「あほらし。それより遅なったけど、どこかでランチにしようよ」
 そう言って、スマホで検索し始めた。
 堂島川添いのやわらかくゆれる緑の樹々を見下ろしながらのイタリアンは、最高だった。もはや、おいしいものが一番になった。
「うれしい日やな、食べて心がキュンキュンや」
 デザートにコーヒーを飲みながら、笑い合った。
 こんな楽しい一日。モディリアーニとまり子よ、ありがとう。

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...