かよばあさんとクー

はまだかよこ

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かよばあさんとクー

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 「また~!こら~!」
 かよばあさんが、ほうきを持ってとび出してきました。
「んもう!またおかずの魚を取られた!」
 でもすぐに
「ゼーゼー、今日という、ゼー、今日は、ゼーゼー、こらしめて、ゼー、やる~!」
 気もちは元気でも、のらねこに勝てるはずもなく、ほうきにもたれて立ち止りました。夕もやの中、 桜の花と一緒に舞い降りてくる風が、かよばあさんの汗をぬぐってくれました。

  気がつくと、そこは、家のすぐ近くにある古びた神社でした。小さな雑木林に続くお社は、いつもしーんとしていて、一人暮らしのかよばあさんのお気に入りの場所でした。ただなぜか、大嫌いなねこがたくさんいることだけが、気に入りませんでした。
 ねこたちは毎日のようにおかずを盗みました。大切に育てている花や野菜を踏みつけたり、ウンチやおしっこをして、枯らせてしまいました。音もたてず歩く様子も、気もち悪いったらありません。かよばあさんは、ねこさえいなければ楽しく暮らせるのにと、毎日腹をたてていたのでした。
 かよばあさんは、ねこを見ると、手あたりしだいに物を投げつけました。特に、春先には、屋根の上から聞こえる「ミャーゴミャ―ゴ」という鳴き声に鳥肌がたち、夜中でもホースで水をぶっかけました。

 のらねこに逃げられ、疲れ果てて帰って来たかよばあさんは、野菜の煮もので夕食を終え、ふとんに入りました。
 ようやく寝ついたころ、かよばあさんは小さな音に目を覚ましました。さびしさを紛らわすためいつもつけてるラジオを消し忘れたのかとも思いました。が、
「ミャアミャア」
 かぼそい声が床下から聞こえてきます。そろりそろり声の方向に進んで行きました。強く握りしめた懐中電灯の光りに、生まれたばかりの子ねこが数匹、浮かび上がりました。
「フ!」
 やせ細った母ねこが、 牙をむき出して、うなりました。また水をかけようかとも思いましたが、もごもごと動くあまりにも小さな命に、かよばあさんは、ため息をついてしまいました。
「もううう!どうしてこんなところで生むのよ。さっさと出て行ってよね」
 かよばあさんは、そう言いながらも、母ねこに煮干しを投げてやりました。
 それからしばらく、ぶつぶつ言いながら、残り物を置いてやりましたが、 ある日をさかいに、いなくなって、ほっとしたのでした。

 お日さまが、大笑いをしているようなお天気が、何日も続いていました。かよばあさんも、縁側に座って、小さな庭に咲いている花たちと話していました。
「さあお水をあげようね。よっこらしょ」
 かよばあさんは、庭に出るとバケツにたっぷりと水を入れました。
 そこへ、大きなまっ黒のねこが、のっそりとあらわれました。片方の耳がねじれ、目の上にえぐれたような傷があります。初めて神社で見た時、クマかと思ったあのねこです。かよばあさんは、バケツを両手に持つと、勢いよく水をかけました。黒ねこはブルブルっと体を震わすと、慌てることもなく、かよばあさんの方へ近づいて来ました。金色に光る目で、するどくにらみつけると
「シャーッ!」
 するどい牙の見せて 耳まで裂けるほど大きく口を開けると、魚臭い息を吹きかけました。そして、尾をゆったりとふりな がら、神社の方へ歩いて行きました。かよばあさんは、体の中を電気が走りぬけたようで 背中がゾクゾクッとしました。
 その晩 かよばあさんは、なぜか体中が痛くて、何度もうなされました。

 小鳥の声が、とても大きく聞こえてきて、かよばあさんは、うっすらと目を開けました。家の中の物が、なにもかも大きく、なんだかぼんやりと青っぽく見えました。目をこすると、その手は、白い毛でおおわれています。腕も足も顔も、体中が毛むくじゃらでした。ガラス窓に映っていたのは、白に黒いぶちのあるねこでした。
「ギャー!」
 かよばあさんは、そのまま、気を失ってしまいました。

 何時間たったでしょう。なにやらあたたかい、ざらざらしたもので、顔をなめられているような気がしました。目を開けると、茶色い縞の子ねこが、かよばあさんを、ずっとなめていたのでした。
「キャ~、ねこ!あっちへ行け!うわ!」
 かよばあさんは、ありったけの声で叫びました。子ねこは、緑の目で、かよばあさんを見つめると、言いました。
「おばあちゃん、ぼくとおんなじねこになってるよ。きっと、お社の長老様のお怒りにふれたんだ!お母ちゃんが言ってたもん。お怒りにふれた人間は、ねこにされてしまうって。」
「わ、わ、わたしが一体なにをしたというの?どうしてこんなことに!」
  かよばあさんは泣きました。泣いて泣いて泣きました。子ねこは、足で耳をかきながらそっと言いました。
「おばあちゃん、おなかがすいたでしょ。ごはんのあるとこ教えてあげる。」
  かよばあさんは、よたよたと四本の足で歩きました。耳が、あっちへピクリこっちへピクリと動きます。鼻がムズムズします。辺りのにおいも、とっても強いのです。ひげにいろんなものがあたります。
 台所へ入って行きました。昨日の残りの鮭の皮と野菜くずが、ポリバケツに捨ててありました。
「こ、こんなゴミ食べられるわけないでしょ!」
 かよばあさんは、ポリバケツを足で蹴って、向こうへ行こうとしました。でも、おなかがぐるぐるなりました。
「おいしいよ。ごちそうだあ。」
 子ねこは、ガツガツ食べはじめました。かよばあさんも、しかたなく、おそるおそる、散らかったものを少し食べました。
 子ねこは、舌で口のまわりをなめながら、話し始めました。
「ぼくね クーっていうの。お母ちゃんがつけてくれたんだよ。ここの家の床の下で生まれたんだ。でも、お母ちゃんも、一緒に生まれたお兄ちゃんもお姉ちゃんも、死んじゃったんだ。イタチがきたんだよ。」
 クーのギュッと閉じた目から涙がこぼれました。
「あ~あの時の赤ん坊だね。かわいそうに、つらいめにあったんだねえ。ひとりぼっちでいるの?」
 かよばあさんは、あの時優しくしてやらなかったことを悔やみました。
「友だちがいっぱいいるもん。だいじょうぶだい。」
 クーは、目をぐるっとさせて、笑いました。

 こうして、かよばあさんとクーののらねこ暮しが始まりました。あちこちのゴミ箱のご飯。かよばあさんはどんなに冷蔵庫を開けたかったことでしょう。 庭の花のそばでしたウンチとおしっこには、土をかけておきました。雨戸のすきまから、出入りしました。

 三日たちました。玄関の戸を勢いよく開けて入って来たのは、かよばあさんの一人娘のゆうさんでした。
 「お母さん!お母さん!どうしたの?いくら電話しても出ないし。強盗!家中むちゃくちゃだわ。警察に連絡しないと。きゃー!うわ~!ねこが布団に!」
 遠い町から来てくれたゆうさんに、かよばあさんは、必死ですりよって訴えます。
「ニャー!ニャー!」
「それどころじゃないのよ!なんで二匹もいるの?きたない!気もち悪い!」
 すっかり腹をたてたゆうさんに、 ほうきでたたかれて、追い出されてしまいました。

  雨が激しく降ってきました。クーに励まされながら、神社までよろよろと来ました。ほこらで雨やどりです。前足で顔をなで、体を丸くして体中をなめます。雨にぬれた体も、少しだけすっきりしました。
 この神社にはたくさんのねこがいます。みんながクーのようにやさしいとはかぎりません。
「なんだいばあさん、新顔かい?」
「ニャオ!」
 背中を高くして威嚇され、鋭い爪でひっかかれたりすることも、何度もありました。

 日が過ぎて行きました。雨が止んだと思ったとたん、お日さまが怒っているように照りつけます。
 夕暮れ、かよばあさんは、神社へ続く道をとぼとぼ歩いていました。向こうから部活帰りらしい中学生の男子が五人、笑いながら歩いて来ました。
「うわ~よぼよぼねこ、きったね~!」
 一人が言うが早いか、しっぽをつかまえて、もう一人の持っていた紙バッグに、つっこみました。
「わおー!ねこサッカーしようぜ!」
「フギャー!」
 かよばあさんは、泣き叫びました。
「ヘディング~!」
「キック!」
「パスパス!」
 かよばあさんは、あまりの苦しさに、もう声をあげることも、できませんでした。

  そこへ通りかかったのは、クーでした。クーは、神社へ、全速力で走りました。神社では、満月の今夜、大集会が開かれます。あちこちから、たくさんのねこが、少しずつ集まり出していました。
 「かよばあさんがたいへん!助けてあげて~!」
 目に涙をためたクーが、喘ぎながら叫びました。でも、誰もきいてくれません。
「あんな性悪ばあさん、ほっとこうよ」
「そうだそうだ!いい気味だ」
  騒ぎをきいて、あのまっ黒な大きなねこが、のっそりとあらわれました。
「長老様!」
 皆は一斉に頭を下げました。クーは声をふりしぼって言いました。
「長老様、かよばあさんを助けてあげて下さい」
「ふむ、おまえは、本当にやさしいやつじゃのう。お前に免じて、助けてやらねばなるまいのう。あの悪ガキどもも、懲らしめてやらねばの。見て見ぬふりは、ねこ族の恥じゃ。さあ、皆行くのじゃ」
 長老猫が、サッと右の前足を上げると、ねこたちは、われ先にと走り出しました。
 十匹、二十匹、三十匹、いえ、もっとたくさんのねこが、クーを先頭にかけぬけます。
 ザザザー、ドドドー
 尾を立て、毛を逆立て、目を光らせたねこたちは、夕闇の中、戦いに向かう一頭の大蛇のようです。

 「うわっ、あれなんだ!」
「にげろー!」
 真っ青になった中学生たちは 制服を破られたり、手足や顔を引っ掻かれたりしながら、転げるように逃げて行きました。
 五つのカバンのそばに残されたかよばあさんの袋は、ピクリとも動きませんでした。ねこたちが、袋を食いちぎりました。
「おばあちゃん、目を開けて」
 クーの声で、よろよろと立ちあがったかよばあさんは、 みんなにに助けられて、体をひきずりながら、神社まで来ました。しかし、ちょうずやで水を飲むと、そのまま倒れて、眠ってしまいました。

 「おばあちゃん、だいじょうぶ?元気になってね。お母ちゃんが言ってたもん。おばあちゃんが、ご飯をずっとくれたから、おっぱい出たんだよ~って」
 夢の中で、そんな声を聞いたような気もしました。

 長老猫が静かに、かよばあさんを見下ろしていました。クーが駆け寄って、ていねいに頭を下げました。
 「長老様、おばあさんを元にもどしてあげてください。娘さんも、心配して病気になっているそうです。おねがいします」
「ふふふん、ちっとは懲りたかのう。今まで我らねこを、見下げて嫌っておった罰じゃ。まあ薬は効いたようじゃの。今夜は満月のめでたい集会じゃ。クーの願いをかなえよう。」
 長老猫は、細くした目から金色の鋭い光を放ちました。大きな口を開けると
 「シャーッ!」
 魚臭い息を吹きかけました。そして、にたっと笑うと、集会のある方へゆったりと歩いていきました。

 「う~~~ん。」
 かよばあさんは体を伸ばしました。いつものふとんの上です。
 「あー、なんてへんな夢見てたこと。あれっ?」
 体中泥だらけ、あちこち怪我もしてひりひりします。しかも、子ねこがそばで寝ているではありませんか。
 「あら、ク―!」
 でも、どうしてこのねこの名前を知ってるのでしょう?
 首をかしげながら、窓を開けると、真夏の朝の涼しい風が入ってきました。
 庭先を、大きな真っ黒なねこが、いかめしそうな顔をして通りすぎました。こちらをギロっとにらんだ傷のある目は、なにやら笑っているように見えました。
 かよばあさんは、ねこになっていた日々が、決して夢ではなかったことを、その時、知ったのでした。

 数日後、かよばあさんは、 クーののどをなでながら、電話をしていました。
 「もしもし、ゆう。うん、元気よ、とっても。あ~、もう言わないで。あの時は、ほんとにごめんね。連絡しないで、急に旅行して」
 かよばあさんは、 ゆうさんには申し訳ないと思いました。でも、本当のことを言っても、悪い冗談としか、思われないでしょうから。
 「もう、ほんとに勝手なお母さん、大変なことになってたんだからね。警察にものすごくしかられたのよ。情けなかったよ。ほんとに!心配かけてけろっとして。ねこまで飼ってるのね。どうした風の吹きまわし?まあいいわ。すごい幸せそうな声!また行くわね。じゃあね」
 ゆうさんは、ため息をつきながらも、やさしく受話器を置きました。

 蝉しぐれの中、 風が、すだれをゆらしています。かよばあさんとクーは、並んでお昼寝です。そろって大あくびをしました。庭を大きな黒ねこが、のんびり通り過ぎました。

 縁側には、いつも鰹節と煮干しが、どっさりおいてありました。

 おしまい
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