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おいしかったよ
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明日は二学期の期末テストだ。夜も十一時を過ぎた。
「あったかいココアでも飲もうかな」
そう言いながら自分の部屋から出てきた亜美は、
「寒う」
思わず首をすくめた。大あくびをしながらキッチンに入ると、母がボリュームを落としたテレビをぼーっと見ている。食卓には、亜美たちが食べた夕食の煮魚とあえ物などがラップをかけて並んでいる。
「亜美、頑張ってるね。無理しないでね」
「母さん、まだ待ってるの?どうせ食べないよ、父さん」
「そうだね。片付けようかな」
そのとき、玄関に置いてある電話が鳴った。
「はいはい。すぐ行きます」
電話でそう答えた母は、車のキーを持つと大急ぎで出て行った。
ぶすっとした亜美は、ため息をココアの湯気に溶かせた。
「父さんも父さんだし、母さんもどうかしてるよ。ばかみたい。毎晩食べもしないご飯作って、酔っぱらってる父さん迎えに行って」
一人になったキッチンでそうつぶやいた。
「私は絶対夕食一緒に食べる人としか結婚しないもんね。家族より仕事を優先する人なんて嫌だ」
以前、亜美は母に言ったことがる。
「父さんに『夕食いらない』って電話もらえばいいのに」
「母さんも言ったことあるんだけどね。『そんなかっこ悪いことできるか』って言われたから。まあ付き合いがあるんでしょ」
それ以来呆れて口出す気もないが、中学二年の亜美には、両親のやっていることに納得できなかった。
それから二十年が過ぎ、今、亜美は主婦である。夫の祐也は優しいし帰宅も遅くない。
ある日、二人は亜美の実家に遊びに行った。
夕食を終えて、祐也は
「ごちそうさま。お母さん、おいしかったです」
「は?」
母は、きょとんとした。
「え、い、いや、チンジャオロースがおいしかったなと」
「あっ、あー、ごめんなさい。私何十年もご飯作って来て夫に『おいしかった』って言われたことなかったものだから。あはは。どうもありがとう」
母は、体中からうれしさをあふれさせて答えた。祐也はそんな気遣いもできる人だ。
今、夜七時。祐也が帰ってきた。
「ただいま」
「お帰り。すぐご飯できるよ」
亜美はバタバタ仕上げにかかる。帰宅時間はあらかじめラインで教えてくれるので逆算して、出来立てを食卓に乗せることができるのだ。
「いい匂い。何?」
祐也は嬉しそうにテーブルを見る。
「クリームコロッケ。初挑戦」
亜美は、意気揚々と先に用意していたサラダと一緒にダイニングの食卓に並べる。
「いただきまあす」
そこにはテレビを置いていない。会話がなくなるからと亜美は考えたのだが、その必要もないくらい、祐也はあっという間に残さず食べ終わる。ものすごく早食いなのだ。折角作ったのだからゆっくり食べてくれればいいと思うのだけれど。
「ごちそうさま。このクリームコロッケもう少し味が濃い方がいいかな」
「ソースかけないからよ。ほら目の前に置いてあるでしょ。ケチャップとソース」
憮然として言う亜美に、しまったという顔の祐也は、目を伏せて、椅子から立とうとする。
「初めてちょっと気合入れて作ったんだよ。レシピ色々検索して。母がクリームコロッケ苦手で、外でしか食べたことなかったから、よく分からなくて」
「ご、ご、ごめん。ソースうっかりしてた」
それからだ。祐也は亜美の料理に『おいしかった』しか言わなくなったのは。
亜美は『献立アプリ』を見て料理を作っているが、祐也に
「この前の○○また食べたいな」
そう言われたときは困る。
だから、亜美はぶつぶつ言った。
「いつも『おいしかった』って言ってくれるけど、また作るのってレシピ取り出すの、面倒なんだよねえ」
それから祐也は『おいしかったよ』と『おいしかった。また作ってね』と、二種類言うようになった。
『まずい』も『普通』もない。
昨夜も鶏もものガリバタ炒めを食べて、
「おいしいね。これはリピあり」
って言ったけど、本当かな。なんかちょっとかわいそう。
亜美はスマホの『お気に入り』にレシピを入れながらそう思った。
でもいいのだ。浴室から祐也の機嫌のいい鼻歌が聞こえる。ウフフと笑って、亜美は片付けにかかった。
「あったかいココアでも飲もうかな」
そう言いながら自分の部屋から出てきた亜美は、
「寒う」
思わず首をすくめた。大あくびをしながらキッチンに入ると、母がボリュームを落としたテレビをぼーっと見ている。食卓には、亜美たちが食べた夕食の煮魚とあえ物などがラップをかけて並んでいる。
「亜美、頑張ってるね。無理しないでね」
「母さん、まだ待ってるの?どうせ食べないよ、父さん」
「そうだね。片付けようかな」
そのとき、玄関に置いてある電話が鳴った。
「はいはい。すぐ行きます」
電話でそう答えた母は、車のキーを持つと大急ぎで出て行った。
ぶすっとした亜美は、ため息をココアの湯気に溶かせた。
「父さんも父さんだし、母さんもどうかしてるよ。ばかみたい。毎晩食べもしないご飯作って、酔っぱらってる父さん迎えに行って」
一人になったキッチンでそうつぶやいた。
「私は絶対夕食一緒に食べる人としか結婚しないもんね。家族より仕事を優先する人なんて嫌だ」
以前、亜美は母に言ったことがる。
「父さんに『夕食いらない』って電話もらえばいいのに」
「母さんも言ったことあるんだけどね。『そんなかっこ悪いことできるか』って言われたから。まあ付き合いがあるんでしょ」
それ以来呆れて口出す気もないが、中学二年の亜美には、両親のやっていることに納得できなかった。
それから二十年が過ぎ、今、亜美は主婦である。夫の祐也は優しいし帰宅も遅くない。
ある日、二人は亜美の実家に遊びに行った。
夕食を終えて、祐也は
「ごちそうさま。お母さん、おいしかったです」
「は?」
母は、きょとんとした。
「え、い、いや、チンジャオロースがおいしかったなと」
「あっ、あー、ごめんなさい。私何十年もご飯作って来て夫に『おいしかった』って言われたことなかったものだから。あはは。どうもありがとう」
母は、体中からうれしさをあふれさせて答えた。祐也はそんな気遣いもできる人だ。
今、夜七時。祐也が帰ってきた。
「ただいま」
「お帰り。すぐご飯できるよ」
亜美はバタバタ仕上げにかかる。帰宅時間はあらかじめラインで教えてくれるので逆算して、出来立てを食卓に乗せることができるのだ。
「いい匂い。何?」
祐也は嬉しそうにテーブルを見る。
「クリームコロッケ。初挑戦」
亜美は、意気揚々と先に用意していたサラダと一緒にダイニングの食卓に並べる。
「いただきまあす」
そこにはテレビを置いていない。会話がなくなるからと亜美は考えたのだが、その必要もないくらい、祐也はあっという間に残さず食べ終わる。ものすごく早食いなのだ。折角作ったのだからゆっくり食べてくれればいいと思うのだけれど。
「ごちそうさま。このクリームコロッケもう少し味が濃い方がいいかな」
「ソースかけないからよ。ほら目の前に置いてあるでしょ。ケチャップとソース」
憮然として言う亜美に、しまったという顔の祐也は、目を伏せて、椅子から立とうとする。
「初めてちょっと気合入れて作ったんだよ。レシピ色々検索して。母がクリームコロッケ苦手で、外でしか食べたことなかったから、よく分からなくて」
「ご、ご、ごめん。ソースうっかりしてた」
それからだ。祐也は亜美の料理に『おいしかった』しか言わなくなったのは。
亜美は『献立アプリ』を見て料理を作っているが、祐也に
「この前の○○また食べたいな」
そう言われたときは困る。
だから、亜美はぶつぶつ言った。
「いつも『おいしかった』って言ってくれるけど、また作るのってレシピ取り出すの、面倒なんだよねえ」
それから祐也は『おいしかったよ』と『おいしかった。また作ってね』と、二種類言うようになった。
『まずい』も『普通』もない。
昨夜も鶏もものガリバタ炒めを食べて、
「おいしいね。これはリピあり」
って言ったけど、本当かな。なんかちょっとかわいそう。
亜美はスマホの『お気に入り』にレシピを入れながらそう思った。
でもいいのだ。浴室から祐也の機嫌のいい鼻歌が聞こえる。ウフフと笑って、亜美は片付けにかかった。
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