絵本と私

はまだかよこ

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絵本と私

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 先日、七十四歳同い年の友人と電話で話していた。
「あなたってものすごい本が好きよね。小さいときいっぱい絵本とか読んだんでしょう」
 私は笑いながら言った。
「それがね、一冊の絵本も読ませてもらったことがないのよ」
「えっ、うそでしょう」
 そう言う彼女に私は続ける。
「小さいときほとんどしゃべらなかったみたいなの。その上、人見知りが激しい私を、普通の発育は望めないって諦めていたみたいでねえ」

 長電話を終えたあと、幼い頃を思い出していた。
 世の中がまだ敗戦の混乱を色濃く残していた中、父が事業に失敗し、貧乏のどん底だったこともあったのだろうが、私に絵本を与えられることはなかった。仕立物の内職をする母の傍で、だまって着物の端布をものさしに巻き付けお人形ごっこらしいものをして時間を過ごしていたらしい。

 だけど、私は内気だけれど普通に話すようになっていき、両親は当たり前のように小学校に入学させた。
私は文字を覚え、本も大好きになっていった。ただ、私の読書のスタートは、学校の図書室の『物語』からだったので、絵本を読むことはなかった。

 ところが、大学の児童文学の授業で、先生が『しろいうさぎとくろいうさぎ』を題材にして講義をされた。私は胸の奥を撃ち抜かれた。
(なんなの、これ! 絵本ってすごい) 
  下校途中で買い求めたその絵本は、かなり痛んでいるが、今も本棚に並んでいる。私の二十歳の遅すぎる『絵本デビュー』の記念の一冊なのだ。

 それからは急に、スルーしていた絵本に目がとまるようになり、そしてあっという間に夢中になってしまった。当時刊行された福音館の『普及版こどものとも』を毎月届くのを首を長くして待っていた。そのほかの絵本での数々のキャラクターとの出会いは胸躍るものだった。それからずっと、今も絵本たちは私の宝物だ。

 ただ、鬼籍に入って久しいし、愛情たっぷりに育ててもらったけれど、あの阿保な両親に代わって、幼かった私に謝ってやりたい。絵本の世界を、幼いやわらかい心の襞に沁み込ませてやりたかったなあと。

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