1 / 1
よろしくね、補聴器くん
しおりを挟む「えっ、何?よう聞こえへん。もう一回言って」
そう私が言うと、息子は
「もうええわ」
ボソッとつぶやくと、向こうへ行ってしまった。こんなことが最近ずっと続いている。
彼は発達障害を抱えており、自分に自信がないためか声がとても小さい。話すこと自体がストレスのようで、会話がスムーズに進まない。母親に話しかけるのすらある種の『決意』が必要なようで、やっと話そうと思っていたことを、私が遮断するのはとても胸が痛い。
(なにか困ったことあったのかなあ。相談があったのかなあ)
などとぐずぐず思い悩んでしまう。
(やっぱ補聴器、うーん)
以前から夫に、
「聞こえてないんちゃうか」
とよく言われていたけれど、特に不自由も感じることなく過ごして来た。娘にも電話で
「大きな声出すの嫌よ。補聴器買えば?」
などと言われても、まだ70歳になったところでそんな婆さん臭い物いらないと無視していた。
そうは思いながらも、やはり気になるので、耳鼻科を受診した。検査の結果、
「軽度難聴ですね。日常会話はスムースにできていますので、生活に特に不便はありませんが、小鳥のさえずりや民報のお笑いとかはあまり楽しめないでしょうね。まあ補聴器を付けなければならないという段階ではありませんよ」
医師に説明を受けた後、そのままにして三年が過ぎた。夫の話が聞き取りにくくても何も困らない。口はすこぶるなめらかに動くので、一方通行の会話はむしろ都合がいい。
(補聴器なんて老いの崖真っ逆さまって感じだよねえ)
などと、踏ん切りがつかなかった。けれど、最近息子の声がとても聴きづらくなったのは辛い。先日思い切って販売店に行ってみた。まず値段に驚いた。買い換えたいと思っている冷蔵庫とあまり違わない。
(こんな小さいのに)
などと思ってしまうが、まあ大きさは関係ないと自分を納得させる。色々検査して『お試し用』をレンタルして帰った。なるほどよく聞こえる。その晩、
「補聴器つけてるんよ。よく聞こえるからね」
私がそう言うと、息子はボソボソ日頃の愚痴を話した。私は相槌をうちながら、購入を決めた。
迷ったが、耳に直接入れるかわいいデザインを選んだ。スマホで音量なども調整する。
(これから永い付き合いになるよ、よろしくね)
そう言って、丸いうすピンクの補聴器をケースにそっとしまった。充電できるすぐれものだ。
この頃は、息子も、
「補聴器つけて」
そう言ってから話し始めるようになった。話す頻度も上がった。
だから彼との関係がうまくいって悩みが解消、なんてそうはうまくいかない。けれど、聞き取りやすくなったのは確かだ。
ただ、問題は耳ではなく心だ。息子の複雑な脳からの伝達経路が分かる『補脳器』なんてものがあればいいのだけれど。まあ、この補聴器に少し手伝ってもらって、息子との距離を縮めていきたいと思う。
0
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
あなたは本当、強い方ですね。俺は自身が癌になって大きな仕事も失って、家族に八つ当たりする事しか出来なかった弱い人間です。これからはあなたのように前を向いて生きます。例え癌が再発・転移したとしても、悔いがないように。