誰そ彼にさだめ

wannai

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07 2人打ち上げ

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「ウーロンハイとモツ煮で」
「あ、ええと、ビールと……揚げ出し豆腐を」

 席に通されてすぐ、メニューにチラと目を通すなり注文した由紀さんに合わせて慌てて俺も注文した。
 メニューを復唱すると、店員はすぐ暖簾を下ろして去っていく。
 半個室の並ぶ居酒屋はBGMも話し声もうるさく、人の気配は多いのに天井まで続く壁と暖簾で隔たれているためか若干心細い。
 何より目の前に座るのは由紀さんなのだ。
 自宅ではない場所で彼とこうして顔を突き合わせる異常事態に内心焦りつつ、けれど決して嫌ではない。
 嫌ではないが、どうしてこんな所に連れてこられたのか見当がつかないのでやはり落ち着けはしない。

「サラダ頼むなら1人で食ってね。俺食わないから」
「了解です」

 追加注文していたらしい由紀さんにタブレットを渡され、それとなく彼の頼んだ品目を確認する。
 ミニピザ、唐揚げ、鯛茶漬け。結構しっかり食べるらしい。
 ならば俺も合わせた方が良いかと、焼きうどんと天ぷら盛り合わせを頼んだ。
 使い終えたタブレットをテーブル端の充電台に戻すとほぼ同時に、店員が最初の注文品とお通しを持ってくる。
 「ごゆっくりどうぞ」と会釈して店員が消えると、由紀さんが酒のグラスを持ち上げたので控えめに乾杯した。

「とりあえずお前も先に食って。俺今日チョコバーしか食ってねーの」
「あ、はい」

 イベントの日の昼飯が簡易になるのはサークル参加側あるあるだが、どうやら由紀さんは朝も食べてこなかったのか、もしくは朝にチョコバーのみだったか。
 よく見れば記憶より少しやつれた感がある。イベント前で修羅場だったのだろうか。
 追加注文もそう待たず届き、4人掛けというには小さめのテーブルがすぐに湯気の立つ料理でいっぱいになる。
 由紀さんが黙々と食べるので、俺もならった。
 たまに皿から視線を上げると由紀さんと目が合ったが、彼は特に何も言わず、かといって決して不快そうでもなく自然な仕草で料理に目を戻した。
 よく知らない人と2人飯。
 なのに不思議と居心地は悪くなかった。
 食べる由紀さんの所作にはごく普通に空腹を満たそうとする意図しかなく、苛立ちだとか鬱陶しさのようなマイナス感情が窺えないからだろう。
 頼んだ料理を食べ終える頃にはすっかり緊張も解け、2杯目のドリンクを何にしようか勝手に注文タブレットを弄っていた。

「このちゃん、酒強い方?」
「普通ですね。ビールなら7杯くらいまで平気ですけど、日本酒とかウイスキーはあまり量飲めないです。すいません」
「うん、このちゃんがどんな環境で飲んできたのかなんとなく把握した」

 物珍しさから抹茶カリブミルクを注文した俺がタブレットを渡すと、由紀さんは呆れたような表情で「俺もう酒いいや」とジンジャエールのボタンを押した。

「由紀さんは弱いんですか」
「アルコールの味があんま好きじゃねーの。なんか苦くね?」
「苦い……まあ、確かに?」
「カルーアとか梅酒とか、お前の頼んだマリブとかもさぁ、甘いくせになんか苦いじゃん? 甘いの選んだのに苦いの、鬱陶しくねぇの?」
「う~~ん……気にしたことないですね……」

 苦いと言われればそんな気もするが、酒が大体そうだから意識したこともない。
 苦味が嫌ならソフトドリンクを頼めばいいわけで、だからそうした由紀さんの言動は潔く一致している。

「もしかして、一杯目俺に気を遣ってくれたんですか」
「別にお前だけにじゃねえよ。いつもだ、普通に」

 ウーハイは元々ウーロン苦いからまだ飲める、とボヤきながら皿をテーブルの端に寄せた由紀さんは、おしぼりでテーブルを一拭きしてグラスの下の出来ていた水溜まりも解消してくれた。
 2杯目のドリンクはすぐに届き、店員が空の皿を回収して去ると由紀さんはおもむろにリュックを抱えてファスナーを開けた。
 中から取り出されたのは薄い本。
 10冊ほどだろうか、まとめて掴む由紀さんの節の太い細い指に見惚れかけ、不審に思われないようゆっくり目を剥がして差し出された本に移した。

「読んで感想聞かせて、シエロ先生」

 これが本題か、と思いながら受け取り、テーブルが乾いているかの確認に片手で撫でると最近流行りのソシャゲ絵の描かれたクリアファイルが置かれた。確かコンビニでコラボしてた時のだ。
 このキャラ人気あるよな、由紀さんも好きなのかな。
 細い腰3つ分くらいある豊満むちむちな太腿が話題になったキャラの上に由紀さんの薄い本の束を置くと、その表紙に居たのもまた太腿が爆太な女の子だった。胸の大きさはまあ普通の範囲だが、乳輪が異様に盛り上がっていて、乳首もまた長い。
 ああ、うん。
 内心で色々納得しながら、「だから先生はやめて下さい」とイベント会場でもした否定を重ねた。

「でも商業作家だろ?」
「単発の読み切りばかりですよ。便利なピンチヒッター扱いされてるだけで、連載の話なんてきたことないような、そんなレベルです」
「俺はそれすら来たことねぇよ」

 チリッ、と空気が焦れた。
 が、由紀さんはすぐおどけた仕草で肩を竦めてジンジャエールのグラスにストローを差した。

「商業目指してんだけど、賞出しても持ち込みしてもなんか反応良くねぇの。商業行った側からなんかアドバイス欲しい」

 由紀さんの言葉は端的でそっけなく、けれど分かりやすい。

「一応聞きますけど、俺の、読んだことありますか?」
「……『Junjuwaじゅんじゅわ~』の読み切りで、何度か」
「俺も今既刊持ってるんで、俺が読んでるあいだ、由紀さんも読んでて下さい。アドバイスをどうするかはそれからにしましょう」
「いいけど……?」

 性癖に引っ掛からない作家の同人誌をわざわざ買って読む層はほぼいない。
 だから由紀さんが俺のを読んだことが無いのは当然で、しかし彼は少し申し訳なさそうにした。
 俺がトートバッグから5冊ほど出した本を渡すと、由紀さんは「重っ」と呟いた。


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