痛い瞳が好きな人

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凡々と知られたくないボンボンから見る彼の姿(カナメ視点)

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 雲一つ無い晴天、とは言い難い天気だった。
 それでも、俺の心は浮足立っていた。何故なら、やっと義久を知り合いに紹介できる日がやってきたからだ。
 車を客用駐車場に停めると、彼の住むアパートを見上げる。まだ彼は帰宅していない。今日は十七時まで仕事だと言っていたから、俺が先に彼の分の荷造りをしておく算段だ。荷造りといっても二泊だから、それほど必要な物は多くないのだが。
 義久には、俺と二人で箱根の旅館に行くのだと誤解させておいた。いや、嘘ではない、たまたま俺の会社の慰安旅行と同じ宿なだけだ。部屋は別でとってあるし。
 自分で自分に言い訳しながらアパートの階段を登る。今日は二階まで登る間にも汗ばむ陽気だが、吹き抜ける風の冷たさに帳消しになる。
 もう、六月だ。
 義久とちゃんと付き合うようになってから、六ヶ月が経った。
 だというのに、彼はいまだに一人すらお互いの友人を紹介しようとしてくれなかった。錘の常連らしいマゾ友達には以前会った事があるが、それはまだ彼の『ご主人様』だった頃だ。
 せめて俺の友人には本気で付き合っている恋人として紹介したいと言った事もあったが、困ったような半笑いで「お前、重い」と拒否されてしまった。
 本気が軽い訳ないだろうと舌先まで出かかったのをなんとか抑え込んで、虎視眈々と機会を狙っていたのだ。狙っていたというより、謀っていたというべきか。五月半ばのゴールデンウイーク明けにわざわざ毎年日帰りの慰安旅行をするのはうちの会社の恒例行事みたいなもので、それを大学時代からの友人でもある社長に無理を言って延ばしに延ばし、六月半ばの今日、俺と義久の休みが合う数少ない日にしてもらったのだ。
 大体、義久の勤務形態が良くない。店長だからしょうがないと言いながら、毎日のように出勤している。やれ誰が急病だから代打だとか、誰それが飛んだから連休が無くなっただとか。
 せっかく彼とゆっくり過ごせる場所として誂えた部屋も、ほとんどが仕事上がりに短時間プレイするだけの場所になってしまっている。元々父親から相続するはずだったマンションに対して義久が臆しているようだったから、彼がもっと気軽に来られるようにと今の小さい賃貸アパートを貰って大規模な改装までして、さらにいつ来てもいいように俺自身がそこに引っ越したというのに。
 俺は、彼ともっと親密になりたい。本音を言えば、彼が俺しか見えないようにしてしまいたい。それでも、それが実現しない事は分かっているし、何より義久本人が嫌がるだろう。それは俺だって悲しい。
 尻ポケットから鍵を取り出し、鍵穴に差し込んで回して開けていると、背後から「あれ?」と男の声がした。
 振り返ると、二十代半ばくらいの、割と細身で爽やかな印象の青年が、首を傾げて俺を見ていた。ファンか何かだと面倒だな、とは思ったが、顔面には笑顔を貼り付けて会釈した。だが、どうやら青年の懐疑は俺がどうのというものではなかったようで、俺の前のドアノブを指差しながら、

「すみません、そこに住んでらっしゃる方ですか? 以前住んでた者の知り合いなのですが、良ければいつ越してきたのか教えて頂けます?」

 と、どうやら義久の知り合いらしい。瞬間、彼を上から下まで見定める。どういった知り合いなのか。ただの友人か、それとも趣味の関係か。家に来るという事はそれなりに親しいのだろうが、引っ越したとしても教えてもらえない程度の仲なのか。じろじろと敵意を隠さない視線が悪かったのか、青年はしまった、という表情で、

「あ、いえ、大丈夫です。いきなりすみませんでした」
「義久なら、まだここに住んでますよ」

 敵だとしたら、ただでは帰せない。咄嗟に判断しそう言うと、青年は不思議そうにしながら、返しそうになった踵を整えて俺を見つめた。
 あ、と思った。
 似てる。

「……もしかして、義久の弟さん?」
「はい。義兄(よしにい)の友達ですか?」
「うん。鍵開けたし、上がってく?」

 気安くドアを開けて誘うと、「えー!」と大げさに驚かれた。まあ他人の部屋だしな。

「あーいや、義兄じゃなければ驚きませんけど。金無くて友達の部屋に入り浸ってる奴とかよくいるし、友達の部屋行ったら彼女しか居なかった、とかもありますけど。義兄が? 鍵渡したんですか!?」

 驚く所はそこなのか、と思いながら、やはりズレた所が似ていると思う。彼の弟だという目で見れば、普通の成人男性でも可愛らしくさえ見えてくる。

「よく遊びに来るんだけど、あいつ急に仕事伸びたりして俺待たせるから、勝手に入っていいって」

 適当にでっち上げて話す。本当は俺の部屋の鍵と交換でと粘り勝ちした結果だが。

「あの義兄が……」
「そんなに珍しい?」
「珍しいっていうか、すごいですね」

 空いた扉を見ながらも、弟だという青年はその場から少し近付いてきただけで、中に入ろうとする素振りはない。少し視線を部屋の中からずらして、思案した様子で肩から下げていたボディバッグをずらして中からスマートフォンを取り出し、少し操作して耳に当てた。

「……ごめん、仕事中に。今さ、義兄の部屋の前に来てて。友達だって人が上がってくかって聞いてくれてんだけど。……あーうん。だよね。うん。分かった。お金も? ……うん。あの、すみません」

 通話の相手はどうやら義久らしい。短い会話の後、通話中のままスマホを渡された。
 思い返せば、義久と初めて会った時も、こちらに一言も断りなく通話を始めたっけ。妙な所で似ているのも、兄弟故なのだろうかと懐かしくなる。

「義久?」
『勝手に俺の部屋に人を入れんな。お前も出禁にするぞ』

 不機嫌そうな声は、仕事中に電話をするいつものトーンだ。平常より怒っている感じはしないから、まあ脅し文句も怖くない。

「ごめん、弟さんだって言うから」
『違ったらどうする。つーか、俺はお前以外部屋に入れない。とりあえず、久信から金預かっといて。姪っこ達に旅行のお土産リクエストされて、その金だから』
「おーけー」

 じゃ仕事中だから、と素っ気なく通話は切れた。そのまま弟くんにスマホを返すと、入れ違いに封筒を渡された。

「もしかして、今回の旅行もあなたと一緒ですか?」
「そうだよ」

 答えると、何とも言えない……まさに『何とも言えない』という感じの、不愉快なんだか困惑なんだか、そういう顔をされてしまって、内心で彼女じゃなくて悪かったな、と愚痴る。姪がいるという事は、この弟は義久より先に結婚したのだろう。独り身の兄を案じるのは分かるが、友人との旅行すらこんな表情をされるのでは、部屋に入れないくらい疎遠にしていてもしょうがないか。
 気を取り直して、ごめんね一応確認するね、と封筒を開け、五千円札を二人で見て頷き合う。

「ウワバミの中にゾウが入ってるぬいぐるみを二つお願いします。義兄に言い忘れたんですけど、ミュージアムの中に入らなくてもお土産コーナーは別の入り口から入れるらしいので、それで大丈夫なので」
「二つとも同じ大きさでいいの?」
「同じのじゃないと、喧嘩しちゃうので。……あ、うちの娘、双子で」

 ああ納得、と頷くと、何かを言いかけたように唇を開いて、しかし何も言わずに彼は目を逸らして、

「それじゃ、よろしくお願いします」

 と、丁寧に頭を下げて帰って行った。
 あんたと雰囲気がよく似ていた、と言ったら、義久は妬いてくれるだろうか。……無いな。そりゃ兄弟なんだから似るだろうとか、そういう乾いた返事がくるぐらいだろう。俺が兄貴と似てるとか言われたら、二度と会わせないが。
 もしもの想像でイラッとしたまま、義久の部屋に入って玄関ドアを閉めた。
 あの人の流されやすさを考えれば、今の関係は相当譲歩しているつもりだ。彼の交友関係に口を出さず、SMクラブに行きたいと言えば連れて行くし、仕事が忙しいと言われれば会うのを控える。彼との関係を続けていく為に、彼の望まない束縛は全て我慢してきた。
 だから、なかば騙し討ちのような今回の行為にでも出ないと、これ以上彼に踏み込めない気がしたのだ。
 一つしかない古箪笥から、下着にTシャツ、パンツと靴下を取り出し、その辺に放り出されていたリュックに詰めていく。
 いつ来ても整然と片付けられた部屋。趣味の匂いも女の匂いもしない、この乾いた空間にいると、義久という人間がいかに執着の薄い人間かが窺える。
 彼はおそらく、俺が一言でも別れの類の言葉を口にすれば、二つ返事で了承するだろう。俺を好きなのは確実で、けれど一生離さないと思ってくれる訳ではない。俺が飽きたら終わり。いまだに義久はそう思っているのが、悔しくて苦しくてたまらない。けれど、それを表に出すとあの自称オッサンは「若いなぁ」とか優しげな気持ち悪い目で俺を宥めるから、態度に出さないように我慢しているのだ。
 気付けば外堀を埋められて付き合う事になった女は多々いれど、俺が外堀を埋めていかないといけない相手は初めてだ。しかも、もう付き合っている筈なのに。
 荷物を詰め終えたリュックを座卓に置くと、ベッドに横になる。
 義久の匂い。ありふれたシャンプーとリンス、安い柔軟剤のシャボン系の香り。特徴が無さすぎて、ふと街中で似た匂いがする度に彼を探してしまう。それだけならまだしも、同僚から同じ匂いがした時に、紛らわしい、と苛立ってしまったのには自分でも驚いた。石鹸の匂いがする度に彼を思い出す。俺はこれから一生そうに違いない。
 枕に顔を押し付けて、胸いっぱいに吸い込んだ。くらくらするくらいの多幸感に包まれる。俺のシャツを欲しがった元彼女の気持ちが、今なら分かる。
 義久が帰宅するのは十七時過ぎだったか。スマホで時刻を確認して、長距離の運転に備えて少し寝よう、とそのまま目を閉じた。






 義久と初めて逢ったあの日。
 確か、潮島と呑みに行った三軒目だった。彼に頼み事があって会ったこの夜、無事にその頼みは聞き入れて貰えることになり、安堵から普段よりかなり呑んでいた。
 同い年の潮島は大学時代からの数少ない友人で、在学当時は写真家を目指していると言っていたが、卒業直前には海外古着系のネットショップを起業して、二十五歳のその時はもう従業員十五名を抱える社長様となっていた。
 一軒目の居酒屋と二軒目のカラオケで合計十杯以上呑んで、少し酔い覚ましに静かな所に入ろう、と潮島に連れて行かれたのがSMバーだった。常連らしい潮島が楽しげショーを観ている横で、俺は彼にこんな性癖があったのかと、割に長い付き合いなのに全く分からなかった事に驚いていた。一時間弱、潮島がぽつぽつと話すSMの良さを、心地良いソファにゆったりと座りながら聞かされていた。おかげで酔いは醒めていったが、話の内容にも眺めるショーにも全く興味が湧かなかった。
 人を叩いて、虐めて、苦しめて、それで喜ぶ。観劇する周囲は虐げられて喜ぶマゾに汚い言葉を浴びせ、せせら嗤う。悪意が凝縮されたようなその場の空気に、素面だったらさっさと帰っていたかもしれない。酔っていたから聞き流せた。
 潮島だって、平時ならこの場に俺を連れてきたりはしなかっただろう。俺が影口や苛めを嫌うのは知っていた筈だから。だからきっと隠してくれていたのだ。そう考えて、黙って彼の話を聞いていた。俺が影口を嫌うのは、別に正義感が強いとかじゃない。自分自身がずっと言われる側だったから、ただそれだけだ。
 『カカシ』。
 それがモデル仲間からの俺のアダ名だった。勿論、直接そう呼んできた奴はいない。影で呼ばれていただけで──しかし何度もその単語が身近で聞こえれば、自然と自分を指している事には気付いてしまうもので。
 好きでモデルになった訳では無かったが、父も母も兄も、家族が芸能界で働いていたから、自分も自然とそうなるものだと思って、中学生の時に街中で受けたスカウトにそのまま着いて行って、気がつけば読者モデル、雑誌の専属モデル、広告モデル、とトントン拍子。
 顔の造作と身長の高さ、全体のプロポーションをモデルとしての才能と呼ぶのだとしたら、俺は才能の塊だった。そして俺には、それしか無かった。死ぬ気で努力するほど職業への熱も無く実力も伴っていないくせに、仕事内容のレベルだけが先行していく。モデル仲間から陰口を叩かれるのも当たり前だった。
 だから人当たりだけは良くしてきた。裏では散々に俺の仕事を貶す相手にも、常に笑顔で優しく接して、ひたすらに彼らより良い仕事を取り続けた。そのうち俺の実力が追いついてくれると信じて数をこなした。
 だが、結果付いたのは、カカシという不名誉なアダ名。それを肯定するように、俺には撮影モデルの仕事ばかりが斡旋された。人気の割に、動きのあるファッションショーへは呼ばれない。黙って服を着て立っていれば良い。俺に要求されるのは、嘲笑うような悪意の渾名そのままだった。
 向いていないのかもしれない、と気付いた時には、もう二十代も半ばで、他の仕事を考えるには些か遅い時期に入っていた。
 だから、大学を卒業してからもそのまま友人付き合いをしていて、事務所を通してモデルの仕事をくれたりもしていた潮島に、モデル以外の仕事で雇ってくれないかと、駄目元で頼んでみたのだ。良い返事が貰えるとは思っていなかった。潮島はモデルとしての俺の仕事をよく褒めてくれていたから、そのままモデルとしてやっていけと言われると思っていた。
 が、彼の返事はあっさりしたものだった。

「『モデルの小鳥遊メロ』としての給料は払えないけど。事務職兼、仕入れた服のカカシやってくれるなら、月給25くらいまでなら出せる。それで良い?」

 モデルではなく、本当の意味でカカシの仕事をしてくれと言われて、迷う事なく頷いた。事務はともかく、服飾モデルは得意分野なのだ、このまま芸能事務所で低空飛行のモデルをやり続けるより、よほど地に足のついた未来に見えた。
 隣に座る友人は、もうこれから上司になる男。だから、口を噤んだ。吐き気のするような性癖も、上司のそれなら笑って合わせなければならないだろう。
 息が詰まる。首元の緩いTシャツの筈なのに、そんな気がして喉元を掻いた。
 本音で話せる友人は多くないのに、自分でまた一人減らしてしまった。しかし、真っ当に生きていく為にはそういうものを少しずつ擦り減らしていくのが大人になるって事なのかもしれない。

「……おい、聞いてるか? カナメ」
「聞いてるって」

 俺の反応が思ったもので無いのが不服なのか、まだ酔いどれの潮島は持ったままの空のショットグラスをこちらに向けながら、またSMについて語り出した。

「だからさぁ、絶対お前は向いてると思うんだよ。お前の腹ん中に溜め込んだもん全部マゾにぶつけてやればさ、絶対喜ぶって」
「んー……」
「従順なマゾはな、良いぞ。全部飲み込んでくれる。俺の全部受け止めて、それでもご主人様、って呼んで笑ってくれる」

 潮島にも溜まっている膿があるのだろう。涙声になりながら、彼は自分のパートナーであるマゾがどれだけ可愛らしく愛らしいかを熱弁した。
 どちらかといえば手のかかる気まぐれな猫のような女がタイプだから、従順さには惹かれないが、潮島が彼女をどれだけ愛しているかは伝わってきたので、うんうんと頷きながら聞いてやった。

「ただ、結婚出来ないってのがネックでな」
「なんで? 相手既婚者なのか?」

 まさか不倫か、と変態性癖の上に倫理すら踏みつけているのかと引きそうになったのに、潮島はすぐさま首を横に振って否定した。

「いや、男だから」

 思考停止して黙り込んだ。まさか、ゲイだったとは。今夜は彼の意外な面ばかり見せられる。

「そっか……残念だな」

 なんと返したらいいか分からず、なんとかそれだけ捻り出した。

「うん。残念」

 潮島はフロアを周る店員にカクテルのお代わりを頼んで、「次な、面白いヤツ」とショーのフロアを指差した。
 一段高くなったフロアを照らすスポットライトの中に、半裸の男が四つん這いで入場してきた。黒い革のロングパンツと黒い目出し帽だけを身につけた男が真ん中で土下座の体勢をとると、観客からさざ波のような静かな歓声が湧いた。空気が変わったのを肌で感じる。

「どなたか、」

 フロアの横で店員がそう声を掛けたのを皮切りに、一斉に手が挙がる。

「それではこちらから時計周りに」

 店員が一人目の女性客を男の前に連れてくると、女は何の躊躇もなく男の腹を蹴り上げた。男の身体は僅かに揺れ、しかしそれ以外は何の変化も見せない。女は続けて何度も男を蹴り上げ、満足そうにフロアを降りて行った。次の女は、持参した鞭で彼を打った。次の女も、その次の女も、男がまるでただのサンドバッグか何かのように、存分に痛めつけては満足げに席に戻って行った。
 狂ってる。
 そう思っても無理は無いと思う。男の怪我を心配するが、彼はただの一度も呻き声さえ上げない。終わった後に毎度女の背に向かって深く頭を垂れてはいるが、それが謝意なのか服従心なのかすら分からない。
 この光景を、潮島は面白いと感じるのか。心を許した友人だと思っていたが、とんだイカれ野郎だった。こいつの会社に入る話は無かった事にした方が良いかもしれない、と潮島の方へ視線を向けると、

「これじゃない。最後、この人の本当の女王様が出てくるから、見ててみ」

 尚も見続けろと強制されて、うんざりしながら酒をあおった。
 自分の奴隷がこれだけの人数に暴行されているのを、女王様とやらはどんな気持ちで見ているのだろうか。……楽しんでいるのか。やっぱりイカれ野郎の集団だ。
 そんな事を考えて視線を逸らした筈なのに、すぐまた男を見てしまった。男が頭を上げたのだ。フロアの上に、長身でスレンダーな、雰囲気だけで美女だと分かる女が赤いチャイナドレスの深いスリットから綺麗な脚を揺らし現れる。額から鼻まで隠す銀色の仮面が、女の怜悧な雰囲気と相まって感覚的な怖れを抱いて唾を飲んだ。
 コツン、コツン、ゆっくりとヒールの音が近く度、男の体温が上がるのが見て取れる。さっきまで生きているかすら心配になるように微動だにしなかった男の背中が、荒い呼吸に合わせて微かに上下していた。
 男の横に立った女が、長い鞭を振り上げ、男の背中に打ち下ろす。バチン、と強い音の後に、男がよろめき、しかしわななく腕を立て直して四つん這いに姿勢を戻す。女は、一打一打を楽しむように、男がフラつく度に休憩を挟みながら、何度も鞭で打った。男は、先程までの無反応が信じられないほどに、震え、呻き、しかし次の一打を求めて平伏する。
 なんで。
 最初に出てきた疑問は、ただそれだけ。何故そこまで、その女だけに。次に湧き上がったのは、猛烈な嫉妬心。
 俺にも見せろ。その顔を。目出し帽の中に隠れた歓喜に震えるその表情を、俺にも見せろ。

「あの人は……」
「な、ヤバいだろ。あのマゾはさ、最初は痛いの大好きで女だったら誰でもオッケーな可愛くないマゾだったんだよ。それがさ、んー……三年くらい前からかな。あの倫子って女王様に拾われてから、がっちり調教されて今じゃ倫子様以外は見向きもしねぇ。あのマゾが最後に倫子様に虐めて貰って泣きながら喜ぶ姿が見たくて、皆こぞって痛めつけてやってたんだよ」

 潮島の言葉が、脳内で反芻する。あれは、あの女の物。嫌だ。あれが欲しい。あの男が欲しい。湧き上がる激情の意味が分からないのに、それ以上男が喜んでいるのを見るのが辛くて目を逸らした。なんであの場所にいるのが、あの男の女王様が、俺じゃないんだ。理解不能な、自分でも気が狂ってしまったんじゃないかという今にも爆発しそうな感情を、グラスに残った酒で腹の中に押し戻した。

「あの人は、その、倫子さんって女王様に言えば、貸して貰えんの?」

 俺の口から出た台詞に、潮島が「は?」と固まった。

「今みたいに、あの人を叩いたりできんの、って聞いてるんだけど」
「あ、いや、あのマゾは確か男はNGだったと思うけど」
「NG?」
「……いや、詳しくは分からん。あんまり見た目俺の好みじゃないから、とにかくめちゃくちゃ懐いた可愛い奴隷って事しか知らないし。興味湧いたなら、今行って聞いてきてみればいいだろ」

 いつのまにか、ショーは男が倒れ込んで終わりになっていた。ゆうに一時間以上は代わる代わる暴行されていたのだ。さすがにその道の玄人達だけあって大仰に怪我しているようには見えないが、立ち上がれなくても不思議は無い。ぐったりと床にうつ伏せで動かない男を、店員が二人掛かりでフロアから移動させていく。

「分かった、行ってくる」

 知らない人間に話しかけるのが苦では無い性質で良かった。とにかく今は急がなければいけない気がして、足早に連れて行かれる男の後を追いかけた。
 部屋の端の扉から外に連れて行かれたのを追ってその扉を開けようとすると、後ろから女の声に呼び止められた。

「そこはショーの関係者以外立ち入り禁止よ」

 振り向くと、先程のチャイナドレスの女が暑いのかマスクの下を仰ぎながらやって来るところだった。

「さっきの人、俺に下さい」

 挨拶より何より先に、それが出てしまった。

「あ、違、ええと、さっきのショーですごく興味が湧いて、それで俺も彼を叩いてみたくて」

 なんでこんなに支離滅裂になってしまうのか、アガることなど滅多に無いのに、扉の向こうが気になって、早く彼の所に行きたいと急く心が女への説明を更に挙動不審にさせてしまう。

「ごめんなさいね、あの子、男はNGなの」

 さきほど潮島から言われた事をそのまま断り文句にされ、彼女は扉の向こうへ行く為に俺を手で制して通り過ぎようとする。

「NGってなんですか。なんで男はダメなんですか」
「え?」

 それ以上食い下がった事が意外だったようで、女が立ち止まる。

「貴方、素人かしら」

 不思議そうに首を傾げる所作が美しい。仕事柄、綺麗な女性はたくさん見ているが、それでも見惚れてしまいそうになるのが悔しかった。

「素人です。SM自体、さっき初めて見たばかりです」
「初めて見て、ユギを……さっきのあの子が欲しくなったの?」
「あの、欲しいっていうのは言い過ぎで。一度試してみたい、というか……」
「そういうこと」

 俺の返答に、女は目を細めて興味を失くしたようだった。

「あの子はね、男に叩かれるのは好きじゃないの。だからNG。マゾだ奴隷だって言ったってね、人間なの。嫌だって言う権利はあるのよ、坊や。叩かれて喜ぶ可愛いマゾなら他にもたくさんいるでしょうから、他を当たってね」

 ひらひら、と可愛らしく手を振った女は、付け入る隙も与えてくれずに扉の向こうへ消えてしまった。ご丁寧に、向こうから錠を掛ける音がした。
 それ以上どうしようもなく席に戻ると、見ていたらしい潮島は当然のような顔をして、酒の入ったグラスを渡してきた。

「ああいう従順な子がいいなら、俺が紹介してやるよ。てか、女の子の方が好きだろお前」

 どうやら俺がSMに興味を持ったのが嬉しかったのか、そんな事を言い出した潮島は心当たりのあるマゾを指折り数えるようだ。
 そうだ。別にたぶん、あの男じゃなくても良いはずだ。初めて見たSMに舞い上がっているだけ。あんなに一人だけを正直に求めている様を見たのが初めてだったから、だからきっとあの男に惹かれただけだ。
 そう踏ん切りをつけ、その夜は諦めた。
 潮島からも何人か紹介されたが、それらは断るしかなかった。契約していたモデル事務所が、事前に把握出来ないスキャンダルを嫌う関係で、女関係は事務所から専門のスジで斡旋された女達を使うように言われていたからだ。だから、マゾの子を呼んで貰って、何度か軽くプレイをした。
 いや、しようとした。
 AVのあやふやなイメージしか無かったから、とにかく『マゾを叩いて、喜ぶ様を見たい』というだけだったのだが。斡旋されてきた彼女達は確かに正真正銘のマゾで、しかし彼女達が平手一発で犬のように腹を見せて服従するのが、おそろしくつまらなかった。
 こいつらは、俺じゃなくてもこうして全てを曝け出して従うのだろう。そう考えたら、全くもって興奮する材料が失くなってしまったのだ。
 やっぱり、あの男じゃなきゃだめだ。
 そう考えて、潮島に連れていってもらったあの店で連日連夜、あの倫子という女王様が現れるのを待った。あの男を探そうにも、顔どころか髪の長さや色すら分からなかったのだ。背格好に特徴も無かったし、彼本人を探すのは不可能だと思ったからだ。
 倫子を見つけたのは、それから二ヶ月後だった。ミニショーで出てきた彼女を捕まえて聞いた所によると、その店には頼まれてショーをする以外には滅多に来ないという事だったから、粘っていて本当に良かったと思う。
 そこからは、ただただ彼女に土下座する勢いで縋りついた。他のマゾを何人も試したこと。でも全く興奮しなかったこと。彼の事を忘れられないこと。一度でいいから彼と合わせて欲しいこと。
 彼に直接会って話して、それでも彼から嫌だと言われたら諦めがつくから、どうにか会わせて欲しい、と。
 最初は迷惑そうにしていた倫子だったが、俺があまりに必死に言い募るので哀れに思ったのか、一つだけ条件を出してきた。
 曰く、『半年後までにSMプレイに関しての最低限の知識と技術をつける事』だった。それがクリア出来たら、橋渡しだけはしてあげると言われて、条件を飲んだのだ。
 モデル事務所に退職を告げると、割とすんなり許可が降りた。半年後の契約更新予定日以降の仕事が決まっていなかった事と、丁度スポンサーの期限が切れる寸前だったのもあるだろうが、俺のモデルとしてのスキルが頭打ちしていてこれ以上の発展が見込めないのは、俺に関わる業界人なら明白だったのだろうと思う。
 後輩の為に映画だけ出てから辞めてくれ、と事務所に半ば強制的に出された映画の撮影の合間を縫って倫子の居るSMクラブへ通い、彼女から鞭の扱いや道具の手入れの仕方、傷の手当てやマゾの体調変化の見方まで、彼女の言う『最低限の知識』を叩き込まれた。
 公開された映画の方は台詞も少ない端役だったのに何故だか人気が出て、主役二人と共にテレビでの番宣に引っ張り回され契約を延長させられたのは予想外だったが、とにかくこれが終わればあの男に会える、それを拠り所に全てを頑張った。
 そして待ちに待った半年後。

「あの子、ユギね、もう私の物じゃないの。だから、他の女王様が居たら諦めてね」

 さらっと言われた時には、怒りを通り越して頭が真っ白になったものだ。
 だが、確かに彼女はユギを──義久を呼び出し、逢う事が出来た。倫子は多くのSMに関しての知識を教えてくれたが、ユギの性癖に関しては一つも教えてくれなかったから、初日に途中で帰られてしまった時は本当に焦ったが、倫子に助けを求めて連絡先を入手し、なんとか繋ぎ止めて彼を手に入れる事が出来た。
 ユギは確かに一度も抵抗する事なく従順だったが、叩かれている最中も常に値踏みするような冷めた瞳をするのが、最高に興奮した。俺をド素人と見下しながらも自分が気持ちよくなる為に利用しようとする強かなこの男を、堕としてあの夜見た表情にさせてやりたい。そう思えば、彼からの拒否も許諾も同じくらい愛らしく、やはり彼じゃなくてはならなかったのだと実感した。
 プレイを重ねるうちに、彼が俺を好きになってしまったのは想定外だったが、むしろ思い返せば俺の方がずっと一目惚れして片思いしているような状況だったのだから、結果オーライとしよう。
 長かった。いや、まだまだ、彼とは末永く共に在りたいのだ。
 だからこそ、もっと彼を知りたい。もっと──。
 ガチャガチャ、と鍵の回る音がした。義久が帰ってきたらしい。結局思い出に浸っていたら寝る時間がなくなってしまったが、狸寝入りを決め込む。

「カナメー? 寝てんの?」

 義久のワンルームは玄関を開けるとすぐ部屋全体が見渡せて、だから俺がベッドでうつ伏せに横たわっているのは明白だ。

「……おつかれ」

 静かに寄ってきた義久が、俺の頭を撫でて、ベッドの横に座る気配がした。ちゅ、と耳にキスされたかと思えば、続いて優しく頭を撫でられながら何度も唇で頰を啄ばまれる。
 ちゃんと付き合うようになってからの彼は、正直言えばめちゃくちゃ可愛い。いや、その以前から可愛らしい面のある人だとは思っていたが、自発的に甘えてくるようになってきたのがかなり大きい。お互いの仕事のすれ違いで半月程プレイがお預けになっていた時なんか、真夜中に急に来たと思ったら赤い顔をして、「すぐ帰るからキスだけして欲しい」と言うものだから、互いに翌日も仕事なのに明け方まで鞭打ちに興じてしまった。
 思い出して、唇の端が波打ったのを見咎められ、頰を指でつつかれた。

「起きてんだろ」
「……バレた」

 目を開けると眼前に義久の顔があったから、首を伸ばしてキスをした。彼が幸せそうに微笑むのがたまらない。
 一見すれば、恋人になったから、当然の変化だと思うだろう。義久でなければ、俺もそう思った。けれど、相手は義久だ。大人に見えて、訳の分からない勘違いをして急にキレだすような幼稚な面もある。そんな彼の性格を鑑みれば、この甘えが、『そのうち来るだろう別れを想定した時に後悔しない為』だというのは容易に想像がついた。言ってみれば、今のうちにたくさん触っておこう、という感じ。

「ありがと、俺の分も用意してくれたんだな」

 荷物の詰まったリュックを指して礼を言われ、「どういたしまして」と言いながら、離れようとする義久を掴んで自分の上へ引き倒した。

「少しだけ、叩いていいか」
「え……」

 ここで? と戸惑う瞳に、嗜虐心がそそられる。嫌がっているのではなく、声が隣の部屋に聞こえるかもしれないのを懸念しているのだろう。この人は、自分の欲求にとても忠実だ。俺から与えられる痛みを想像したのか、太ももを擦り合わせて目を逸らす仕草で、既に勃起したのは察しがついた。

「何回かケツ叩くだけ。そしたら用意して出発」

 な、と笑うと、明らかに失望が混じる表情で苦笑を返して頷いてくれた。

「……続きは、向こうでゆっくりしような」

 旅の道中で盛ってしまってはいけないと、自戒を込めて義久に囁きかける。我慢がどれだけ快楽を呼ぶか、知らない互いではない。

「旅館とかでするのは、マナー違反だと思うんだが。その、汚したりしたら……迷惑だろ」

 それでも、割に規範意識の強いこの人はそんな事を言って、だがおそらく一番心配しているのはやはり声の事だろう。今夜行くのは別段高くも安くもない、温泉街の中の普通の旅館だから、確かにいつものように大きな音の鳴る道具で叩くだとか、挿入を含めたセックスやらは断固拒否されてしまうだろう。
 だが、今夜はそのつもりはないのだ。
 安心させるように彼の背骨を撫で、ゆっくりと指先を下に滑らせて行く。
 仕事上がりの義久は汗臭い。まだ去年の夏のように水を被ったのかと思うような状態で帰ってくる事はほとんど無いが、それでも制汗剤が意味を成さない程度には身体を動かして働いているようだ。仕事が少し増えたとかで、春先よりまた少し全体の筋肉が増えた。臍下に残っていた僅かな皮下脂肪すら消えてしまって、彼の柔らかい部分が消えていくのが寂しい。だが、それでも彼の魅力が損なわれるどころか、弾力のある筋肉の感触すら、俺の興奮を呼ぶように俺を造り変えていく。

「今日は、縄、持ってきたから。大丈夫」

 義久の目の色が変わる。慣用句ままの意味だが、瞳の奥の熱の色が変わったのが、俺には分かる。
 身をよじるように抜け出そうとしていた身体から力が抜けていく。

「ん……、そっか。縛られんの、久しぶりだな」

 しな垂れかかってきた彼の体をまさぐり、まだ他の部位よりは柔らかい双丘を鷲掴んだ。

「痛っ」
「和室でさ、あんたに浴衣着せて縛んの、すげー楽しみ。猿轡噛ませて畳に蹴り倒して、いっぱい金玉踏んでやるからな」

 わざと煽るような台詞を吐きながら、抱き寄せたままの力の入り辛い体勢で義久の尻を素手で引っ叩く。
 びく、と震えた義久が口を半開きにして呼吸を止める。虚空を彷徨うようなその目が、今の痛みを反芻して喜んでいるのが見てとれた。
 この瞬間が、たまらなく好きだ。ごく普通の、社畜だなんて自分を揶揄するただの成人男性の皮を剥いで、痛くされるのが大好きなマゾ野郎に堕ちる、この刹那。
 バチン、と二度目の平手打ちをやると、一度唇を噛んでから、耐えきれないように吐息を漏らした。その様に、俺の呼吸も上ずる。
 ただの痛みではいけない。期待させて、耐えさせて、呼吸のし過ぎで酸素過多になって眩暈でフラフラになるほど興奮させて、その上で与える痛みが一番、彼を気持ち良くさせてやれる。

「カナメ、あの」

 何事か言おうとした義久の唇を、俺のそれで覆って潰す。

「黙ってろ」

 唇を離した後、そう囁くと彼の瞳がとろんと蕩けるのに生唾を飲んだ。この人は、自分では気付いていないが精神的にもかなりマゾ気質がある。自分の意思ではどうにもならない、という体面を作ってやれば、おそらくどんな命令でも聞くだろう。
 女だとしても、口の上手い玄人はさりげなく断って、初心者にばかり貸し出していたのだという倫子の判断は正しかった。ここまで従順な玩具を、愛着の無い人間に渡すのは危険すぎる。

「今はここまでだ」

 素直に頷く義久の頭を一撫でして、誰にも触らせまいという意思を新たにした。
 立ち上がって荷物の詰まったリュックを掴むと、何も言わずとも義久も出掛ける為に身支度を整え始める。直前までどんなに欲求が高ぶっていようと、区切りをつければ何事も無かったかのように振る舞う彼を見て、心がささくれ立つ。マゾとしてなら完璧だが、今は従順さよりも率直さが欲しい。
 散々ただ従順にあれと言ってきた手前、それを口に出せないのが恨めしい。義久が大人しく言うことを聞くたび、俺が圧倒的優位に立っている事実に歯痒くなる。
 もっと近くに居たい。
 対等に、同じくらい互いを想い合っていたい。
 ──だから、逃げ場を無くしてしまわなければ。周囲の人間全てが俺たちを番いとして認識するように根回しして、義久が心変わりしようが俺から逃げられないように。一生を共にするしかないのだと、心の底まで刻みつけてやらないといけない。
「旅行久しぶりだから、俺も楽しみだ」
 無意識に顔が綻んでいたのか、俺の微笑みを見た義久もにこりと笑う。
「俺も、楽しみ」
 あんたを俺の恋人として人前に出すのが。
 後半を無理やり喉の奥に押し込んで、二人穏やかに微笑み合って玄関を出た。







「ちょっと、トイレ行ってきます」

 立ち上がろうとした俺の服の裾を、しくしくと泣くばかりだった事務の女が掴んで離さない。

「そんな事言って、あの人のとこに戻っちゃうんでしょう~! そんなの嫌です~」
「そうですよ、今日くらい全力で私達を慰めてくださいよーっ」

 両隣に座る女達からがっしり掴まれて、ちらと義久の方を見るが、彼は潮島と楽しそうに話し込んでいて気付きもしない。

「ちゃんと戻ってくるので、とりあえずトイレは行かせてくださいよ……」

 ぶーぶー言われながらも同僚の女達を引き剥がし、脱出に成功した。
 大広間から襖を開けて廊下に出ると、ちょうど通り掛かった仲居さんにトイレの場所を聞き、ふらつく足でそちらへ歩く。
 やってしまった。完全に怒らせた。 
 あれからすぐ出発して、旅館に着いたのは、もう食事の始まる時間だった。受付してくれた仲居さんに荷物を部屋に運んでくれるように頼み、不思議がる義久を連れて会社の連中が集まる宴会場に直接向かった。俺の会社の親睦会だと説明すると「なら俺は別で」と逃げようとしたので、宥めすかして引き止めたのだが。
 あらかじめ『恋人を連れて行くから後で合流する』と伝えておいたので、会社の中に数人居る、本気で俺を狙いにきている女性社員達にも動揺が少ないだろうと見積もっていたのが間違いだった。
 到着するなり俺と義久は引き離され、彼を紹介する暇も無く。俺はもう既に酔いの回った女達に泣かれ絡まれで立ち上がる事すら許されず。一人放置されて居心地悪そうにしていた義久を、潮島が隣に呼び寄せてくれて助かったと思っていたが、遠目に見ている感じ、ウマが合ったのかとても楽しげなのが癪に触った。潮島には溺愛している恋人がいるからそういう不安は無いが、俺よりよほどサドとして歴の長い彼の本質を義久が嗅ぎつけて惹かれてしまったらと思うと気が気ではない。
 やっと大半の女達が酔い潰れてめいめい部屋へ戻り、残り二名を残したところでトイレを理由に抜け出す事ができた。
 女達のあしらいは、大変だったがまあいい。相手が男である事を咎める女は少なく、むしろゲイならしょうがないという雰囲気が流れたので、むしろ予想より楽だった。
 問題は義久だ。到着からこの二時間、視線が一度も合わなかった。いつもなら、あの人は俺が見つめれば視線にすぐ気付いて笑いかけてくれる。背後からでも気付いて振り返ってくれるんだから、彼は相当俺を好きなのだと、自惚れるのも無理ない程だ。
 なのに、だ。少しもこちらを見ないで、潮島にばかりあのはにかむような笑顔を向けて楽しそうにしているものだから、嫉妬心よりもトラウマが蘇って心臓のあたりがさっきから苦しくて仕方ない。
 去年のクリスマス、錘でのパーティ。紫さんに跨って酒を煽る扇情的な背中や、倫子の足に縋り付いて動かない彼の姿が脳裏にチラついて奥歯を噛み締める。
 俺を好きだと言いながら、他の男に身体を開こうとする淫乱。諦めが早くて、心が伴っていないセックスも出来て、押しに弱くて。奴隷にするには最高で、恋人にするには最悪だ。
 それでも好きだ。
 だから少しでも楔を増やそうと連れてきたのに。放ったらかして怒らせて、何をやってるんだ俺は。
 トイレの手洗い場で顔を洗うと、酒に火照った頰が少しは冷えた。すぐに戻って、残りの二人に謝って義久の方へ行こう。
 そう決めて、足早に宴会場へ戻り、元居た席の方へ行くと、さっきまでキィキィ言いながら酒を煽っていた女達が、なにやらしんみりと漬物を箸で摘みながら二人で話しているようだった。

「……なんでこっちに戻ってきたの?」

 俺の座っていた座布団の上に片足を乗せたあたりで、一人がつまらなそうに呟く。

「約束したじゃないですか。ちゃんとこっちに戻るって」

 拗ねているのかと、愛想笑いを貼り付けながら座ろうとするのに、女二人ともに猫を追い払うような仕草でシッシッとされた。

「もういいから、あっち行ってやんなさいよ」
「さすがになんか、……可哀想だし」
「可哀想?」

 俺が居ない間に何かあったのかと、義久の方を見るが、やはり潮島と笑いながら話をしている様子で、いつもは潮島にくっついている潮島狙いの女達も、今は女だけで固まって呑んでいるようだ。口争いがあったような雰囲気には見えない。不思議がると、女の一人が少し言い淀んでから、

「カナメくんが行ってる間、少しだけ話しかけたの。『我が社人気ナンバーワンのお婿さん候補だったのに』って。そうしたら、『あと数年して、本人が結婚とか子供を考える年齢になったら粉かけてあげて下さい』って言われたわ」

 俯いた彼女達は、普段から苛烈な性格ではない。きっと嫌味ではなく、ただ義久がどんな人間なのか興味があって話し掛けに行ったのだろう。

「『俺じゃ子供作れないので』ってさ」
「『男の子でも女の子でも、どっちでも美人でしょうね』って。にこにこしてさぁ。好きになって付き合えても、それより先に進めなくってさ、相手の幸せを願って他の人と結婚して欲しいって、……何でそんな、笑えるかな」

 片方が泣き出したのを、もう一人が肩を撫でて慰める。

「付き合ってる最中にそんな事、普通考えないし……。私達が言えた義理じゃないけどさ、あの人の事、本当に大事ならもっと安心させてあげないといけないんじゃない? こうやって女に良い顔してるから、あんな卑屈な……可哀想な発想になるんじゃないの」

 彼女達の言葉の応酬が、全て俺を刺していく。俺の吐いてきた愛の言葉は、全く彼に届いていなかったのか。
 いや。届いていなかったのではない。彼の心に刺される程、鋭く研がれた言葉を俺が投げられていなかったのだ。義久が「重い」と言った俺の言葉たちは、ただ重く伸し掛かるだけで彼に刺さる事は無かったのだ。
 俺の子を、自分は産めないから、と。言っただろう義久の心中を思って喉が潰されそうな苦しさを覚える。弟が既に結婚して子供もいる三十過ぎの男が、あのSM以外は至って普通の地に足に着いた生活を望む男がそういう発想に至るのは、少し考えれば分かった筈なのに。恥ずかしげもなく甘えてくるのは、そのうちくるだろう別れを想定して、ではなく、数年のうちに確実にくる別れを想定していたからか。
 どんな気持ちで、俺の囁く愛を聞いていたのだろう。「俺もだよ」と返してくれていたのは、いつも笑顔だったのに。
 視界が熱い。
 義久の方を見ると、やはり潮島と談笑している。
 このまま駆け寄って、ぶん殴ってやりたい衝動に駆られる。あんなに言葉を尽くして、束縛しないであんたを自由にして、こんなに俺が愛しているのに、何で分かってくれないんだって。本気で一生あんたと居たいんだって、信じてくれよって、叫んでやりたい。
 でも、きっとその言葉では刺さらない。言葉で何を言っても、きっとまた笑って受け流されてしまうだけ。
 なら、どうすれば。どうすれば、義久にこの想いが分かってもらえるだろうか。信じる信じないじゃなくて、理解して欲しい。俺の人生に、もう無くてはならないもので、今後どんな道を進むにしても、隣には義久が居る事が大前提なんだって事を。
 義久へ、一歩進むごとに、重く沈んでいく心地がする。
 分かってくれ。どんな言葉を重ねればいい。俺と同じ気持ちでいてくれ。
 自分勝手過ぎる気持ちをなんとか抑え込んで、義久の隣に敷かれた座布団に腰を下ろした。
 義久の目が、潮島から、俺の方へ視線を移す。

「おかえり」

 からかうように細められた瞳に、こんな時だっていうのに股間が勃ち上がる。虐めたい。壊したい。泣かせたい。腹わたが煮えくり返るような怒りを溜めているのに、こんな時に性衝動に負けそうになる俺の本能が恨めしい。
 俺は本当にこの人が『好き』なんだろうか。
 独占欲と性欲が湧くというだけで、勘違いしてるんじゃないのか。義久はそれを見抜いているんじゃないのか。
 義久への怒りと自分への不信感とが綯い交ぜになって、胸のあたりが熱くて気持ち悪くて吐きそうだ。
 俺が黙っていると、彼は少し不思議そうにした後、「もしかして」と不安そうに伏し目がちに俺がさっきまで居た席の方をチラと見て、

「……ちょっと、嫌味すぎたか?」

 と、俺の機嫌を窺うようだ。

「……嫌味?」
「えっと、少し絡まれたから嫌味で返したら割とあっさり返って行ったから。悪気無かったんなら、ちょっと申し訳なかったかな」
「『結婚できないし子供も産めない』が、嫌味?」

 しょんぼりと肩を落とす義久の様子に若干混乱しながらも、口に乗せるのも苦しくなるような言葉を反復する。

「『結婚も出産も出来ないけど、あいつは俺を選びましたよ』……ってね。結婚願望強いアラサーに対しては相当な嫌味ですよねぇ」

 当然ながら事の顛末を知っている潮島が、くくくと笑いを噛み殺しながらその意味を訳してくれて、俺は思わず肩を落として盛大なため息を吐いた。

「なんか、あっちに帰ってからお通夜みたいな雰囲気だから、もしかして言い過ぎたかなって思ったんだけど。でも、あの人たちお前のこと全然離さないし、お前狙いならいわば恋敵みたいなもんだろ? だったら謝るのも違う気がするし……」

 言い訳を重ねる義久に、他意はみえない。
 どうやら考え過ぎだったらしい。
 ……本当に? 義久の考えている事が分からない。裏表が無いように見えて、彼は意外と演技上手だ。
 じっと見つめると、義久は居心地悪そうに瞼を伏せる。視線が下がるのにつられて、瞳の潤みがぐるりと回るのを見て、掻き抱きたい衝動に駆られた。

「……っ、ちょ、カナメ、人前で」

 我慢しきれず、抱き締めた。
 考えなかった訳ではないはずだ。この人の事は、まだまだ全然分からないけれど、だからといって、全く知らない訳でもないのだから。

「好き」

 今の俺では、これ以上の言葉が考えつかない。

「大好き」

 もっと本でも読んでおくんだった。月が綺麗ですね、なんて洒落た言い回しまではいかなくても、もっとなんとかなったかもしれない。
 隣で潮島が「語彙が死んでる」と笑い転げているけれど、腕の中の義久は逃げないでくれているから良い。誰がなんと言おうと、義久さえいれば。

「うん。ありがと」

 義久の手が、俺の背に回って撫でてくれる。泣きそう、と思った次の瞬間には鼻の奥がツンと痛んで、両目に涙が溢れてくる心地がした。慌てて義久の右肩に顔を突っ込むと、くす、と控えめに笑う気配がする。

「お前、ほんと泣き虫な」

 俺の背中を撫でていた義久の手が、後頭部の方に上がってきて、続けてその掌の温かさに幸せを噛み締める。体格的に俺の方が大きいはずなのに、いいこいいこ、と小さい子にするように腕に抱いて撫でてくれる義久は、おそらく割と酔っているのだろう。潮島がザルなのを思い出し、彼に合わせて飲んでいたなら普通なら潰れている頃だ。そういえば、前に酔わせようとした時も、急ピッチのちゃんぽんさせてやっとだったな、と懐かしむ。
 酔っても我を失うという感じではないのが義久らしい。

「好きだよ、義久。好き」

 彼の背中に回した腕に、軽く力を込めて抱き締める。痛くはないはずだが、苦しいだろう。耳の上あたりで、ひゅ、は、と上ずった呼吸音が聞こえる。

「大好きだよ。好きだ」

 彼の好きな声色で、何度も好きと囁く。いつもより少しだけ低く、ゆっくりと。にこやかに、声音だけで微笑んでいるのが伝わる感じで。

「カナメ、だから……人の前だって」
「好きって言ってるだけだ」

 とっくに涙の引っ込んだ俺を引き剥がして、義久は俺の肩を掴んだまま睨みつけてくるが、視線を下げれば彼の股間がどうなっているのかは明白だ。

「お前、やっぱ向いてたじゃん」

 潮島が酢ダコをもっちゃもっちゃと噛みながら、頬杖ついて茶々入れてくるものだから、その台詞の意味を知ろうと義久が考える素ぶりをするのに引きつる。潮島には何も言ってないと言い訳したが、SM面でも先輩といえる潮島にはおおよその関係を話してある。俺がサドで相手がマゾで、相手が俺を好きになったから付き合い始めた、とかその程度の事だが、義久は怒るだろう。
 お願いだからそれ以上余計なことを言ってくれるな、と潮島に目配せすると、潮島はもの凄く嬉しそうな顔をして。

「俺もサド。前に『ユギ』さんが犯される直前に、こいつが電話してた相手も俺です」

 義久に寄ってきて、小声で耳打ちしたものだから、血の気がひいた。
 ゆっくりと引き結ばれる唇。逸らされる視線。

「よ、義久。あの、ごめん、潮島はその、本当に親しい友達だからで、他には誰にも」

 せっかくうやむやに出来そうだった義久の怒りは、どうやら再燃してしまったらしい。

「そうだったんですね。……という事は、潮島さん、上手なんでしょうねぇ」
「興味あるなら、カナメに内緒で試してみます?」
「悩みますね」

 目の前で話していて、何が内緒、だ。

「義久、ほんと、そういう類の冗談は俺ストレスで死にそうになるからやめて」
「俺はそんなに信用無い?」

 ボソ、と呟かれる言葉に目を丸くした。

「そりゃさ、今までの事があるし、流されやすい自覚はあるけど。付き合ってる相手が居るのに、他の男と興味本位で寝たりしねーよ」

 さすがの義久も少しは酔っているからか、本音が出易くなっているのだろうか。溜まったものを吐き出すみたいに、彼は俺を睨む。

「お前がどうして今日嘘ついてまで俺をここに連れてきたのかとか、少し考えれば分かるし。だからお前が女に囲まれて帰ってこなくても、愛想良く呑んでたじゃん? 俺は。なのにさぁ、」
「まーまー義久さん、カナメが浮気恐怖症なのはむしろ仕方ない事っていうか」

 愚痴愚痴と俺を責めそうになっていた義久の空のグラスに日本酒を注いで、潮島はまた余計な事を言い始める。

「浮気、恐怖症?」
「こいつ、いつも彼女に浮気されて終わりなんで。本当、もう毎回の事なんで、可哀想になりますよ。俺が知ってる限り、大学入学以降の彼女、大体十五人くらいが半年以内に他のモデルに鞍替えしてます」
「……マジで?」

 怒っていた筈の義久が、戸惑うような表情に変わったので、あまり聞かれたくは無いが怒られるよりはマシだと黙って頷いた。

「浮気されて、終わり? 終われたの、その彼女たち? 無事に?」

 しょぼくれる俺の様子に真実味があったのか、しかし義久はよく分からない所に食いついた。

「終われたって、別れられたか、って事ですか? いやそりゃそうでしょう。知った瞬間に着拒で、言い訳しに会いに来ても全く無視でしたよ」

 潮島も不思議そうに答えるが、義久は、ええー、と酒を口にしながら首を傾げている。

「俺、浮気したり別れるとか言ったら改心するまで監禁されるかと思って割と怖かったんだけど」
「義久には、するよ」

 安心したー、なんて笑いそうになっていた義久の顔が強張ったが、本心なのでどうしようもない。

「今まで彼女だった奴らは、別に顔が良ければ俺じゃなくても良かったから浮気して他の奴に乗り換えてた訳で。俺も本気だった訳でもないから手放してたけどさ。あんたは違うよ。俺、本当に本気だから。絶対逃げさせないよ」

 にこー、と満面の笑みを作ると、潮島が小さく「こっわ」と呟いた。

「いや、ほんと怖いですよねコイツ。背筋が寒くなるからやめろって何度も言ってるんですけど」

 義久は明後日の方向を向きながら潮島に話しかけて、応じる潮島はしかし苦笑するようだ。

「怖い、で済むんだから、義久さんも相当ですよ。普通なら速攻逃げますって」

 俺は潮島の性癖オープンにも動揺を隠しきったのに、潮島はドン引きを隠さない。「友達甲斐の無い奴」とぶーたれると、彼は俺にも酒の入ったグラスを寄越してきた。

「良かったな。お前が『カカシ』でも、この人は浮気しなそうじゃん」

 受け取ろうとしたグラスが、動揺で指から滑り落ちてテーブルにガランと音を立てて横たわる。中の透明な酒が溢れて膝のあたりを汚したが、そんなのはどうでも良かった。
 なんで急にそんな事を。というか、義久の前でそんな不名誉なアダ名で呼ぶなんて。
 俺がどれだけそのアダ名を嫌っているか知っている筈なのに。何故、と潮島をポカンと見つめる俺の膝を、義久が慌てておしぼりで拭いている。

「どうした? 酔ってるのか?」

 俺がグラスを落としたのに拭きもせずぼうっとしているのを、酔ったせいだと勘違いしたらしい義久に、これ以上何も聞かせたくなくて立ち上がる。

「義久、もうそろそろ部屋に行こう」
「義久さん、こいつがモデル仲間になんて呼ばれてるか知ってます? カカシ、ですよ」

 俺と潮島の声が重なる。なんでこんなに執拗に、今夜の潮島は意地が悪い。彼に限って悪意がある訳ではないだろう、今までの経験上そこを疑う余地は無い。だが、意図が読めずただただ困惑する。

「カカシ?」

 義久が小さな声で小首を傾げて復唱するのを、苦々しい気持ちで見遣る。

「服着て突っ立ってるだけ。だからカカシ、です」
「……モデルの仕事って、そういうもんじゃないの?」

 よく意味が分からない、と義久は俺を目で窺うが、いたたまれなくて目を逸らした。
 義久には、いまだに俺の仕事の事を話していない。どんなモデルだったのかどころか、モデルを辞めてもっぱら慣れない事務職に奮闘しているなんて事も。彼にとっての俺の仕事は、おそらくテレビに出るほど人気なモデルの小鳥遊メロだ。実は業界内では大した評価をされていないなんてことは好んで言いたい事では無かった。

「この容姿だったらね、普通もっとショーとかミュージックビデオとか、呼ばれてもおかしくなかったんですよ。けどコイツ、動いててもあんまり良く無いっていうか……ぶっちゃけ、実力無いんですよね。だから、お美しい顔とか身体つきが映える静止画の仕事ばっかりで」
「ああ……」

 納得するような頷きは、義久にとっても『そう』だという事だろうか。
 今更、傷つかないと思っていたのに。好きな人にそう思われるのは、相当クるものがある。

「……ふふ」

 絶望的な面持ちの俺を見て義久が笑うものだから、また泣きそうになる。
 今までの彼女達は、全てが最初から顔目当てだった訳ではない。けれど、顔も良くてモデルとしての実力もあり、内輪からの評価も高い俺の友人達を見れば、そちらに気持ちが傾くのもしょうがない事だと思った。だから浮気されても追う事はしなかったのだ。
 義久にとっても、情けない俺の姿は嘲笑の対象なのだろうか。仕事人間の義久は、仕事の出来ない俺に幻滅するだろうか。
 ──そんな不安を、義久は簡単に吹き飛ばす。

「お、お前が……いつもの、あのキメキメの服で、田んぼの真ん中に立ってる所想像すると……やばい」

 ふふふふ、と腹を抱えて静かに笑う姿に、一瞬呆けた。

「いつもの?」
「高そうなジャケット着て、ダメージデニム履いて、カッコ良くポーズ決めて田んぼで…っ、キラキラのネックレスでカラスが寄ってこない……」
「ぶふっ」

 自分で話を振ったくせに、義久の明後日な返答に俺と同じように呆けていた潮島が、義久の云うままを想像して吹き出す。

「カッコ良くポーズ……」

 困惑しつつも、どうやら義久が俺に幻滅した訳ではないようなので、ホッと胸を撫で下ろす。立ったままなのも何なので、ついでに『撮影でよくやるポーズ』を決めて、「こう?」と義久に向けてキメ顔を向けると、「うぶぶぶ」とよく分からない呻き声を上げて笑い転げられてしまった。

「ネックレスの反射光がカラス避けになるなら、こう、首を逸らした感じの方が良いか? ついでに手首の時計も見せつける感じで、こう」
「うっふふふふ、やめろ、マジでやんな。死ぬ……っ」

 大真面目に映えるポーズを考えながら動いて見せると、義久が拳で膝の辺りを叩いてくる。笑い転げている彼を見て、好きだ、と心の底から思う。

「麦わら帽子に紺の着物、下半身丸出しの典型的カカシルック。ただしポーズは決める」

 悪乗りした潮島の言葉に、瞬時に想像したらしい義久が声にならない声で体をくの字に曲げて笑うのを見て、さすがに潮島の頭のてっぺんを平手で叩いた。

「いい加減にしろっ」
「ごめんごめん」

 潮島は悪びれた様子もなく朗らかに笑い、「良かった」と呟く。

「何が?」
「義久さんが良い人で。お前はうちの大事な大事なカカシだからな。メンタル壊して使い物にならなくなったら困る」

 茶化すような言い草に、しかしようやく潮島の意図が読めて今度は俺が苦笑する番だった。

「この人だから本気になったんだよ」

 笑い疲れて息を切る義久の頭を撫でてみせると、潮島は肩を竦めて、

「そういうサムい事ばっか言ってるから、本気にされないんだって」
「本音なんだけどな。……そろそろ部屋行っていいか?」
「おうおう、行け。声は抑えめにな」
「ヤらねーよ」

 セックスはな、という言葉は飲み込んだのを、おそらく勘付いて潮島が目を細める。

「……そのうち、見せ合わねぇ?」
「絶対嫌だ」

 周りには聞こえない程度の声量で言われ、本気かよと思わずドン引く。SMクラブに連れて行くのすらもう嫌なのに、よりにもよって知人と。断固拒否、と首を横に振ると、くくっと笑われた。

「ほら、義久、行くよ」

 まだ笑いの残っている義久の腕を引っ張って立ち上がらせると、俺の顔をじっと見た後、にこ、と微笑まれる。
 ぞく、と背筋が冷える。この人は、分かってやっているのだろうか。そうやって俺に笑いかけることで、また一つ俺が深みにはまっていくことを。
 まだ大広間に残っていた他の社員達にも軽く挨拶して、彼らの部屋とは離れた棟に予約していた自分達の部屋に向かった。
 義久はぼんやりとはしているようだが足取りは割としっかりしていて、この人を泥酔させるにはどれだけの酒量が必要なのだろうかと苦笑する。

「こっち」

 だが、あまり地図を読むのは得意で無いらしい。館内案内図を見ながら進んでいるのに、曲がる箇所で必ず反対方向に行こうとする義久に、苦手な事が判明して少し嬉しい。人当たりは良い癖に人付き合いが悪い以外、これといって不得意そうな事を知らなかった。これからもっと一緒に過ごす時間を増やせば、もっと彼の事が知れる。良い面も悪い面も、全部知りたい。

「最初の地図で全部覚えたつもりだったのに……」
「じゃあ、全部逆に覚えちゃったんじゃん。どうやって覚えたんだ?」
「どうって、……感覚?」
「義久、もしかして方向音痴?」
「建物の中だけだぞ。外で迷った事はない。何度か行く場所だったら、大きめの目印とかでどうにかなるんだけどなー」

 雑談している間に、部屋に着いた。
 会社の連中が泊まる棟は社員旅行向けにこじんまりとした洋室が多い棟で、対して俺が予約した棟は一般客向けの、六畳二室の和室が中心だ。
 部屋に入って時間を確認すると、十一時を回った所だった。廊下も部屋も、周囲から物音はほとんど無かったから、他の客達は寝付いているか静かに過ごしているのだろう。義久が声を上げない程度に抑えるか、もしくは口に何か噛ませておいた方がいいか。
 部屋に入ってすぐ、中居さんに渡した荷物が置いてあるのを見て、無理やり冷ました熱がムラムラと湧き上がる。

「ああ、和室か。いいな。落ち着く」

 義久はさっそく窓際の広縁へ歩いて行き、座椅子に座って外を見ようとして、外灯一つ無く真っ暗の風景に残念そうにしていた。

「この部屋からは山しか見えないらしいけど。明日はここで茶でも飲んでゆっくりしようか」

 二泊の予定だから、明日は昼頃までゆったり過ごして、午後からは近場を散策しようと以前予定を立てた時も話していた。

「俺、この空間好き」

 窓の障子を閉めながら、義久はそう独り言のように漏らした。だろうな、と微笑みが溢れる。

「さて」

 真っ暗闇を楽しげに眺める義久の前を横切り、窓の障子を閉めた。
 かたん、と軽くぶつかる木の音に、義久が少し怯えたように見える。

「その……、その前に、話があるんだけど」

 平静を装おうとしているが、酔いどれの状態では普段のようには出来ないのか、目は泳いでいるし声も上擦っている。彼の動揺する様は珍しく、しかもプレイの前にわざわざ切り出すというのもあって、何か重要な事なのかと察して彼の前の椅子に腰を下ろした。

「どうぞ」

 促すと、うん、と一つ頷いてから義久は言い辛そう視線を落とし、口を開く。

「さっきの、カカシがどうとか、アレ、あんま知られたく無かったろ?」
「……」
「だから、俺の話したくない事も話しておこうと思って」

 義久は俺の反応を見ずに話し続ける。酔った頭でそんな事を考えるあたり、やはり変わった人だ。義久の過去、しかも本人も言いたく無いことと言われれば、そんな機会は滅多に来ないだろうと、黙って続きを待つ。
 実は倫子以外にも固定の女王様がいた事があるとか、普通に女と付き合った事があるとか、そういう事だろうか。
 だが、俺の予想とは全く違っていた。

「俺、人を殺した事がある」

 聞き違いだと思ったが、続く彼の言葉が聞き違いの線を消していく。

「車で轢いた。見通しの悪い道で、狭くて、でも国道に出る唯一の道だから朝はかなり飛ばしてる車が多くて……でも俺どうしても怖くて飛ばせなくて、あの日も後ろの車に煽られながら走ってて、後ろに増えてく車が申し訳なくて。左カーブ抜けた先に人が倒れてて、ブレーキ踏んだけど間に合わなくて」
「……」
「後ろの車に追突されて、出てきた運転手に引きずり出されてキレられて、目の前の家から出てきた人にも殴られて、気が付いたら病院で。見舞いに来た親父と弟に聞いたら、事故から半月経ってた。警察が俺の車のドラレコ確認したらどうやっても避けられない状況だったのと、亡くなった人が前から自殺未遂繰り返してて俺が轢く前に薬の多量摂取で死んでた可能性もあるとかで、俺は無罪放免。退院する頃には手続き諸々、全部終わってた」

 どんな顔をして聞けばいいのか分からず、俺も俯いた。
 衝撃的な話だったが、聞けば義久にとっても事故のようなものだ。まだ続きがあるようなので口を噤んで待つ。

「久々に職場復帰して、仕事しようとして──あ、俺まだその時ディーラーで整備士してて。整備するのにお客の車乗って、動かそうとしてハンドル握ったら、……人、轢いた時の感触が」

 両手を見つめる彼に、合点がいった。
 車が好きらしいのに、自分で車を持っていなかった事。一度も俺の(いや、親父のだけど)車を運転させてくれと言い出さなかった事。知ってみれば納得出来た。
 もういい、と止めるべきだろうかと視線を上げたが、義久はそれほど悲壮な顔をしていなかった。どちらかといえばつまらなそうな、拗ねたような表情だ。

「それ以来、ハンドル握れなくてさ。整備するにもちょこちょこ車の移動があるのに仕事出来なくなって、ちょうど新規オープン間近だった今のスタンドに異動って感じ。車動かすのは副店長に任せられるから今でも整備の仕事はやってるけど、……また運転してぇなあ」

 どうやら、義久のトラウマは精神的というか肉体的なものらしい。ハンドルを握るような形を作った彼が、瞬時に肩を震わせて拳を握る。

「気持ち悪ぃ」

 指から記憶の感触を抜きたいみたいにニギニギと動かして、義久は溜め息を吐いた。

「運転出来るようになれば、いつでもディーラーに戻れるから今よりずっと勤務時間も減るし給料も良くなるんだけど。ごめんな」

 何と言ったらいいか分からず、立ち上がって義久の方へ行き、彼の手を握る。

「結婚しよう」

 俺の言葉に、義久は不思議そうに顔を傾げて、数瞬考えた後、「は?」と困惑の声をあげた。
 だが、困っているのは俺もだ。何でそんな台詞が出たのか、自分でも分からない。

「いや、ごめん。出来ないよな」
「出来ないだろ。そりゃ。男だし」
「うん。分かってんだけど。うーん」
「あぁ? なんだ、どうした?」

 言っておいて狼狽する俺に、義久は落ち着けと握った手を撫でてくれる。ささくれと細かい切り傷だらけの指が触れた所が暖かい。義久の顔はまだ酒でほんのり紅く、エラーを吐く俺を心配げに見つめていた。

「でも、結婚出来たら、してくれるか?」
「……お前、俺より酔ってるな」

 布団敷いてやるから待ってろ、と立ち上がった義久を止めず、自分もその後を追いかけて襖を開けて隣の寝室へ向かう。
 それほど酔ってはいないはず。それでも、『結婚』の言葉が脳内を占める。そう、結婚してしまえば。俺に、俺たちに必要なのは、結婚だ。より親しく、法的にも近親者として──家族になること。

「ほら、もう寝ろ」

 掛け布団を捲って、横になれと布団を叩く義久を、些か強引に押し倒す。両の手首を押さえ込んで上に伸し掛かると、真下の彼がたまらない表情で顔を逸らして瞼を伏せる。食べてくださいと言わんばかりの仕草に、そのまま本気で捕食しそうになった。露わになるうなじに噛みつきたいのを抑えて、彼の唇に一度俺のそれを重ね合わせて、もう一度囁く。

「結婚して下さい」
「は……っ、だから、無理だって」
「俺は、したい。結婚して、義久と家族になりたい。ずっと一緒に、お互いじーちゃんになってからも一緒に居たいよ」

 真摯に、ただ自分の気持ちを伝える。
 思えば俺は本当に、押し付けていただけだった。好きだという気持ちを盾に、俺を好きならと義久にも同じものを強要しようとしていた。彼の好きの形がどんなものかも考えず、俺の形に合わせろと言うばかり。自分勝手だったと反省する。

「義久が好き。愛してる」

 伝えるだけを、繰り返す。
 組み敷かれたままの義久が、もぞもぞと動こうとして、諦めて。苦しそうにしながら一瞬だけ頭を持ち上げて、キスを返してくれた。

「俺も、……出来るなら、したいくらい、愛してる」

 義久は眉をへの字に曲げて、視線を逸らした。
 嬉しい。いつもの誤魔化すためのあの微笑みじゃなかった事が。

「義久、義久……っ」

 ちゅ、ちゅ、ちゅ、と義久の頭を両手で掴んで顔中にめちゃくちゃなキスをすると、一分を越えたくらいで「うざいっ」と顎を押されて中断になってしまった。
 義久はそのまま俺の体ごと退かそうとしたが、もう火のついてしまった俺は止まらない。

「義久、今日は、いっぱい気持ち良くなろうなぁ」

 精一杯の笑顔で言ったつもりだが、俺の顔を見た義久の口の端が痙攣したのを見るに相当酷い表情になってしまったようだ。

「ま、待てって。今日は縛るだけなんだよな………?」

 怯えた表情に舌なめずりしたくなるのを堪えて、それに肯定するように頷く。

「縛ってから、少し悪戯するだけ」

 義久は何か言おうとしたようだったが、唇を噛んで目を閉じた。
 全てを受け入れてくれようとするその様に、少し冷静さを取り戻した。信頼に応えるには、興奮に身を任せているだけではいけない。

「声、抑えられそうになかったら言え。猿轡してやるから」

 指で前髪を梳いて額に口付けると、義久は黙って頷いた。その瞳に、既に明らかな情欲の色が見えるのが嬉しい。
 自分のリュックを取ってきて、中の荷物を取り出す。通気性重視で選んだ麻の巾着袋から、この日のために丁寧に手入れした麻縄を出して義久の膝の上に無造作に落とすと、それだけでびくりと震えるのが愛らしい。
 彼が意識を飛ばして乱れてしまった時用に、穴の開いていないタイプのボールギャグも持ってきておいてよかった。そちらは麻袋と共に枕元に置いて、まずは敷かれた布団にまるでまな板の上の鯉のように大人しく横になったままの義久の服を脱がす事にした。

「っと、浴衣浴衣」

 紫さんからはもう少なくとも素人ではないと太鼓判を押されたが、正直まだ不安になる事はある。しかも相手は義久だ、絶対に失敗したくない。
 それでも、縛る側が不安を顕にしては、縛られる側はもっと不安になってしまうから、努めて平静を装った。珍しく何も言わず待っている義久は、そんな俺の虚勢すら見通している気がするが。
 全裸に剥いた義久を立ち上がらせ、クローゼットから出してきた浴衣を着せると、少しだけ躊躇する様子が見えた。

「どうした?」
「汗……臭く、ないか?」
「臭い。だからこのままする」

 眉根を寄せて抵抗しようとした彼を抱き締めて、片手に握った麻紐を背中で滑らせる。綿と紐が擦れる感触に伏し目がちな黒目が揺れるのを見てから、もう片方の手で縄を掴んでピンと引っ張った。ビィ、と響く音に義久が目を閉じる。

「あんたが想像してるより、もっと酷いことしてやる」

 耳元で囁やけば、それだけで彼は頬を赤らめて俺の胸に凭れてきた。
 抵抗をやめた義久の身体に縄を滑らせる。紫教室の練習相手より、少しだけキツめに。けれど血流を止めないように。少しずつ浴衣を捲って素肌の色を確認出来るようにはだけさせながら、麻縄で男の身体を縛りあげていく。
 乳首に貼られたままだった医療用テープをベリッと剥がすと、下で薄茶の突起が震えた。俺が可愛がり過ぎて触れなくとも女のソレのように膨れ上がったソコの根本には、今は穴だけが開いている。暑くなってきて仕事でも薄着になる事が多い義久の為、俺が用意して貼るようにと指示したのだ。例え布越しの揶揄いだろうと、彼の突起を触られる事を想像すると嫉妬で壊れそうだったのだ。
 財布から彼の為のピアスを取り出し、嵌め込む。ただのステンレスのフープピアスだが、ここに重りを足して醜く伸びていく乳首は大層見物だ。痛みと不安で泣きそうな義久の表情といったら、……筆舌に尽くしがたい。
 胸周りを縛るのに、わざと乳首を縄で擦りあげると、義久は「はぁあ」と声を殺すことなく吐息を漏らした。この程度の声量なら隣の部屋にも聞こえはしないだろうが、声を出すのを躊躇する様子が無いことから、もう彼は理性を飛ばしかけているらしい。
 何度か堪える気もなく喘いだ義久は息を詰める様子はなく、夢見心地のような表情で深い呼吸を繰り返している。既に縄酔いが始まっている。以前初めて縛った時も、常に思惑を巡らせているような彼が、ぼんやりと呼吸をするだけになっていて驚いたものだ。
 生殺与奪を握っているという実感。今ここで首を絞めても、きっと義久は抵抗しない。絞めてしまおうか。前に絞めながら素股させた事があったが、彼の中に挿れながらすれば、もっと良い声で啼いてくれるに違いない。
 一度、頭を振って冷静になれと自分を諭す。今は縛る事に集中だ。
 上半身から股の間に縄を通すと、既に股間のあたりの布地がぐっしょりと濡れていた。

「ここ、開けるのと隠しておくの、どっちがいい」

 浴衣の合わせを開くと、ソレはまだ完全には勃っていないのに漏らしたようにぬらぬらと先走りでてかっていた。
 意地悪く聞くが、彼はこういう羞恥を誘う台詞は好まない。

「……好きな、方に」

 縄酔いを邪魔されたのが不本意だったのか、しかし返事はしなければという義務感はあるのか、投げやりな言葉を返してきたのに思わずニヤけてしまった。俺の笑みに、義久がハッと目を見開いて身体に力を入れた。
 その判断は正しい。彼の反応を肯定するように、俺は膝で彼の股間を蹴り上げた。

「俺は、どっちがいいか聞いたんだ」
「ご、めなさ、カナ」
「ん? どっちだって?」

 間をおかず、謝罪する義久の竿と玉を蹴り上げる。膝に当たる玉のコリコリとした感触が楽しく、彼の恥骨と膝の間ですり潰すみたいに動かしてやると、低く呻いて義久が背を丸めた。

「おい、まだ縛り終えてねぇんだから姿勢崩すな」

 前髪を掴んで引っ張り上げると、予想通り義久はだらしなく唇の端から涎を垂らして笑っていた。

「可愛いなぁ」

 思わず口付けて涎を啜ると、「ん、ん」と悩ましげな声で喘ぐ。

「開けといて、ほしい」
「いい子だ」

 聞いた二択は、正直どちらを選んでも良かった。布地の下にぎっちり封じ込めて勃起させないのも愉しそうだったが、やはり俺としては可愛い義久の正直な部分が見える方が興奮する。
 竿だけ出すように開いて脚の方を閉じ直し、腰を縛ってから股の下に縄をくぐらせた。浴衣の裾は太腿の半ばまで持ち上がるが、その縄はそのままでは股間を刺激しない。その先を後ろに縛り終えていた腕の方へ回して縛り終えた。
 初めてこの人を縛るにしては、冷静に出来たと思う。縄酔いする義久を思い出す度、興奮でおかしくなってめちゃくちゃに犯す妄想しか出来なかったものだが、逆にだからこそ今は我慢出来ているのかもしれない。
 多めにはだけさせた項に誘われた気がして、そこに噛み付いた。跡も付かない甘噛みに、義久は我慢出来ないみたいに吐息を漏らした。

「あんたの肌、やっぱり縄が食い込まないな」

 立ったまま背後から抱き込み、胸側の縄のテンションを確認しながら独り言ると、僅かに義久が汗ばむ。

「ごめ、なさ……」

 謝る必要は無いのだが、どうやら彼は気にしているらしい。細めた瞳が泣きそうな気がして、首筋に噛み付いた。

「うっ」

 義久が呻く程度の痛みを、と思ったら、少々やり過ぎたようだ。血が滲んではっきりと歯型になっているのを見て、しかしどうしようもない喜びが込み上げる。

「義久、俺の義久。あんたの全てが好きなんだよ。黒く焼けた肌も、ガサガサで傷だらけの手も、柔らかくない肌も。全部興奮する。あんたの小便にだって勃っちまう変態なんだよ、俺は、義久」

 滲んだ血を舐め取って、義久から離れた。正面に回り込み、膝をつく。
 半勃ちの肉はまだ頭を出したばかりで、血が通いきっていないからか柔らかそうだ。ぎょっとして身構える義久に構わず、彼の肉茎に齧り付いた。

「いッ、!」

 フェラチオするのは初めてだが、汗くさい肉の臭いが咥内に広がるのは意外と悪くなかった。がじがじと容赦無く噛むと、みるみるうちに肉が縮んでいくものだから、さらに噛みやすくなって楽しくなってくる。

「あっ、うう、いだい、いだぃ、カナメぇ」

 ふと見上げれば、縛り上げられて身動き出来ない義久はボロボロと大粒の涙を溢しながらしゃくりあげていた。

「……」
「ぅっ、あ゛、だめ、だめっ、やだっ」

 構わず咀嚼を続けると、段々声が大きくなってきてしまったので、そろそろ仕上げかと強めに吸い付くと、義久が「ひっ」と小さく泣いた後、勢いよく俺の口に小水を流し込んできた。
 二時間近くはあの宴会場にいて、義久がトイレに立った様子は無かった。少し刺激してやれば漏らすだろうと思ってやったことだが、本気で嫌がる義久の顔はなかなか拝めるものではない。
 喉奥に先端を導いてやれば、止まらない勢いのまま苦味のある小便が俺の喉に注ぎ込まれていく。こく、こく、とわざと喉を鳴らして飲んでやる。まだ義久は「やだ、やだ、やだ」と泣いているが、俺はそれを最後の一滴まで飲み下し、丹念に竿を舐め回した。
 そのうち義久にやらせるつもりで事前知識を入れていたが、先に実践する事になるとは思っていなかった。舌で味を感じないように喉で飲み下せばいいというのは本当だったらしい、今度義久にもやらせよう。

「今度は義久の番」

 予想外の事に呆然と泣く義久に構わず、俺も服を脱いで裸になる。
 男に二言は無く、今の飲尿で完全に勃起した俺の一物を彼に見せると、信じられないみたいに目を逸らされた。

「大丈夫、あんたが飲むのは俺の精液の方だから」

 引き寄せるように乳首のピアスを引っ張ると、痛みに顔を歪めながら義久は布団に膝をついた。

「我慢出来たらご褒美。何がいい?」
「我慢……、ご褒美。さっきの、噛むの、好き。もっと」

 何を我慢すればいいのか、普段の義久なら先に確認しただろう。
 しかし、縄酔いが残っている上、先程の性器噛みがいたくお気に召したらしい彼は、即答でご褒美を強請った。

「なら、イくまで吐くな。それだけだから頑張れ」

 出来るだけ優しげに微笑む。この笑みが安心させる為のものでない事は、義久はよく知っている。
 膝立ちする義久の前に立ち、勃起した肉茎を彼の口に差し込んだ。大きく開いた唇の奥へ、ゆっくりとゆっくりと。喉の突き当たりを先端が突いた感触がして、口内の粘膜が温かくぬめる。その先へ、狭い喉奥へ押し込んでいく。
 「う、」と早速えづいた義久の喉が痙攣するが、そのまま押し進める。
 涙でぐずぐずに濡れた義久の顔が、苦しみに歪む。ここまで奥に挿れたら、おそらくもう鼻からの呼吸もままならないはずだ。限界まで開ききった義久の唇と歯列の間に、捩じ込んだ自身の根元だけが見える。噛みちぎって飲み込んでもいいぞ、と声には出さず彼の頭を撫でた。彼の中で消化して一つになれるなら、それもきっと悪くない。
 ビク、ビク、と連続する吐き気に義久の身体が跳ねる間、声に出さず数を数える。
 一、二、三、……三十。
 呼吸が止められた義久の瞳はもう朦朧として、それでも彼は逃げようとはしない。
 一気に引き抜くと、ぐぼっ、と粘着質な音と共に少量の唾液が飛び散った。

「ぁ、っ、……は、かぁっ」

 嘔吐させるには十分だった筈だが、なかなか辛抱強い。
 戻ってきた酸素を求めてひゅはひゅはと呼吸を繰り返す義久は、しかし縛られているせいで倒れ込むことすらままならない。

「残念。吐いたらお仕置きにもう一回してやろうと思ってたのに」

 残念と言いつつも、義久の頭を撫でてやると、目の端に涙を溜めながらも自慢げに笑んだ。
 可愛い、という感情のままに、もう一度肉を突っ込む。義久の頭を掴み、欲望のままに乱暴に抜き差した。剥き出しの粘膜に歯が当たる感覚に、珍しく余裕の無い義久が可愛くて更に勢いをつけてぐちゃぐちゃに犯す。げぼ、げぼ、と俺の先端に胃液なんだか嘔吐物なんだか、温かいものが濡れる気がするが、胸が熱くてそんなことはどうでもいい。

「義久、かわい、可愛い、……っ」

 名前を呼びながら前髪を鷲掴んで、喉奥に吐き出した。体全体が熱く、動悸が最高潮。自然と痙攣する腰を義久の頭に押し付けて、一滴溢すのも許さないみたいに彼を逃がさない。中心に集まった精を義久に注ぐ感覚は、いつもそれだけで昇天しそうな幸福感を伴った。

「ん……」

 ごくごく、と飲み込んだ義久は、まだ萎えない俺のソレを舐め回し、自ら喉奥へと誘う。
 腰を引いて意地悪してやると、ちゅう、と吸い付いてきて咬内に引き戻された。義久の瞳が、俺を見上げて弧を描く。瞬間、ぞくぞくと背筋が戦慄いた。この人は知らない。自分から欲しがる浅ましく妖艶な様が、どれだけ俺を狂わせるか。
 思わず縄を切って尻にぶち込みたくなったのを抑え込み、平手で義久の頬を打って自らを引き抜いた。

「ひっ……!!」

 背中に回して弛ませておいた、股間を通る麻紐を全力で背中側から引っ張ると、急な事に義久は受け身も取れず上半身を布団に打ち付けた。股間に通された紐のせいでソコを潰しながら尻を高く吊られ、伸ばせば床に届くだろうが慌てた義久は膝を折ったまま股間の潰れる痛みに呻くだけだ。

「っ、っ、ぁ゛、」

 顔が敷き布団に埋もれた格好の義久は、ちょうどよく呻き声が殺されているらしく煩くない。ギリギリ膝が着くか浮くかという高さに縄を調節して握り、何度も縄を緩めたり引いたりしながら股間を潰すと、何度めかで背筋を弓なりにしならせて大きく痙攣した。
 縄を手放し、横向きに義久を蹴り倒すと、布団に白い液溜まりが出来ていた。明らかに小便ではないそれは、布団のシーツに染み込む事なくぷるぷると質量を保持している。そのままにしておくと正気に戻った時に義久が煩そうなので、シーツを剥がして丸め込み、部屋の隅に押しやる。
 綺麗だったもう一組の布団の上で縛られたまま荒い息をする義久は、性器の先端からいまだ粘つく液体を生成している。

「あんた、どんだけ溜め込んでたの」

 一週間二週間という濃さではない。前回プレイしたのがいつだったか、そういえば俺が出してやるのは久々かと苦々しく思い出した。どうしても、セックスよりはプレイに傾いてしまう俺たちである。義久自体も、精を吐いたから満足するというタイプでないので、ついつい忘れてしまう。

「もう一回出しとくか」

 溜めすぎても義久は性格に影響しないタイプだが、身体にはあまり良くないはずだ。たまには手で握って出してやるかと、手早く終わらせてやろうかと思ったのだが、その瞬間に義久は顔を歪めて呻いた。
 よく見れば、義久の肉茎は所々青くなったり赤黒くなったり、見るからに痛々しい。容赦無い責めを喰らって、常人なら何度も気絶しているだろう傷を負っているのすら忘れていた。
 そろそろ義久も限界だろうか。置き時計に視線を移すと、もう開始から一時間半が過ぎようとしていた。夢中になりすぎた、と自責しつつ、義久の様子を観察し、これからどうプレイを終わらせるか思案する。
 義久の余力は少なそうだ。縛られた事で体力の大幅を消耗しているのか、布団に転がったまま呼吸するのがやっとという様だ。このまま手扱きで責めてやってもいいのだが、ただでさえ精を吐くのに苦手意識を持っている彼にここで強制して、苦手意識を強くされるのも嫌だ。
 痛みが好きな彼はもちろん好ましいが、気持ち良いのも同じくらい好きになってくれれば、今後もっと楽しめるに違いないのだ。

「……縄、解くぞ」

 考えた末に、最後は縄を解いて自由を与えてからにする事にした。
 義久の瞳は残念そうだが、解き始めた所から身体の力が抜けていき、どうやらかなり疲弊していたようだ。指示のままに体を動かして縄を解かれた彼は、再び布団に倒れ込んだ。

「大丈夫か?」

 顔色を見るために頬を撫でてやると、にこー、と心底満足げな表情をしていた。

「すっ……ごい、よかった」

 もう終わったかのような言葉に、無言で微笑んでみせると、さっと顔色が変わるのが面白い。
 もう一組の布団を汚すと寝る場所が無くなってしまうので、義久を立ち上がらせて備え付けの小さなバスルームに誘導していく。便所と浴槽が一つになったユニットバス式の便器に腰掛けた俺の膝の上に義久を抱き、後ろから彼の肉を指で包む。

「っ、う」

 内出血しているらしいソコは先程より色が悪くなっており、見た目にも触れれば激痛が走るのを理解していて、表面を撫でるに留めてやった。義久の手を掴んで俺のを握らせ、肩口の赤紫に変色した縄跡を舐めながら指示を下す。

「俺のイイとこ教えてやるから、手でイかせ」

 義久の太腿の間から俺の猛った肉茎を掴ませ、俺は彼の縮みこんだソレを皮を剥いて弄り回した。

「ここの、括れんとこと、裏の根本らへん。ほら、こうやって……やってみろ」
「ぁ、あ、あ」

 手本をみせてやっているのに、義久はそれだけの刺激で勝手に達して泣いた。

「あんたじゃねえよ、俺をイかせろって言ってんだ」
「ひぁッ」

 溢れ出る精液を止めるみたいに握り込むと、一層高く鳴いて義久が痙攣する。これは、と思って性器を平手で打つと、その度に痙攣した義久の先端からぶくぶくと泡を噴きながら精が溢れた。楽しくなって何度も繰り返していたら、そのうち呻きもなく義久の動きが止まった。
 失神したのだ。
 最後の方はしゃばしゃばとした水のような粘度しかなくなっていたらしく、彼の肉を手放すとびしょ濡れなのに粘つくこともない。
 義久がもう限界なのは知っていたのに、どうにも今日はやり過ぎてしまった。
 反省しつつ、ぐったりと力無い義久を綺麗にして安全に布団まで連れて行く方法を模索するが、義久はすぐに目を覚ました。彼の体力は恐ろしいものがある。

「ご、ごめん、すぐ」

 退くから、と立ち上がろうとした義久はしかし当然ふらつき、それを抱きとめて共に浴槽へと移った。
 シャワーで身体を清めてやると温かさにほっとしたのか義久は大人しくされるがままになり、肌を拭いて綺麗な浴衣を着せて布団に寝かすと、すぐに寝息をたてはじめた。
 何の心配もないそのあどけない寝顔に、真横に寝そべって口付ける。

「おやすみ」

 今日も可愛かった。
 俺に全てを預け、全てを任せてされるがままに失神するまで楽しんでくれた義久に満足して、彼を抱き込んで彼の匂いを胸いっぱいに嗅ぎながら一つの布団で目を閉じた。








「そういえば、弟さんってブラコン?」

 土産物屋で頼まれたぬいぐるみを買い終え、車に戻った時に何気無く聞くと、義久は「いや、全然?」と不思議そうに否定した。
 昨夜あれだけの事をされても、義久はそれをおくびにも出さない。立ち座りの動作だけでも激痛が走るはずなのに、相当にタフだ。

「昨日会った時、俺と旅行に行くって聞いて微妙な顔してたから。早く義久にも結婚してほしいと思ってんのかなって」

 兄弟の距離感を探ってみると、義久はあからさまに困った顔をして。

「それ、たぶん……、俺が、恋人と旅行に行くって言ったから。まぁ、お前が一緒って聞いた時点で、虚勢張ったんだと思われてるだろうけど」

 後でからかわれるだろうなー、と溜め息を吐いたので、目を丸くした。
 義久はてっきり、恋人の存在自体を誰にも明かしていないと思っていた。性格だとか職業だとか、関連する煩雑な話題を嫌うタイプだろうし、だから相手が俺ではないただの女性だとしても、それを周囲に公言するとは思っていなかったのだ。

「俺、恋人?」

 確認したくて問い掛けるのに、義久は逆に目を丸くしてぎょっとしたようだ。

「え、違った、のか」
「いやいやいや、違わない違わない。恋人。むしろ人生の伴侶」

 運転席から助手席の義久の手を握ると、少しだけいつもより彼の体温が高かった。

「それは、言い過ぎ」
「言い過ぎじゃないよ。結婚できるならしたいって、あんただって言ってくれたじゃん」

 やや顔を赤らめた義久に、尚も畳み掛ける。

「別に、親兄弟に紹介しろとか言わないから。あんたの中だけでいいから、俺の事、結婚相手だと思っててよ」

 ね、と握った指にキスをした。目を逸らす彼は、しかし意外な事にすぐに無言で頷いてくれた。
 そんな恥ずかしいこと出来るかとか、なんだかんだと拒否されると思っていたのに。

「……思うだけなら、自由だし」

 俺の心の内を読んだように、義久は呟く。ぎゅ、と絡んだ指を握り返されて、ここが車の中とはいえ観光地の駐車場という、人目がある場所である事を恨んだ。

「めちゃくちゃキスしたい、って表情してる」

 誘うように顔を寄せてきて、しかし彼は離れていく。知ってる、義久はそういう人だ。

「カナメのさ、そうやって理性が勝つとこ、すごい好きなんだ」

 むしろ決壊を誘発させようとしているように、義久は笑う。俺の一番好きな表情で。
 指を絡めたままの義久の手の甲に、爪を食い込ませて握り込むと彼が息を詰める。

「あんたの理性はペラペラのオブラートみてぇだもんな」
「……っ、だから、任せられるんだろ」

 血が滲んだ手の甲に、義久は嬉しそうに口角を上げた。俺が血を舐め取るのを分かっていて、期待に目を細めて待っている。

「だらしねぇマゾだ」

 お預けされて涎を垂らすなんて、犬そのものじゃねえかと嗤えば、ふふふと楽しげに笑いを返された。

「ご主人様、ずっと俺を愛してね」

 わん、と楽しげに吠えて義久は不意をついて俺の頬を舐めた。
 彼にとっては、軽い揶揄いの延長だったのだろうが──出来る我慢にも限度がある。僅かに残った理性で義久の襟元を引っ掴んで後部座席に引きずり込むと、ズボンと下着だけずらして後ろから捩じ込んだ。逃げようとした義久の項に噛み付いて黙らせ、痛みを伴う強姦に暫し酔い痴れる。
 昼間は他にも観光しようと言っていたのに、満足して気が付いたのはもう窓に当たる陽が傾いた頃だった。

「俺の理性が保つかどうかはあんた次第だ、って理解したか?」

 事後処理しながら問えば、義久はうんざりしたように首を縦に振る。

「理解した。……カカシには下半身の着物も着せとくべき」

 すぱん、と後頭部を叩くと、二人して声をあげて笑った。

「俺の知らないお前がどんなんでも、俺は俺の知ってるお前が大好きだよ」

 義久がはっきり好きだと言ってくれるのはこれで何度目だろうか。その度、幸せで泣きそうになる。
 この幸せにも、そのうち慣れてしまうのかもしれない。それでも、嬉しいには違いない。
 だから。

「俺も、大好き」

 何度でも、何年でも、伝え続けよう。

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