神は絶対に手放さない

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神は絶対に手放さない

3、危険なアルバイト(ただし本人には何も見えない)

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「でも、神子ではない、と。仕の報告では、守護霊すらいないらしいね? 一体どうなっているのやら」

 トップは不思議がり、当然のように俺の拳を避ける志摩宮の動きがしかし彼の実力だのといったものだとは考えていない。
 以前一度試したのだ。組織の中にいた元プロボクサーに、何の鍛錬もしていない俺が勝てるかどうか。結果は圧勝、……とは言えなかったが。ただの子供の俺のパンチが当たったところで、相手にしてみれば負傷のうちにも入らない。だが、俺は相手のパンチを全て避け、何度も相手を殴りつけた。元プロボクサーのプライドをズタズタに引き裂いただけで終わったその試合を憶えているトップにとっても、志摩宮は相当異質な存在に見えるだろう。

「終わったなら帰りたいんですが」

 俺が言うと、トップは軽く頷き、しかし思いだしたようにスーツの内ポケットから一通の手紙を取り出した。

「君のお祖父さんからだ。そろそろ面会時期だから都合をつけろとも連絡がきているよ」
「断わっといて下さい」

 手紙を受け取り、ズボンのポケットに無造作にねじ込んだ。どうせ読まないで寮に帰ったらゴミ箱に捨てるだけだ。
 俺を見て蛍吾が微妙な表情をする。実家から売られ組織に入って暫くは、心配してるんだから会ってやれば、と言われたこともあったが、五年以上付き合いのある今になっては何も言われはしなくなった。
 介護で疲れ切った両親の顔を思い出すたび、金の為に売られた事に恨みはないと思う。だが、それならそれで、もう俺のことは忘れてほしかった。万が一ここを追い出されても実家には戻らないし、たぶん普通の生き方はもう出来ないから。

「それじゃ」
「ああ、ちょっと待ちなさい」

 踵を返そうとしたのを、新しい声に止められた。
 その場にいた全ての人間が──いや、志摩宮を除いた全員が、瞬時にその場に跪いて頭を垂れた。
 寛容の神が、立ち上る煙のように、不意に姿を現したのだ。

「先輩? どうしたんです、具合でも悪いんですか?」
「いいから、お前も座れ」

 全員が座り込んでいるのに志摩宮が心配するのは俺だけで、やはり神様も見えていないようで俺の近くに立っている寛容の神をすり抜けて俺の方に寄ってくるものだから肝を冷やした。

「おっ、おまっ」
「良いんだよ。見えない者に無礼も何も無い。それにしても……」

 寛容の神は俺の前に膝をついて座った志摩宮を興味深そうに覗き込み、「ほぅ」と呟いた。

「この者について何かご存知なら、お教え頂きたく」
「それは無理だね。教えられない」

 頭を垂れたまま厳かに尋ねたトップに、寛容の神はすげなく即答する。

「神子ではない。だが、この者の正体を話せば私は消滅させられてしまうだろう」
「……!」

 この組織で一番ランクの高い神が、消滅させられる。一体どんな存在なのかと、誰もが息を止めるほど驚いた。

「この者は、そうだね、お前の傍に置くといい。お前のやっている、小間使いにも同行させるんだよ。いつか必要になる時がある」
「……仰せのままに」
「君の神が唯一許す存在だ。他の誰にも穢されてはならないよ」
「……?」

 俺の神様が許す存在? 穢す? と、意味の分からなさに視線を上げたが、もうそこには寛容の神の姿は無かった。

「きっつ……」

 神気に当てられたらしい蛍吾が、脱力してその場に倒れ込んだ。トップはさすがに慣れているのかスーツの膝を払ってすぐに立ち上がったが、部屋の中に残っていた他のスーツ男達は、蛍吾同様倒れ込んでいる。

「今のはつまり、志摩宮は俺の神様に縁ある何かで、だから穢れないように見張って傍に置いとけ、……ってことで合ってるか?」
「先輩と縁があるから傍に置いてくれる? 俺をですか?」

 ピンピンしている志摩宮は、俺が纏めた言葉を自分に都合良く解釈してはしゃぎだした。

「大体合ってる」

 と、言って立ち上がった蛍吾のそれは俺と志摩宮どちらに言ったものだろう。
 どっちでも結局は同じことで、だからニコニコと笑う志摩宮も放っておいた。
 今度こそ帰るぞ、と部屋から出ようとした所で、今度は蛍吾のスマホがピリリリと鳴り出した。すぐさま着信に出た蛍吾は、「分かりました、すぐ向かいます」と応答している。
 嫌な予感。

「林様、志摩宮、申し訳ありませんが今から同行して頂きます」
「どうした?」
「鬼が出ました」

 せっかくの休日の昼間は、全潰れの様相だ。











 高速道路を使って連れて行かれたのは、俺達が住む県から三県跨いだ山だらけの場所だった。
 下道に降りて街中を走り出したが、右を見ても左を見ても、前も後ろも山。山を越えたと思えば、また山が見える。山と山の間に街がある。そんな田舎だ。

「俺、とりあえず先輩の傍で待ってればいいんですね?」 
「そう」

 もうこうなっては説明しない訳にもいかず、志摩宮にもあらかた説明はした。
 俺と蛍吾が除霊師のようなアルバイトをしている事。志摩宮には見えないが俺たちには霊が見えている事。これから志摩宮にもそれを手伝ってもらう事。
 神様だの神子だのなんだのは説明が長くなりそうなので割愛した。
 これだけうさんくささマックスな話に、しかし志摩宮は「よく分からないですけど、先輩と一緒なら何でもいいですよー」とだけ言ってついてきた。
 車の中で蛍吾に鞄を渡され、中に入っていた女物の服に着替え、長い髪のウィッグを被り口紅を塗る。鏡が無いから適当にファンデーションをパフで塗り、橙色のチークを叩いて終了だ。
 『ミコ』の音で巫女を連想する依頼人は多く、男が行くと信用度に関わるからと、毎度女の格好をしなければならない。毎度の化粧は面倒だが、費用を組織持ちで髭の永久脱毛が出来たのは不幸中の幸か。

「蛍先輩、これは……」
「言うな」

 俺が女装する姿を黙って見ていた志摩宮が珍しく蛍吾に話し掛けたが、蛍吾はやや食い気味に会話を終了した。
 運転手は一言も話さず車を走らせ続け、山の麓の寺の駐車場に停まった時には、もう陽が落ちかけていた。
 俺と志摩宮、蛍吾の三人で車から降りる。浄霊の力が無い運転手は防邪の結界の貼られた車で待機だ。
 周りを木々に囲まれているにも関わらず、一番鼻につくのは錆の臭い。鉄臭い、と皆で顔を顰めながら石段を登っていくと、袈裟を乱して坊主が走り寄ってきた。

「ああ! こちらです! こちらへ!」

 坊主は主語も失くすほどに慌てているらしく、本堂の方を指差してからぐるりと庭を迂回して入ってくれと、大仰な動作で説明する。 
 本堂に赴くと、そこには十数人の大人たちが身を寄せ合っていた。年の頃は四十過ぎくらいから九十くらい。若い者はおらず、話を聞けばこの近くの集落に残った数件の家の住人達らしかった。怯えた様子で、板張りの上に肩を寄せ合って座っている。

「それで、鬼というのは」
「それより、巫女様というのはもしかして……」

 案内してくれた坊主の他に袈裟の姿は見えず、蛍吾に連絡してきたはずの住職の姿は無い。本堂は血の臭いでむせ返りそうなほどなのに、赤い液体は見えないのが不審だと辺りをよく見回した。

「彼女です」

 蛍吾が俺を掌で指し示すと、坊主どころか老人達からも悲嘆のような声があがった。
 ミコといえば、で白衣に緋袴を想像する依頼人はよくある事だ。いちいち気にしていられない、とばかりに一歩前に踏み出し、

「鬼は?」

 と、再度聞き直す。
 常は異界に住む鬼がこちらへ来たというなら、好き放題に人を喰い、そこらじゅうが血の海になっていておかしくない。だというのに、血の臭いはすれども被害者の断片すら見えないのだ。警戒するなという方が無理だ。

「そ、そちらの部屋に」
「部屋に?」
「村の皆で、捕まえたのです」

 そんな事が出来るわけがない。よしんば出来たとして、ならば首を落としてしまえば解決だ。骸だけを組織に渡して、異界へ投げ込むだけの簡単なお仕事のはず。
 彼らが嘘を言っているのは確定した。
 とすれば、彼らの指し示した部屋の先に居るのは。

「気ぃ抜くなよ」
「うっせ」

 志摩宮に昏倒させられた事を暗喩して蛍吾に揶揄われ、軽く彼を蹴るフリだけして部屋の方へズンズンと歩いていく。
 スパン! と勢いよく襖を開くと、果たしてそこには赤い肌の巨躯が、ばりばりと音をさせながら人の足らしきものを咀嚼していた。

「ひぃ……ッ!!」

 背後から複数の細い悲鳴が上がる。

「ご要望の神子ですけど」

 どうせそういう事だろう、と腕を組んで鬼を睨み付けると、肉に夢中だった鬼の目だけがぐるりとこちらを向いた。

「随分と不細工なのがきた。不味そうだ。交換しろ」
「悪いけどノークレームノーリターンなんで」

 応えると、踵から先だけになった肉を投げつけられた。軽く身を曲げて躱すと、後ろの老人達の方まで飛んだらしくまた煩い悲鳴が上がる。

「お前偉そうだ。喰う」
「早くこっち来てくれる? 血ぃ踏みたくないんだよね」

 滑るから、と肩を竦めると同時に、鬼が跳躍して襲いかかってきた。
 裂けそうな程大きく開いた口が、俺に喰らい付こうと降ってくる。その喉元目掛けて、俺は手を伸ばすだけでいい。

「ガッ……!」
「うわ、気持ち悪。涎垂らすな汚い」

 鬼の首は俺の掌の中にある。ぎゅうと締めると鬼はそれだけで潰れた蛙のような悲鳴を上げた。煙をあげて俺の指の中で鬼の首が溶けていく。

「はい終わりっと……わ、うわわ」

 俺の腕を外そうとこちらに手を伸ばしてくるよりも、首が溶けきるほうが早かった。
 ごとん、と鬼の首が憤怒の表情のまま落ちる。同時に身体の方も倒れ込んできて、バランスを崩して下敷きになるように倒れそうになったのを、不思議そうな表情の志摩宮に支えられた。
 ズシン、と音がして、俺の体をすり抜けて鬼の骸が床に倒れた。


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