神は絶対に手放さない

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神を裏切り貴方と繋ぐ

Sー24、口実をつける為の

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 翌、深夜。仕事はもう無いけどとりあえず来といて、と蛍吾から連絡があったので、迎えの車に乗って組織の施設へ来ていた。
 砂浜のブルーシートの上では、構成員たちが酒盛りをしているようだった。

「昨日、染井川とデートだったんだって?」
「はっ!?」

 玄関に出てきた蛍吾が出会い頭にそんな事を言い出すので、目を丸くして否定する。

「いや、騙されて拉致られて、仕事手伝わされただけだぞ」
「『宗子さま』だろ。お前が知らない番号からの電話取るなんて思わなかった」
「番号教えたのお前だったのかよ」

 外に居ると酒飲まされるから中で話すか、と蛍吾に連れられ、施設の中に入った。
 床張りの大広間は衝(つい)立(たて)で区切られていて、半分は寝床、もう半分には折り畳みの座卓テーブルが二列ほど並べられていた。衝立の合間から膨らんだ布団が見えるから、どうやら寝ている人もいるらしい。

「今年は人少ないんだな」

 去年までは、布団を出すのは朝から昼間だけで、仕事中の夜は六列ほどの座卓を並べて座学や食事をしていた筈だ。半分を出したままに出来るということは、今回はそれだけ参加人数が少ないということだろう。

「ってか、昨日ごっそり帰ったんだよ。お前の範囲浄霊でやる事ないから」

 残ってるのは戻ってもどうせ休めないと分かってる奴らだよ、と蛍吾が教えてくれる。
 奥の台所の冷蔵庫から冷えたお茶とコーラのペットボトルを出してきて、端の方に座った。半窓からは砂浜を見下ろせるので、万が一何かヤバいのが出てもすぐ分かる。

「どうだった、『宗子さま』」
「重いし疲れた。でも小さくて可愛かった」
「へぇ。俺らは毎年こっち来てたから回ってこなかったけど、あれも本来は下っ端あたりの仕事なんだよな。慎重にやれば疲れるだけで特に危険は無いし。染井川班が受け持ちなのは意外だったな」
「つーか、染井川さんから聞いたならお前も手伝いに来いよ」

 なんで俺を差し出して逃げてんだよ、と肘で小突いたら、意味ありげな表情で片方の唇だけ上げて俺を見た。
 蛍吾のそんな顔は珍しい。どういう意味だと考える前に、蛍吾はペットボトルの蓋をゆっくり開けて、泡の立つコーラを一口飲んだ。

「染井川からは「急用だから神子だけ借せ」って言われたんだ。『宗子さま』だったってのは、昨日帰ってきた染井川が森さんに質問責めにされてたのを盗み聞きしてたから知ってるだけ」
「質問責め?」

 森さんといえば、一昨日の仕事中にタオルを貸してくれた染井川さんの部下だったろうか。質問責めするくらい興味があるなら、一緒に宗子さまを運んでくれれば良かったのに。
 俺が首を傾げると、蛍吾は露骨にため息を吐いて肩を竦めた。

「染井川と二人っきりでドライブして、飯まで奢ってもらったんだろ? 肉だけで二キロも食いやがったって、あの染井川が楽しそーに笑ってたぞ。デートじゃん」
「いや、間に仕事入ってるからな。肉も食べたけど」
「志摩宮が帰っちまったから凹んでるかと思ったのに元気そうだし。ビッチが」
「ビッチって言われる機会もそう無いだろうから良いけど、結構酷いこと言ってるぞ蛍吾」
「ビチビチビッチ」
「すっげぇ跳ねそう」
「……まあ、そういう訳だから気をつけろ。あいつ、前からお前の事狙ってたからな。ここ数日で気ぃ許してるみたいだが、ヤられんじゃねーぞ」

 つまりは、心配だったらしい。
 まだるっこしい冗談を吐き終えて、出てきたのはそんな助言だった。

「そういうんじゃないと思うけど」

 俺が神子だから色々教えてくれているだけで、色恋とかそういう意味では無い気がする。それに、万一そうだったとしたら、二人きりの昨日のうちにどうにかなっていたと思う。

「いいから気をつけろ」
「わかってるって」
「どうした、なんか出たか」

 広間に入ってきた人影が、会話に割り込んできた。見れば、染井川さんだった。

「いえ、特に何も」
「じゃあ何だ? 気ぃ付けるような何かあったか」

 染井川さんは半窓から海辺を見下ろし、異変があったのかと眺めるようだった。

「いや……、こいつの『番犬』が離れてるんで、自衛しろって言ってただけです」

 蛍吾は、割と本気で染井川さんが(性的に)俺を狙っていると思っているようだ。
 意味有りげに染井川さんを睨むので少し困る。

「ああ、あの黒いガキか。なんかあったのか?」

 染井川さんはそういう態度をとられるのに慣れてるみたいに、表情を変えず蛍吾の隣に座った。……何故座る。

「こいつに例の呪いを掛けた術師、志摩宮の知り合いだったらしくて」
「ああ、記憶が無くなったやつの。惜しいよな、死にかける経験なんてなかなか出来ねぇのに」
「……ここ何日かで死にそうになった気がするんだけど」
「足のつくプールと、海で泳ぐ練習すんのとじゃあ、気合いの入り方が違うだろって話だ」

 染井川さんは俺を見て不穏な笑みを浮かべ、

「なんなら今から遠泳でもするか?」

 と、洒落にならない提案をしてくる。

「遠慮します」
「なんだよ、あと何匹か大物潰しゃあ、数年はこの辺りは安泰だぞ? いい経験にもなるし、ちょっと漁船でも借りて沖の方で……」
「絶対怖い目に遭うやつだろそれっ!」

 呼霊にも応じず、浄化の力を感じて沖の方で留まっている大物。そんなの、絶対に厄介でしかない。
 そんな危険な仕事を押しつけてくるような奴が、俺を性的に狙ってるなんて有り得ないだろ。
 それなのに、そんな染井川さんを見ていた蛍吾は、ポツリと言う。

「染井川、分かってると思うけど、うちの神子に手ぇ出すなよ」
「こんな青いガキ、食っても渋いだけだろうが」

 即座に意味を解して言い返した染井川さんに驚いた。手を出すな、の意味は、普通は喧嘩するなとかそういう意味に捉えるんじゃないだろうか。
 まさか本当に、蛍吾の言う通りなのか。恐る恐る染井川さんを見上げる俺に、彼はどうやら違う解釈をしたようだ。

「なんだ、物欲しそうな顔しやがって。肉食いてぇなら仕事しろ、仕事」

 オラ行くぞ、と引っ掴まれて、そのまま外のブルーシートの上まで持っていかれた。小脇に荷物のように抱えられた俺を見て、酒の入った構成員たちがゲラゲラと笑う。

「お、神子様だー。今夜も浄化してくれるんですかー」
「やったー、明日はビーチでギャルをナンパしまくるぞー」
「水着ギャルとかき氷に線香花火ー! イヤッフー!!」

 テンション高く騒ぎ回る構成員たちを見回して、しかし染井川さんは彼らに冷や水のような一言を浴びせかけた。

「これからこいつには呼霊させる」

 全員が、シンと黙った。
 次いで、ひぇ、とか、そんな、とか、絶望にも似た弱々しい声が聞こえてくるが、そのどれも、染井川さんに向けられたものではない。

「生きてられたらナンパでも花火でも好きにしな。……おら、始めろ静汰」

 ブルーシートに座らされた俺は、すぐに神様に呼び掛けた。

「ひ…っ、誰か水、水! 酔ってたから死ぬとか御免だ!」
「それより何人か先に浄霊始めろ!」
「紋浄班、水際に結界! 少しの間なら止められるかもしれねぇ!」
「染井川さんの鬼!!!!!!」

 最後の声は聞き覚えがあるから、たぶん森さんだと思う。
 神様、神様。いつも愛してます。ちょっとこれから沖の方の大きい霊を呼び出したいので、少し力を貸して下さい。
 俺が呼霊を始めると、明らかに波の高さが変わった。ざざ、ざざん、と凪いでいたのが、ざっぱん、ざっぱん、と叩きつけるような高い波になる。
 沖の方から、高い波に紛れて、黒い何かが近付いてきていた。

「は、早い……! もう呼び寄せやがった!!」
「あれ、海坊主じゃないのっ」

 黒くて丸い何かは、波間を縫うように近付いてくる。段々と大きくなるそれは、目視できる距離になると、鯨を彷彿とさせる馬鹿でかい何かだった。

「……違うな。静汰、呼霊やめろ」

 海坊主という妖怪だと見当をつけて、経による浄霊ではなく紋での破邪を開始した構成員たちを眺め、染井川さんが呟く。
 今夜は煙草を吸っていない。吸わなくても見えるからなのか、それとももっと違う理由があるからなのか。

「破邪が効かないっ」
「なんで!? 大きすぎる、こんな怪がこの辺にいたなんて……!」

 黒い何かは、もう波打ち際まで来ていた。ぎょろり、と大きな一つ目がこちらを見る。

「紋浄班、結界! 半分はそのまま破邪、それ以外は全力で経唱えろ! そいつは海坊主じゃなくマジリモンだ!」
「まじりもん?」

 首を傾げる俺を横目で見ながら、染井川さんが胸ポケットから煙草を取り出した。火を点けながら、珍しく俺に「退がってろ」と仕草で示す。

「魚だの鮫(フカ)だのに喰われた奴らの魂が、喰った魚ごと妖怪に喰われて妖怪と混じり合っちまったんだ。だから、アレは半分妖怪で半分ヒトの霊だ」

 ああ、だから『混じりもの』か。そのままだな。
 協力しよう、とその場で神様へ祈り出した俺の前に、染井川さんが立つ。

「お前、妖怪に触れても奴らの中身は見えないだろ?」
「え、……えーと、うん、たぶん」

 話し掛けられて気が散って、経が霧散した。目の前に大物が出ているのに、染井川さんは大層な余裕だ。

「それは妖怪とはそもそもの言語が違うから、お前の脳みそじゃ受け取れてねぇんだ。だが、あいつは半分人間だ。人間の言語と妖怪の言語、どっちも混じり合ってる。そんな奴にお前が触れたらどうなると思う?」
「……???」

 全然分からない。人が沢山混じってるなら、沢山の人の記憶が流れてきて辛いだろうが。
 染井川さんの言わんとする所を理解出来ない俺に、彼は呆れたように煙を吐きかけてきた。

「日本語でフランス語の会話を強要される、って言えば分かるか?」
「は? いや、全然分かんないけど……」
「つまり、理解できねぇのに『理解を強要される』事で脳内がパンクして、お前の頭がパァだ。お前みたいに共感性の高い術師がアレに触れて気狂いになっちまったのを、三人は見てる」

 だから退がっとけ、と。染井川さんは眼前までソレに近寄らせておいて、そんな事を言う。

「ちょ、そういうの、早めに言ってくんない!?」

 俺が大慌てで階段のあたりまで下がると、染井川さんはくくくと愉しげに笑った。

「わりーわりー。お前の慌てる顔、面白くて」
「笑い事じゃないからな!」

 結局、そのマジリモンは俺が霊の方を経で浄霊している間に構成員たちが妖怪の方を破邪で分離させて、なんとか全てを消し去ることができたのだった。
 染井川さん?
 ずっと煙草ふかして高みの見物してたよ。

「鬼……」
「森さん、俺、何度か鬼殺したことあるけど、鬼より厄介だよこの人は」
「なら両面宿儺! 染井川さんの両面宿儺!」
「大層な呼び名じゃねぇか、森よぉ」
「……すみません……」

 森さんと二人で染井川さんの悪口を言っていたら、黙って聞き流していた染井川さんが森さんだけを睨んだ。
 俺は?

「……静汰」
「な、なに」

 次は俺か、と構えたら、染井川さんが少し言い淀んでから、

「明日、祭りに連れてってやる。それで許せ」

 と言ってきた。
 許すも何も、何か要求があった訳ではないのだけれど。というか、祭りに連れて行く事が許しを得る代償になると思ってるのか?
 蛍吾に散々気をつけろと言われた後だと、二人きりになる為の口実にしか聞こえない。

「わー、静汰くん、この怖いオジサンに何かされそうになったらすぐ逃げるんだよ!?」
「あ、はい」
「ハイじゃねぇ! 何もしねぇよ!」

 染井川さんはそう言っているけれど、俺は少し警戒しておこう、と思った。

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