神は絶対に手放さない

wannai

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神を裏切り貴方と繋ぐ

Sー23、些細なフラグ

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※ 『神は絶対に手放さない』22話のあとからの分岐です。













 いつもなら絶対出なかったのに、気が付けば俺は通話ボタンを押していた。

「……はい」

 名前は名乗らずスマホを耳にかざすと、聞こえてきたのは焦ったような染井川さんの声だった。

「おい、今暇か? 街の方でちと面倒な仕事があるんだ。手ぇ貸せ」
「助けて欲しい人の言い方じゃないけど、まあ暇だからいいよ」
「今から車回すから宿教えろ」

 聞かれるままに宿の名前を答えると、「生意気に良い宿泊まってんな」と愚痴られた。俺の自費なんだから放っとけ。
 通話を切って、スマホと財布と鍵を持って本館のロビーへ向かった。
 しばらく待っていると、玄関ポーチに一台のSUV車が停まった。外車なのか、フロントについたエンブレムは国産メーカーのものでは無さそうだ。
 やたら角ばっていて頑丈そうだな、と眺めていると、ビッ、と短くクラクションが鳴らされた。
 まさか、とロビーから出て車に近付くと、はたして運転席では染井川さんがハンドルを握っていた。

「早くしろ、急ぎなんだよ」
「ごめん」

 いつも組織の車はセダンばかりだったから、自分の車に乗ってきたらしい染井川さんに驚いた。
 助手席に乗りこんでドアを閉めると、バイーンと金属が反響する音がした。
 シートベルトを着けると、車はすぐに走り出す。中身も金属剥き出しの内装だからボロいのかと思ったが、クーラーはちゃんと効いているのでメンテナンスはされているようだ。
 ガタゴトとやけに跳ねるので、舌を噛まないように黙っていたら染井川さんは沈黙が気不味かったのかナビをTVに変えた。午後三時の地上波は奥様向けの買い物だの健康番組ばかりで、特に興味は無いが見ているフリをした。

「ここだ」

 染井川さんの車が停まったのは、宿から三十分は走った、商店街だった。
 通りの外れのコインパーキングに車を停めた染井川さんは賑やかな通りを歩いて行く。祭りがある日なのか、車は通れなくなっていて、出店や浴衣姿で賑わっていた。
 人波を見物しながら染井川さんに着いて行くと、ビルとビルの合間の裏路地を抜けた先に、ぽつんと小さな鳥居と社(やしろ)があった。四方を雑居ビルに囲まれた社は、真昼間で霊視オフでも、その異質さに急に現実感が無い。

「なんでこんな所に」
「この方が……ここの元の持ち主が、毎年この日になると戻って来ちまうんだ」

 染井川さんは言って、俺に霊視のチャンネルを変えるように言う。
 どうやら、其処に居るらしい。
 膝を折った染井川さんが、鳥居の下の誰かに向かって話しかけていた。

「お迎えに来ましたよ。戻りましょう」

 霊視をオンにすると、そこには小さな幼児が座り込んでいた。
 ――小さい。小さすぎる。
 頭と体の比率でいえばおよそ幼稚園児程度かと思うのだが、実際の大きさは染井川さんの膝までしかない。だからこそ、その子供が人間の子でないのは確実だった。

「染井川さん、その子は……」
「通り名として一番近いのは、『子泣き爺』だな。聞いた事くらいはあるだろ」
「背負うとめちゃくちゃ重くなるっていう……?」

 染井川さんは頷き、幼児を抱き上げた。

「この方の名は、『宗子さま』だ。もともとはこの辺の土地神だったんだが、開発するのに大きな社は残しておけないからと山の麓(ふもと)に移設したんだ。ちゃんとそっちに立派な社を建ててあるんだが、毎年この日になると祭りを見に戻ってきてしまう」

 だから向こうの社にお連れするんだ、と染井川さんは数歩進んでから宗子さまをその場に降ろした。

「お前の番だ」
「俺?」

 おそるおそる、宗子さまを抱き上げる。宗子さまは嫌がる素振りも見せず、俺にぎゅうと抱きついた。段々重くなるにしても、数歩で降ろすなんて大袈裟だろう、と踏み出した一歩目で、俺は危うく宗子さまを落とすところだった。

「おい、気をつけろ。去年落とした馬鹿は仕事中に三回腕を折ったぞ」
「先に言えよ!」
「俺が数歩しか進めない時点で気付け」

 重い、なんてもんじゃない。抱き上げた時は羽のように軽かった体が、一歩踏み出した途端に米俵のような重さに変わったのだ。なんとか二歩目を着地させると、宗子さまは鉄の塊のような重さに変わっていた。ぷるぷるする腕で慎重に宗子さまを地面に降ろすと、一仕事終えたような気分になった。

「帰る。無理」
「いや、人が変わらないと重さがリセットされねぇんだ。お前が居ないとここから動かせなくなる」
「そういうのが分かってるなら沢山人集めてから来いよ……」
「今日が祭だって皆知ってやがるからな。逃げられた」

 染井川さんはまた宗子さまを抱き上げ、数歩進んで降ろした。その動きだけ見ていると、そんなに重そうに見えないのが不思議だ。

「おら、早く来い。終わるまで帰れねーんだからな」
「待って、どこまでこうやって連れてくんだよ。まさか山の麓までか?」

 言いつつ、宗子さまを抱き上げて二歩進んで降ろす。俺には二歩が限界だ。染井川さんはまたひょいと抱き上げ、進んで降ろす。

「車までだ。人に抱き上げられなければ重さは増えない」
「もっと近くに停められなかったのかよ。ここまで五分は歩いたろ? こんなんやってたら朝までかかるって」
「商店通りは祭りの間は通行止めだ。あそこが一番近いんだ。商店通りの中を通らないルートを通ると、宗子さまが怒って歩いて戻るから絶対に駄目だ」
「歩けるなら歩いてよ宗子さま~~~」

 俺が腕の中の小さな幼児に向けて弱音を吐くと、宗子さまはくすくすと楽しそうに笑った。男の子なのか女の子なのかすら分からないが、小さい子供が嬉しそうに笑う顔は気持ちが和む。それが例え大岩のような重さだとしても。

「お? 珍しいな。さすが神子、人外に好かれやすい何かがあんのかね」

 交替で宗子さまを抱えて、なんとか通りまで出てきた。だが、ここからは祭りで人目が多い。不審者と思われないかと染井川さんに目配せするが、彼は「大丈夫だ」と気にする風も無く続けた。
 仕方なく、俺も続けて抱き上げて降ろすと、近くの出店のおっちゃんに話しかけられた。

「今年は二人かい、ご苦労さん」
「他のは逃げましてね」
「ああ、まあ重いからねぇ。俺もまだ見えれば手伝えるんだが……。おおい、宗子さまがいらっしゃったぞ! 誰かいねぇか!」

 おっちゃんが声を張り上げると、年配の人がわらわらと寄ってきた。

「あらあらまあ、今年もよくいらっしゃいました」
「今年も皆元気に過ごしておりますよ」
「正月にはまたお社にご挨拶に行きますからね。さて、俺もひとつ手伝おうか」
「おーい、菅野んとこの倅(せがれ)はどうした? 宗子さまだ、手伝え!」

 どうやら見えている人は少ないながらも居るらしい。見えていないだろう人も、そこに居るだろうあたりに両手を合せて拝んでいた。
 あっと言う間に地元民たちに囲まれて、見える人を中心に宗子さまが運ばれていく。
 嬉しそうな宗子さまを見ると、戻ってきてしまう理由も分かる気がした。

「おばーちゃん、皆何してるの?」
「宗子さまって言ってね、この街を守ってくれてる土地神様だ。宗子さまは赤子だから一人で歩けないからね、皆で交替でこの商店街を連れていくんだ。すると、一年この街は宗子さまがお守りしてくれる」

 お前も行っておいで、と背を押された少女は、何もない空間で皆が何かを抱えているフリをしているのを変な顔で見ていた。

「おいでよ」

 比較的年若い俺が呼ぶと、少女はおずおずとこちらへ来た。

「一緒に抱っこしてね」

 俺が抱えた宗子さまに少女の手を触れさせると、少女は驚いたように叫んだ。

「なにかある!」
「おお、須郷のばあさまんとこの孫は触れるってよ。来年には見えるようになるな」
「この辺の人たちは、霊感があるんですか?」

 俺が聞くと、周りの人からどっと笑い声があがった。

「俺らが見えるのは宗子さまだけだぁ」
「それも、宗子さまを抱いて歩ける若いうちだけだ。宗子さまが見えなくなったら家業も引退、ってのがこの辺の習わしだ」

 ハハハハハ、と笑う爺婆の中にも、まだ宗子さまを抱えて行く人が居る。人が集まってきたので、俺の番が回ってくるのもあまり無くなった。
 通りの外れのコインパーキングまで、皆で交替で連れて辿り着いたのは、陽が西に傾き始めた頃だった。
 ゆうに一時間はかかったが、予想よりは随分早かった。
 宗子さまを車に乗せると、皆が車に向かって頭を下げて見送っていた。サイドミラーでその様子を見ながら、俺は助手席に乗り込んでから気付く。

「……毎年この日に、って分かってたんなら、急ぎでもねぇし。街の人があれだけ手伝ってくれんなら、俺いなくても出来ただろ」

 騙したな、と運転する染井川さんを睨むと、彼は返事をせずに窓を開けて煙草を吸い始めた。
 外の生ぬるい風が入ってくると、かすかに潮の匂いがした。

「おい、それ誤魔化すために吸ってんだろ。今必要ない煙草だろ、それ」
「うるせぇなぁ」
「は!? 手伝ったのになんだその言い草!」
「飯奢ってやるから黙っとけ。どうせ今夜はまともな仕事も無ぇんだ、暇潰しにはなったろ」
「……肉。高い肉食わせろ。じゃないと喚(わめ)く。ぴーぴー喚くぞ」
「肉か。対面で料理人が焼いてくれる店に連れてってやる。ガキはそんな店行った事ねぇだろ」

 焼肉屋の高い肉、くらいの気持ちで言っただけなのに、予想以上に高そうな店に連れて行ってもらえることになった。言われた通り素直に黙ると、くくく、と染井川さんが笑った。

「お前、ほんと良いわ」

 肉への期待のおかげで、俺はそれから宿へ帰って真っ暗な部屋の電気を点けるまで、志摩宮のことを忘れていられたのだった。

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