神は絶対に手放さない

wannai

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神と貴方と巡る綾

01

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 爪を短く切ってから、念入りに手を洗って。
 挽肉、パン粉、全卵、塩胡椒、ナツメグの入ったボウルに手を入れて、それを捏ねた。

「うお、冷たっ」
「だから言ったでしょう、すぐ作るんだからわざわざ冷蔵庫入れない方がいいって」

 横で玉ねぎをすり下ろしていた志摩宮が横で呆れたように呟いて、指を引っ込めた俺を見る。緑の瞳が光を反射してキラキラ輝いて、今日も綺麗だな、と自然と笑みが浮かんだ。

「腐るよりマシだろ」
「三十分くらいなら平気だと思いますけど。……二つ分でいいんでしたっけ?」
「おっけ。入れて」

 すり下ろしたこれはどうしたらいいのかと、問われて答えてボウルをそちらに寄せたら、志摩宮は形の良い唇を歪ませて「もう一回」と言った。

「は?」
「どうすればいいんです、この玉ねぎ」
「だから、俺のに入れてって。……おい」

 意図が分かってアホか、と志摩宮の脛あたりを軽く蹴ると、彼はカラカラと笑った。

「お前、最近オヤジ感出てきてねーか」
「親父キャラの人がずっと不在なので、寂しいかと思って」

 ボウルに玉ねぎのすり下ろしが投下され、それを指で捏ね混ぜる。指先が痛いほど冷たいが、気合いを入れつつ志摩宮の言葉を鼻で笑った。

「誰が寂しいかよ。煩ぇ人が居なくて伸び伸び仕事出来るっつうの」

 混ぜ過ぎると硬い肉団子になってしまうから、手早く混ぜて掌大に纏めてから楕円に整えてフライパンに並べる。
 大きめのハンバーグを三つ。
 今日は、一月ぶりくらいに徹さんが帰ってくるから。

「志摩宮、ソース作って」
「何味にします?」
「んー、なんか甘酸っぱい感じの気分」
「了解です。染井川もそれでいいかな。俺はおろしが良いんで大根おろし作ってもらっていいですか」
「おっけー」

 脂でギトギトになった手を洗ってから、野菜室から大根を出してくる。
 三人で同居するようになって、一年半以上が過ぎた。
 この春に志摩宮が高校を卒業して、それに合わせて三人で徹さんの家に引っ越して以前のように霊媒師紛いの仕事をするようになった。
 蛍吾が組織の頃の伝手で仕事を請けて、その仕事を俺や徹さんに斡旋する、いわば仲介役をやってくれている。
 代わりに仕事先でいまだに行方不明の沙美ちゃんや親父さんの手掛かりを探しているのだけれど、さすが神子様というべきか、全くといっていいほど掴めない。徹さんが二人の紋を作って追跡しようとしたのだけれど、向こうから拒絶されてそれも無理だった。
 けれど、拒絶されたという事は少なくとも生きているのは確実ってことで、だから蛍吾もそれほど深刻そうでもなく、「生きてるうちにもう一回会いたいなぁ」くらいのんびり構えている。
 志摩宮は相も変わらず俺の忠犬で、傍から離れようとしない。高校を卒業して一緒に仕事に連れて行くようになってからはそれこそトイレくらいしか離れる時間が無い。よくもまぁ飽きもしないものだと感心してしまう。
 徹さんは、依代になってすぐは神様から供給される霊力を上手く使えなかったようだけれど、自分に対してもスパルタな人だから仕事を詰めまくって練習して、今では一人で遠方まで仕事に行ってしまっている。一ヶ月も家を空けるのは今回が初めてだけれど、別に寂しくなんかない。……ない。

「このくらいの味でどうですか」
「ん。……美味しい」
「よかった」

 小さいフライパンでソースを煮詰めた志摩宮が味見にとスプーンを出してきて、少し冷ましてから舐めたそれは俺が今食べたい気分ドンピシャの味だった。
 いまだに自分の料理は味がしないのだけれど、味付けをするのが俺以外だったらちゃんと味がする。だから俺が料理担当の週は必然的に志摩宮も味付け要員として駆り出すことになってしまうのだけど、志摩宮は嫌な顔一つせず協力してくれる。
 ハンバーグの両面に焼き色をつけたら、水を入れてフライパンに蓋をした。
 おろし器を軽く洗ってから、大根の端を少し切ってすり下ろしていると、外から馴染みのある気配が近付いてくるのを感じて顔を上げた。

「静汰」
「ん?」

 そろそろ玄関の鍵を開ける頃、と一度手を洗って出迎えようとしたら、志摩宮が寄ってきて唇が重なった。顔を両手に掴まれたまま舌を入れられて、ガチャガチャと鍵の回る音に焦るけれど志摩宮は離してくれない。

「……し、……み、や」
「ダメ」

 徹さんを出迎えたい、と彼の胸を軽く叩いたが、あっさり却下されて続行された。

「──ただいま」

 ずん、ずん、と床をゆっくり踏む音が近付いてきて、低い声が台所の横開きの扉を開けて掛けられる。

「おかえり」
「……おかえり」

 俺より先に応えた志摩宮は、すぐに離れて平然とフライパンの蓋を開けて焼け具合を見始めた。
 濡れた唇を手の甲で拭って、やや気まずいながらも久しぶりに見る徹さんへ近寄ろうとした。が、帰宅の挨拶だけした徹さんは俺の前でその扉を閉めて、そのまま足音は自室へ向かって行く。
 閉まった扉を見つめて、舌打ちしてからそれを自分の手で開けて、大きな声で呼び掛けた。

「徹さん、夕飯」
「悪い、食ってきた」

 ハンバーグのソースは俺と一緒ので良いか、と聞こうとしたのに、こちらを振り向きもしない徹さんはそう短く答えて自室へ入って行った。

「……あっそ」

 小さな呟きに、志摩宮が寄ってきてぎゅうと抱き締めてくる。

「俺、謝りませんよ」
「お前は悪くねーよ」

 志摩宮は俺が好きで、だから徹さんの帰宅を喜ぶ俺にも複雑な心境だったんだろう。知っている。知っていて、けれど隠す気も無かった。

「俺も謝んねーし」
「必要無いです。俺が勝手に好きなだけですから」

 俺が誰を好きでも、誰を選ぼうと、志摩宮は構わないと言う。だからそれに甘えて、ずるずると三人での関係を続けてきたのだけれど。
 一番最初にこの歪な関係から脱落したのは、徹さんだった。
 何も言われていないけれど、何もされなくなったから。
 俺に触れるのはもう、志摩宮だけだ。
 よしよしと頭を撫でてくれる志摩宮の腕を撫で返して、溜め息を吐いた。

「今晩でも、忍び込んで抱いてもらったらどうですか」
「お前ねぇ」
「だって、もう俺とはずっと手と口だけでしょ。一ヶ月も挿入れて貰えなくて、そろそろ限界でしょ?」

 人をセックス狂いの好き者みたいに言わないでほしい。
 肩を竦めて志摩宮の腕の中から抜け出し、フライパンの蓋を開けて、菜箸を刺して焼き具合を見るフリで返事を誤魔化した。
 一ヶ月どころじゃない。もう一年近く、徹さんとはしていない。
 三人で同居し始めて、二人が俺を共用していたのは、ほんの三ヶ月ほどだけだった。それ以降は二人とも飽きたのか俺と二人きりの時しかヤらなくなって、半年経つ頃には徹さんは俺とセックスしなくなった。
 志摩宮とはいまだに週に何回か抜き合いをするけれど、当初した『尻は徹さんの』という約束を律儀に守っているのか、挿入はしてこない。
 俺の尻はめっきり排出専用に戻って、だから一ヶ月徹さんが不在でも、もう慣れきっていて『抱いて欲しくて身体が疼く』なんて事はないのだ。
 それを教えればきっと、志摩宮は喜ぶだろう。抱いてほしいならいくらでも、と言ってくれるだろう。
 けれど。

「……一つ余っちゃうな」
「俺食べますよ」
「無理すんな」
「静汰」

 皿を持ってきた志摩宮が、横に並んで俺のこめかみにキスをしてきた。煤竹色の手が、俺の手に重ねられる。

「俺は、静汰が幸せならどんな形でもいいんです。静汰が選びたい道を選んで下さい」

 俺はそれについて行くだけなので、と。
 静かな声で言う志摩宮は、おそらく本気だ。だから俺は、志摩宮にだけは嘘を吐かない。

「俺さ、徹さん離れした方がいいのかもな」

 最近ずっと考えていたことを吐くと、志摩宮は俺の掌を撫でて暫く黙ってから「旅行でも行きましょうか」と言った。

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