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04 金髪ポニテのウサ耳男
しおりを挟む午後2時50分。
約束の3時の少し前にログインし、ワールド内で再び昨晩のメッセージを確認する。
『明日の15時にギルドハウス0013へ来い。パスワードはykntrk3100』
文面を読むだけで、これは間違いなくあのウサ耳男だと震え上がった。
ヒヨヒヨ、とアラーム鳥が鳴くのを聞いて、慌ててギルドハウスへの招待画面を開く。
ギルドハウスというのは、読んで字の如く、ギルドメンバーだけがイン出来る専用マップだ。
基本は未所属プレイヤーが入れないようになっているが、ギルドからの招待画面とパスワードがあれば特定エリアだけ入れるようになったりする。……らしい。
昨夜メッセージをもらったあとに調べたところ、そう書いてあった。
パスワードを入力すると、目の前でローディングドアが開く。
足を踏み入れ目を閉じると、数秒もしないうちに「わお、本当にあの亀だ」という声が聞こえた。
「んじゃ俺落ちるわー」
「おつー」
「またね~」
「私チムコロ周回するけど一緒に行く人いるー?」
「あ、行く行く」
「僕も行きまーす」
転送されたマップの中はかなり人数が多いのかアバターを表示しきるまで時間がかかっていて、けれどガヤガヤと話す声の中に特徴的なあの低い声がなく、一安心したのだが。
何気なく目線を向けた真ん中に、真っ先に表示されたのはあの金髪ウサ耳だった。
豪勢な一人掛けのソファに深く腰掛けたウサ耳は、周りのうるささも聞こえていないような表情で、静かに俺を睨んでいる。
ぽつ、ぽつ、と表示され始める他のギルドメンバーらしき人たちは、しかしメンバーでもない俺の出現にもさほど興味は無いらしい。
一瞬こちらを見て「亀」「亀だ」と呟いたりはしているが、すぐに目を逸らし、他のプレイヤーとの会話を続けたり、手元のモニターに顔を戻したりしている。
俺に視線を向け続けているのはウサ耳と、ウサ耳の座る椅子の肘掛けに腰掛けた桃色ツインテールの女の子、それから長身で黒髪のやけに筋肉質な女の……いや、綺麗な顔の男のアバターだけのようだ。
俺がどう話かけたものかと戸惑っていると、ウサ耳はツインテールに何か耳打ちし、ついで筋肉美人にも話しかけた。
聞こえてもおかしくない距離だが、何も聞こえなかった。
ギルドハウス内なのに、オープン回線ではなく個別回線で話したのだろうか。
ツインテールはウサ耳の言葉を聞くと、クスッと小さく笑って俺に流し目を寄越し、これ見よがしにウサ耳の頬にキスしたかと思うと筋肉美人を伴って隣の部屋へ移動していった。
「あの……」
「行くぞ」
椅子から立ち上がったウサ耳がこちらへズンズンと足を踏み鳴らしながら寄ってきて、思わず腰が引けた俺の腕を掴まれて竦み上がる。
何処に、と聞く暇もくれず、ローディングドアが開き、引きずり込まれた。
瞬きの間にロードが終わり、見えたのは草がボウボウに生えた地面と古ぼけた民家たちだった。
コロシアムの専用マップの一つだ、と気付いて瞬時に全体マップを開こうとしたが、マップモーションをしても開かない。
首を捻ると、ウサ耳は俺の腕を離してから少し距離をとり、ミリタリー調の上着のポケットから煙草を取り出して火をつけた。
「ここはうちのギルドで作った、コロシアムマップの複製だ」
よく出来てんだろ、と自慢げに笑い、ウサ耳は紫煙を吐く。
「複製? ここが?」
「そうだ。うちのギルドハウスの敷地内に、あと6つコロシアムマップがある」
「さ、さすが『サイド』常連ギルド……」
俺が関心して呟くと、しかしウサ耳は気分を害したように目を尖らせて舌打ちした。
「『フロント』奪取出来ねぇ、『サイド』常連ギルドで悪かったな」
「あ、いや、そういう意味じゃ……すみません」
褒めたつもりが嫌味に取られてしまって慌てて謝るが、ウサ耳は煙草を深く吸い込み苛立ちを表すように足裏でタンタンと地面を踏み鳴らした。
「教えて欲しくて来たんだろ。態度に気を付けろ」
「……はい……」
正直言って、ちょっと神経質だと思わないでもない。
が、『フロント』も『サイド』も無縁の俺には理解出来ないような重圧があるかもしれないので、殊勝に頭を下げた。
濃い緑の迷彩服を着たウサ耳は、煙草を半分ほどまで吸うと、地面に落として靴で擦り消す。
吸い殻は即座に消え、生えている草にも潰れた様子はない。
目に見える風景が再現されているだけで、詳細なオブジェクトパーツは設置されていないようだ。
「ここの位置座標は?」
唐突に訊かれ、目を閉じ脳裏に全体マップを広げて眉間に皺を寄せる。
「2448の……7350?」
「2450の7295だ」
おそらくそのくらい、と答えれば、即座に答えが返ってくる。
ほぼニアピンと言っていいだろうと得意げにするが、ウサ耳は片方の眉を上げて首を横に振った。
「高さは」
「え、……43?」
「137だ」
そんなに高いのか、と驚くと、ウサ耳の表情が更に険しくなる。
「全然駄目だな。今まで何やってたんだ? 動かない奴を撃つだけか?」
嘲るような言い方にカチンとくるが、我慢して口を閉じる。
すいと腕を伸ばしたウサ耳は指で北の方を指し、「1500メートル先にあるのはなんだ」と訊いてきた。
また目を閉じ、脳内マップで現在地からウサ耳の示す場所を探す。
座標位置なら大体分かるものの、自分の位置からの距離と言われると難しい。
一度目を開き目印になりそうな家屋が自分から何メートルほどかを目算し、そこから地図の縮尺を割り出して、ここから北……いや北北東に1500メートル……。
「ガ、……ガソリンスタンド……?」
「の、どこだ」
「どこ、って?」
「スタンドのオブジェクト全体で58メートルあるだろ。スタンドのどこだ」
そんなん無茶ぶりじゃん! と叫びたくなった。
位置座標が分かるだけでも手放しで褒めてほしいくらいの数少ない自信のある特技なのに、そこまで緻密になんてわかりっこない。
ヤケクソで「ガソリンタンクのあたり!」と答えると、ため息と共に「ハズレ」とウサ耳は肩を竦めた。
「2キロ先の鐘台まで走って、何分で着く」
「え、えっと……」
「地形無視してまっすぐ進むとして、その途中にアイテムボックスは何個ある」
「へっ?」
「途中で敵プレイヤーを見つけた場合、どこから狙撃する」
「……う……えぇっと……」
矢継ぎ早の質問にどれ一つとしてマトモに答えられず、普通のプレイヤー達はそんな事まで把握したうえでプレイしているのか、と己の至らなさが恥ずかしくなっていく。
小さくなって俯くと、また呆れたようなため息がかけられた。
だが、続いた言葉はそれほど冷たい声音でもなかった。
「まだまだ詰めが足んねぇ。お前がやってんのは無アプデのコンシューマ2Dゲーじゃねえんだ。毎週のようにアプデが入って、ランダム要素も少なくねぇ。だが、全てのコロマップの広さ、全体マップの縮尺、アイテムボックスの出現位置、この3つは今まで変わってない。最低限それは頭に叩き込んでおけ」
はい、と頷いてから盗み見るように視線を上げると、ウサ耳はやはり目を細く眇めて俺を睨むようにしている。
が、相変わらず声は低く聞き取り辛いものの、あからさまに罵倒する言葉が掛けられはしなかった。
「あの……」
「なんだ」
また黙ってろと一蹴されるかもと思いつつも、気になることがあったので胸の前に低く挙手して発言すると、またウサ耳の眉間に皺が寄る。
「アイテムボックスの位置って、ランダムなんじゃ……」
これまでの経験上、プレイ開始すぐに同じ建物の同じ位置に行ってもアイテムボックスはあったり無かったりしていた。
同じ位置にあっても中に入っているアイテムもランダムで、前回ライフルが5丁入っていても次は火炎瓶1つかもしれない。
ボックスの出現位置が固定なら攻略情報の検索に引っかからないわけがない、と不思議がると、ウサ耳は「ああ」と忘れていたように軽く頷いた。
「出現位置は100箇所固定。その中から東西南北の4エリアにそれぞれ20ずつランダムで配置される。だから100箇所覚えておけ」
送るぞ、と言うが早いか、ウサ耳はモーションでサブモニターを出し何かの操作をし、次の瞬間には俺のサブモニターが開いて7つのコロシアムマップそれぞれのアイテムボックス出現位置がマークされているデータが送られてきていた。
「え、転送はや……モーション短縮組んでます?」
「そりゃそうだろ」
「すごいなー。俺、プログラミングはからっきしダメなんですよね……」
ロキワは根幹プログラムを弄るのでなければ自作プログラムで色々便利に機能を変更・追加したりするのが禁止されていない。
どころか推奨されていて、使われた数が多いプログラムなんかは公式で紹介されて特別なアイテムが授与されたりするらしい。
その中でもモーション短縮は使用人数が多いと聞く。
モンスター討伐を主にプレイする人たちにとっては生命線なんだとか。
俺は一秒を争うような危機に陥るようなプレイはしないから、今まで必要もしてこなかった。
まったくプログラムが読めないのに、配布されているプログラムをそのまま導入するのもなんか怖いし。
「ソロコロで芋砂やってるぶんには必要ねぇだろ。それより次、赤砂出すからそれであそこの的を……」
そう言うと同時くらいに俺の前に赤砂──単純に赤い色をしたスナイパーライフルだからそう呼ばれている。
射程は1000メートルほどとそこまで長くはなく、けれどその分軽いので初心者でも使い易い部類だ──が現れ、慌てて受け取った。
が、肝心なことを伝え忘れていたのだと気付き、「あの!」と声を張る。
ウサ耳はまた顔を顰めた。
けれど、罵倒は吐かれない。
もしかしたら、素でこういう表情をする人なだけで、それほど気分を害しているというわけでもないのかもしれない。
そんな風に気を緩めてしまったのだが。
続く俺の言葉を聞くと、ウサ耳はみるみるうちに表情を険しくさせた。
「あの、俺、砂じゃなくて近接武器の使い方を教えてほしいんです。もう芋砂やりたくなくて」
「……あぁ?」
確かにそれまでの彼は不機嫌ではなかったのだと、直感的に理解出来るほどの変化だった。
こちらを睨む目は眦が吊り上がり、怒りからか頬が痙攣して気色ばむ。
腕を組んでにじり寄ってきたウサ耳は、俺を頭一つ高い所から脅すように見下ろして地を這うように低くなった声で「ざけんなよ」と吐き捨てた。
「芋砂やりたくねぇ? 何言ってんだ、お前。なんで俺がわざわざテメエの為に時間作ってやったか分かんねえのか」
「……?」
俺の為に、時間を作った?
依頼を出して応じてくれたんだから、確かにそうだ。
彼の時間を割いて教えてもらっている。
けれど、ウサ耳の言い方はそれ以上の意味を含んでいるように聞こえた。
けれど、それがどういう意味なのかは見当がつかない。
至近距離で睨まれる恐怖で俯いて黙り込むと、ウサ耳は舌打ちし、一歩分退がってくれた。
「……じゃあお前、なんで芋砂なんてやってんだ。亀砂だの呼ばれるまでやっといて、やりたくねぇなんて、今さら」
ウサ耳の声は苛立ちと嘲笑が混じっているようだった。
亀砂という俺のアダ名が悪名だと知っていて、しかしこの人は更にスナイパーとしての練習をさせようとしていたと気付く。
「誰も芋砂、亀砂、なんて呼ばれたくてやってるんじゃないです。勝とうと思ったらスナイパーしか使えなかったから……」
「それの何が悪ぃんだよ。使えるもん使って、勝てる方法で勝って。なんのルール違反もしてねんだろうが」
「そ、んな……」
それはそうだ。
そうだけど、許されない。
ルール内のプレイを、多くのプレイヤーが許してくれない。
ぐっと奥歯を噛み締めて、昂りそうになる感情を押し込める。
そう言えたらどんなに良いだろう。
亀砂と揶揄してくるプレイヤーたちに、「悔しかったらお前もやれば?」と煽り返せたら……。
俯いて拳を握ると、ぐにゃりと尖った手袋の先が折れる。
亀吉の名前と姿で、これ以上みんなに嫌われていたくない。
これ以上『亀吉』に悪評を増やしたくないのだから、そんなことはやっちゃいけない。
組んでいたウサ耳の腕が解かれ、しばらく思案するように自分の顎を触っていたかと思えば、次に掛けられたのは「お前もしかして、結構ガキ?」という罵倒だった。
「……大人だったら叩かれても痛くない、ってわけじゃないでしょ」
性格に依るものでしょう、と控えめに言い返すと、ウサ耳は指を横に振って訂正するように付け加えてくる。
「違う違う。実年齢。まあそりゃ、何歳になってもマトモな神経してりゃ叩かれ慣れる奴なんてほとんどいねぇが、それにしても自分に非が無けりゃある程度は鈍感になれてくもんだからな。まだ若いのか、ってこと」
「19、……です」
俺が答えて少し目線を上げると、ウサ耳はしたり顔で「やっぱりな」と頷いていた。
その表情からはもう怒りが消え、こちらに向けてきた視線に籠もるのは労わるような色と……あまり向けられたことのない、意味ありげな動き。
下から上へ舐めるような湿度を感じる目に一瞬怖気が走ったが、それは一瞬だけで終わった。
頬をガリガリと掻いたウサ耳は悩むように空を見上げ、しばらく唸った後、「やってみっかぁ」と小さく呟いて両手にそれぞれ違う武器を出した。
「ハンドガンと、アサルトライフル?」
「とりあえず近距離射撃の腕をみる。それによってどっちが合うかだな。前よかマシになってんだろうな、亀砂よぉ」
皮肉っぽく唇を歪めるウサ耳を見て、やっぱりこの人もあの時俺と組んだことを覚えているんだ、と苦々しく目を伏せた。
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