3 / 57
03 理不尽の裏側には
しおりを挟むあの日は、初めてのチーム戦だった。
マッチして数秒後、ゲームスタートの表示と共にマップに転送されていた。
何も分からないなりに事前に調べた通りアイテム箱を探して武器を取り、無線機から聞こえる味方の指示に従って移動し、途中何度も敵に見つかりそうになっては隠れてやり過ごし、とにかく他のチームメンバーと合流しようとしていた。
が、やっと見つけたチームメンバー──長い金髪ポニーテールの、鈍器を抱えたウサ耳の美人だった──からぶつけられたのは、
「お前、いるだけ邪魔だな」
の一言と、鈍い衝撃。
あっと思った時には『プレイアウト』の文字が表示されていて、待機ルームに戻っていた。
慌ててサブモニターを出し、まだ繋がっているボイス通信機能から呼び掛けた。
「あの、なんで」
「うるせんだよ。見ててもいいがミュートにしてろ。喋んな」
「え……」
どうして味方なのにキルされたのか聞きたかったのに、ウサ耳のプレイヤーはすげなくそれを跳ね除け他の味方に指示を出し始めた。
目の前で味方がキルされたのに他に3人いる味方からは何も文句が出なかったので、初心者の俺が何か重大な間違いをしてしまったのかと思い素直に黙って試合を観戦することにした。
ウサ耳は低く聞き取りづらいボソボソとした男の声で、けれど指示は的確なようだった。
彼を中心にして順調に行動し、そしてそのまま試合に勝った。
4人の状態で5人揃ったチームを何組も薙ぎ倒し、一位になったのだ。
きっとすごく強い人たちとマッチしたんだ、初回から俺は運が良い、何がダメだったのか、強くなるコツとかも聞いておこう、と待機ルームに戻ってきたウサ耳に駆け寄ったのだが、与えられたのはやはり短い罵倒だけだった。
「お前、邪魔。一生ソロで芋ってろ」
蔑むような冷たい目を思い出し、憂鬱になりながらマウスカーソルをぐるぐる回す。
リザルトから確認したウサ耳と他3人が所属していたのが、確か『欲の虜』というギルド名だった。
休講になった授業の後は大学に別の予定はなく、そのまま家に帰ってきた。
共働きの両親が帰宅するのはいつも日付が変わる頃で、彼らより先に寝て遅く起きる俺はもう現実では数ヶ月顔を合わせていない。
パソコンに繋いだモニターのうち、右に置いたサブモニターの中で座っていた西洋甲冑のアバターが急に立ち上がって両手を振った。
『お母さんちょっと休憩~! 隆ちゃん、この時間にもう家にいるの? 早いね』
モニタに表示された吹き出しの文字を読み、キーボードで返事を書く。
『一個しかない授業が休講になったから』
俺のアバターはもちろん亀だ。
喋る亀に向かって西洋甲冑が両手でハートマークを作り、『ラッキーだね』と吹き出しが出る。
かと思えば、画面の中にいたもう一人、けむくじゃらの雪男のようなアバターが動き出し、謎のダンスを踊りだした。
父も画面を見ているが何か話す気はないようだ。
両親共にプログラマーで、同じ会社に勤めている。
就業中はドリームラボの中にいるらしいのに、彼らが俺との連絡用に愛用するのはパソコンのアバターチャットだ。
……理由は分かっている。
現実世界で俺と関わるのが面倒なのだ、二人とも。
愛されていないとは言わない。
だが、彼らは俺より仕事を、プログラムを愛している。
俺のコミュニケーション能力に難があるのは彼らのせいでもあるんじゃないだろうか。
まあ、両親と話すよりモデリングしていた方が楽しい俺が何か文句を言えた義理ではないのだけど。
メインモニターに視線を戻し、依頼された『オプションパーツ:猫耳(頭)』の完成度を高めていく。
静止状態だけでなく、動きの指定もあった。
『モーション:立位』ではピンと縦長に、『モーション:座位』では少し横に倒し、『感情:悲しみ』では前に倒す。
四方八方どこから見ても破綻することが無いように、他のオプションパーツと組み合わせた時に貫通させないように。
少しずつ調整しては確認し、目を皿のようにして整合性をとる。
やっている最中は苦行のような作業だが、終われば何にも代え難い満足感があるのだ。
楽しんでやれる事がお金になるのだから、生活していけるだけのお金になればそれこそ天職といえるだろう。
残念ながらまだまだそこまでの収入には至っていないが、昼間の教室で聞こえてきた噂話を思い出し、自身の評価に一喜一憂する。
何でも作ってくれる腕の良いモデリング職人。……だった。
「今は亀砂……かぁ」
悪評を諦めているが、受け入れてはいない。
やはり出来るならそんな呼ばれ方はされたくない。
メインモニターの左に置いたサブモニターを見つめ、もう何度目か分からないため息を吐く。
そこにはギルド『欲の虜』のメッセージアドレスが開かれている。
家から徒歩15分の駅中にあるドリームラボ設置店舗の年間パスポート契約をする時、両親と約束させられたことが3つある。
1つ、毎日家に帰って風呂に入ること。
2つ、寝る時は現実のベッドで寝ること。
3つ、週に一度は30分以上現実で体を動かす時間を作ること。
約束1、2を守ろうとすると必然的に夕方には家に帰る習慣が付いて、しかし夜間というのは突発的なイベントも多いもので。
一度帰宅して風呂に入るともう一度外に出るのは億劫、となんとなしに愚痴った数日後、父から送られてきたのがパソコンから簡易的にロキワのマイルームにログイン出来るようにされたエミュレータソフトだった。
「バレたらアウトだからマイルームの外には出るなよ」という忠告付きで。
外には出られなくとも、メッセージのやりとりや掲示板の閲覧、アイテム生産くらいなら家のパソコンで出来るので有り難い。
昼間の噂話を反芻し、『欲の虜』のギルドアドレスを開いてからもうかれこれ数時間。
猫耳を作ってはそれを見、たまに呟く母の西洋甲冑に返事をしてはそれを見。
もう悩むことにこそ疲れてきて、結局両親がそろそろ帰ってきそうな深夜にポチリとメッセージマークを押した。
噂話をしていた誰だか分からない人も、『運が良ければ』と言っていたし。
ただの噂なんだから、事実じゃなければスルーされるだろう。
さっさと送って、風呂に入って寝よう。
『コロシアムの指南をしてくれると聞いたんですが、お願いできますか?』
真っ昼間ならきっと、もう少し丁寧な文面で送っただろう。
けど、眠かった。
疲れていた。
それに加えて、正直とても憂鬱だった。
頼むにしてもこのギルド以外なら良いのに、と思わずにいられない心の根っこが、不躾な文面を良しとしてしまった。
送信マークを押し、エミュレータソフトを閉じようとして、ピロリン、というメッセージの着信音に半分寝ていたのを起こされたような気がした。
恐る恐る開いたメッセージ通知ははたして今送ったばかりの『欲の虜』からの返信で間違いなく、あまりの早さに心臓が早鐘を打つ。
また何か、罵倒されるんだろうか。
ギルド宛てなんだからあのウサ耳が返事をしてくると決まったわけでもないのに、俺の脳内では眇めた目で俺を見下ろすウサ耳がチラチラと揺れ動く。
一度深呼吸してから、メッセージを開いた。
38
あなたにおすすめの小説
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
二日に一度を目安に更新しております
【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
* ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。
BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)
本編完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
きーちゃんと皆の動画をつくりました!
もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画
プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら!
本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる