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06 外からは見えたものしか見えない
しおりを挟む「これ、この前実装したばかりの……」
「春ガチャ引きまくって大量に在庫あるから遠慮なく飲め」
ロキワの中に飲食物はたくさんあるが、炭酸の再現は難しかったらしく実装されたのはつい最近だ。
しかも現状ガチャの景品でしか入手出来ないから、フリーマーケットでは1瓶50,000@で取引されている。
現実の金換算で500円。
現実で買った方が割安だが、それはそれ、これはこれ。
VRで飲めるからこそレアなのだ。
瓶に口をつけ、傾ける。
舌の上に冷たい液体が流れ込んできて、パチパチと弾けた。
「た、炭酸だ……!」
現実では何度も飲んで飲み飽きた感さえあるのに、ここでは新鮮な感激に思わず声が出てしまう。
そんな俺を横目で見てウサ耳はククッと喉を鳴らして笑い、「こっちだと特別美味ぇよなあ」と同意しつつも懐から取り出したのは煙草の箱だった。
「今日はこのくらいで切り上げるか?」
マッチやライターの必要はなく、咥えて吸い始めると火がつき、先端から煙が出る。
凝るタイプの人に蓋を閉じるとキーンと鳴るライターの3Dモデル作成を頼まれたことがあったな、と思い出しながら、即座に首を縦に振った。
「そうか。じゃあ最後にいくつかアドバイスな。現状、お前はスナ以外向いてねぇ」
「え……」
バッサリ断じられ、炭酸の瓶を握る手が凍る。
これだけ謎の特訓をさせられたのに、結局今後も芋砂するしか道は無いというのか。
もうコロシアムなんてやめてしまおうかな。
スキンカラーは本当に心底欲しいけど、これ以上の悪評が続くのは耐えられない気がする……。
意気消沈して肩を落とした俺に、けれど横のウサ耳は「最後まで聞けって」と慰めるみたいに優しげに背中を叩いてくる。
「お前、目が良い自覚はあんだろ」
項垂れたまま、一つ頷く。
それ以外に自慢が無い程度には、唯一の強みだと思っている。
「マジで良い。羨ましいくらいちゃんと見えてる。ただ見えるだけじゃなくて動体視力もあるから、見えたもんがどれだけ速く動いても追えてる。問題なのは、目が追えてても体の方がついていけてねぇってことだ」
分かるか? と肩をつつかれ、僅かに顔を上げて首を横に振った。
ウサ耳は頷き、煙草を持っていない方の手で土の地面に指で絵を描きだした。
「お前が近接戦が苦手だと思ってんのは、そもそも体の動かし方がヘタクソだからだ。お前の目は敵を正確に追ってんのに、肝心の手が銃口を敵に向けられてねぇ。スナイパーなら当たるのは、スコープのレティクルで自分が狙ってるのが何処か確認出来てるからだ」
人の絵? と、銃……銃、か? 長い銃はスナイパーライフル?
と、なんだ、なんだそのぐるぐるの、ナルト巻みたいなのは……あ、レティクル? なのか?
解説してくれる声の方は至極真面目で分かりやすいのに、地面に広がっていく絵が芸術的過ぎて話の内容が飛んでいってしまいそうになる。
それでも笑ったらまた機嫌を損ねてしまうだろうとグッと堪え、真剣に聞くフリで頬の内側を噛んで噴き出しそうになるのを耐えた。
「コロ外ならスコ付きの拳銃も実装されてんだがなぁ。コロん中では今んとこドロップ報告無いんだよな」
「……ですか」
「まあ、初心者あるあるっちゃあ、あるあるだがな。お前の場合、スナの腕が良すぎて初心者に見えねぇから叩かれてるってのもあるだろうな」
「……初心者に見えない、から?」
意外なことを言われて笑いが引っ込み、首を傾げる。
ウサ耳に視線を向けると、どうしてか彼はバツが悪そうに頬を掻いて目を逸らした。
「スナの精度が良すぎんだ、お前は。『長い棒』で3000メートル先の風船に掠らせる奴が、近接持つとてんで当たんねぇなんておかしいだろ。普通はありえねんだよ」
「……と、言われましても……」
「お前にとっちゃ確かに、そんなん言われても、って話だろうがな。周りからしたら舐めプにしか見えてねーと思うぞ。あれだけスナ当てる奴なら近接も出来るに決まってる、なのにずっと芋砂なんて格好悪ぃうえに勝ちに拘って意地汚ぇ。……ま、そんなトコだろうな」
唯一の自慢が周りからの悪評を高める原因になっているだろうことを今さら教えられ、瓶を置いて頭を抱えた。
「どうすれば……」
「だぁから、教えてやったろ、今日」
「え?」
「ひたすら動け。体を使え。銃に慣れろ。んでここぞって時に『長い棒』で撃ち抜いてやりゃあ、DragOnさんまでとはいかねえが、それなりに人気出るんじゃねーの」
亀砂って呼ばれんのが嫌なら地道にやってくしかねえだろ、と何故か最後は投げやりみたいに言って、ウサ耳は煙草を地面で擦り消して立ち上がった。
「地道に……。時間があるなら、そうするんですけど」
まだ半分ほど残っている炭酸をちびりと舐めながら言うと、ウサ耳はギョッとしたように俺を見た。
「は、何。余命とか?」
「へ?」
「時間がねぇって」
「あ、いや……コロシアムって、いつ閉じるか分からないじゃないですか」
そんな深刻な理由じゃないです、と訂正すると、ウサ耳は胸を押さえながら「びっくりさせんなよ」と頭を振った。
「半年後まで城戦の予定が公開されてんだから、それまでは確実に開いてるだろ。何をそんな急いでんだ?」
城戦というのは、コロシアム内で行われるギルド対抗戦のようなものだ。
中央城の通称『フロント』と、東城・西城の『サイド』、計3つの『城』があり、それらの保有権を賭けて5対5のチーム戦で争う。
『サイド』を保持していても『フロント』へ挑戦出来るし、逆に『フロント』を保持していても『サイド』へ挑戦出来る。
ただし、城を保持しているギルドは開催時間中は他ギルドから挑戦されたら拒めないので、かなりプレイヤー層が厚くなければ防衛で手一杯になる。……らしい。
てんで関係の無い世界なので、掲示板で聞き齧った知識だ。
「コロ報酬で欲しいものがあって」
「何、どれ。そんなポイント必要なのか」
また横に座ってきたウサ耳がサブモニターにコロシアム報酬一覧表を開いて俺の前に持ってきたので、スクロールしてかなり下の方にあるそれを指で示した。
「スキンカラー緑……は!? 1000ポイント!?」
緑に!? と仰け反るほど驚かれ、けれど俺に視線を向けたウサ耳は「あ、なるほど」とすぐに理由を察してくれたらしい。
「欲しいんです。どうしても」
「あ~……。今どんくらい溜まってんの」
「200ちょっとくらい、です」
「ソロで? 頑張ってんな~……」
はい、頑張りました。
口に出すと褒められ待ちみたいで情けなくなりそうなので、項垂れるだけで返事をする。
これだけ貯めるのにだって、もう半年近くかかったのだ。
あと半年あるとしても、毎回1位を取り続けなければ難しいかもしれない。
やっぱり諦めるべきか。
今回がその区切りをつけるタイミングだったのかも、と一つため息を吐いて、今日つけてくれた稽古についてウサ耳に御礼を言おうとそちらを向いた。
俺を見る目とぶつかって、一瞬息を呑む。
見定めるような、舐め回すような、湿度の高い目。
さっきもこの目をしていた、と困惑していると、ウサ耳は今度はその表情を消さないまま、低く「もっと効率良くポイント集めたいか?」と訊いてきた。
「え……と」
そりゃあ、と答えそうになる唇が、どうしてか開かない。
乾いてくっついた唇を舐めて噛んで、はい、と答える直前、踏みとどまる。
「方法が、あるんですか?」
聞くだけ、聞くだけ。
だってどう考えても目つきが、雰囲気がおかしい。
それに気付かないほど鈍感ではないと示すように問いに問いを返すと、ウサ耳は無言で立ち上がった。
ウサ耳が腕を振ると、そこにローディングドアが現れる。
「俺のマイルームだ。人間っぽい見た目をしたアバターで入ってこい。亀のままは駄目だ」
「え……」
「5分待つ。5分経ったらこのドアは消えて、10分後にはギルドハウスから弾かれる」
「あ、あのっ」
「やる気があるなら、一ヶ月ちょっとで残り800ポイント稼がせてやる」
「……!」
意味深に言い置いて、ウサ耳はドアを潜っていってしまった。
取り残された俺は途方に暮れて炭酸の瓶を抱えるしかない。
人間っぽい見た目で、とやけに強調していた。
それだけで彼が何を暗に示しているか、分からないほど初心でも子供でもない。
VRワールドでそういう事が出来るのは知っていた。
どころか、現実よりもっとずっと気楽に安易に行われているらしいというのも、高校の頃クラスメイトたちが男女問わずあけすけに話すのを聞いていた。
けれど、俺は未体験だ。
VRでも、現実でも。
VRでなら現実と違って怪我も病気もないし、人種も性別も関係ない。
年齢だけは規制が入るらしいけど、人外だったらそれも関係ない。
だからセックスなんて、ゲームの一種みたいなもの──。
彼らの言っていたことは理屈は理解出来るが、受け入れ難い。
たとえアバターだとしても、感触はあるし匂いも味もある。
第二の現実として生活している世界を完全な遊びだと割り切るには、俺にとってここの比重は重過ぎる。
けれど……。
瓶を握る手を見る。
少し動かすと、緑色のタイツの隙間から腕の色が垣間見えた。
あと、ここだけ。
ここの色を変えるだけに、もう半年費やした。
普通にプレイしたらもう半年費やしても結局水の泡になりそうなところを、あのウサ耳は一ヶ月ちょっとで稼げると言い切った。
頭から煙が出そうなほど悩み、眼前のローディングドアが消える前の警告音を出してやっと、覚悟を決めて炭酸を飲み干した。
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