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「んじゃ戻るわ」
「なっ、おい、俺は別に気にしないって……!」
「俺が気にすんの。気になるαに澄晴との仲を誤解されたら厄介だろ?」
自衛の為ですー、と答えて弁当箱を持ってきた袋に突っ込んで紐を縛ると、その手首を横から掴まれた。
「イッ……」
思わず呻くほど強く握ってきた澄晴を睨んだが、彼はさっきと打って変わって無表情に見下ろしてくる。
「おい澄晴、痛いって。なんだ、どうした?」
「……気になるαがいるなんて、初めて聞いた」
普段から愛想の無い奴だけれど、ここまで無愛想なのも珍しい。
まるで怒ってるみたいだ、と考えて、ああそうか、と遅れて気付く。虹にフラれた直後に、同じ顔をした俺まで他のαに奪われるのは嫌なのか。俺の中身を知ってるからさすがに俺に乗り換えようとは思わないだろうが。
「まだ今はいねーよ。これからの話」
素直にそう答えると、澄晴は俺が嘘を吐いていないか確かめるみたいにしばらくじっと見つめてから手首を離してくれた。
「あっそ」
吐き捨てるみたいに小さく呟いた澄晴は、まだ残っている弁当箱の蓋を閉めて片付け始める。
離されたばかりの手首が熱い。じんじんと脈打つように痛むそこに視線を落とすと、うっすらと色を変えていた。今の短時間で軽く痣になったのだろうか。
結構痛かったもんなぁ、とさりげなく撫で、残っているはずもない澄晴の手の温度を感じようとする。
与えられた痛みが虹への執着の度合いを示すみたいで心臓がじくじくと膿んだ。
これは俺への気持ちじゃない。そう分かっていても、現実にこの痛みを与えられたのは俺だ。今この瞬間、澄晴の付けた跡があるのは俺だけ。
心の半分は馬鹿らしいと呆れているのに、もう半分は痣でもいいと喜んでいる。
馬鹿だ。本当に、どうしてこんなに往生際が悪いんだろう、俺の恋心ってやつは。
「まだいてーよ馬鹿澄晴」
「うっせ」
「いや謝れよ。こんなか弱いΩを苛めるとか鬼かお前」
「……どこにか弱いΩがいるんだ?」
「本気で周り探すな」
いつも通りの軽口を交わしながら、さっさと片付けを終えた澄晴が立ち上がったのに合わせて俺も腰を上げる。
六月頃までは他に数組ここで昼食をとっているグループがいたのだが、暑くなってからは俺たちしかいなくなった。俺は別に教室でもいいのだけど、虹が嫌がるから仕方ない。
暑そうな顔をしつつも澄晴が文句を言わなかったのは虹を好きだったからか、と今さら気付いた。
「お前、土曜日どうする? 俺は遠くから見守るけど」
来るか? と目で問うと、澄晴はあからさまに顔を歪めて頭を横に振った。
「いや、やめとけよ。いくら弟だからって悪趣味だろ」
「会話まで盗み聞きするつもりはねーよ。来ない奴を何時間も待ってたりしたら可哀想だろ」
さっきは来なければ諦めがつく、だなんてアッサリした事を言っていたが、虹はフラれるなんて初めてに違いない。ショックを受けて待ち合わせ場所から動けなくなった彼を想像すると俺の方が辛くて泣きそうだ。
そんなの絶対回避させなきゃ、と俺が通用口のドアを開けると、「それはねーと思うけど……」と後ろについてきた澄晴が首を捻った。
「でもあの先輩、本気で興味無さそうだったぞ?」
事務的に手紙を受け取って俺を見下ろした高内先輩の目を思い出し、微塵も期待が持てなかった、と肩を竦める。
「そりゃ……お前だったから、じゃね?」
「お前嫌い」
べー、と振り返って舌を出すと、澄晴は「ガキ」と言いながら肘で俺の背中をどついてきた。
「俺がガキなら同い年のお前だってそうだろ」
「発情期もまだこねーようなガキが他人の恋愛事情に首突っ込むなってんだよ」
「じゃあ発情期自体が無いαのお前は一生俺よりガキじゃん」
「ああ言えばこう言う……」
「いえーい論破論破~」
わはは、と笑いながら廊下を歩いていると、曲がり角で他の生徒とぶつかってしまった。
可愛らしい顔と、柔らかい赤茶色の長い髪。えーっと……、ああそうだ、確か虹と同じクラスの、Ωの佐藤さん。
「ごめん、大丈夫?」
「す、すいませ……! なんだ、星くんか」
「なんだとはなんだ」
「星くんだったら謝らなくてもいいかなって」
「なんだそれ!?」
俺が目を剥いて驚くと、ぶつかった女子はケラケラ笑ってから「嘘ウソ、ごめんね~」と手を振って去って行った。
お分かりだろうか。あれが俺への態度のデフォルトである。
同じ中学から来た生徒がほとんど居ない、入ったばかりの高校の、まだ一学期が終わっていない新しい環境で、同じクラスでもないし特段喋ったことがある訳ではない人からすら、あの扱い。
βはもとより、普通だったら仲間かライバルかの二択になるΩも俺の事は例外みたいに、まるでβの友人みたいに接してくる。基本的にΩなら分け隔てなくチヤホヤしてくれる筈のαも俺にはしてくれないし、一体全体どうして俺はこんな扱いなのか。
ちなみに虹はΩの大半から遠巻きにライバル視されているし、入学してから言い寄ってきたαは二桁をとうに超えている。
「あ、で、結局どうすんの? お前は行かない?」
今さら気にすることでもないので教室を目指して再び歩きながら顔だけ澄晴を振り返ると、彼は難しい顔をして唸ってから「……行く」と答えた。
まあそうだよな。心配だもんな。
うんうんと頷いて、それじゃあ虹が家出た後に合流して一緒に尾行けよう、と打ち合わせをして教室に入った。
そうして、土曜日。
休日はいつも徹夜で本を読んで朝方寝て昼過ぎに起きてくる虹が、珍しく平日より少し遅いくらいの時間に起きてきた事にパパが驚いていた。
「お前の分の朝飯用意してねーぞ。パンでいいか?」
パパは出勤前の準備の手を止めて立ち上がって冷蔵庫を見に行く。「今から作んのは時間がなぁ」と言いながら後ろに撫で付けた金髪の根元を掻き、時計を睨みつけた。
冷蔵庫と同じ背丈のパパは、パッと見ただけで誰でも『αだ』って思う。狐とか蛇を連想するような吊り目で、顔自体は強面だけどそこに居るだけで場が華やぐような存在感がある。家では乱暴な言葉遣いも一歩外に出れば丁寧で穏やかになって、誰もこの人に真っ黒の裏の顔があるなんて思いもしない。
「自分でやるから大丈夫」
「そう言ってお前、また炭酸で腹膨らまして飯食わねぇつもりだろ。……あー、あいつの弁当用に作ったサンドイッチでいいか。これ食え、虹」
「え、それじゃ父さんのお昼なくなっちゃうじゃん」
「あいつには俺の弁当やるから気にすんな。外出するんならちゃんと腹に入れてからにしろよ」
うちの両親は同じ職場で働いていて、パパは店長、父さんは事務員だ。……表向きは。
父さんは早番だからもう出勤した後で、うちではパパが料理担当だから先に出た父さんの分のお弁当もパパが持って行くのだけど、今日はどうやら二人で一つをつつく事にしたらしい。職場で一つの弁当を前に寄り添って食べる両親を想像し、相変わらず仲が良い、と肩を竦める。
慌ただしく虹の朝食を用意したパパは、少し先に起きたばかりでもそもそと朝食を食べている俺が座る居間のちゃぶ台からスマホと財布を掴んで、それから俺の頭をわしゃっと撫でてきた。
「お前も、外出るならその寝癖直してから行けよ。その辺歩いてたら誘拐したくなるくらいカワイイ頭になってんぞ」
「パパ、俺が何歳だか分かってる?」
「番無しのΩに年齢なんか関係ねーよ。二人とも首輪忘れんじゃねーぞ」
じゃあ行ってくるからな、戸締まりしろよ、と矢継ぎ早に言って、パパは家を出て行った。
のんびり屋で放任な父さんと違って、パパは口うるさい。まあ、愛ゆえに、っていうのをヒシヒシ感じるから思春期真っ只中の俺たちも反抗しようと思わないのだけど。
「星も今日どっか行くの?」
よいしょ、とパパに押しつけられたサンドイッチの包みを持ったまま隣に座ってきた虹が、眠そうに目を擦りながら訊いてくる。
「あ~……、うん、澄晴と、ちょっと」
「澄晴と? 二人で?」
「うん」
「珍しいね」
まさか二人でお前を尾行します、とは言えず、濁して答えると虹はパチパチと驚いたように目を瞬かせた。
「いや、だってお前が用事あるから」
「いつも俺が行かない時は星も行かないじゃん」
「……そうだっけ?」
虹に指摘されて思い返してみるが、わざとそうしていたつもりは無くうーんと首を傾げた。
澄晴とは家が近所だから、平日の放課後は頻繁に遊びに来る。三人とも部活をやっていないし、ほとんど毎日。
休日どこか駅の方に遊びに出る時もそれは変わらず、だから澄晴と二人きりで遊びに出たことが無いのにも言われて初めて気が付いた。
「……寝癖、そんなひどい?」
そうなると途端に緊張してきて、さっきパパに指摘されたのを思い出して慌てて手櫛を入れてみる。
虹はサンドイッチを咀嚼しながら俺の頭に視線を向けると、ニィ、と口角を上げて「あまりの可愛さに澄晴に誘拐されちゃうかもな」と笑った。
「そんなにかよ。うわーめんどいー」
「見ようによっては前衛的だしいいんじゃない?」
「なんっも良くねーわな」
食事を終えて片付けてから寝癖を直しに洗面所へ行くと、ポケットに入れていたスマホが震えてメッセージの着信を知らせてきた。
なんの気なしに画面を点灯させて、『澄晴』という名前の下に『おはよう』と表示されていてスマホを取り落としそうになった。
「……っ」
端末を持つ手が震える。何年も澄晴と友人付き合いをしてきたけれど、彼から朝の挨拶が来るなんて初めてだ。だって、会って言った方が早い。
続いて『起きてるだろうな?』というメッセージを受け取って、今日は虹がいるうちにこっちに来れないからか、と納得しつつドキドキが収まらない。『起きてる』と返信するとすぐに既読がついて、今度は『オハヨウ!』と台詞の付いた犬のスタンプが送られてきた。
澄晴、スタンプとか打つんだ……。
スマホを持った時に連絡先を交換したまま、ろくに文字でのやり取りをしたことがないから知らなかった。
すぐ出てくるってことは、他の人とはこういうやり取りも普通にしてるんだろうな。
俺と虹とつるんでいる事が圧倒的に多いけれど、だからといって澄晴に他の友人がいないわけじゃない。むしろ逆で、顔が広すぎて誰とでも知り合いー、みたいな感じだ。
αは基本的に番のΩが最優先になるから、友人付き合いは広く浅くが普通なんだ、って前に澄晴が言っていた。
「星、もう終わった?」
「え、あっ、ごめん、先使っていいよ」
澄晴から『おはよう』のスタンプを貰っているのはどんな相手なんだろうな、とぼんやり考えていたら虹が洗面所に入ってきて、慌ててスマホを隠して場所を明け渡した。
「待って星、全然寝癖直ってないじゃん」
「俺別に急がないから! なんならこのままでもいいし!」
「いやそれは駄目でしょ……」
まったくもう、と言いながらも虹はそこで歯磨きを始めて、俺はそそくさと二階の自室へ戻った。
パジャマからデニムとパーカに着替え、クローゼットの扉の内側の鏡に映った自分を見て手を止める。
──虹と同じ顔なのに、なんで?
物心ついてしばらく、俺の口癖だったと父さんから聞いたことがある。
小さい頃から、どこへ行ってもΩ扱いされるのは虹だけ。同じ顔をしているのに、どうして俺は違うのか。
父さんとパパだけは俺たちを対等に愛してくれたけれど、他の親戚や周囲の大人たちの扱いの差は歴然だった。
両親は俺がβだからだろうと思っていたらしいが、小学校に入って行われた二次性別検査の結果は、俺も虹と同じΩ。
そうだ。その結果を見て、諦めがついたのだ。性別の問題じゃなく、虹が虹で、俺が俺だから、だから扱いが違うのだ、と。
鏡に映る綺麗な顔は虹と同じでも、笑うと全然印象が違うのを知っている。虹は周りが見蕩れるような、花が綻ぶ瞬間を見た時みたいな思わず息を呑む美しさがある。対して俺は、そんなの全くない。口の悪い親戚に「綺麗な顔が勿体なくなるくらい崩れただらしない顔」と形容される事もあった。
クローゼットを閉め、一つため息を吐いてマイナスな気持ちを全て外に押し出す。
考えたって仕方ない。現実はなるようにしかならない。笑って前に進みなさい、父さんは星の笑顔が世界一……あ、ごめん、世界で二番目に好きだよ。
毎回わざと間違って俺の笑いを誘おうとする、父さんの口癖を思い出して笑顔を作る。
言わずもがな、世界一はパパの笑顔だそうだ。うちの両親はものすごく仲が良い。たまに本気でうんざりするくらい。
でも、憧れだ。俺もいつかは両親みたいに、いつまでも愛し愛される番関係を持ちたいと思っている。
「星~」
「……!」
またぼうっとしていた。
ドアを開けて階下から呼びかけてきた虹に「どしたー」と大声で返事をする。
「俺そろそろ行くから、どこか外出するならちゃんと鍵かけてってね-!」
「あいよー」
普段は大きな声を出さない虹だが、必要に駆られれば出さないこともない。
彼の番になる人は、そういう彼の『らしくない所』も愛してくれる人だといいな、とふと思った。
「なっ、おい、俺は別に気にしないって……!」
「俺が気にすんの。気になるαに澄晴との仲を誤解されたら厄介だろ?」
自衛の為ですー、と答えて弁当箱を持ってきた袋に突っ込んで紐を縛ると、その手首を横から掴まれた。
「イッ……」
思わず呻くほど強く握ってきた澄晴を睨んだが、彼はさっきと打って変わって無表情に見下ろしてくる。
「おい澄晴、痛いって。なんだ、どうした?」
「……気になるαがいるなんて、初めて聞いた」
普段から愛想の無い奴だけれど、ここまで無愛想なのも珍しい。
まるで怒ってるみたいだ、と考えて、ああそうか、と遅れて気付く。虹にフラれた直後に、同じ顔をした俺まで他のαに奪われるのは嫌なのか。俺の中身を知ってるからさすがに俺に乗り換えようとは思わないだろうが。
「まだ今はいねーよ。これからの話」
素直にそう答えると、澄晴は俺が嘘を吐いていないか確かめるみたいにしばらくじっと見つめてから手首を離してくれた。
「あっそ」
吐き捨てるみたいに小さく呟いた澄晴は、まだ残っている弁当箱の蓋を閉めて片付け始める。
離されたばかりの手首が熱い。じんじんと脈打つように痛むそこに視線を落とすと、うっすらと色を変えていた。今の短時間で軽く痣になったのだろうか。
結構痛かったもんなぁ、とさりげなく撫で、残っているはずもない澄晴の手の温度を感じようとする。
与えられた痛みが虹への執着の度合いを示すみたいで心臓がじくじくと膿んだ。
これは俺への気持ちじゃない。そう分かっていても、現実にこの痛みを与えられたのは俺だ。今この瞬間、澄晴の付けた跡があるのは俺だけ。
心の半分は馬鹿らしいと呆れているのに、もう半分は痣でもいいと喜んでいる。
馬鹿だ。本当に、どうしてこんなに往生際が悪いんだろう、俺の恋心ってやつは。
「まだいてーよ馬鹿澄晴」
「うっせ」
「いや謝れよ。こんなか弱いΩを苛めるとか鬼かお前」
「……どこにか弱いΩがいるんだ?」
「本気で周り探すな」
いつも通りの軽口を交わしながら、さっさと片付けを終えた澄晴が立ち上がったのに合わせて俺も腰を上げる。
六月頃までは他に数組ここで昼食をとっているグループがいたのだが、暑くなってからは俺たちしかいなくなった。俺は別に教室でもいいのだけど、虹が嫌がるから仕方ない。
暑そうな顔をしつつも澄晴が文句を言わなかったのは虹を好きだったからか、と今さら気付いた。
「お前、土曜日どうする? 俺は遠くから見守るけど」
来るか? と目で問うと、澄晴はあからさまに顔を歪めて頭を横に振った。
「いや、やめとけよ。いくら弟だからって悪趣味だろ」
「会話まで盗み聞きするつもりはねーよ。来ない奴を何時間も待ってたりしたら可哀想だろ」
さっきは来なければ諦めがつく、だなんてアッサリした事を言っていたが、虹はフラれるなんて初めてに違いない。ショックを受けて待ち合わせ場所から動けなくなった彼を想像すると俺の方が辛くて泣きそうだ。
そんなの絶対回避させなきゃ、と俺が通用口のドアを開けると、「それはねーと思うけど……」と後ろについてきた澄晴が首を捻った。
「でもあの先輩、本気で興味無さそうだったぞ?」
事務的に手紙を受け取って俺を見下ろした高内先輩の目を思い出し、微塵も期待が持てなかった、と肩を竦める。
「そりゃ……お前だったから、じゃね?」
「お前嫌い」
べー、と振り返って舌を出すと、澄晴は「ガキ」と言いながら肘で俺の背中をどついてきた。
「俺がガキなら同い年のお前だってそうだろ」
「発情期もまだこねーようなガキが他人の恋愛事情に首突っ込むなってんだよ」
「じゃあ発情期自体が無いαのお前は一生俺よりガキじゃん」
「ああ言えばこう言う……」
「いえーい論破論破~」
わはは、と笑いながら廊下を歩いていると、曲がり角で他の生徒とぶつかってしまった。
可愛らしい顔と、柔らかい赤茶色の長い髪。えーっと……、ああそうだ、確か虹と同じクラスの、Ωの佐藤さん。
「ごめん、大丈夫?」
「す、すいませ……! なんだ、星くんか」
「なんだとはなんだ」
「星くんだったら謝らなくてもいいかなって」
「なんだそれ!?」
俺が目を剥いて驚くと、ぶつかった女子はケラケラ笑ってから「嘘ウソ、ごめんね~」と手を振って去って行った。
お分かりだろうか。あれが俺への態度のデフォルトである。
同じ中学から来た生徒がほとんど居ない、入ったばかりの高校の、まだ一学期が終わっていない新しい環境で、同じクラスでもないし特段喋ったことがある訳ではない人からすら、あの扱い。
βはもとより、普通だったら仲間かライバルかの二択になるΩも俺の事は例外みたいに、まるでβの友人みたいに接してくる。基本的にΩなら分け隔てなくチヤホヤしてくれる筈のαも俺にはしてくれないし、一体全体どうして俺はこんな扱いなのか。
ちなみに虹はΩの大半から遠巻きにライバル視されているし、入学してから言い寄ってきたαは二桁をとうに超えている。
「あ、で、結局どうすんの? お前は行かない?」
今さら気にすることでもないので教室を目指して再び歩きながら顔だけ澄晴を振り返ると、彼は難しい顔をして唸ってから「……行く」と答えた。
まあそうだよな。心配だもんな。
うんうんと頷いて、それじゃあ虹が家出た後に合流して一緒に尾行けよう、と打ち合わせをして教室に入った。
そうして、土曜日。
休日はいつも徹夜で本を読んで朝方寝て昼過ぎに起きてくる虹が、珍しく平日より少し遅いくらいの時間に起きてきた事にパパが驚いていた。
「お前の分の朝飯用意してねーぞ。パンでいいか?」
パパは出勤前の準備の手を止めて立ち上がって冷蔵庫を見に行く。「今から作んのは時間がなぁ」と言いながら後ろに撫で付けた金髪の根元を掻き、時計を睨みつけた。
冷蔵庫と同じ背丈のパパは、パッと見ただけで誰でも『αだ』って思う。狐とか蛇を連想するような吊り目で、顔自体は強面だけどそこに居るだけで場が華やぐような存在感がある。家では乱暴な言葉遣いも一歩外に出れば丁寧で穏やかになって、誰もこの人に真っ黒の裏の顔があるなんて思いもしない。
「自分でやるから大丈夫」
「そう言ってお前、また炭酸で腹膨らまして飯食わねぇつもりだろ。……あー、あいつの弁当用に作ったサンドイッチでいいか。これ食え、虹」
「え、それじゃ父さんのお昼なくなっちゃうじゃん」
「あいつには俺の弁当やるから気にすんな。外出するんならちゃんと腹に入れてからにしろよ」
うちの両親は同じ職場で働いていて、パパは店長、父さんは事務員だ。……表向きは。
父さんは早番だからもう出勤した後で、うちではパパが料理担当だから先に出た父さんの分のお弁当もパパが持って行くのだけど、今日はどうやら二人で一つをつつく事にしたらしい。職場で一つの弁当を前に寄り添って食べる両親を想像し、相変わらず仲が良い、と肩を竦める。
慌ただしく虹の朝食を用意したパパは、少し先に起きたばかりでもそもそと朝食を食べている俺が座る居間のちゃぶ台からスマホと財布を掴んで、それから俺の頭をわしゃっと撫でてきた。
「お前も、外出るならその寝癖直してから行けよ。その辺歩いてたら誘拐したくなるくらいカワイイ頭になってんぞ」
「パパ、俺が何歳だか分かってる?」
「番無しのΩに年齢なんか関係ねーよ。二人とも首輪忘れんじゃねーぞ」
じゃあ行ってくるからな、戸締まりしろよ、と矢継ぎ早に言って、パパは家を出て行った。
のんびり屋で放任な父さんと違って、パパは口うるさい。まあ、愛ゆえに、っていうのをヒシヒシ感じるから思春期真っ只中の俺たちも反抗しようと思わないのだけど。
「星も今日どっか行くの?」
よいしょ、とパパに押しつけられたサンドイッチの包みを持ったまま隣に座ってきた虹が、眠そうに目を擦りながら訊いてくる。
「あ~……、うん、澄晴と、ちょっと」
「澄晴と? 二人で?」
「うん」
「珍しいね」
まさか二人でお前を尾行します、とは言えず、濁して答えると虹はパチパチと驚いたように目を瞬かせた。
「いや、だってお前が用事あるから」
「いつも俺が行かない時は星も行かないじゃん」
「……そうだっけ?」
虹に指摘されて思い返してみるが、わざとそうしていたつもりは無くうーんと首を傾げた。
澄晴とは家が近所だから、平日の放課後は頻繁に遊びに来る。三人とも部活をやっていないし、ほとんど毎日。
休日どこか駅の方に遊びに出る時もそれは変わらず、だから澄晴と二人きりで遊びに出たことが無いのにも言われて初めて気が付いた。
「……寝癖、そんなひどい?」
そうなると途端に緊張してきて、さっきパパに指摘されたのを思い出して慌てて手櫛を入れてみる。
虹はサンドイッチを咀嚼しながら俺の頭に視線を向けると、ニィ、と口角を上げて「あまりの可愛さに澄晴に誘拐されちゃうかもな」と笑った。
「そんなにかよ。うわーめんどいー」
「見ようによっては前衛的だしいいんじゃない?」
「なんっも良くねーわな」
食事を終えて片付けてから寝癖を直しに洗面所へ行くと、ポケットに入れていたスマホが震えてメッセージの着信を知らせてきた。
なんの気なしに画面を点灯させて、『澄晴』という名前の下に『おはよう』と表示されていてスマホを取り落としそうになった。
「……っ」
端末を持つ手が震える。何年も澄晴と友人付き合いをしてきたけれど、彼から朝の挨拶が来るなんて初めてだ。だって、会って言った方が早い。
続いて『起きてるだろうな?』というメッセージを受け取って、今日は虹がいるうちにこっちに来れないからか、と納得しつつドキドキが収まらない。『起きてる』と返信するとすぐに既読がついて、今度は『オハヨウ!』と台詞の付いた犬のスタンプが送られてきた。
澄晴、スタンプとか打つんだ……。
スマホを持った時に連絡先を交換したまま、ろくに文字でのやり取りをしたことがないから知らなかった。
すぐ出てくるってことは、他の人とはこういうやり取りも普通にしてるんだろうな。
俺と虹とつるんでいる事が圧倒的に多いけれど、だからといって澄晴に他の友人がいないわけじゃない。むしろ逆で、顔が広すぎて誰とでも知り合いー、みたいな感じだ。
αは基本的に番のΩが最優先になるから、友人付き合いは広く浅くが普通なんだ、って前に澄晴が言っていた。
「星、もう終わった?」
「え、あっ、ごめん、先使っていいよ」
澄晴から『おはよう』のスタンプを貰っているのはどんな相手なんだろうな、とぼんやり考えていたら虹が洗面所に入ってきて、慌ててスマホを隠して場所を明け渡した。
「待って星、全然寝癖直ってないじゃん」
「俺別に急がないから! なんならこのままでもいいし!」
「いやそれは駄目でしょ……」
まったくもう、と言いながらも虹はそこで歯磨きを始めて、俺はそそくさと二階の自室へ戻った。
パジャマからデニムとパーカに着替え、クローゼットの扉の内側の鏡に映った自分を見て手を止める。
──虹と同じ顔なのに、なんで?
物心ついてしばらく、俺の口癖だったと父さんから聞いたことがある。
小さい頃から、どこへ行ってもΩ扱いされるのは虹だけ。同じ顔をしているのに、どうして俺は違うのか。
父さんとパパだけは俺たちを対等に愛してくれたけれど、他の親戚や周囲の大人たちの扱いの差は歴然だった。
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そうだ。その結果を見て、諦めがついたのだ。性別の問題じゃなく、虹が虹で、俺が俺だから、だから扱いが違うのだ、と。
鏡に映る綺麗な顔は虹と同じでも、笑うと全然印象が違うのを知っている。虹は周りが見蕩れるような、花が綻ぶ瞬間を見た時みたいな思わず息を呑む美しさがある。対して俺は、そんなの全くない。口の悪い親戚に「綺麗な顔が勿体なくなるくらい崩れただらしない顔」と形容される事もあった。
クローゼットを閉め、一つため息を吐いてマイナスな気持ちを全て外に押し出す。
考えたって仕方ない。現実はなるようにしかならない。笑って前に進みなさい、父さんは星の笑顔が世界一……あ、ごめん、世界で二番目に好きだよ。
毎回わざと間違って俺の笑いを誘おうとする、父さんの口癖を思い出して笑顔を作る。
言わずもがな、世界一はパパの笑顔だそうだ。うちの両親はものすごく仲が良い。たまに本気でうんざりするくらい。
でも、憧れだ。俺もいつかは両親みたいに、いつまでも愛し愛される番関係を持ちたいと思っている。
「星~」
「……!」
またぼうっとしていた。
ドアを開けて階下から呼びかけてきた虹に「どしたー」と大声で返事をする。
「俺そろそろ行くから、どこか外出するならちゃんと鍵かけてってね-!」
「あいよー」
普段は大きな声を出さない虹だが、必要に駆られれば出さないこともない。
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