Ωの恋煩い、αを殺す

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 ガチャガチャとドアノブが音を立てて細かく揺れ続けるのを見下ろして、継則がため息を吐く。ドアの外からは悠勝がぶつぶつ低く唸る声が聞こえてくるけれど、何を言っているかまでは聞こえてこない。

「継則、悠勝はなんで暴れてるんだい」
「……透様が、お兄様の部屋に居ることが気に喰わないようで」
「ああ……」

 ドアに耳を寄せた継則が、俺の質問に答えて呆れたように肩を竦めた。
 そうか。もう、俺が家の中に居ることすら嫌がられるのか。

「統理さん。すみませんが、今日はここまでで」
「ん?」
「透様?」
「出る。どいて」

 カップを置き、立ち上がってドアの前へ移動した。鍵に指を掛けると、心配げな継則に止められるが目を伏せて首を振る。
 鍵を開けると、揺れていたドアノブが下されて外からドアが開かれた。
 ぶつかりそうになってひょいと避け、急に開いて驚いたような表情の悠勝に、ニコリと笑い掛ける。

「迎えに来てくれたのか?」

 違うと分かっていて、無邪気を装って悠勝に抱き付いた。途端に動きを止めた悠勝が、目だけで俺を見下ろして逃げたいみたいに数歩後退る。

「ごめんな、君のお兄さんやお姉さんと話していたから、君のところへ行くのが遅くなって」
「……っ」
「悠勝。怒っているの?」

 したい事を、したいように。可愛らしく、無邪気に。自分が拒否されるなんてあり得ないみたいに。
 教わったことをそのまま実行してみるけれど、悠勝は俺を不気味なものを見るように引き剥がした。苦々しげなその表情は、どう良く解釈しようとしても喜んでいるようには見えない。

「今日は動けるんだね。良かった。少しは回復してきたのかな」

 例えばそれが、俺への憎しみからだとしても。ベッドから自発的に起き上がってくれたのなら、一歩前進だろう。
 剥がされた隙間を埋めたいみたいに近寄ろうとするのに、悠勝は俺の手を振り払って、そして唇を噛んでから俺を睨んだ。

「……出て行け。もうここへ来るな」

 ①、なんでそんなことを言うの。
 ②、どうして? 俺は君の番なのに。
 ③、まだ心が弱っているんだね、可哀想に。
 『可愛いΩ』ならどれを言うだろう、と考えている間に、悠勝は俺の返事も待たずに踵を返していた。

「悠……」 
「だったら、明日からは俺の客として来ればいい」

 追おうとした俺の腕が後ろから掴まれて、振り返ると統理さんが俺を自分の方へ引き寄せた。

「悠に関係なく、俺に会いに来て」

 この人、どれだけゲーム相手に飢えてるんだ。つまらなくは無かったけれど、統理さんの相手が出来るレベルになるまでここで練習させられるとなると、少し辛いかもしれない。勉強の時間が削られるなぁ、と不安に思いつつ、しかしもう悠勝が追ってこないなら躍起になって勉強する必要もないかと重い息を吐いた。
 部屋へ戻ろうと促され、悠勝の後ろ姿を見ようと顔を動かすと花束を押し付けられたような濃い匂いが鼻腔を刺した。

「……?」

 またこの匂いだ。ラベンダーだと思っていたその匂いは、濃くなればなるほど色々な匂いが複雑に混じったものだと知れる。それなのに、馴染み深い。ここ一年近くずっと寝具に染み付いた匂い。悠勝の贈ってくれた香水の──。
 ぐら、と傾いだ俺の身体を、統理さんと継則が受け止めてくれようとして、横から伸びてきた手に掴まれて引っ張られる。
 濃い匂いの源だ、と見上げれば、去っていった筈の悠勝が俺を抱き寄せていた。悠勝から、同じ匂いがする。同じ香水をつけているのだろうか、とクンと胸元を嗅ぐと、頭がふわふわする。心が凪いで眠気が誘われる。けれど、どうして急に匂いが濃くなったり薄くなったりするのだろう。

「ゆう……」
「俺の番だ」

 今さらどの口が言うのか。統理さんを牽制するような台詞に、思わず出てしまいそうになるあれやこれやを飲み込み、嬉しいフリをして悠勝の腕に自分の腕を絡めた。
 見下ろす目はやはり冷たく、一瞬俺を睨んでから顔を逸らしてそのまま俺を伴って歩き出す。
 慌てて追ってきた継則と長押が俺と悠勝を引き離そうとするが、悠勝は何を言われても黙ったまま、そのまま彼の自室まで戻ってきた。

「ねぇ、悠勝。久しぶりに起きたんだから、外を散歩したりしたらどうかな」

 そのまままた寝てしまっては勿体無いよ、とドアを開こうとする彼を止めようとするが、悠勝は俺を感情の見えない目で見つめ、そして低い声で言った。

「お前、俺の番なんだよな」
「そうだよ」
「だったら、何されても文句無いな」
「……ああ」

 何をするつもりだ、と訝しむ俺を部屋の中へ連れ込むと、そのままベッドへ突き飛ばされた。長押と継則が部屋に入ってこようとするのを、「番の寝室に入るな」の一言で黙らせて、悠勝はドアを閉めてしまう。

「服を脱げ」

 ……番に対して、そんな冷たく命令するものじゃないと思うが。
 身体を起こしてベッドへ腰掛け、制服のボタンに指を掛ける。ワイシャツのボタンを上から外していくと、目の前に立った悠勝がそれをじっと見下ろしてくる。これ、恥ずかしがった方がいいんだろうか。

「あまり、見つめないで」

 可愛らしく頬を染めて呟くと、ハッ、と馬鹿にしたように嘲笑われた。
 俺に脱げといった癖に自分は一枚も脱ごうとせず、悠勝は俺の肩を押してベッドに倒すと下ろしたズボンのジッパーの隙間から陰茎を出してきて、頬へ押し付けてきた。

「……」
「番なら喜ぶもんなんだろ。舐めれば?」

 だらりと垂れた肉の先で唇をつつかれて、思わず顔を顰めた。俺を見下ろす悠勝が、指で俺の唇を撫でる。
 舐める、って。
 他人の股間を目にするのすら初めてなのに、それを今、舐めろって? 馬鹿を言うな噛みちぎられたいのか、と言ってやりたいけれど、それは『可愛いΩ』じゃない。
 俺の上を跨いで顔の真横へ出されたその陰茎をチラと横目で見るけれど、赤黒くて勃起していないのに長くて太い。濃いラベンダーの匂いで肉の匂いは分からないけれど、洗ったばかりでないのは確実だ。そんなものを舐める? 正気か? 番ってそんなことまでしなきゃいけないのか?

「……しねぇの」

 いくら番とはいえ、と悩む俺の眼前で、ムクムクと陰茎が血を集めて大きく膨らんでいく。まだ何もしていないのに、何故勃起した。

「ゆ、……悠勝、その、こういうことは発情期にするものじゃないのか」

 なんとかその行為を免除してもらえないかと、ソレから目を逸らして言ってみるのだけれど、悠勝は上向いた怒張を指で押して俺の口元へ押し付けてくる。

「何言ってんだ、そんな発情フェロモン振り撒いといて」
「え……」

 そうなのか? と自分の手首あたりを嗅いでみるけれど、やはり前回と同じく、自分のフェロモンの匂いは分からない。
 腕の匂いを嗅ぐ俺の腕に前屈みになった悠勝が唇を付けてきて、そこをべろりと舐めた。ぬる、と舌が肌を舐めていって、擽ったさにゾクリと肌が粟立つ。

「お前の匂いで、俺まで発情してんだけど」

 ……ああ。だから、か。こうして俺の上に乗って行為を強要しているのは、本能的なもの。
 だったら、俺もそうして本能に任せてしまえば楽になれるだろうか。
 目を閉じ、口を開けて舌を伸ばす。
 番になれば相手を好きになるというのは迷信だったかもしれないが、発情期の本能の強さは身をもって知っている。目の前に番が居るなら、それを抑えさせるのはあの時以上に辛いだろう。
 舐めろというならしてやるかと、伸ばした舌はしかし、ざらついた肌を舐めた。
 つるりとした肉の印象と実際の感触が違うな、と薄目を開けると、俺の舌は悠勝の手の甲を舐めていた。肉の先を覆うように守った彼の手が俺の舌を押し返して、悠勝は首を横に振る。

「お前は、そんなことするな」
「……は?」

 お前がしろと言い出したんじゃないか。睨みそうになる目を逸らして、じゃあ何をすればいいんだと次の言葉を待つと、悠勝は俺の上からノロノロと退いて、そしてベッドに座り込んで顔を覆った。

「……こんな事がしたかったんじゃない……俺は、俺は、ただ……」

 ぶつぶつと独り言を言い出したかと思えば、彼はそのままめそめそと泣き始めてしまった。

「おい、悠勝……」
「俺は……お前に、ただ……違う……俺は……」
「……」

 だいぶ重症だ。俺に背を向けて俯いて泣く悠勝を前に、半裸で俺はどうすればいいのか。

「悠勝、大丈夫だ。俺は嫌だと思ってない」
「やめろ!!」

 慰めればいいのかと、後ろから抱き締めて泣きながらも勃起しているその股間へ手を伸ばそうとすると、勢いよく手を叩き払われた。ビキ、とこめかみに青筋が浮かぶけれど、暴言を吐きそうな口だけはなんとか閉じる。

「……悠勝。発情してるんだろう?」
「お前とはしたくない」

 ──我慢の限界だ。
 怒りで血管が切れそうな心地がする。悠勝から身体を離し、ベッドから降りた。軋む音にこちらを振り返った悠勝の顔を視界の端に入れて、大きくため息を吐いた。

「長押」

 ドアまで行って少し開けると、扉の前で待機していた長押と継則が心配そうに振り返り、半裸の俺を見て視線を逸らす。

「何か、拘束具のようなものは無いかい」
「は? 拘束……?」
「紐のようなものか、もしくはガムテープとか……」

 小さな声で長押と話すと、横の継則がおもむろに懐から手錠を取り出した。

「……」
「これで宜しいですか」
「継則、君、なんでそんな物持ち歩いてるの」
「次に何かあればそのまま警察に突き出してやろうかと」

 縄や紐だと拘束するまでに時間が掛かりますから、と真顔で言われ、苦笑しながらドアを開けて継則に「じゃあ、それであいつ拘束して」と頼んだ。

「は? あの、透様」
「分かりました」

 困惑する長押を押しのけ、継則はすぐさま部屋に入ってきた。ベッドで座り込んでいた悠勝が彼を睨むが、無視して後ろ手を掴んで素早く両手首に錠を掛けると、うつ伏せに悠勝を引き倒した上に馬乗りになって足首を掴む。

「もう一つありますが、足の方はどうなさいますか」
「……掛けておいて」

 鮮やかな身のこなしに、本当に継則の前職はホテルのコンシェルジュだったんだろうか、と疑いたくなる。
 悠勝の足も錠で結束した継則は速やかにその上から退き、恭しく俺に向かって頭を下げた。

「ありがとう、継則」
「いえ。では、私はまた外でお待ちしますので」
「……は? なんなんだ?」

 ドアの外へ戻っていく継則と、反対に部屋の中へ戻ってくる俺の姿をうつ伏せの顔を動かして見つめて、悠勝は訳が分からないみたいに眉を顰めている。
 ベッドに乗って転がる悠勝の身体を仰向けになるようひっくり返して、その上に跨ってニィと笑った。俺の笑顔が不気味だったのか、悠勝の唇の端が引き攣って揺れた。

「悪いね、悠勝。もうね、我慢の限界だ」
「……何を」
「勝手に番にしておいて、よくもまぁ俺とはしたくない、なんて言ってくれたな」

 ボタンを外しただけだったシャツを脱いで、悠勝の口を塞ぐようにそれを巻いた。俺のシャツを噛まされた彼は怒ったようで何事か唸っているが、耳に手を当てて「ヒトの言葉で喋ってくれる?」と笑うと目尻を上げてもっと怒鳴り出した。

「うるさいなあ。君はね、今から俺を抱くんだよ」

 ボタンの無い上衣を首まで捲り上げ、ズボンの方も膝まで引き下げてやる。嫌がっている割にまだ陰茎はしっかり勃起していて、「発情って惨めだね」と呟きながら肉の先を指で撫でるとぬるりとした透明なものが溢れてきた。

「なに? 期待してるのかい?」
「……っ」

 また悠勝が唸る。ぐりぐりと先端の窪みのあたりを掌で擦ってやると、首を反らしながら身を捩った。

「ふふ。嫌いな奴にこれから強姦される気分はどうだい?」

 睨む目は強いのに、陰茎からは涙みたいにとろとろと先走りを溢れさせている。ぬるぬるになった掌を見せつけるように舐めると、悠勝が信じられないみたいに目を見開いた。少し塩味があるけれど、意外と抵抗感は無い。先走りからも、花の匂いがするからかもしれない。

「君のコレをね、これから、俺の中に挿入れるんだ。……ああ、そういえば君、Ωに触れるのは俺が初めてだって言ってたっけ? ごめんね、君の童貞、もらうね?」

 俺の涎を足して悠勝の陰茎を扱くと、逃げたいみたいに身体を捩り始める。けれど、俺がどっしり太腿の上に乗った状態で逃げられる訳もない。
 自分の方の準備もしようかと、膝を立ててズボンと下着を脱ぐと俺の下肢に悠勝の視線が刺さる。いつの間にかしっかり勃起した陰茎の奥、いつもは排泄するだけの穴から、とろとろと透明の汁が溢れてきていた。

「わあ、すごいな。前回の発情期ではこんな風にならなかったと思うんだけど……、やっぱり、αが目の前に居ると違うのかな」

 不思議だなぁ、と窄まりに指を這わせると、いつもは硬く閉じているそこが、柔らかくなっているのが分かった。発情期にだけ子宮への蓋が開いて直接そこへ挿入出来るようになるんだっけ、と遠い昔に受けた授業の内容を思い出す。だから雄のΩは厳密には『Ω以外の人間』とは違う生物なのかもしれない、なんて言われているんだとか。
 なんでこんな時に思い出すんだろう、と思いながらぬるつく自分の中へ指を入れてみる。

「う……」

 変な感じだ。排泄するところが、しっかり濡れて性器に成っている。指を抜き挿しすると陰茎の方が更に血を集めて反り返って腹に付いた。

「これ、そのまま挿れればいいんだよな……?」

 発情期はαの精を受け入れれば短く済むと、それも保健の授業で習った気がする。
 悠勝の腰の上までずり上がって、指を抜いたそこへ彼の陰茎を充ててみた。途端、また悠勝が俺を睨み上げて呻いて暴れ出す。

「はぁ……。もういい加減、覚悟を決めてくれないか。君はもう逃げられない。この場でこれから俺と繋がるしかない」

 せいぜい気持ち良くおなりよ、と笑うと、下の肉は素直にぐっと張った。
 絶え間なく中から潤んでくる窄まりに肉を充てて、腰を下ろそうとして、身体が止まる。

「……」
「……」

 悠勝が唸る合間に荒い息を吐いているのを聞きながら、唇を噛む。
 怖い。
 ここまでしておいて何がと思うかもしれないが、俺にだってよく分からないけれど、怖いのだ。自分の中に他人の肉を受け入れるなんて、正気の人間がする事だと思えない。なんで、どうしてこんなことをしなきゃならないんだ? 悠勝への意趣返しなら、もう既に十分じゃないか?
 これだけ嫌がっているのだから、割と気分は晴れたような気もする。それに、嫌いな相手に童貞を奪われるって、それこそトラウマで病んでしまうかもしれない。
 よし、止めよう。これで許してやろう。決して臆病風に吹かれた訳ではない。

「……継則。手錠の鍵をくれ」

 ベッドから降り、ドアから俺の姿が見えない方から少しだけ開けて外へ手を出すと、すぐに掌の上に冷たい鍵が置かれた。ドアを閉め、ベッドへ戻って悠勝の身体をひっくり返して手足の錠を外した。
 口に噛まされていたシャツを自分で解いた悠勝に、「もう懲りたろう?」と笑い掛けると、視界がぐるりと回った。ベッドに押し倒されて、上に乗った悠勝が荒い息のまま上に乗ってくる。

「……おい、悠勝。正気に戻れ。俺ももう、家に帰るから」

 αの発情はΩに引っ張られなければすぐに収まるはずで、だから落ち着けと彼の肩を押すのだけれど、その手首を掴まれてベッドへ縫い止められた。

「悠……」
「お前こそ、正気なのか」
「は? ……ここ最近の君に比べたら、ずっと正気のつもりだけれど?」

 嘲るように口角を上げると、悠勝の顔が寄ってきて、唇を塞いだ。

「ッ!?」

 驚く俺の口の中に、悠勝の舌が入ってきて歯の先を舐めた。唇同士が擦れて背筋が震える。温かくて、柔らかい。前にした時は一瞬で分からなかった悠勝の体温は俺より高く、荒い鼻息がこそばゆい。息をしたくて唇を離そうとすると邪魔するみたいに吸われて許されない。
 酸素不足で頭がぼやけていく。ただでさえ悠勝の匂いで惚けそうになっているのに、だんだん力が入らなくなって、乞われるままに舌を受け入れてしまう。
 しばらくそうして口の中を舐め回されて、悠勝が満足して開放してくれた頃には唇がじんじんと火照っていた。

「……やたら、情熱的じゃないか」

 どういう風の吹き回しなのか、攣りそうな舌を動かして揶揄う台詞を吐くと、一度離れた悠勝の顔がまた寄ってきたので、思いきり顔を逸らして避けた。

「少し休ませろ、童貞。窒息死させる気か」
「ハハ」

 舌に舐められているとどうしても口の中の感覚に意識がいってしまって、呼吸が拙くなる。さすがに窒息死するほど不器用ではないけれど、キス自体に慣れないのにあれだけ長いものをもう一度されては堪らないと叱りつけると、何故だか悠勝は笑い出した。

「何がおかしいんだい」
「唐島、お前、正気なのか」
「はあ?」

 また同じことを聞かれ、痴呆かと唇を引き結ぶがそれを見下ろして悠勝が笑みを深くする。

「俺を好きになってなんかないんだな?」

 彼の言葉を聞いて、答えの代わりに下から股間を蹴り上げた。「ぐっ」と呻いて、俺の手を離した悠勝は剥き出しの股間を押さえて俺の上に崩れ落ちてくる。

「悪いね、悠勝。君にとっては不本意かもしれないけれど、俺は君が好きだよ」
「う……、す、好きなら、なんで……」
「なんで? 俺があれだけ、『虐げられても健気に慕うΩ』を演じてあげたのに、受け入れなかったのは君だろう?」

 俺の裸の肌に頬をつけた悠勝が、視線の先の乳首を見つめて唇を舐めた。その仕草が癪に触って、彼の肩を掴む素振りで胸を隠す。

「演じてたって、なんで」
「なんで、なんでって、三歳児かい君は。一から十まで丁寧に教えないと何も考えられない木偶だとは思わなかったよ」
「……正気なんだな」
「さっきからのそれは、馬鹿にしてるのかい? あのね、冗談も軽口も、本意が正確に伝わらなければ意味が無いんだよ?」
「唐島。好きだ」

 幼児にするように優しく教えてやると、唐突にそう返されて固まった。

「……は?」
「お前が好きだ。無理やり番にして、悪かった」

 股間に受けた打撃から回復したのか上半身を起こした悠勝が、至近距離から見つめて真面目な表情で謝った。

「番になると相手を好きになるっていうだろ。だから、本当に後悔したんだ。兄さんにとられると思って、衝動的に……、でも、お前を無理やり俺を好きにならせたみたいで、そんな事をしたかった訳じゃなかったのに」
「支離滅裂で、何を言ってるか分からないんだけれど」
「馬鹿な事をして後悔してる。……なぁ、番になったのに好きになってないんだな?」
「駄目だ、会話が成立しない。俺が思っていたより君の心は参ってしまってるみたいだ。俺はさっき、君が好きだって言ったはずなんだけど」

 頭痛がする。長押か継則かを呼んで通訳させるべきかとドアの方へ視線を動かすと、顔を覆うように悠勝の掌に包まれた。濃い花の匂いにむせ返りそうになり、眉を顰めて頭を揺らす。それをがっちり掴まれて、ちゅう、と音がするほど強く額に口付けられた。

「俺はお前が好きだ。好きだから他のαに奪われたくなくて番にした。好きだから、お前を変えてしまったんじゃないかと思って後悔した。俺が好きなのは今のお前だ。可愛くなくて、口を開けば嫌味ばかりで、好きだといいながら急所を蹴り上げてくる、そういうお前だ、唐島」
「…………趣味が悪いな」

 真摯に呟く悠勝に、返す言葉で切りつけたのに、彼は何故だか嬉しそうに笑う。

「良かった、本当に……お前は、その性格だから良いんだ。量産型のΩみたいに引っつかれて、お前の顔をした化け物にしたみたいで本当におかしくなりそうだった」

 ちゅ、ちゅ、ちゅ、と愛しいみたいに何度も額にキスしてくるが、言っていることが大分俺を挑発してくれていることには気付いているんだろうか。お望みならもう一度蹴り上げてやろうか、と脚に力を込めそうになったところで、「でも」と悠勝が真顔に戻る。

「番っておかしくなったんじゃなかったとしたら、今までの全部、お前の意思でやってたのか」
「……」
「そう考えると、……アリだな。なあ、さっきの、もっかいやってくれよ。抱き付いて「迎えに来てくれたのか?」って上目遣いするやつ……うぐっ!」

 遠慮無しに蹴り上げると、股間を押さえて崩れた悠勝が涙目で睨んでくる。

「なんで……」
「俺が君を癒してやろうと努力する様は、化け物じみていたか。そうかそうか。だったらいつまでも化け物の上に跨がっていないで、部屋の隅で丸まって怯えていろ」
「違、だから、それはお前の中身が変わっちまったかと思って……!」
「自分の行いで変えた癖に、それが気に入らなくてこんなの要らないと駄々を捏ねていたんだろう? 懐も狭ければ責任感も無い、情けない男だな」

 俺の言葉に悠勝は返事を詰まらせて、唇を震わせたまま視線を逸らした。俺の怒りが今度こそ伝わったのか、言い訳出来ずにいるようだ。
 ふぅ、とため息を吐き、上半身を起こす。不安げな目が遠慮がちに俺を見る。そんな表情もするんだな、と少しだけ怒りが和らいだ。

「……まあでも、そんなでも番ってしまったんだから仕方がない」
「っ、許してくれるのか」
「俺は仏じゃないから、二度目は無いよ」

 十分だ、と俺の手を握って感激する悠勝に、溜飲が下がる。
 が、ベッドから降りようと身体を動かそうとすると、眉根を下げてやんわり押さえ込まれた。

「お前、もう発情期入ってるだろ」
「一人でも死にはしない。……好きだと言われて即座に股を開くようなお手軽なΩが好みだったかい?」

 二度も蹴ったのに俺の上に乗る悠勝の股間はまだしっかり猛ったままで、もしや被虐体質なのかと勘繰ってしまう。可愛らしさより悪態をつく俺が好きだとも言っていたし、怪しい。
 もっと蹴って、なんて言われたらどうしてくれようかと引きかけていた俺の意識を、悠勝が勝手に下の狭間に触れてきて戻される。

「また無理やりするつもりかい?」
「違う。その……αの精液を受け入れておけば、短く済むって……。お前だって、授業で習ったろ」
「だから挿入れさせろと? 俺の為だから、と? 君は本当に、言い訳だけは一人前だね」

 ぐ、と悔しそうに歯を噛み締めた悠勝が、しかし自分を落ち着けるように何度か深呼吸してから、「挿入れないから」と言う。

「絶対に挿入れない。先だけくっ付けて、中に出すだけ。そうすれば、少しは中に入って楽になるだろうし……」
「……」

 正直、このまま帰ってまた前回のような辛い発情期を過ごすのはかなり嫌だ。それが緩和出来るというなら、話に乗ってやってもいいのだけれど。

「──二度目は無いよ。俺を騙したら、今後一生、君とは顔を合わせない」

 じっと見つめて静かに言うと、悠勝がゴクリと唾を飲んだ。

「お、俺が暴走しそうになったら、また蹴ってくれるか」
「そこは頑張って自制して。後からどんな言い訳しても、もう聞かないからね」

 呆れを通り越して侮蔑の表情を向けると、悠勝は一瞬泣きそうに顔を歪めて、それから真面目な表情で小さく何度も頷いた。
 俺の上から降りて、脚を持ち上げて開いた合間に入ってくる。

「……っ」

 場所を確かめる為に狭間を撫でてきた指の感触に身体を震わせると、悠勝の股間が馬鹿みたいに跳ねて先から透明の汁を飛ばした。

「君のソコ、だいぶ元気みたいだね?」
「……余裕無ぇから、あんま挑発しないでくれ」

 腹につくほど反り返った陰茎を俺の窄まりに当たるように手で曲げ下ろした悠勝が、痛みを堪えるみたいな表情で呻く。
 さっき肉の先端を充てた時は尻込みしてしまったのに、こうして悠勝が能動的に充ててきていると考えると少しも怖くない。いっそこのまま捩じ込んでくるぐらいの気概があれば、……いや、そんな男だったら、そもそも俺は惚れなかっただろう。

「……っふ……ぅ……」
「挿入れるなよ?」
「……っか、ってる……! 我慢してんだから、話し掛けんな……っ」
「うん? 番の可愛い声が聞きたいって? 早くイけるように応援してあげようか?」

 窄まりに先端を押し付けただけの状態で、自ら竿を擦って息を荒くする悠勝に、がんばれ、がんばれ、とわざと可愛らしい声で囁く。悔しげに睨む目尻に涙を滲ませながら、悠勝は一層陰茎を膨らませて擦る手を激しくする。

「……っ」
「ん……」

 凝視してしまっていた悠勝の手の中で、肉が震えて俺の中に熱いものが流れ込んできた。一瞬だけ熱く、しかしすぐに馴染んだように感覚が消えていく。
 呆気無い。中に出されるってこんなものか、と意外とつまらなかったと身体を動かそうとするのに、悠勝の手が腰を掴んで止めてきた。

「……悠勝」

 約束を破るつもりか、と目を合わせると、情けないほど涙を滲ませた悠勝が、掠れた声で「もう一回」と懇願してくる。

「俺の為なら、一回で十分なんじゃないかい?」
「唐島……、お願いだから。もう一回……お前ん中に……」
「αの君が、Ωの俺にお強請り? ……いいよ。もう一回、ちゃんと上手にお強請りできたら」

 下肢をぶるぶると震わせて、本音では挿入してしまいたい癖に、奥歯を噛んでその欲求を堪えて肉の先だけを俺の窄まりに充てて、悠勝は俺に頭を下げた。

「唐島、もう一回、お前の中に、出させて」

 哀願みたいな可愛らしい様に、思わず頭を起こして彼の唇に口付けた。驚いたような悠勝に笑いかけ、もう一度唇に触れて、囁く。

「……君の番なんだ。名前で呼んで」
「透、……透、お前の中に、出したい」

 くっくとこみ上げた笑いを隠せず、そのまま頷くと許しを受けた悠勝はすぐさま掌の中の肉を擦り出した。

「どっちがΩだか分からないね。君、今すごく可愛らしい顔をしているよ?」
「……覚えてろ」
「忘れないさ。家に帰ったら『使わせて』もらおう」
「この……クソ、本当にお前は」

 挿入したくて揺れる腰を揶揄うように撫でると、「うっ」と低く呻いた悠勝が、また睨んでくる。俺の中にまた一瞬熱いものが広がって、彼が出したのを悟る。早いね、と言うのはさすがに軽口が過ぎて傷付けてしまうかと自重したのに、悠勝は肉を擦る手を止めない。

「悠勝。もう一回じゃなかった?」
「……今の無し」
「はい?」
「今のは、お前が触ってきたから。俺のイきたいタイミングじゃなかった。だからもう一回」

 どうしようもない言い訳にカラカラと笑って、しかし挿入は我慢しているのだからと肩を竦めて許した。

「君のそういう、みっともなく悪足掻きするところ、嫌いじゃない」
「……次の発情期は……抱かせてくれるんだろうな……」
「どうだろう。君の態度次第じゃないかな?」

 息を荒くして必死に肉を擦る悠勝を愛でながら、ふと思い付いてその肉に手を伸ばした。

「なん……」
「手、どけて。俺が擦ってあげるよ」
「……っ」

 わなわなと唇を震わせて俺を睨み、悠勝が何か罵声を浴びせてこようとして、でも唇を噛んで大人しくそこから手をどかした。俺の窄まりに押し付けられた肉に手を伸ばしてそっと触れると、それだけでぐっと張り詰めて窄まりから外れそうになったので、窄まりに力を入れて握った。

「う、ぁ」

 逃がさないだけのつもりだったのに、入ってすぐの一番締まるところで絞ってしまって、悠勝の身体がぐらりと傾いだ。が、進めてしまいそうになる腰を自ら太腿に爪を立てて我慢したらしく、情けない声で啜り泣きながら首を振った。

「透……っ、無理だ、これ以上は、我慢がっ、きかない」

 自分でさせてくれ、と哀願されて、まだ指先で触れただけなのに、と文句を言いつつもそのまま彼に手渡した。はあはあと息荒く肉を擦った悠勝は、程なくして三度目の迸りを俺の中に吐き出すと、息を荒くしたまま身体を離した。そして、勝手に窄まりに指を入れてきたかと思えば、中に出した精液を塗り込むみたいに掻き回してくる。

「っ、な、なにを」
「子宮の方に、入れないと……、意味が、無い、から」

 胎の中をまさぐられるのは初めてで、不気味な感触に逃げようとするのに、腰骨を掴まれて指の根の奥まで入れて探られた。身体が跳ねて、指から逃げたくて身を捩るのに喉から勝手に高い声が出る。

「やぁ……、ゆ、う」
「可愛い声、出すな。また勃っちまう」

 窄まりの中に頭をおかしくさせる場所があって、そこを指が掠めていく度に腰が跳ねる。逃げさせても貰えず、唇を噛んで耐えようとしたのに悠勝がそこに口付けて舐めてきて視界が一瞬白くなった。

「……ッ、は、ぁ」

 陰茎から飛んだ白濁が俺の腹に落ちたのを見て、悠勝がようやく指を抜いてくれた。かと思えば、身を屈めてきて、腹の上の精液を舐め出して息を呑んだ。

「ゆっ、悠勝! 君、君は、なんだ!? 変態なのか!?」
「……このくらい、普通だと思うけど」
「は? 普通? 普通……なのか……?」

 経験が無さ過ぎて、それが本当なのか嘘なのか分からない。少なくとも性的な知識量では負けているようだから、悠勝の頭を押しのけようとした手をうろつかせて困ってしまった。
 ぺろぺろと腹を舐められ、くすぐったい。
 挿入行為にしろこれにしろ、性行為ってやつは、正気の沙汰じゃないな。とてもじゃないが素面では出来ない、と考えたところで、じゃあどうして今自分の抵抗感が落ちているのか、に行き着く。

「……なあ、悠勝」
「なんだ」
「君のフェロモン、花の……ラベンダーのような匂いかい?」
「…………」

 沈黙は肯定か。悪戯がバレた子供のように目を逸らして動きを止めたのを見て、その頭を平手で引っ叩いた。

「番候補ですらない頃から、ずっと俺に君のフェロモンを嗅がせ続けていたのか? よく眠れるように、だなんて大嘘を吐いて?」
「実際よく寝れるようになったろ?」
「フェロモンで思考力が落ちていただけだろう!」
「渡した香水は似せただけでただのアロマ以上の効果は無い筈だ」
「それにしたって、君は……っ! 君のフェロモンとよく似た匂いを纏っていたら、他のαからなんて声が掛かる訳ないじゃないか!」

 本命候補にすらされないお手付き済みのΩにしか思われない、と俺が怒ると、悠勝が目を細めて口角を上げた。企むような、歪んだ笑み。俺の好きなその表情はしかし、今見たいものじゃない。

「……君、その性格なのに心が弱いって、バランス悪くないかい?」
「お前に合わせようとした結果だ」
「わざわざどうして、こんな厄介なのに惚れたんだか」

 背伸びも大概にしないと本当に心を病むよ、と肩を落とすと、身を屈めてきた悠勝に口付けられた。

「……今さら遅い」
「確かに」

 くすくす笑うと、つられたように悠勝も笑う。毒気の無い彼の笑顔が、やっと俺だけに向けられたことが、ただ嬉しかった。

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