狡猾な狼は微笑みに牙を隠す

wannai

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 それから、何事もなく日が過ぎ、とうとう三月に入った。
 引継ぎの連絡はとっくに済み、事務所の引っ越しも梱包などの作業は業者がやってくれるから俺と矢造の仕事はもう残っていない。一応出勤して電話対応をするくらいで、それ以外は罪悪感が湧くくらいに何もしていない。
 来週には俺の誕生日だなあと思っていたら、教えた覚えは無いのに何故か知っていた矢造に「何か欲しいものある?」と聞かれて首を傾げた。
 適当にダウンロードしたゲームを一旦止めてスマホをデスクに置いて、考える。

「……」

 何もくれなくていいからそろそろヤりたい、と言ったらどんな反応が返ってくるだろうか。すっかり板についた良い上司の顔を盗み見て、首を振った。

「特に無いです」
「そっか。じゃあ、俺の好みで選ぶね」
「いえ、何も要らないです」

 二ヶ月一緒に暮らすうち、ほとんど無くなっていた俺の私物は矢造によって増やされていた。
 箸やコップみたいな毎日使う生活必需品以外にも、私服や靴までいつの間にか買われて「使って」と渡された。買う前に言ってくれれば遠慮出来るのに、絶対に買ってから渡してくるものだから突っ返すこともできない。サイズが違い過ぎて矢造が使うわけにもいかない。……いや、一度間違って俺の長袖Tシャツを着た矢造が「久斗くん、ほんとに大きいね」なんて長い袖をプラプラ揺らしながら笑っていたのは結構キた。可愛かったのでこっそりスマホで写真を撮っておいたくらいだ。
 日常生活を送るのに不便は無いからもう何も要らない、という俺の返事に、矢造は微笑んだままパソコンを見ている。

「……あの、遠慮とかじゃなくて本当に何も要らないですからね?」

 彼の使うパソコンの画面に映っているのが通販サイトなのが見えて、重ねて声を掛けたのだけど返事が返ってこない。

「矢造さんってば」
「何も、なんて訳にはいかないでしょ?」
「だったら食べ物にして下さい。それなら食べれば無くなるし」
「……無くなったら困るんだよ」

 低い声に驚いて矢造の顔を見たのだけれど、いつも通りうっすら微笑んでいた。
 無くなったら困る、ってどういう意味だろう。無くなって困らないものなんてそもそも買う意味が無いけれど。
 なんと言ったら物以外にしてもらえるかと眉間に皺を寄せる俺からまたパソコンに視線を戻して、矢造は男物の洋服を見繕い始めた。
 何を欲しがれば矢造は満足してくれるだろう。何かちょうど良い物は、と視線を巡らせて、あ、と思い付いた。

「鍵」
「ん?」
「合鍵下さい。矢造さんの家の」

 好きな相手からそう言われたら喜ぶだろうと思ったのだけれど、それを聞いた矢造は呆れたみたいに「今月中には引っ越すんだよ?」と肩を竦めた。

「……そうでした」
「それに、家の出入りはいつも一緒なんだから持ってても意味ないでしょ」
「じゃあ、VR機器」
「久斗くんのは倉庫の中にあるでしょ?」
「矢造さんの分を買い直すとか」
「なんで君の誕生日に自分のもの買わなきゃならないの。それに、もうああいうゲームやるつもり無いからそれこそ無駄になるだけだよ」

 普通に却下されて、すごすごと自分のデスクへ戻った。
 難しいな。それとなくゲームですらセックスするのを拒否られた気がして凹む。
 そうしてから、VR機を倉庫に仕舞ったままなのを彼に話したっけ? と疑問に思った。というか、レンタル倉庫に荷物を入れていること自体、話した記憶が無いんだけど。

「矢造さん、俺、倉庫借りてること言いましたっけ?」
「……聞いたよ? 君の荷物が少な過ぎるから、どうしたの? って聞いたら教えてくれたでしょ」

 そうだっけ。そんな話をした記憶が、あるような、全然無いような。思い出そうとしても欠片もそんなイメージに思い当たらず、うーんと伸びをしていると矢造が席から立ち上がった。

「久斗くん、今日は早めにご飯に行かない?」
「え? まだ十一時ですよ」
「坦々麺が美味い店なんだけど、お昼時はすごい混むんだよ。今からなら昼休憩の間に帰ってこられるだろうから」

 どうせ二人しか居ないんだから、と急かされて、湧いた違和感を忘れてオフィスの建物を出た。









「矢造さん、帰りにケーキ屋に寄ってほしいんですけど」

 二十四歳の誕生日は平日で、定時になって二人で帰り支度をしている最中に、ふとケーキくらいは買って帰ろうかという気になってそう頼んでみたら、彼はふふ、と笑ってから「必要ないよ」と答えた。

「え、いや、ケーキくらいは食べたいなって」
「ううん。俺、もう注文してあるんだ。ほら、二丁目の『ナストロ』って店、前に行ったでしょ。あそこで誕生日用のオードブル頼んだら、小さくていいならケーキも作ってくれるって言われてさ。久斗くん、どうせ甘いの好きじゃないから小さいので良いでしょ?」

 だから今日はそこに寄って受け取って帰るだけでオッケーだよ、と言われて、また黙っていたのか、と呆れた。

「なんでそういうの秘密にするんですか。俺もどこかで予約してたらどうするんです?」
「久斗くんが? えー、それは考えて無かったなあ。久斗くん、自分の事に関しては面倒がって絶対やらないでしょ」
「……」
「ほら、急ごう。あったかいうちに家で食べようね」

 料理を受け取って家に帰り着いて、車から降りようとしたところでスマホが鳴った。『父さん』という表示名に舌打ちを我慢して、助手席から降りてから矢造に「電話してきます」と断って玄関前で通話ボタンを押した。

「はい」
『久斗、今日は何時頃帰ってくるんだ?』

 開口一番に疑いもせず帰宅時間を聞いてきた父は、おそらく俺が実家に帰っていないのを知らないんだろう。そんなことすら知らないのに、俺の誕生日はしっかり覚えていて、祝ってくれようと実家で待っている。電話口の向こうで巴江が甘ったるい声で父の名を呼んでいるのが聞こえてくる。

「すみません、今日は友……恋人に祝ってもらうので」

 帰るつもりは無い、と言外に伝えたら、父は少し黙ってから、何故か嬉しそうに『そうか』と言った。

『あまり帰ってこないと芙美ちゃんが心配してたが……そうか、恋人か。だったらそっちが優先だな。二十四歳おめでとう、久斗。楽しく過ごせよ』
「……ありがとうございます」

 じゃあな、と父は手早く通話を切った。ただ放っておいてくれれば、非常識で最低な父だと切り捨てることが出来るのに。誕生日も年齢も間違えないのが憎らしい。それだけマメだからあの年でもまだ女が寄ってくるんだろうか。
 ふう、と溜め息を吐くと、玄関の引き戸を少し開けて矢造が顔を出していた。

「……電話、誰?」
「父です。おめでとうって、それだけです」
「そっか。どこにも行かない?」

 ホッとしたような表情をされて、首を傾げる。

「行きませんよ?」
「それならいいんだ」 

 家の中に戻っていく矢造の後ろ姿に、どうしてそんな事を聞いたのかと不思議になる。電話がきて、どこか行く? 誕生日を祝ってやるからと誘われたとしても、矢造より優先すべき人なんて居ないのに。
 居間に入るともうすっかり座卓の上には買ってきた料理が並べられていて、二人とも普段はあまり呑まないのだけれどシャンパンボトルとグラスもあった。

「誕生日おめでとう、久斗くん」
「ありがとうございます」

 料理と酒に舌鼓を打ちつつ、テレビで前に俺が観たいと言っていた映画を流してくれた。
 謎の連続殺人鬼に恋人を殺された男が復讐の為に犯人を見つけ出すというサスペンスアクションで、誕生日に観るには少し雰囲気に合わない気がするけれど、矢造も興味深そうにしていた。映画が終盤になる頃には食事はもう終えていて、時折グラスを傾けながら二人でソファに座って物語の展開を見守っていた。

「あ、やっちゃった」
「……殺しちゃったかぁ」

 実は殺人鬼は『特定の因子を持つ人間の手によってしか死ねない』という設定の化け物で、死にたい化け物は『誰かの大切な人を殺すことで復讐の連鎖を作り、その過程で誰かしらに殺されることを祈っていた』という理由で殺人を繰り返していたと明かされた。主人公はそれを知って『恋人の復讐を果たす為にそのまま殺す』か『殺してやらないことが復讐になる』かで葛藤し、そして結局殺す方を選んだ。
 どちらかといえば殺さないで苦しめよう派で見ていたので、化け物に手を掛けたシーンで思わず声を上げてしまったのだが、どうやら矢造も同感だったらしく、同じような呟きを漏らしていて苦笑した。

「自分勝手に何人も殺しておいて、最後に一人だけ報われるなんて狡いですよね」
「ん? うん、それもあるけど、恋人の為に死ぬっていう絶好の機会を奪われちゃったなー、と思って」
「……絶好の……機会……?」

 何を言っているのか理解出来なくて聞き返した俺に、矢造はいつも通りの顔で微笑みながらグラスに満ちた薄い黄色の酒を飲む。

「だって、一人で残されるなんてもう地獄に居るも同然でしょ。それならいっそ、恋人の為に死にたいよね」
「……」
「久斗くんは、俺が死んでも平気?」
「……平気では、ないでしょうかけど」
「平気じゃないけど、追い掛けてはくれない?」

 なんだろう、ゾワゾワする。俺を見つめる目が怖い。どうしてそんな、責めるみたいな目で見られているんだろう。
 座卓からグラスを取って俺もシャンパンを口に含んで、シュワシュワ弾ける泡を舌の上で潰した。

「俺は追い掛けるよ。久斗くんが死んだら、全部意味無いから」

 追い掛けるってつまり、後追い自殺するって意味だよな。そんな重いことを真顔で言わないでほしいのに、矢造の目が本気過ぎて笑い飛ばしたら傷付けてしまいそうだ。

「いや、あの……」
「いいよ。まだそこまで俺を好きじゃないって、分かってるから」

 そこまで、って。なんだか見下げられた気分になって矢造を軽く睨んだのだけど、彼は俺の視線を受けても平然としている。

「矢造さん、変ですよ」
「……変?」

 まるで俺の方が悪いみたいな表情をされて、一般的に見れば俺の方が多数派だと、それくらいの意味でそう言った。が、言われた矢造さんは目を丸くしてから急に泣きそうに顔を歪めて、グラスを置いてから俺の肩を掴んできた。

「変? どこが?」
「え……」
「俺、変? おかしい? どこ? どう直せばいい?」

 急に縋り付かれて、慌てて首を振ってそういう意味じゃないと言うが、矢造は酔っているのか目の中を涙で潤ませて「ごめん」「ごめんね」と謝りだした。

「あの、矢造さん、別に謝ることじゃ」
「ちゃんとするから。ね? 教えて。ちゃんと、ちゃんと久斗くん好みのしっかりした大人になるから。どこが変? ごめんね、頑張るから、教えて。直すから」
「……っ」

 何を言ってる? 雪崩みたいに早口の矢造の言葉は呂律が怪しく、しかし何だか良くない思い違いをしているだろうことは察した。
 爪が食い込んでくるほど肩を握られて、その腕を撫でて首を横に振る。

「俺、別に矢造さんの変な所、直してほしいなんて思ってませんよ?」

 もしかして、ずっとマトモな上司の皮を被っていたのはその為だったんだろうか。
 そんな努力しなくていい、と俺が言うのに、矢造は激しく頭を振って瞳に涙を溜めて首を振った。

「ううん。直すよ。だって、直さないと久斗くんが好きでいてくれない。また逃げられる。嫌だ。逃げられたくない。もう絶対逃がさない。だから俺は」
「矢造さん」
「久斗くん久斗くん、今の俺、好きでしょ? 文句なんか無いでしょ? ね、あとはもっといっぱい好きになるだけでしょ? そしたらもう逃げたりしないよね? 頑張るから、俺ちゃんとするから、だから」

 俺が声を掛けても、矢造は俺の肩を掴んで揺さ振ってくる。瞬きの度に大粒の涙が落ちるのに、その口角は上がったままで俺に笑い掛けてくる。
 こんな人だっけ? と怖くなるのに、俺の手は彼の腕を撫でて、それから我慢出来ずに抱き締めた。

「矢造さん。俺、我儘な矢造さんのこと、結構好きですよ」

 腕の下の矢造の体が、もがきながら離れようとする。それを体格差を利用して腕の中に押し込めて、強く抱き締めた。

「好きです」
「……そ、んなの、いつ、気が変わるか」

 分からないじゃない、と段々小さくなる矢造の声と抵抗に、彼の背中を撫でながら溜め息を吐いた。

「そりゃそうですけど。それを言ったら、矢造さんだっていつ俺に飽きるか分からないでしょ?」
「俺は飽きない」
「なんでそう言い切れるんです?」
「好きだから。……本気なんだよ。久斗くんしか、もう見えない」

 腕の中の矢造が、背中を丸めて俺のワイシャツの胸元を掴む。微かに震える彼の後頭部に顔を寄せると、細くて柔らかい髪が頬に刺さってくすぐったい。

「俺も好きですよ」
「信用出来ない」
「え、ひどい」
「だって、逃げた。久斗くん、俺から逃げたじゃない」

 ぎゅう、とシャツを強く握られて、首が締まって少し苦しい。もう逃げようとしない矢造の背中を撫でて、うーんと唸った。

「逃げたもなにも、俺、矢造さんの物じゃないですし」
「……」
「ちなみに、今もまだ違いますよ」
「……なんで。俺のこと好きなら」
「だって、好き、しか言われてないです」

 俺の言葉の意味が分からなかったらしい矢造が顔を上げて、俺を見上げてくる。
 涙の膜で潤んだ黒目が可愛い。目元が赤くなってるのがエロい。唇を噛んだのか少し切れて赤くなっているのを舐めたい。普通の、その辺にいそうな薄い顔のオジサンにそんな感想が浮かんで、俺も相当キてる、と自覚した。

「俺にどうして欲しいですか? 俺ね、矢造さんの我儘だったらなんでも聞きますよ」

 キスしようと顔を寄せたら顔ごと避けられて、頭を両手で包んでこちらに向かせた。

「久……」
「矢造さん。早く俺をあなたの物にしてくれませんか」

 鼻の頭にキスすると、矢造はじっと俺を見つめてきた。何を考えているか全く読めないその視線から逸らさず見つめ返して、しばらくそうして見合っていたら、目を細めた矢造がおずおずと俺の唇に唇を重ねてきた。ちゅ、と触れるだけですぐに離れて、眉尻を下げた彼は不安と期待が入り混じったみたいな表情をしていた。

「……ほんとに、俺の我儘、何でも聞いてくれる?」
「はい」

 即答して待つと、矢造は少し目線を落として考えてから、ぽつりと言葉を落とした。

「俺、結構子供っぽいんだけど、嫌わないでほしい」

 あ、一番最初がそれ? と完全に心に直撃を喰らった。
 やめて、矢造さん。そういうギャップに弱いらしいんだよ、俺。
 ぐぅ、と唸った俺に不安そうな顔をしたので、ブンブンと勢いよく頷いた。

「大丈夫です。その辺、むしろ大好きです」
「ほんとに?」
「そうじゃなかったら、我儘言って、なんて言いません」

 そっか、と呟いた矢造は、ホッとしたように緩く笑って、そして再び言葉を続けた。

「えーと……、急に居なくならないでほしい」
「はい。次はちゃんと言います」
「……言ってもダメ」
「葬式とか急な出張の時は許して下さい」
「やだ」
「戻ってきますから」
「……戻ってくるなら、いいよ。あ、あと、他の人に色目使うのも無し」
「色目?」

 そんなものを使った覚えが無くてキョトンとして、それからゾッとした。もしかして、自覚して無かっただけで俺も父のように何かしでかしていたんだろうか。

「あんまり、他の人にばっかり構わないで。優しいのは久斗くんの良いところだけど、誰にでも優しいの見てると不安になるから」

 ぎゅ、と抱き着かれてビリビリくるほど感動した。可愛い。この人、ほんと可愛い。
 思わず抱き締め返すと、う、と唸った矢造が「苦しい」と呻いた。

「あっ、すいません。可愛くてつい」
「俺が可愛いとか……逆でしょ」
「いや、そっちの方が無いでしょう。俺の見た目、矢造さんの好みからかけ離れてますし」
「……可愛いよ。すごく可愛く見えるんだ。不思議だけど」
「……」

 おそらく俺も同じだ。摩訶不思議なことに、全く好みでもない彼を見ると、それだけで『かわいい』という感情が湧き上がってくる。

「これが『痘痕も靨』ってやつですかね」

 アバタが何なのかすら知らないけど、と言ったら、矢造がクスクスと小さく笑った。

「それは少し意味合いが違うかな。そのことわざの意味としては、『短所すら長所に見える』って感じだから」

 久斗くんの顔は短所ってほど嫌いじゃないよ、と言われて、初対面の時にあれだけ手酷くフッたくせに、と苦笑いしてしまう。どちらかといえば『恋は盲目』ってやつだろうか。

「じゃあ、矢造さんの我儘が可愛く思えるのがそれですね」

 矢造自身すら短所だと自覚している部分を好きになってしまっているんだから。顎髭の先が出てきた彼の顎を優しく撫でると、気持ち良さそうに目を細めて、そして嬉しそうに口角を上げた。

「……久斗くん、俺が思ってるより俺のこと好き?」
「抱いてくれたらもっと好きになりますよ」

 ストレートに言ったら、矢造は一瞬真顔になって、それから視線をうろつかせて首を傾げた。……いや、なんでそこで悩むんだ。
 嫌な予感に手っ取り早く押し倒してしまおうとしたのに、寄せた顔を掌に止められた。

「やっぱり、もう少し焦らそうかな」
「……は?」
「もっともっと俺を好きになって、俺しか見えなくなったら抱いてあげる」

 にこー、と満面の笑みでそう言われて、抱き締めていた腕を外して矢造の肩を掴んだ。

「冗談ですよね?」
「俺が死ぬって言ったら一緒に死んでくれる?」
「生き死にで好き度を判断するのはやめましょう」
「俺に抱いて欲かったら嘘でも死ぬって言って」
「嘘でいいんですか」
「ダメ」
「我儘」
「好きなんでしょ?」
「正直めちゃくちゃ頭にきてますけど、そんなに俺に愛されたいのか可愛いなって思います」

 俺がどれだけ睨んでも矢造の笑顔は崩れず、はああ、と大きく溜め息を吐いたら鼻の頭にちょんとキスされた。

「抱くのは最後。それまでいっぱい遊んであげる」

 遊ぶ? と眉間に寄せた皺に、矢造の唇が触れてそのまま頭を抱き寄せられた。

「俺が死んだら人生終わり、って思えるくらい、気持ちいいこと教え込んであげるからね」

 低くて甘い声に囁やかれて、ゾク、と背中に痺れが走る。優しく撫でてくる手がゲーム内で俺に与えた快楽を思い出して、もう中心に熱が集まってきた。

「矢造さ……」
「ね、久斗くん。俺のことは尋って呼んで」

 背中から脇腹、腰と矢造の指が滑ってきて、太腿をなぞられて唇を噛んで声を耐えた。

「じ、……尋……、俺、久々だから、あんまり虐めないで欲しいんですが」
「それは久斗くん次第かな」

 可愛いと虐めたくなっちゃうから、と耳を噛まれて身震いする。ふー、と息を吹き込まれて目を瞑った。

「尋……っ」

 全身をゆっくり撫でられて、脱力していく身体をソファに倒される。肩を噛まれて痛みに呻いて、けれど舐められると違う声が出てしまう。少し触られただけで目眩を起こしたみたいにクラクラ揺れる視界の中で、尋が優しく微笑む。

「ゆっくりでいいから、俺だけの久斗くんになろうね」

 作り変えられる。俺が、尋の手によって。少しだけ怖気づきそうな俺に口付けて、尋が舌先を入れてくる。ぬるついて熱いそれに気が逸れて、恐怖心が消えていく。
 久斗くん、と掠れた声で呼んだ口が、俺の唇を甘噛みして舌を引っ張ってくる。がぶ、がぶ、と噛まれて、鋭い犬歯が舌に刺さって痛くて、けれど痛みを癒すみたいに舐められて翻弄される。
 ずるい人だ。痛いことをするのに、それを上回るくらい気持ちいいことで覆い消して。
 微笑む尋を見上げて、その目の奥の熱が自分だけに向けられているのを感じて胸がぎゅっと痛んだ。微笑みを返した俺の唇がまた奪われて、彼の舌に犬歯を舐められた。
 ふふ、と笑みが溢れる。
 ごめんね、尋。あなたの毒牙はもう、俺にしか使わせない。







end.
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