狡猾な狼は微笑みに牙を隠す

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狡猾な狼は舌の裏に隠した我儘を暴かれたい

我儘④ 本音は言わないで 02

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「ただいまー」

 帰宅して玄関で靴を脱ぎながら家の中に声を掛けたけれど、返事が無い。
 珍しいな、いつもなら俺が玄関扉を開けると同時に顔を出すくらいに階段を降りてきているのに。昼寝でもしているのか、だとしたら起こすのは悪い。
 静かに居間へ続くドアを開けると、しかしそこに尋が居た。膝を抱えてソファに座って、どうやら映画を観ているらしい。俺が帰ってきても応えないくらいだから、よほど集中しているんだろう。気を逸らすのも申し訳なく、居間ではなく自室へ行くことにしてドアを閉めようとした。

「どこ行くの」
「ん? 上。自分の部屋」
「なんで」
「なんでって。邪魔したくないですし」
「邪魔なんて誰が言ったの」

 尋はテレビへ視線を向けたまま、こちらを見もしない。これもかなり珍しいことだ。
 トントン、と尋がソファの横を指で叩いて、その仕草で呼ばれているんだと気付いて居間へ入った。
 ソファの横へ紙袋を置いて、尋の隣へ腰掛ける。いつもなら即座に腰へ回ってくる手が、今日は来ない。

「……」
「……」

 テレビに映る映画は、もう何度も観たものだった。初めて俺の誕生日を二人で過ごした夜に観たもので、気に入ったのか尋はブルーレイで購入していた。
 じっと黙って尋は画面に見入っている。体育座りのように曲げた膝に顎を乗せて、睨むみたいにまっすぐと。

「……あの、もしかして怒ってます?」

 尋の態度の何もかもがいつもとは違って、それなのに俺を隣へ呼びつけるという事は、放置されたくはないってことなんだろう。構って欲しい、もしくは自分が機嫌を損ねていることに気付いて欲しい? 
 どちらだろうか、と尋の身体へ軽く肩を寄せると、やっと視線がこちらへ向いた。

「逆に、どうして怒らないと思うの。恋人が俺を放置して他の男と二人でデートしてるのに」

 恨みがましい目に、これは笑って誤魔化したら火に油かな、と判断してわざと視線を逸らした。俺が弁解もせずにテレビへ視線を向けると、尋が眦を釣り上げて唇を噛んだのが視界の端に映る。

「デートだったんだ? で? どう? 楽しかった?」
「ええ」

 嫉妬する尋は可愛いけれど、悪いことをしたわけでもないのに謝る必要もない。
 ソファの横から紙袋を持ち上げて、今にも泣き出しそうな顔で怒っている尋にそれを押し付けた。

「なんだよこれっ、物で誤魔化そうなんて」
「誕生日おめでとうございます、尋。少し早いですけど」
「……」
「今日の買い物は、これを買いに行ってました。俺はあまり詳しくないので、詳しい人にオススメ機種を見繕ってもらったんです」

 どうぞ、と押し付けると、尋は目を丸くして固まって、それから紙袋を見下ろした。プレゼントだけれど、さすがにこの歳で包装は要らないだろうと箱は剥き出しのままだ。『FDVRーR717ーb』という機種名と型番が見えているから、尋ならこれが何なのか一目で分かっただろう。

「誕生日……」
「はい。来週ですよね」
「なんで二つあるの」
「俺もやるからです」

 正直に答えると、それでやっと尋の表情がふっと和らいだ。

「俺の誕生日だなんてかこつけて、久斗くんが欲しかったんでしょ?」
「否定はしません」
「久斗くんの性欲すごいもんねぇ」
「尋には負けますけど」
「どうかな、どっこいどっこいだと思うな」
「というか、エロゲ用だなんて言ってませんけど」
「じゃあファンタジーMMOでも買ってきたの?」
「いやまぁエロゲですけど」
「だよね」

 ソファから膝を下ろした尋は早速紙袋から箱を出して開け始めて、それから説明書をパラパラ捲りつつ同梱物を確認していく。
 ヘッドギアを持ち上げて「こんなに軽くなったんだ、さすが最新機種」なんて楽しげに感想を漏らして、やはり見ただけで分かっていたらしい。VR機器なんてほとんどが同じような見た目だから、俺には全く見分けがつかない。

「ソフトは?」
「『れつどり』ってやつです。『いつぱ』の後継ソフトらしくて……」

 紙袋の底の方に入ってしまっていたソフトケースを出して渡すと、『ぱらどり』を彷彿とさせるパッケージデザインに尋は懐かしむように目を細めた。

「『れっつ♡どりーむ』。……あんな訴訟起こされたのに、またリアル寄りグラで出せたんだ」
「録画録音スクショも禁止、って方法で訴訟対策したとか言ってました」
「へぇ」

 ソフト自体にはあまり興味が無いらしく、尋はすぐさまヘッドギアをぐるぐると手の中で回して検分し始めた。「外部端子が……DーSUB!? 化石か!!」とか「メモリの辺り溶着してあるって事は交換すると保証切れる系か……」とか、よく分からないことをぶつぶつと呟いている。
 これは斎藤の言っていた通り、放っておいたら改造してしまいそうだ。

「あの、尋。『れつどり』は、一度でもプログラム弄るとBANくらうらしいので、気を付けてって……」
「えぇ?」

 俺が忠告すると、尋はあからさまに表情を歪めた。

「え、じゃあ本当に全く記録出来ないってこと?」
「らしいです。しかもアカBANじゃなくIP自体を弾かれるらしくて」
「うっわ」

 最悪、と漏らした尋は俺の言葉が本当か調べるのか、テーブルに置いていたスマホを取って弄り始める。片手でスマホ、もう片手でヘッドギアを持って回しながら何かを探しているようだ。

「あー……、今回は本気だ、運営。本社のパスコード付きの専用コードを使わないとパソコンに繋いだ瞬間にログが残るようになってるんだって」
「はぁ」

 説明をされても俺にはよく分からない。というか、別に改造の必要性自体が無いと思うのだけど。

「そんなに改造したいものですか」
「だって、録画出来ないと後から見直せないじゃない。俺と久斗くん──イサトくんの頃から、えっちの内容全部残してあるよ?」
「……マジですか」
「うん」

 にこ、と笑う尋はそれが特におかしな事だとは思っていないのか、すぐまたスマホに目を落としてウーンと唸る。箱の中に残っていた同梱物を確認して、スマホとの連携専用ケーブルを取り出して繋いでからガリガリと頭を掻いた。

「あー、ダメだ。『いつぱ』と別アプリでしかアバター作れなくなってる。イチから作るの、結構面倒だな」
「面倒ですか?」
「面倒だよー。イケメン過ぎても普通過ぎても『好みじゃないから』ってフラれる確率上がるから。最大公約数みたいな『第一印象の良いフツメン』を作るのって難しいんだよ?」
「……そうですか」

 楽しそうにスマホを撫でて早速アバターを作り始めた尋を眺めて、買って良かった、と胸を撫で下ろした。
 無意識なんだろう、尋は『俺以外』を意識している。俺以外とプレイすることを想定してアバターを作ろうとしている。
 俺だけだのなんだの言っても、結局のところ根っこはそうそう変えられるものじゃない。俺の預かり知らぬところでコソコソと浮気されるくらいなら、堂々としてくれた方が気が楽だ。変に本気にして思い悩まずに済む。

「じゃあ俺、掃除してきますね」

 よいしょ、とソファから立ち上がると、くいと服の裾を掴まれた。尋が俺用のVRの箱を指差して、さっきまでとはうって変わった上機嫌な顔で俺の尻を撫でてくる。

「久斗くんもアバター作ろうよ。俺より作るの遅いんだから、今から作っておかないと寝る前にイン出来ないよ? 明日は仕事なんだから、早めにインしないと時間が……」
「俺のは尋に任せます。尋の好みで作っておいて下さい」
「えっ、いいの? やっ……」

 たー、と言ってから、尋の顔が強張った。

「どうしました?」
「あ、いや、……いや、やっぱり今日はいいや。今度にしよっか」
「はい?」

 急にスマホを置いてヘッドギアを箱に詰め直し始めたのを見て俺が首を傾げると、尋は俺の腰あたりに巻きつくように抱き着いてきた。
 立っていると不安定でまたソファに座ると、膝枕されたいみたいに太腿の上に頭を載せてくる。梳くように髪の中に指を入れて撫でてやると、窺うような目で俺を見上げた。

「あのね、久斗くん。昨日のでね、千点溜まったよ」
「え?」
「だからね、今日は……」
「尋」

 彼の言いたい事を察して、その唇を覆うように掌を置いた。にこりと笑って、そしてゆっくり首を横に振る。

「俺ね、色々考えたんですけど、尋とは現実ではしない事にしました」

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