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狡猾な狼は舌の裏に隠した我儘を暴かれたい
我儘④ 本音は言わないで 03
しおりを挟む「へ?」
ぽかんと呆気に取られたように開いた尋の口の上に手を置いたまま、俺は言い聞かせるように、けれど簡潔に理由を告げた。
「だって、その方が尋にとっては特別でしょう?」
そう。尋が何人、何十人抱いてきたか、これから抱くのか知らないけれど、数が多ければ多いほど、『抱けない』俺は特別になる。
だけれど、俺だって尋とセックスしたい。だからVRを買ってきたのだ。
我ながら強欲だ、と薄ら笑いを浮かべて尋の顎の下を撫でると、彼の唇は何を言ったらいいか分からないみたいにぱくぱくと小さく動いていた。
「ひ、久斗くん、怒ってる……?」
「怒る? 何にです?」
「だって……、ねぇ、違うよ。ね、俺のアバターは久斗くんが作って? 久斗くん好みのアバター作って、それで……」
「俺は尋の見た目も好きですよ」
俺が答えると尋は顔を強張らせたまま視線を泳がせて、そして小さく「ごめん」と呟いた。
何に対しての謝罪なんだろう、と考えてから、俺の外見を好きになれないことへの罪悪感か、と思い当たった。そんなのどうしようもない事なんだから、謝らなくていいのに。
「尋、俺は全く怒ってないですよ。むしろ我儘言ってすみません」
「……」
「それじゃ、俺は掃除してくるので。アバターよろしくお願いします」
はいこれ、と俺のスマホを尋の腹の上に置くと、尋は黙ってそれを受け取った。
立ち上がって今度こそ居間を出て、それから二階へ上がって俺の自室と寝室の窓を開けて換気する。廊下の突き当たりにある物置へ掃除機を取りに行こうとして、尋の自室のドアの前で立ち止まった。
この向こうを、俺は知らない。
知らなくていい。いくら恋人だからといって、全てを曝け出せなんてそんなのただの傲慢だ。
足を動かし、掃除機を掴んで掃除を始めた。
「尋、まだ入らないんですか?」
「……うん、もう少し」
夕食を済ませたのにいつまでもスマホを弄っていて風呂に入らない尋に声を掛けたのだけど、彼は生返事するばかりで一向に腰を上げようとはしない。
スマホから専用コードでヘッドギアに繋いだままだから、アバターの作成に忙しいのだろう。
風呂から上がって身体を拭いたばかりなのに、居間へ戻ってくる間に背中には大粒の汗をかいていた。今夜は特に蒸し暑い。寝る時は窓を開けて網戸にして寝よう。
冷蔵庫から牛乳のパックを取り出して、コップに注いで半分ほど飲んでから、もう一度注ぎ直してパックを冷蔵庫に戻した。
「尋、俺、明日の仕事の準備があるんで部屋の方にいますね」
「……うん」
生返事だとしても、尋が後から聞き直してきたことは無い。用があれば呼びに来るだろうと判断して、コップを持って二階へ上がる。
自室で明日使う書類の整理と予定の確認を済ませて、ひと段落ついたところで時計を見るともう夜二十一時を回っていた。
そろそろ寝る準備をしよう、と首を回すと、ゴリゴリと音が鳴った。ついでに肩を回したり筋を伸ばすストレッチをしていると、ドアの外からコンコンとノックの音がした。
「久斗くん、アバター出来たよー」
「はーい」
寝る前に少しくらいならいいだろう。
返事をして部屋を出ると、尋に「はい」とヘッドギアとスマホを渡された。
「アバターのデータはもう本体に入れてあるから、あとはインしてチュートリアル済ませてくれる? 俺はもうチュートリアルだけ済ませてきたから、久斗くんが最初の設定してる間に風呂入ってくるね」
「分かった」
寝室に移動してベッドへ横になると、尋がエアコンの電源を入れた。
「網戸にしとけば?」
「今日はエアコンの気分」
「はぁ」
尋の気まぐれは珍しいことではないので、気にせずヘッドギアを装着した。
「電源入れるよ」
自分で出来るのに、ベッドの横へ膝をついた尋が俺のギアのボタンを押した。
内側から見える簡素なメインモニタの向こうに、尋の顔がうっすら透けて見える。いつも通りの──いや、家ではあまり見ない、あの薄っぺらい作り笑い。
俺の瞼が閉じたのを感知すると、すぐにゲームと脳のリンクが開始された。
次に瞼を開けると、そこはもう仮想世界だ。
周囲は上下左右が全くの闇なのに、不思議と暗いとは感じない。真っ黒の中に俺は浮いていて、手足を動かそうとしても視界に入ってこないから、まだアバターは選択されていないらしい。
目の前に『イサト』と書かれた鍵マークの付いた箱が置かれている。これが尋の作ったアバターなんだろう。
『このアバターでよろしいですか?』というポップアップのYESを選択すると、すぐさま次のポップアップが開く。
『このアバターは完全固定アバターです。この本体では他のアバターを選択出来なくなりますが、本当によろしいですか?』
完全固定アバター?
聞き慣れない単語に首を傾げ、箱に付いている鍵マークがその特殊な仕様を意味しているんだろうかと見下ろした。
他のアバターが使えなくなる、だなんて。相当気合いを入れて作ったんだな、尋。
苦笑しながらまたYESを選択し、箱を開けた。眩い光が溢れ、軽く目を閉じて開いた時には、もう周囲の景色が変わっていた。
見渡す限りの草原。小高い丘の上からは遠くに水の綺麗な小川が見え、空にはふわふわの雲が浮いていた。
『ようこそ夢の世界へ!』
声がした方を見ると、虹色のユニコーンが空から大きな翼をはためかせて降りてくるところだった。
『ハジメマシテ! NPCの『ゆに』です♪ チュートリアルを開始する前に、何か質問や設定の変更はありますか?』
ああ、今回は最初のマップにNPCが配置されたのか。グラデーションの綺麗な毛並みを撫でると、ふわふわとサラサラの塩梅が最高で、思わず両手で撫で回した。
『恥ずかしいですぅ~』と可愛い声で照れる『ゆに』の姿に、絶対この子を犯すルームとかあるな、と愛らしい妖精を前に失礼な事を考えてしまう。
「ゆに、アバターの確認がしたい。鏡を出せる?」
『はいっ』
ゆにがくるりと身を翻すと、ぽいん、と可愛らしい効果音と共に大きな全身鏡が現れた。
「──え」
映った姿に絶句して、慌てて姿を見下ろす。初期装備のTシャツを捲り上げると、露わになった腹の臍の横に見慣れた黒子があった。
「嘘だろ……」
バグってる。これ、俺の現実の姿のままじゃん。
「ゆに、アバターの表示がおかしいみたいなんだけど。リロード出来る?」
『了解しました。リロードしますので、十秒ほど目を閉じて下さい』
指示の通りに目を閉じて待ち、『リロード完了しました』という声と共に瞼を開けて再度確認した。だけれど、目の前の鏡に映るのは、何度瞬きしても見慣れた現実の俺の姿だ。
どうしよう。アバターの初期設定の時にエラー吐いたんだろうか。『完全固定アバター』だなんて言っていたけれど、まさかこれに固定なんてされないよな?
「一度ログアウトしたい」
『ここまでの記録をセーブしますか?』
「……いや、しない」
『このプレイヤーデータは初回ログインです。ここでセーブしないと最初からになってしまいますが、本当にセーブしないで終了してよろしいですか?』
「それでいい」
『それではログアウトします。瞼を閉じて指が動くまでお待ち下さい』
セーブせずログアウトして、また最初からインし直そう。その前に尋に報告だけしておこう──。
瞼を閉じてログアウトすると一瞬気が遠くなって、そして次に自分の意思で指が動かせるようになってから瞼を開けた。
「あれ」
「ん……、尋? まだ風呂入ってないの?」
開けた眼前に尋の太腿があって、どうしたのか、と何度か目を瞬かせてから擦ろうとした。が、腕が動かない。
「ん? あれ? なあ尋、腕が……」
「……」
「なんか変なんだよ。インしたら尋の作ったアバターが装備出来てなくて、それでチュートリアルせずに戻ってきたんだけど……。なんか変な感じ、新しいのと相性悪いのかな、なんか腕が上手く動かないんだけど」
脳とリンクして後遺症が残るなんて今じゃ都市伝説にもならないけれど、実際数十万人に一人二人くらいの確率でログアウト後に体の不調が出る人がいるらしい。それでも、腕が動かなくなったりしたらニュースになるレベルだ。
一人目の症例なんて嫌だぞ、と必死で腕を動かそうとするのに、腕どころか脚も動かない。動かないけれど、感覚はある。指同士を触れさせて、そうしてやっと動かせないのがVRにインした後遺症と関係無いのに気が付いた。
捩った腰の下、両脚が何本ものバンドで拘束されていた。見覚えがある。何度か使われたことがある。冷静になって腕の感覚に集中してみると、どうやらそっちもバンドで背中側に拘束されているだけらしかった。
なんだ、とホッとしそうになってから、いやいやどういう状況だ、と首を振る。着ていた筈の衣服が一枚もない。全裸にされた上で拘束されているなんて、全く安心するべき要素が見当たらない。
目の前で黙りこくっている尋を見上げると、彼も俺を見下ろしていた。
「尋……?」
尋は、じっと俺を見ていた。
いつもの薄ら笑いが消えると、吊り目なのが強調されて威圧感がある。表情の抜け落ちた顔は俺が怯えているのなんてどうでもいいみたいで、尋が尋じゃないみたいで少し怖い。
「久斗くん」
唇が微かに動いて、俺の名前を呼んだ。すると同時に彼に笑顔が戻ってきて、だけれどその不気味さに身体が強張った。
「まだ準備終わってないんだよ、久斗くん。もうちょっとゲームやっててくれる?」
「は……?」
準備って、何の準備だよ。ゲーム以外に何かするなんて聞いてない、と身を捩ると、横向きの身体が仰向けにされて、腹の上に尋の膝が乗った。ぐぐぐ、とそのまま体重を掛けて潰されて、痛みというより重みと息苦しさで小さく呻く。
「な、ん……、尋、何を」
「荒っぽくしたくないんだ。俺は久斗くんが好きだから、するならゆっくり丁寧にしたい」
「だからっ、何をするつもりなんだって!」
俺が訳の分からなさに声を荒げるのに、尋はただ唇を弧に曲げて俺の首に手を掛けてきた。細く骨張った指が、巻きつくように首を撫でて気管の形をなぞるように力を込めてくる。
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