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第八話 人でなしの人形
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ひどいいじめにあっていた私は一人で死のうと思い、自転車を走らせて港までやってきた。
一時間も自転車をこいだので、かなり疲れた。
しかしこれから私は自殺するので関係ない。
頬をなでる温かい風も私の死への渇望を止めることはできない。
ここではそのいじめの内容は書かないが、私が死を決意するに十分な目にあっていたのはたしかなことであった。
港に着くと白い泡を立てた波がコンクリートの岸壁に打ち付けられていた。
そういえばこの港には今はつかわれていない灯台があるのを思い出した。
最後の記念に私はその灯台を見に行くことにした。灯台から飛び降りたら、確実にしねるだろう。
かつては白い灯台であったそれはさびと土汚れで茶色く汚れていた。
灯台への門も開かれていた。
関係者以外立ち入り禁止の看板もさびていて、地面に転がっていた。
灯台内部には簡単に入ることができた。
この上から飛び降りたら、絶対に死ねる。
死の解放への希望だけを胸に私は灯台内部に入るための扉に手をかけた。
そこで私は何者かの気配を感じ、振り向く。
おかしい。
ついさっきまで誰もいなかったのに私の背後に人が立っていた。
体のラインがわかるパンツスーツをその女性は着ていた。長い黒髪を潮風になびかせている。目は細く、瞼がひらいているかどうかわからないほどだ。ただ、そのスタイルは女の私から見てもうらやましいほど良いものだった。
「誰ですか?」
私は恐る恐る声をだす。
こんなところに来たのを咎められるのだろうか。
「どうですか、どうせ死ぬのなら私の願いをかなえてくれませんか?」
透き通るような声でその細目の女は私に問いかける。
どうしてこの女は私が死のうとしていることを知っているのだろうか。
まあどうせ死ぬのだから、この女のいうことを聞いてあげてもいいか。
私はなかば自暴自棄気味にその細目の女にうなずいてみせた。
私はその細目の女のあとに続き、灯台の中にはいる。
灯台の中は結構広い部屋があった。
かつては灯台守がそこで生活していたのだと細目の女は言った。
その部屋の最奥部に安楽椅子に座った少女がいた。
艶のある黄色の髪は天使を想像させた。緑の瞳は宝石のようでまるで生気を感じることができなかった。それもそうだ。その少女は人形であった。
「私の願いはその人形に入ってもらうことです」
いつの間にか細目の女は私のすぐそばまで近づいていた。そっと手を伸ばして、その女は私の頬にふれた。
次の瞬間、私は意識を失っていた。
まぶたをあけると、どういうことか体が動かないことに私は気づいた。 驚くべきことに私が目の前にいた。
私はソファーに寝かされている。
「ありがとうございます。これで麻季絵もよくなることでしょう。あなたのおかげで五感のうち視覚と聴覚を覚醒させることに成功しました。この体はそんなあなたへのお礼です。どうぞご自由にお使いください」
細い目の女はソファーに寝転がる私にそう話しかける。
うーんと背をのばし、私がソファーから立ち上がる。
「ええっありがとう。こんなに若い体をもらえて本当にうれしいわ。ありがとう瞳さん」
ぺこりと頭をさげた私の体は灯台から出て行ってしまった。
「さあさあ、これから麻季絵のことはあなたに任せましたよ。できれば話せるようになってほしいものです」
細目の女は私にそう言い、頭をなでる。
しかし私はなにも感じることはなかった。
それからしばらくの間、私はこの細目の女と灯台で暮らした。
細目の女はとてもやさしく、私が飽きないように本を読んでくれたり、一緒に映画をみてくれたりした。
その女が眠るときだけは静かで、寂しかった。
私に睡魔が襲ってくることはなかった。
私は理解した。
私はあの安楽椅子に座っていた人形の中に入ってしまったのだ。人形と同化し、その中身に私の魂というか精神が閉じ込められたのだ。そうして代わりにどこかの誰かが私のもとの体をのっとり、どこかに行ってしまった。
私は死にたかったのに死ぬことができなくなった。
どれだけの時間が過ぎたのだろうか。
皆目見当がつかない。
やがて私の体、正確には人形の体に変化が訪れた。
手が動くようになった。それにごくごく小さいが声を出すことができるようになった。
「すいませんね。麻季絵はある方から預かった大切な子なのですよ。その人の遺言で私はこのようなことをしているのです。それにあなたは死のうとしていたのでしょう。これは死の苦痛に比べたら、天国のようなものです。それにここまで来たらあともう少しです。そのあとまだ死にたかったら死ねばいいでしょう」
細い目の女はそっと人形になってしまった私の頬をなでた。
何度かこうして撫でられたことがあるが、このときはじめて手のひらの温かさを感じることができた。
それから数日がすぎた。
私の体にさらなる変化が訪れた。
「お……お……はよう……」
とぎれとぎれであるが私は声を出せるようになった。
細目の女は目を見開いて驚いた。それでもその目は人よりもまだ細い。
それ以来、私は細目の女と会話をするようになった。
私が言葉を発するたびに女は喜んだ。
そしてどれだけの時間が過ぎただろうか。
普通の人並みに話せるようになったころだ。
「どうです。どうせ死ぬのなら私の願いを聞いてはくれませんか」
それはどこかで聞いた言葉だ。
細目の女は背が低く、胸の大きな女性を連れていた。
そこで私は理解した。
私の頬を細目の女が撫でる。
気がつくと目の前には麻季絵と呼ばれるかわいらしい人形が安楽椅子に座っているのが見えた。
私は自分の手のひらをみる。
簡単に動かすことができる。
細目の女は手鏡を私に渡す。
私はそれを受け取り、自分の顔を見た。
どこかのアイドルのようなかわいらしい顔が鏡に映し出されていた。
「この体気に入ったわ。ありがとう瞳さん」
私は細井瞳にお礼を言い、灯台をあとにした。
もう死にたいとは思わなくなっていた。
一時間も自転車をこいだので、かなり疲れた。
しかしこれから私は自殺するので関係ない。
頬をなでる温かい風も私の死への渇望を止めることはできない。
ここではそのいじめの内容は書かないが、私が死を決意するに十分な目にあっていたのはたしかなことであった。
港に着くと白い泡を立てた波がコンクリートの岸壁に打ち付けられていた。
そういえばこの港には今はつかわれていない灯台があるのを思い出した。
最後の記念に私はその灯台を見に行くことにした。灯台から飛び降りたら、確実にしねるだろう。
かつては白い灯台であったそれはさびと土汚れで茶色く汚れていた。
灯台への門も開かれていた。
関係者以外立ち入り禁止の看板もさびていて、地面に転がっていた。
灯台内部には簡単に入ることができた。
この上から飛び降りたら、絶対に死ねる。
死の解放への希望だけを胸に私は灯台内部に入るための扉に手をかけた。
そこで私は何者かの気配を感じ、振り向く。
おかしい。
ついさっきまで誰もいなかったのに私の背後に人が立っていた。
体のラインがわかるパンツスーツをその女性は着ていた。長い黒髪を潮風になびかせている。目は細く、瞼がひらいているかどうかわからないほどだ。ただ、そのスタイルは女の私から見てもうらやましいほど良いものだった。
「誰ですか?」
私は恐る恐る声をだす。
こんなところに来たのを咎められるのだろうか。
「どうですか、どうせ死ぬのなら私の願いをかなえてくれませんか?」
透き通るような声でその細目の女は私に問いかける。
どうしてこの女は私が死のうとしていることを知っているのだろうか。
まあどうせ死ぬのだから、この女のいうことを聞いてあげてもいいか。
私はなかば自暴自棄気味にその細目の女にうなずいてみせた。
私はその細目の女のあとに続き、灯台の中にはいる。
灯台の中は結構広い部屋があった。
かつては灯台守がそこで生活していたのだと細目の女は言った。
その部屋の最奥部に安楽椅子に座った少女がいた。
艶のある黄色の髪は天使を想像させた。緑の瞳は宝石のようでまるで生気を感じることができなかった。それもそうだ。その少女は人形であった。
「私の願いはその人形に入ってもらうことです」
いつの間にか細目の女は私のすぐそばまで近づいていた。そっと手を伸ばして、その女は私の頬にふれた。
次の瞬間、私は意識を失っていた。
まぶたをあけると、どういうことか体が動かないことに私は気づいた。 驚くべきことに私が目の前にいた。
私はソファーに寝かされている。
「ありがとうございます。これで麻季絵もよくなることでしょう。あなたのおかげで五感のうち視覚と聴覚を覚醒させることに成功しました。この体はそんなあなたへのお礼です。どうぞご自由にお使いください」
細い目の女はソファーに寝転がる私にそう話しかける。
うーんと背をのばし、私がソファーから立ち上がる。
「ええっありがとう。こんなに若い体をもらえて本当にうれしいわ。ありがとう瞳さん」
ぺこりと頭をさげた私の体は灯台から出て行ってしまった。
「さあさあ、これから麻季絵のことはあなたに任せましたよ。できれば話せるようになってほしいものです」
細目の女は私にそう言い、頭をなでる。
しかし私はなにも感じることはなかった。
それからしばらくの間、私はこの細目の女と灯台で暮らした。
細目の女はとてもやさしく、私が飽きないように本を読んでくれたり、一緒に映画をみてくれたりした。
その女が眠るときだけは静かで、寂しかった。
私に睡魔が襲ってくることはなかった。
私は理解した。
私はあの安楽椅子に座っていた人形の中に入ってしまったのだ。人形と同化し、その中身に私の魂というか精神が閉じ込められたのだ。そうして代わりにどこかの誰かが私のもとの体をのっとり、どこかに行ってしまった。
私は死にたかったのに死ぬことができなくなった。
どれだけの時間が過ぎたのだろうか。
皆目見当がつかない。
やがて私の体、正確には人形の体に変化が訪れた。
手が動くようになった。それにごくごく小さいが声を出すことができるようになった。
「すいませんね。麻季絵はある方から預かった大切な子なのですよ。その人の遺言で私はこのようなことをしているのです。それにあなたは死のうとしていたのでしょう。これは死の苦痛に比べたら、天国のようなものです。それにここまで来たらあともう少しです。そのあとまだ死にたかったら死ねばいいでしょう」
細い目の女はそっと人形になってしまった私の頬をなでた。
何度かこうして撫でられたことがあるが、このときはじめて手のひらの温かさを感じることができた。
それから数日がすぎた。
私の体にさらなる変化が訪れた。
「お……お……はよう……」
とぎれとぎれであるが私は声を出せるようになった。
細目の女は目を見開いて驚いた。それでもその目は人よりもまだ細い。
それ以来、私は細目の女と会話をするようになった。
私が言葉を発するたびに女は喜んだ。
そしてどれだけの時間が過ぎただろうか。
普通の人並みに話せるようになったころだ。
「どうです。どうせ死ぬのなら私の願いを聞いてはくれませんか」
それはどこかで聞いた言葉だ。
細目の女は背が低く、胸の大きな女性を連れていた。
そこで私は理解した。
私の頬を細目の女が撫でる。
気がつくと目の前には麻季絵と呼ばれるかわいらしい人形が安楽椅子に座っているのが見えた。
私は自分の手のひらをみる。
簡単に動かすことができる。
細目の女は手鏡を私に渡す。
私はそれを受け取り、自分の顔を見た。
どこかのアイドルのようなかわいらしい顔が鏡に映し出されていた。
「この体気に入ったわ。ありがとう瞳さん」
私は細井瞳にお礼を言い、灯台をあとにした。
もう死にたいとは思わなくなっていた。
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