23 / 81
第二十三話 Y氏への審判
しおりを挟む
Yさんは七十八歳でこの世を去った。
孤独な最後だった。
彼には家族がいたが、妻とは十八年前に離婚し、息子と娘は母親についていった。
それ以来、家族には会っていない。
Yさんはなぜ妻が離婚を切り出したか、理解できなかった。
彼は妻と子供たちのために一生懸命働いてきたつもりだった。
だが、なぜか妻は話さなくなり、最後にはわずかな荷物と息子と娘をつれて、出て行った。気難しいところのあるYさんにも友達はいた。だが、その友人たちも時が経つにつれ、疎遠になっていった。
ついには彼は孤独に死を迎えたのだ。
「やあ、お疲れ様ですね」
どこか陽気な口調でその目の細い女は言った。
ぴったりとしたデザインの黒スーツを着た女だ。体のラインがはっきりとわかるデザインであった。出ているところは出ていて、ひっこんでいるところはひっこんでいるスタイルを彼女はしていた。
「私は細井瞳という。本来は違うのだけど今は死神のようなことをしているの」
目の細い女はかすれた声でYさんにそう告げた。
目の前の若い女が死神と名乗ったことにYさんは違和感を覚えなかった。
この女がそういうのならそうなのだろうとYさんは思った。
「それでですね、Yさん。あなたには地獄に行くか天国に行くかの審判を受けてもらいます」
細井瞳はジャケットの胸ポケットから煙草の箱をとりだす。
一本口にくわえる。
そうするとどうだろうか、勝手に火がついた。
細井瞳はうまそうに煙を吐きだした。
「一本どうですか」
細井瞳にすすめられ、Yさんは煙草を一本もらう。
咥えるとこれまた自動的に火がついた。
煙草は医師に止められていたが、死んだ今はもう関係ないだろう。
煙草の銘柄はしんせいであった。
「あなたがこれまでの人生で出会った三人の人物にいわば裁判員になってもらいます。あなたが善行を積んでいたら、まあ、天国にいけるでしょうね。それでは時間が惜しいので始めさせてもらいますよ。こうみえて、私も忙しい身なのでね」
そう細井瞳は言うとビジネスバッグから大きめのタブレットを取り出す。
電源をつけるとそこには一人の女性が映し出された。
若いコンビニ店員であった。
「それではお聞きします水野真由さん。この方は地獄に行くべきか、天国に行くべきか?」
細井瞳がそう言い終わる前にコンビニ店員は口を開いた。
「地獄で決定でお願いします。この人有名なクレーマーなんですよ。煙草の番号は言わないし、有料のレジ袋にグダグダ文句言うし、カップコーヒーのカップは変えさせるし、本当に困っていたんですよね。死んだんですね。せいせいします」
そう言うとコンビニ店員はタブレットの画面から消えた。
Yさんは反論しようとしたが、口から声が出ない。
「うふふっ、まさに死人に口なしですね」
可笑しそうに細井瞳は笑う。
次に映し出されたのはとある航空会社の地上職員であった。
「それでは柏木美琴さん、この方は地獄に行くべきか、天国に行くべきか?」
「ああっこの人ですか。覚えていますよ。地獄行きでいいと思います。この人ですね、自分が電車を乗り間違えて空港に遅れたのに、ずっと我々のせいにしてカウンター業務を停滞させたんですよ。対応していた同僚は泣いてましたね。もう一度言います。地獄に行ってください」
言うだけ言うとその地上職員はタブレットの画面から消えた。
「あらあらツーアウトですね。でも、まだいけますよ。一人でも天国行きを言えば良いのですからね」
細井瞳はタブレットをタップする。
映し出されたのは白髪の老婦人であった。
「あら、最後は元奥様の百合子さんですね。さすがに身内には地獄行きなんて言わないでしょう」
細井瞳はにやりと微笑む。
「ああっこんな人もいましたね。この人はね、子供が熱を出しても怪我をしてもほったらかし。私の話も聞かないし、料理にも一回も美味しいって言わなかったんですよ。それに比べて今の旦那は顔は良くないけどいつもありがとうありがとうって言ってくれるんですよ。子供たちも今ではお父さんって呼んでくれてるんですよ。あっそうですね。地獄でも何でも連れて行ってください。そして二度と私の前にあらわれないでください」
その老婦人はYさんのことを一度も見ることなく、タブレットから消えた。
「残念でしたね、Yさん。思いやりを持って生きていたらこんなことにはならなかったかもしれませんね。反論があれば地獄の官吏にでも言ってください。私はこれからパンケーキを食べに行くので、それではさようなら」
細井瞳は背を向けて、どこかに消えた。
Yさんは奈落の底に消えた。
孤独な最後だった。
彼には家族がいたが、妻とは十八年前に離婚し、息子と娘は母親についていった。
それ以来、家族には会っていない。
Yさんはなぜ妻が離婚を切り出したか、理解できなかった。
彼は妻と子供たちのために一生懸命働いてきたつもりだった。
だが、なぜか妻は話さなくなり、最後にはわずかな荷物と息子と娘をつれて、出て行った。気難しいところのあるYさんにも友達はいた。だが、その友人たちも時が経つにつれ、疎遠になっていった。
ついには彼は孤独に死を迎えたのだ。
「やあ、お疲れ様ですね」
どこか陽気な口調でその目の細い女は言った。
ぴったりとしたデザインの黒スーツを着た女だ。体のラインがはっきりとわかるデザインであった。出ているところは出ていて、ひっこんでいるところはひっこんでいるスタイルを彼女はしていた。
「私は細井瞳という。本来は違うのだけど今は死神のようなことをしているの」
目の細い女はかすれた声でYさんにそう告げた。
目の前の若い女が死神と名乗ったことにYさんは違和感を覚えなかった。
この女がそういうのならそうなのだろうとYさんは思った。
「それでですね、Yさん。あなたには地獄に行くか天国に行くかの審判を受けてもらいます」
細井瞳はジャケットの胸ポケットから煙草の箱をとりだす。
一本口にくわえる。
そうするとどうだろうか、勝手に火がついた。
細井瞳はうまそうに煙を吐きだした。
「一本どうですか」
細井瞳にすすめられ、Yさんは煙草を一本もらう。
咥えるとこれまた自動的に火がついた。
煙草は医師に止められていたが、死んだ今はもう関係ないだろう。
煙草の銘柄はしんせいであった。
「あなたがこれまでの人生で出会った三人の人物にいわば裁判員になってもらいます。あなたが善行を積んでいたら、まあ、天国にいけるでしょうね。それでは時間が惜しいので始めさせてもらいますよ。こうみえて、私も忙しい身なのでね」
そう細井瞳は言うとビジネスバッグから大きめのタブレットを取り出す。
電源をつけるとそこには一人の女性が映し出された。
若いコンビニ店員であった。
「それではお聞きします水野真由さん。この方は地獄に行くべきか、天国に行くべきか?」
細井瞳がそう言い終わる前にコンビニ店員は口を開いた。
「地獄で決定でお願いします。この人有名なクレーマーなんですよ。煙草の番号は言わないし、有料のレジ袋にグダグダ文句言うし、カップコーヒーのカップは変えさせるし、本当に困っていたんですよね。死んだんですね。せいせいします」
そう言うとコンビニ店員はタブレットの画面から消えた。
Yさんは反論しようとしたが、口から声が出ない。
「うふふっ、まさに死人に口なしですね」
可笑しそうに細井瞳は笑う。
次に映し出されたのはとある航空会社の地上職員であった。
「それでは柏木美琴さん、この方は地獄に行くべきか、天国に行くべきか?」
「ああっこの人ですか。覚えていますよ。地獄行きでいいと思います。この人ですね、自分が電車を乗り間違えて空港に遅れたのに、ずっと我々のせいにしてカウンター業務を停滞させたんですよ。対応していた同僚は泣いてましたね。もう一度言います。地獄に行ってください」
言うだけ言うとその地上職員はタブレットの画面から消えた。
「あらあらツーアウトですね。でも、まだいけますよ。一人でも天国行きを言えば良いのですからね」
細井瞳はタブレットをタップする。
映し出されたのは白髪の老婦人であった。
「あら、最後は元奥様の百合子さんですね。さすがに身内には地獄行きなんて言わないでしょう」
細井瞳はにやりと微笑む。
「ああっこんな人もいましたね。この人はね、子供が熱を出しても怪我をしてもほったらかし。私の話も聞かないし、料理にも一回も美味しいって言わなかったんですよ。それに比べて今の旦那は顔は良くないけどいつもありがとうありがとうって言ってくれるんですよ。子供たちも今ではお父さんって呼んでくれてるんですよ。あっそうですね。地獄でも何でも連れて行ってください。そして二度と私の前にあらわれないでください」
その老婦人はYさんのことを一度も見ることなく、タブレットから消えた。
「残念でしたね、Yさん。思いやりを持って生きていたらこんなことにはならなかったかもしれませんね。反論があれば地獄の官吏にでも言ってください。私はこれからパンケーキを食べに行くので、それではさようなら」
細井瞳は背を向けて、どこかに消えた。
Yさんは奈落の底に消えた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
もしかして寝てる間にざまぁしました?
ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。
内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。
しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。
私、寝てる間に何かしました?
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる