リントヴルムの魔法紡ぎ

小津カヲル

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一章 職探し

7 決意新たに

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「疲れたでしょう? 荷物を置いて、少し落ち着きましょうか」

 そんな風に労りをもって接してくれた『マルガレーテ』店主ヒルデガルトさん。
 もちろんその申し出を断る理由などもないけれど、私は隣にいる付き添いのようなラルフのことが気になった。彼は昨日からなんだかんだと、私のことにばかりかまけてはいやしないだろうか。そもそも、怪我は? 魔力酔いは大丈夫なのだろうか。
 それをいまさら聞きづらいのは、散々彼を引っ掻き回したのが自分だからなんだけど。

「あなたはどうなさるおつもりですか、ラルフェルト様? まさか、いくらなんでも女性の部屋までついてくるなんて、おっしゃらないわよね。お帰りになるなら馬車を用意いたしますけれど?」
「ああ、また出直す」

 ヒルデガルトさんがにこやかにラルフを追いたてると、彼は素直に立ち上がった。二人のやり取りを見ていると、ヒルデガルトさんの立場がどのあたりにあるのか興味はつきない。だけど今は……。

「ねえラルフ、ちゃんと休んで。肩の傷は? それに昨日だってあんなに具合が悪くなったのに」
「これがあるから、大丈夫だ」

 ラルフは制服の一番上のボタンを外し、メダリオンを見せてそう言った。中に入っている恥ずかしい刺繍の切れ端を思い出して、私は慌てる。

「だ、出さなくていいよそんな下手くそなもの。だいたい、なぜそんなものを持ち歩いているのよ!」
「これが、魔力酔いに最も効く薬だからだ」
「……なに、言っているの?」

 理解できずに首をかしげる。

「それはおいおい説明する……ああ、うるさいのが来た」

 ラルフが不機嫌そうな顔をしながら店の入り口の方を見る。すると扉を開けて入ってきたのは、昨日ラルフと行動を共にしていた魔法騎士の男性だ。彼は一人だけでなく、もう一人、白髪まじりの背の高い、黒いベストを着た男性を連れていた。

「ここにいたのか、どこに行ったのかと探していたんだぞラルフェルト……あ、きみは昨日の」

 覚えていてくれた彼に会釈すると、彼は相変わらず紳士的に笑みを絶やさず自己紹介をしてくれた。

「どうやら合流できたようだね。俺はラルフェルトの同僚、レオナル・グリューネバルト」
「リーゼロッテ・エフェウスです」

 挨拶を終えると、レオナルさんは連れてきた男性をヒルデガルトさんに引き渡す。

「どうやら大丈夫そうだっていうのが、先生の見解らしい。良かったなヒルデさん」
「ほんとう……良かったわ。ありがとうございます、レオナル様、ラルフェルト様。うちの大切な従業員を助けていただき、どうお礼を言っていいやら……ほら、ベリエスからもお礼を」

 白髪まじりの男性が、ラルフとレオナルさんにしきりに頭を下げる。
 なにがあったのか分からないけれど、きっと彼らの仕事でなにかあったのだろう。そんなふうに眺めていたら、なんとベリエスと呼ばれた男性が、私の方にまで頭を下げたのだ。
 え? と驚いていると。

「あなたにも、大変怖い思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした」
「え? 私? なんのことですか?」

 するとラルフが彼のかわりに言った。

「こいつが、昨日広場で暴れた魔法化身アバタール本人だ」
「ええええ?」

 私は恥ずかしそうに顔を上げたベリエルさん、ラルフやレオナルさん、それからヒルデガルトさんを見比べた。
 目の前のベリエスさんは、昨日見たワニ男と同じ黒のスラックスにベストという姿だけれど、その顔は人間そのもの。口はもちろん耳まで裂けているなんてことはなく、細い目の奥の瞳は黒く丸い。温厚そうな目尻には笑いシワが入り、ゆったりとした仕草は商売人らしいスマートさを感じるくらいなのに……。
 失礼なほど食い入るように観察していた私に、ヒルデガルトさんが教えてくれた。

「ごめんなさいね、リズ。彼、ベリエスは古くから『マルガレーテ』で働いてくれている、大切な従業員なの。今まで一度だって暴れたことはなかったのよ、それだけは信じてちょうだい」
「そ、そう、なんですか……」
「ベリエスも今回のことで限界を学習しただろう?」
「はい、それはもう……次にもし危なくなっても、事前に兆候は分かるかと思います」
「そういうことだ、リズは安心していい」

 ラルフがそう言うならばと、私は納得する。
 だけど驚いたのは、とても自然なその容姿。町に住む善良な魔法化身《アバタール》は人と見分けがつかないらしいとは聞いていたけれど、まさか目の前の人がそうだったなんて。

「それより捜し人が見つかったのならば、お前も一度、先生のところに行けよな、ラルフェルト」
「……わかっている。今から行くつもりだった」

 レオネルさんに言われて、面白くないというように返すラルフ。
 
「お前こそ用が済んだのなら帰れ、レオナル」
「はいはい、じゃあリーゼロッテちゃん、ヒルデさん、これで失礼するよ」

 ラルフのぶっきらぼうな言い方に、私は慣れなくて唖然とするのだけれど、レオナルさんは全く意に介してはいないようだった。
 レオナルさんはにこやかな顔のまま、ラルフの後をついて行く。そしてヒルデガルトさんとベリエスと呼ばれた男性もまた、彼らを追って扉の前でしきりに頭をさげ、見送っていた。
 私はふと大事なことを思い出し、ラルフを追いかける。

「まってラルフ!」
「……リズ?」

 再会してからずっと自分のことばかりで、ちゃんとお礼も言っていなかった。

「昨日は助けてくれてありがとう。それから、父さんからの手紙、受け取ってくれたのよね、ありがとう」

 少し驚いたようだったけれど、ラルフは頷く。

「ああ。それについてだが……リズは手紙の内容を聞かされているか?」
「え? いいえ。父さんはすぐに亡くなってしまったし……」
「そうか……」
「でも父さんってば、ラルフに面倒なことを頼んじゃったんじゃないかって心配していたの。ほら、今回だって私の仕事先を、都合つけてもらったようなものでしょう? もしそうなら謝らなくちゃって……」
「そんなことはない!」

 ラルフが慌てて否定したのは、私の予想が当たっていたからじゃないかと、かえって疑ってしまう。だけどラルフはそれを、もう一度誤解を解くかのように私に、言い聞かせた。

「いや、そうじゃない……今でも、たまに薬を送ってもらっていた。それをもう渡せないことを詫びていた。優秀な薬術師だった、惜しい人を亡くしたと思う」
「そうだったんだ……父さんらしいな」

 とても真面目で律儀な父だった。だからラルフにそう言って惜しんでもらえて、私は嬉しい。
 それに父さんは何も言っていなかったけれど、亡くなる前までラルフとやり取りがあったなんて。
 でもこのグラナートでも、亡くなった両親を知っていてくれている人がいるのは、どこか安心感がある。またいつか、思い出せるだけでいい。父さんと交わしたやり取りを教えてもらえるだろうか。そう頼めば、ラルフは快く頷いてくれたのだった。

 ラルフと別れ、私はこれから住むことになる部屋へ案内される。
 まずは店の奥にある階段をのぼった二階。
 真っ直ぐのびる廊下の両側に、三つほどの扉が並び、中の様子はうかがえない。けれどかすかに話し声がきこえたような気がした。

「このフロアは作業部屋になるわ、あとで皆に紹介しましょう。女性が多いけれどみな良い人たちばかりだから、きっとすぐに馴染めるわ。この上、三階が住み込みの従業員の部屋と、私の仕事場よ」

 店から続く階段の手すりは、継ぎ目のほとんど見当たらない磨かれたものだった。焦げ茶色に統一されたニスはよく磨かれていて、傷もない。
 そのまま三階まで上がると、二階とほぼ同じ造りで扉が並んでいた。
 その一番奥の扉を開けて、ヒルデガルトさんが私を招いた。

「ここがあなたの部屋よ、リズ」
「……わあ、広いですね。どなたかと同室ですか?」
「いいえ、1人部屋よ」

 小さめのベッドがあり、少しばかりの衣装と文机が置けるくらいのスペース、窓に軒があるとなお助かるかなあ、くらいに考えていたのだが……想像していたのより倍ほどもあった。
 そして調度品がしっかり揃っていて、まるでホテルの客室のよう。

「いいんですか、こんな立派なお部屋に……私が住んでも」
「いいのよ、だってこれしかないのですもの。他の子達の部屋も同じ造りだから安心して」
「……はあ」
「守ってほしいのは、掃除は自分でしっかりすること、ここで暮らすための約束はそれだけよ。それじゃ荷物をほどいて、少し休憩していて。もうすぐお昼になるから、後で呼びに来るわ」
「はい、わかりました」

 それから再び扉がノックされるのは、思っていたよりも早く感じた。
 なぜなら、荷物が少ないとはいえ、立派なクローゼットに並べるだけで楽しかったし、水差しのカップ一つとっても見たことがないくらい素敵。そっと端に座ってみたベッドは、思わず手をついてしまったほど柔らかかったせい、きっと。

「どう、部屋に不都合はないかしら?」

 扉から顔をのぞかせたヒルデガルトさんにそう聞かれても、私はただ首を横に振る以外になにをすればいいのだろう。
 ヒルデガルトさんは声をあげて笑ったあと、私に言う。

「今から皆に紹介するけれど、どこから来たのかは言う必要はないわ」

 それは、私が何件も仕事を断られた理由で、やっぱりここでも伏せておいた方がいいのか。少しだけ残念ではあるけれど、私を雇ってくれたヒルデガルトさんに迷惑はかけられない。

「はい、分かりました、隠しておきます」
「ああ、違うの、そうじゃなくて」

 二階へと続く階段を下りながら、ヒルデガルトさんは続けた。

「隠す必要はないわ。だけどあなたも知っている通り、今あなたの村は悪い意味で名が知られているから、あえて口に出さなくてもいいの。それにみんなはもう知っているもの」
「そうなんですか?」
「ええ、ここで働く従業員は、当然だけど魔法関係には明るいのよ。偏見なんて持っていたら仕事にならない」

 そうして案内された作業部屋で待っていたのは、『マルガレーテ』の従業員たち。
 どんな大きな生地でもまっすぐ苦労なく裁断できそうな、巨大なテーブルを囲み、五人の男女が私を見ている。

「紹介するわね、彼女は今日からマルガレーテで働いてもらう、リーゼロッテよ」
「リーゼロッテ・エフェウスです。良かったらリズと呼んでください、どうぞよろしくお願いします」

 一人はさっきも顔を合わせたベリエスさん。あともう一人若い黒髪の男性がいて、残りの三人は女性だった。二人の若い女性はどちらもニコニコしながら私を見ていて、どうやら歓迎されているみたい。残りは母さんと同じくらいの年配の女性が一人、うんうんと頷きながら私の自己紹介を聞いていた。
 ……これだけ?
 あんなに大勢いた『アレアナ』を見た後だと、ひどく小ぢんまりと感じてしまう。そんな感想が顔に出ていたのだろうか。

「うちは注文が特殊だから、少数精鋭なのよ」
「そうよ、だからベリエスが戻ってきてくれて、本当によかったわ」
「本当ね、これから仕上げの商品があるのに、どうなるかと思ったもの」
「騎士さまに苛められなかった?」

 ヒルデガルトさんの言葉に、女性たちが口々に言葉を付け足す。そして照れたように頭を掻くベリエスさん。
 魔法化身アバタールの彼が、他の従業員にとっては、本当に大事な存在なのだ。それが分かるとなんだか私まで嬉しくなるから不思議。こんな職場に巡りあえて本当に良かった。
 それだけじゃない。きっと『アレアナ』とは違った忙しさが、これから待っているのだろう。シャルのリボンに施された、素晴らしい細工を思い出し、心が踊る。
 高い技術についていけるか分からないけれど、やりがいがあるに違いない。
 頑張ろう。
 決意を新たにして、私の挑戦はこの日から始まったのだった。
 
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