追放されたオレを拾ったやつが超カンジ悪い!

甘糖めぐる

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本編

6話 風呂は一人で入りたかった

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 宿から荷物を引き上げて薬屋にたどり着くと、エマがカウンターで帳簿を付けていた。

「あっ、おかえりなさい。遅かったね。なにかあったの?」

 色々ありました。
 ジュードが肩をすくめる。

「まあな。そうだ、魔力回路に作用する回復薬あるか? 久しぶりにでかい魔法を使ったらイカれた気がする」
「えっ……それは、まあ、作ればあるけど。ただでさえ強い薬を常飲してるんだから、次から次に負傷するのやめて……?」
「……おう」
「オレのせいです……」

 小さく挙手をする。平気そうだったのに、魔力の通り道が傷ついていたのか。

 エマは、目を瞬くと「じゃあ、作るから待ってて」と言って店の奥の扉を開けた。

 魔法薬師の作業って、どんなことをするんだろう。

「ねえ、オレも見てていい?」
「はい、どうぞ」

 快くオーケーをもらえたのでそばにいると、エマは戸棚からいくつかの葉っぱやら乾燥キノコやら(たぶん法的に大丈夫なやつ)を取り出して器に入れた。

 そして、手をかざして次々と唱える。

「〈粉砕〉〈溶媒生成〉〈抽出〉〈純化〉――」

 材料が粉末になるところから、純度の高い液体として瓶に収まるまで、あっという間だった。

「すごい、エマも短縮詠唱できるんだね……! 天才じゃん!」
「いえ、そんな。よく使うものだけ練習したんです。昔は無詠唱が主流だったらしいけど、私はこれが限界ですね」
「いやいや、十分すごいよ! オレなんて、ちょこっと身体強化するくらいしかできないもん!」

 彼女は奥ゆかしく微笑んで、薬の瓶をジュードに渡した。

「はい。できるだけ体に優しい素材を使ったけど、念のため、いつもの薬とは時間を離して」
「ああ。ありがとな」

 ――そういえば、ジュードがいつも飲んでる薬って、なんなんだろう……。

 ◇◇◇

 夕食のあと、風呂に入る前。昨日と同じ時間に、ジュードは自室のテーブルに数本ストックしてある薬を飲んでいた。

「なあ、それ、なんの薬なんだ?」

 尋ねてみると、ちょっと面倒臭そうにしながら、答えてくれる。

「あー……体を動かすための薬」
「え?」
「呪いの影響でな、この薬がないと指先一つ動かない。というか、視力も聴力も完全になくなる。思考以外なにも出来ないし、わからない」

 あまりのことに、絶句する。
 一体なにをしたら、そんな呪いをかけられるのか。並大抵の魔物の仕業じゃない、相手はどんなものなのか。色々と疑問が絡み合って、唯一答えてくれそうなものを選び取れたのは、数秒後だった。

「そんな……そんなに強い呪いを緩和する薬って、体の負担になるんじゃ」
「だからエマに釘刺されたんだろ。次から次に負傷してくるなって」
「……ごめん、オレ、本当になにも考えてなくて。無理させて――」

 ジュードの顔が険しくなる。

「ああもう、急にしおらしくなるな、気持ち悪い。そんなに悪いと思ってるなら、好きに使わせろ」
「つ……使……?」
「今から風呂に行く。俺は温かい湯につかりたい」
「……付いて行くよ」

 昨日は拒否したけど、今日はもうできない。

 脱衣所でジュードが服を脱ぐのを、後ろからこっそり眺める。

 ――背中、広いな……。というか、顔だけじゃなくて体まで綺麗なのかよ。

 そんなことをしていると、振り向かれてばっちりと目が合った。狼狽える暇もなく、
「お前も脱げ」
 と言われる。

「えっ、なんで? 手だけ貸せばいいだろ……!」
「実験だよ、実験」
「なんの……!?」

 実験、ということで、オレたちはそう広くない浴槽に二人で体を寄せ合って入ることになった。ジュードに背中を預けるようにして、その長い脚の間に収まるオレ。なにこれ。

 ――やっぱり、こいつの距離感おかしいだろ……! というかマジでオレのこと人間だと思ってない説があるな!?

 後ろから手がすっと伸びてきたかと思うと、首やら鎖骨やらをなでられる。

「っ、ちょ……なにやってんだよ。これでなにがわかるわけ?」
「んー、そうだな、直接触れている所が一番感覚の戻りがいい……というか、薬の作用も相まって、わかりすぎるくらいだな」
「わかりすぎるって? なにが?」
「お前の肌の質感とか、形とか」
「……!? へっ? はあ!?」
 ――この状況で変なこと言うなよ!

 しかし気にしているのはオレだけで、ジュードはただただ怪訝そうにしていた。

「お前の解呪、なんでそんなに限定的なんだよ」
「わかんないよ、気づいたらこの体質だったの!」
「へえ。あと――お前、これ、今日やられたのか?」

 ジュードの手が、オレの右肩をするりとなでる。昼間、アンテルの雷魔法がかすったせいで、そこを起点に赤いアザが出来ていた。

「そ、そうだけど。ちょっと電流が走っただけだよ」
「なんで言わないんだ」
「だって、普通に動けるし大丈夫かなって」
「動けばいいってもんじゃないだろ」

 そう言いながら、ジュードは、オレの手をつかんで軽く押した。

「ここは感覚あるか?」
「あるよ」
「じゃあ、ここは?」

 手首、腕、肩と、少しずつ位置をずらしながら異常がないかチェックされる。中途半端に優しくしないでほしい、そわそわするから。

「ちょっと……大丈夫だって。あっ、お前、半分遊んでるだろ。他人ひとの腹筋をなぞるな……! へそを触るな!」

 くすぐったい、だけじゃない。なんだか変な感じがする。下半身の、直接触られていないところまで熱を持つような。

 ――こんなの、気持ちいいわけ、ないのに。好きな人が相手ならまだしも……こいつなんか……。

 どうかしている。恋人同士のスキンシップじゃあるまいし。

 不意に、ジュードの手が脚の付け根に滑り込んできた。

「っ……!?」

 びくりと体が跳ねる。勢いそのままに振り向いて叫んだ。

「やめろって! どこ触ってんだよ!」
「脚の付け根」
「そんなことはわかってるんだよ!」

 膝を抱えて丸くなる。

「もう頼むから先に上がって……! 一人にしてくれ……」

 ジュードは、小さなため息をつくと「早く上がってこいよ」と言って浴室を出て行った。

 高ぶった体を落ち着けるために、深呼吸を繰り返す。

 ――やばい……なんで、こんな……。オレが好きなのは、ジュードじゃないのに……。絶対、違うのにぃ……。

 頭の中でどれだけ否定しようとも、この体は無慈悲にも現実を突きつけていた。

 ――ああ、なんとかしておかないと……。今日も一緒に寝るんだから、バレたら困る……。

 こんなのが、明日も明後日も続くなんて。
 というか、一体いつまで続くのだろう。

 やっぱり、早く、ジュードの呪いを完全に解かないと。身も心も、おかしくなりそうだ。
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