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1:転生

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『その神は、遥か虚空より産まれ出でた。
 予期せぬその現れに、創世の神は問うた。
「そはなんぞ?」と。
 神の答えていわく
「我は汝の掌の外より来る者なり」
 新たな種の出現に創世神は微笑み、祝福を与えた』

             遠いソラの神話 ―序文―

 最初にあったのは、混乱だった。
 死んだはずなのだ、自分は。上村公平は。
 インフルエンザからの急性肺炎。誰にでもある死。みんなも健康には気をつけよう。
 ちがう、そうじゃない。いや気をつけるのはマジだが。
 前日に会社を早退して、家で高熱で朦朧として、親が救急車を呼んで。
 医者が周囲に説明しているのを漏れ聞いて。
 ぶっつりと、なにかが切れて。
 あれが、死だ。まごうことなく。
 しばらくはなにもなかった、というかしばらく間が空いたのが分かったのは気づいてからなんだが。
 なにも見えない、聞こえないながら、人の形ではない「自分」が、なにかにもみくちゃにされたような感覚だけがあって。
 ふと気づくと、いまの形になっていた。
 目を開いてまず見えたのは、シンプルかつやたらと豪奢な部屋。
 内側から淡い光を放っているように見える白い石造りで、天井が大きくアーチを描いている。
 太い柱の端々は赤味をおびた金で飾りつけられ、様々な石がはめこまれている。
 自分が寝ていたのは、部屋の中央に置かれた寝台のようなもの。
 断言できないのは、それが巨大な一個の輝石を磨きあげて作られた直方体で、マットもなにもない代物だからだ。
 枕の位置にあるのも、形こそ後頭部の形に合わせてすべらかにしてあるものの、材質は黄金。細かい彫刻が施されたそれは、無駄に手がかかっている。
 現代日本の、いたって普通のサラリーマンにはまるで縁のない代物。
 でも、まったく見覚えがないわけではない。
 形だけ同じものは、記憶にある。
 かつてやっていたオンラインファンタジーRPG「アルターロード」。そこで作った自分の拠点内、ログイン時にスタート地点として設定した玄室に、よく似ている。
 もっとも、PCの画面越しに見る基本無料のゲームの映像と、オーラとでもいうしかない貧乏人の胃を直撃する圧倒的な質感をともなう現実は、比較にならない。ぶっちゃけ場違い感がはんぱない。
 そして、なによりも。
 自分の身体? をおおう、トーガとでも呼ぶべき独特の長衣。
 その袖から突き出した、太い腕。
 太っているわけだはない。縦横比でいえばむしろ長い。
 にもかかわらず、骨太でがっしりとした骨格のうえに細い鋼線をよじりあわせたような筋肉がのった両腕は、バットで殴りかかられても余裕で弾き返しそうな迫力があった。
 握ってできた分厚い拳は先端が平らで、なにか殴る訓練を積んだものに見える。思い切りいったら、人の頭を砕けそうだ。
 かてて加えて、色がおかしい。
 いや、白い肌というものがあるのは分かる。白人の人くらい見たことはある。
 逆にだからこそ分かるのだが、色素の薄さからくる白は、血の気が透けて見えるものだ。
 それがない、白。
 均一で、黒子もシミも一切ない。
 さすがに手首に血管は確認できたが、それも妙に白く見える。
 肩にかかる長さのうっとうしい髪は、金色。
 しかもただの金髪ではない。わずかにだが自分からきらきら輝いているように見える。
 どこかに手鏡があれば、きっと恐ろしいほどに澄んだ蒼い瞳が見えることだろう。時折、虹の光のようなエフェクトが走る不可思議な美しさの。
 俺のプレイヤーキャラクターだこれぇぇぇえ?!
 ギリシャ彫刻とか参考にムッキムキでありながら引き締まった戦闘体型とかいって作っちゃったあれだぁぁぁあ!!
 スクラッチで当たったからって変な目をいれて、うわぁぁぁあ!!
 嘘だ、誰か嘘だといってくれ! 趣味と洒落と若気のいたりという名の中二病をブチこんだキャラと同じ姿にされるとか公開処刑ってレベルじゃねぇぇぇえ!!!
 いっそ、殺せ。
 あまりの驚きと羞恥に、一周回って心が真っ白の空白になった瞬間。
 なだれこんでくるものがあった。
 自分というもの。混乱。それらにせき止められていた、自分の中に存在していた多くのなにか。
 それが、一気にぶちまけられる。
 自分のものではないと分かっている、自分の記憶。
 自分のものではないと知っている、自分の力。
 再度意識が落ちても、仕方ないと思うんだ。
 ブラックアウト。
 そして「この世界」で二度目の目覚め。
 人間の脳は寝ている間に起きていた時に手にいれた情報を整理するらしい、と聞いたことはある。
 どうやら最初の目覚めは自分というOSの起動で、そこへ大量のアップデートがおこなわれて、再起動が必要になったようだ。
 気を失う直前は記憶認識の混乱から自分というものの定義すら崩れかかっていたが、いまはそうでもない。統合され、整理された感じだ。
 まさにOSの自動アップデート。同じフォーマットの下、旧データと新データが別のフォルダに分けて参照できるようになっているとでもいうか。一部のコンシューマー機のように旧型のデータは新型では使用できませんとかいわれなくてよかった。
 もっとも、旧データであるかつての記憶を確認して自分というものを一応確立した上で、現在の自分に関するものであろう新データを読んだら、頭をかかえて動けなくなったけど。
 どうやら、自分は転生したらしい。
 まぁ、死んだはずの自分がこうして生きて騒いでいるのだ。なんらかの形で新たな生を得たのであろうという推測は当然なのだが、その内容がイカレている。かつて読んだいくつかの創作のゴッタ煮というか、最前線というか。
 神様転生ではなく、神様「に」転生。
 転生チートというより、転生「先が」チート。
 転生という現象そのものは生前に仏教などの教えとして聞いていたものに近いらしい。魂は不滅であり、様々な生物に生まれ変わって生死をくり返す。新たに自覚した知識の中に事実としてあった話だ。神というのはあるていどできあがった存在として生まれるらしく、基礎的な情報がプレインストールされているようなのだ。
 ただ聞いていたのと違ったのは転生先が異世界にまで広がっていたことと、神様なんていう代物まで候補に含まれていたことだ。なお、最終的に仏に昇華するのか否かは不明。
 さてこの世界、世界そのものには名前はない。内側にいて唯一と考えている存在に固有名詞は必要ないということなんだろうが、仮に創世神の名前を取ってアーディリアとでも呼ぼう。アーディリアには数多の神々が存在する。つまり俺が転生した神は万能の唯一神とかではない。数多く存在する中の一柱だ。創世神ですら限りなく近いだろうとは思うが完全な万能ではないのだから当然といえば当然だ。
 なぜそう断言できるかというと、アーディリア世界のシステムが完璧というにはアレだからだ。
 数多の神々は色々なものを司って運営する存在なのだが、それだけではない。世界はあるていど秩序だてたというか、原子を組み合わせてタンパク質にまで密集させたというか、世界の外にあふれる混沌とした「力」を組織化して形成されたものらしい。で、新たな混沌をとりこんで世界をより広げるためには、なんらかの形を与える必要がある。そうでないと混沌が無秩序に荒れ狂うからだ。
 その手段の一つが神の生成。まぁはっきりいって無茶である。
 俺がこうして自意識を持ち、いろいろと思考をめぐらすことができることからも明らかだが、神々は自由意志でけっこう好き勝手をする。中にはそのおこないから本来司っているものとは無関係に破壊神だの魔王だのと呼ばれるようになったのまでいるらしい。
 また、神のバリエーションにも問題があった。同じものを司る存在が複数いたり、司るものが細分化されて範囲が狭かったりすると、世界へとりこめる力が小さくなってしまう。世界のシステムによって自然発生的に誕生する神々は、最近はネタが枯渇気味だったらしい。
 で、よそからアイディアを引っ張ってきた。新たな神として転生する魂をのぞきこみ、そこにあった記憶から能力を設定して創造し、送りだしたのだ。それができるというのは凄まじいことだが、その前段階で万能完全とは言い難い。
一応、分かる範囲では別に狙って殺したりしたわけではなく、転生という普遍的に存在する現象の中でたまたまいい素材があったから活用した、ということのようだ。疑いだせばきりがないし、確認のしようもないから、それはいいとしよう。
 しかしだからといって、前世のゲームで作ったキャラクターそのままの姿で生誕というのは、ある種の羞恥プレイではなかろうか。もし創世神に会うことがあったら、一言言上申し上げねばなるまい。主に拳で。
 また、現在進行形で色々試しているがこの身体、新たな自分は、見かけこそゲームのキャラに酷似しているものの、能力までそのままというわけではない。
 ある意味当然ともいえる。ゲームでは機能や操作方法の限界などから非常識ではあっても簡略化せざるをえないもの、お約束的に省略してしまうこと、逆にフレーバーだと思って好き放題を書いた添付文章なんてものがある。
 それらを完全に再現などしたら、わけがわからない事態になるはずだ。ポリゴンの指がいちいち曲がらないところまで同じだったら、かゆいところをかくこともできない。
 身体能力はかなりゲームに近い、というかゲーム以上の可能性が高い。軽く髪をつまむことができると同時に、シャドーボクシングのまねをして本気で拳を振るうと、空気を打つ重低音とともにわずかな光を帯びた衝撃波が発生した。さいわい玄室は異様に頑丈で大きな音こそしたものの壁が壊れたりはしなかったが……ただのパンチでこれとか恐ろしい。
 もちろんゲームの時、戦闘用スキルも使わないパンチにこんな威力もエフェクトもなかった。ただ、アクションRPGとして、現実なら質量的に手も足もでないだろう巨大生物を打ち倒すことが可能だった戦闘能力から拳の威力を逆算したらこれぐらいにはなるかも、という推測はできる。
 さらに背中から六対十二枚と尾羽、合わせて十三枚の実体を持たない光の翼を出して飛ぶこともできた。最初に出力を間違えて天井へ激突しそうになったのは秘密である。無駄に高い天井に感謝。
 自力で飛行できる、という事実は人類――残念ながら元人類――としては夢のようなできごとではある。実際、かなり夢中になって飛びまわってしまった。冷静になって考えてみると翼状のエネルギーフィールドを展開して重力とか慣性とかガン無視で思う通りに急旋回・急停止・静止浮遊も可能という往年のUFOじみた飛行能力とかあきらかに頭おかしい。かつてはここまでの自由度はなかったのだが。
 他にも色々と、特殊能力や身についたスキルがあった。ゲームとは違って、特定のキー操作や画面上から項目を選択して使用を決定すれば自動で身体が動くなどということはなく、なんとなく理解できる感覚に従って望む現象へ意識を集中したり、見て覚えていた技を実際に動いて再現してみたりする必要はあったが、逆にいうと固定されたパターンどおりにしか動けないということもない。
 「体内のエネルギーを打撃の瞬間に拳へ乗せ、単純な打撃を上回る威力を出す」という説明だった技と同じ要領で、キックの威力も増すことができたり、といった具合だ。
 玄室がなにやっても壊れなさそうだったので調子に乗って色々試しすぎたともいう。もっとも、密室で使うには危なすぎるソレとか、武器の使用とかは見送ったが。
 実際、強いのだろう。少なくともかつての記憶にある軍隊とだってやりあえそうだ。というか色々ヤバイ。
 しかし一方で、そう甘くはないと自戒もする。
 神としてプレインストールされた断片的な知識、自分の力を使うために必要なものをピックアップして与えられているのだろうそれらからすると、この世界は「数多の神々が自由に闊歩する神代」なのだ。
 先進国の生活水準などは魔術などの存在もあって中世どころか近世、一部は近代に届き、極一部の技術は現代さえ超えているらしいが、その社会の上へギリシャ神話や北欧神話もかくやという傍若無人な神々がのっかっている。
 俺もその一柱となってしまったわけだが、いかんせん神々の中での格付けが分からない。
 強さというのは相対的なものだ。彼を知り、己を知らねば正確な戦力評価などできない。
相手が素手なら自分が鉄の剣を持っていることは有利になるだろうが、向こうが武術の達人でこちらがズブの素人なら、話は違ってくる。
 まして相手が軍人でライフルを装備しているとなったら、知らないまま突っこむのは正しく自殺行為だ。さすがに他の神様の能力詳細なんて知識はなかった。
 さらにいうなら、どう考えても自分より強い存在が一柱は確実にいる。創世神だ。
 多くの神話において原初の神は世界を創造する。
 しかし、世界とは本来すべてを内包する器ではないのか。
 なら創世を成した神は、世界ができる前はどこにいたのか。
 与えられ事実と認識できる知識が本当ならば、世界は無秩序な混沌の力の中に浮いている。
 創世神はそこに存在することができるのだろう。
 世界の外に、だ。
 また与えられた知識として、自分はいまさっき誕生した。
 しかし、どうも世界からの認識はそうではないらしい。
 自分は創世神との契約により、長い眠りについていたとされている。
 生まれたのではなく、目覚めたことになっているのだ。
 存在しなかったはずのものを存在したことにして、世界に投入する。
 単なる情報の改竄ではなく、事実として。
 つまり時系列を無視した介入ができるのだ。世界の外にいるから。
 歴史年表のように世界を見て、現在の事実に合わせるよう、さかのぼって好きなように改竄できる。
 過去から事実そのものが改変されているのだから、内部の存在は外部に記憶を持ってでもいない限り、変更されたことを認識することさえできない。
 そんな超絶チートが可能な存在に多少物理的に強いという程度で対抗することなど不可能だ。
 目をつけられただけでやっかい極まりない。下手したら死ぬ。
 そして、変わり種の転生神。すでに注目されていることは確定的だ。
 油断慢心、ダメ。絶対。
 最初の混乱。記憶の確認。驚愕。自身の能力の確認。興奮。調子乗りすぎ。
 以上を経て、反省の末に自戒へたどりつけたのだから大したものだと自画自賛。
 この異常事態に対する背筋をはいのぼる恐怖や、いまにも足元が崩れそうな不安を無理矢理うっちゃってのことではあるが、それはそれ。無意識な忘却は精神の安定に欠かせないのだから仕方ない。仕方ないったらない。
 この玄室には窓も時計もなく、したがって体感以外では時間の経過を知ることはできない。
 さらに、いまの自分は飲食可能ではあるが必要性はない。そのため喉も乾かなければ空腹感もない。トイレにもいきたくならない。
 それをいいことに色々やってみたわけだが、いいかげん結構な時間がたったはずだ。
 外に、出てみるか。

 彼がそう思ったのはおかしなことではない。
 ただし、軽率ではあっただろう。
 外になにが待っているか、想定していなかったという意味で。
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