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6:神の島

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『いつか誰かがこの記録にたどりつくことを望む。
 世界には多くの脅威が存在する。神々しかり、悪魔しかり、魔物しかり。
 しかし、それらの中で最も恐るべき脅威とはなんであるか。
 それは知られていない脅威だ。
 知らなければ避けることができない。対策をとることもできない。なにより、自分が脅やかされているという事実を認識できない。
 闇の森に住む黒い肌のエルフは闇と炎の精霊に親しみ、毒を操り、暗殺を得意とするダークエルフだといわれている。
 しかし正確には彼らはシャドウエルフと呼ばれる存在であり、強力で特異ではあるものの、特化した少数部族にすぎず、真のダーク エルフは深々度地下の大空洞に強大な勢力を持っていることを、裏の世界に通じた者ならば知っている。
 地底の闇には大きな脅威が潜んでいる。ならば、はるかに広く深い、深淵の闇には?
 ヤツらは、そこにいる』

 誰にも読まれることなく処分された手記 冒頭

 この世界には、いまだ何物にも照らされない闇があるという。
 帝国帝城の深々度地下にあるという研究施設。
 地底大空洞のダークエルフの祖神が住まうという深淵の谷。
 あるいは、地上の人間には想像もつかない巨大な深山幽谷を持つ深淵の底。
 実際に人々がそれを目にしたならば、驚くだろう。
 次いでその美しさに感嘆し、一部の聡い者は戦慄することになる。
 一切の陽の光が届かぬ場所。天の恵みの対極。
 並み以上の存在ですら容易に圧壊させられる膨大な水圧に支配された水の獄。
 地上の最高峰すら丸飲みにする巨大な裂け目。
 その底に。
 無数の光がまたたく河が存在するのだ。
 地形にそってうねりながらどこまでも、見る者の視力が許す限りに続くソレは、都市の灯りであった。
 規模を考えれば人口数百万にも達するだろうそれは、地上世界における最大国家のそれをはるかに上回る。
 これだけのものを造り出す国力。生産・技術・経済の力。
 それらが他種族には到達することもかなわないはるか深淵に、知られることなく存在しているという事実。
 美しさの中に脅威をはらむ大河。
 その人工の光の流れは、上から見下ろすと時折さえぎられてちらつくことがある。
 巨大な物体が行きすぎるために。
 周辺空間に遍在する魔力を吸収して人造魔石にこめる集魔機関。
 人造魔石に溜めこまれた魔力を引き出してタービンを回し、動力とする魔石機関。
 これらを兼ね備え、深淵でも形状を保つ堅牢な魔術合金製の船殻を持つ、巨大な潜水艦艇。
 高速戦艦。巡洋艦。駆逐艦。水雷艇。補給母艦兼研究調査艦。数多のそれらで構成される深淵艦隊。
 そして、旗艦。
 全長2kmに達する巨大な生命体ム・グラル=アテクス。
 はるかに小型な近縁種の名を借りて体を表すならば、グレート・サイオンノーチラス。
 極大型超能力種ツノオウムガイ。
 伸びる触手は大型艦をひねり潰すに十分な力を持ち、身動きで生じる波で水上の船舶などまとめて沈める怪物の真の恐怖はしかし、そこにはない。
 彼らの持ちうる最大の武器はサイオン=超能力。存在力を様々な影響力のある思念として放出する力。中でも強力無比なテレパシーこそがその真骨頂だ。
 天使達が通信手段として用いているそれを威力の面ではるかに上回り、大規模攻勢発信にもちいれば、大きな都市が発狂者で溢れることになる。
 その怪物の身体構成上空洞になる殻の中央部を整備し、人員が搭乗している。
 それはさながら、強力なパルス攻撃を備えた電子戦艦のような有様であった。
「第1027派遣艦隊より入信。目標、予定地点に到達。投錨。上陸を開始する模様」
「第1027派遣艦隊へ返信。周辺監視を継続。天の目を警戒。隠身により一層傾注」
「返信発。受信確認あり」
 その中の一つ。外部に派遣されている艦隊と連携している司令部が、所定の交信を交わす。
 テレパシーは精神の同調を必要とし、事前に相手の精神波長を把握していなければ、盗聴が非常に難しい。指向性をしぼっていればなおさらだ。それでも警戒し、スクランブラーを介して暗号化している。
 相手は地上世界の天使など足元にもおよばない天空神殿の者達。油断できるものではない。
 派遣艦隊の報告によれば、旗艦生来の魔法である海流操作とサイコキネシスを併用して、標的である人間の船を島へ送りこむところまでは成功した。
 干渉があったことは分かるだろう。分からせるつもりでやっている。
 ただし、それが艦隊によるものだとは伏せておく必要がある。
 今回の作戦は最上層部から下りてきたものだ。失敗は許されない。
 適度な緊張をはらむその場にいる管制官達は、単一種族で構成されていた。
 さかしまにしたオウムガイに酷似した頭部を持つ、細身長身の水棲人類。
 かつて異なる世界においてノルチル人と称された異形。
 『精神の外科医』『心を陵辱するモノ』『脳喰らい』
 不穏な異名を持つ彼らはグラル=アテクス同様サイオン・テレパシーの専門家であり、変身や隠密を得意とする強力な魔術師であり、脳を中心とする外科的知識に長けた、高度な知性を持つ人類だ。他の知的生命体にとって致命的な。
 彼らは自分たち以外の知的種族を非常に興味深く覗きこんでいる。その幸福も、悲嘆も、希望も、絶望も、喜びも、悲しみも、恐怖も。彼らにとっては等しく価値があり、味わい深い。テレパシーによる精神の観察は彼らにとって最高の快楽であるのだ。味を強くするのが簡単なのはマイナス方向の精神的働きであるというだけである。
 彼らは知的探究心が強く、実行力もあり、新たな発見を求めることに余念がない。おかげで妙な実験をすぐ始める。精神医学・外科医学、双方で。
 彼らは非常に冷静である。それは他者の感情を客観視して味わうことが生態であるからで、自身をすらつい客観視してしまうのだ。おかげで好奇心のあまり暴走していることを俯瞰しながら止めなかったりもする。
 彼らは知的で礼儀正しく空気を読むこともでき、優秀な外交官でもある。同時に冷静で冷徹で残虐な行為をまったく躊躇わない精神性の持ち主でもある。彼らが楽しむのは精神の脈動であって残虐行為そのものではない。
 ゲームにおいてはテレパシー攻撃の抵抗に失敗すると一日の使用回数制限のあるスキルなどを強制的に使用させての同士打ちを誘発するなど、実にいやらしい搦め手を使ってくるために大いに嫌われた。
 文章だけだった背景設定が現実となったいま、その危険性は比較するのもバカらしい。
 そして彼らは、すべての上に彼らの神を置く奉仕種族であった。
 ノルチルを創造せし祖なるモノ。大いなる母。
 天空の万神殿における主神一族の長子。追われし主神。始まりの海の創造者。深淵の魔神。
 太母ウルラトラテクこそ彼らの主であり、彼女に逆らうという発想がそもそもない。
 最も偉大にして広大な、底無しの精神。世界のどこにいても存在を感じることのできる祖なる神に全てを捧げる。
 当の女神がこじらせた姉弟愛を暴走させていようが、問題ではない。
 むしろ大いなる精神の躍動は彼らを至高の快楽に酔わせる。
 なにも、問題、ないのだ。

 ベテランの船乗りにとってすら未踏と考えられる島に到着、というより漂着したワールドメリー号は、勢いが落ちた場所の正面に条件の良い岬を見つけ、錨を下ろした。
 もともと外洋船としてもちいる際に大きさはいいが比較的喫水が浅く、転覆の危険を考えねばならないところが欠点であり、船員の腕の見せ所とされるガレオンには至近まで近づいても十分な深さがあり、それでいて水面から高くない位置に地面があるという天然の桟橋に近い地形。
 あまりにもおあつらえなその状況は、漂着が作為的なものであることを確信させるには十分であった。
「さぁて、着いちまったわけだが……」
 さすがにいくつもの修羅場をくぐり、肝のすわった古狸であるゴーズも歯切れが悪い。
 神の暴虐。
 話にはことかかないし、実際に被害にあう者もいる。神威がふるわれた爪跡として地形が変わってしまった場所を見ることもある。
 しかしいってみればそれは現代における交通事故のようなもので、耳にはするし実際に相当数の被害が出てはいても、直接自分や身内に降りかからなければ普段は意識にのぼることはない。
 この船に乗る人々にとってははるかに身近であったが、どうしても現実感の薄い事態であった。
 事実を認識したくない事態ともいう。
「……」
 甲板上。背後にアルルと船長をひかえさせ、陸の方を見つめるシュリーヴィアは無言。
 それなりの規模を持つ王国の王女で特殊な立場にあったとはいえ、第三子の次女。成人を来年にひかえた14歳。
 船員40名をふくむ乗員198名の命運を背負うなどという大役はもちろん初めてのことだ。
 ただでさえ窮余の一策、博打というのも無理がある計画だったものが、さらに予想の範囲を大きく逸脱する想定外。パニックを起こしてうろたえないだけ立派といえる。
 なんとか助け船を出してやれないものかとゴーズが口を開きかけたところで、王女が声を発した。
「まず望遠鏡も使って周辺を観察。植生・動物などを調べなさい。近似の環境が知識にあれば上陸の危険度がはかれます。水場や人工物がないかどうかも確認を。並行して海流の現状、海図・地図の作成。留まるにしても移動するにしても必要です。上陸が可能なようであれば偵察隊を出すことになります。装備の解包と整備を」
 よどみなく探索の指示を出し始めた少女に、その場の全員が絶句する。
「お、おい姫さん?」
 珍しくとまどった船長の声にふりむいたシュリーヴィアの目は、端的にいってすわっていた。
 ねめつけるという表現がふさわしい視線にさらされ、周囲が一歩引く。
「元々万が一の場合に王国の命脈をわずかでも残す、そのために西大陸の一角に拠点を設けるというのが本来の計画です。場所は変わりましたがとりあえず気候は温暖。船から上陸するに支障はなさそうで、緑も多い土地のようです。ならばまずは現状確認。いけそうならいきますよ」
 グッと胸を張っていい放つ様は、自棄になって開き直ったのとは違っていた。
 捨て鉢のやさぐれた雰囲気ではなく、どっしりとかまえて覚悟を決めた、即座に思考を切り替えて現状を認めた者の安定感があったのだ。
 リーダーが明確な意思を持って方針を定めた。元々危うい計画になにかしら期するものがあってこの計画に参加していた一同は、当初の困惑と恐怖にどうにか折り合いをつけ、行動をおこす気力をふるい起こすことに成功する。
「おう、聞いたな! 航海長、海図と地図の方をやれ。水夫頭、周辺の確認。衛士連中は装備用意しろ! 女衆は飯の支度だ! ここでなんかとれるか確認できるまでは船旅続けてるのと同じつもりで配分しな!」
 現場の指揮、各集団の頭へ指示出しをするのはゴーズの仕事だ。各々の仕事は小集団の頭がまた指示をだす。
 人の集まりが人間の組織として動き出す。
 人員がそれぞれの部署へ散り、あわただしい音が聞こえ出す中、再び陸に向き直った姫の背に、ゴーズが声をかける。
「大したもんだな、姫さんよ。気合いがはいったぜ」
 自分自身困惑が強かっただけに、安堵の色が混じる。
 そうして余裕ができたからこそ、ゴーズは気づいた。
 シュリーヴィアの肩はわずかに震えている。
 当たり前だ。平気なわけがない。
 多くの人の命を背負って、強大な神が関わっていることがほぼ確定している前人未到の地に挑むのだ。不安でないわけがないのだ。
 それでも割り切り、覚悟を決め、一芝居打ってみせるからこそ上に立つ資格がある。
 少なくともしばらく付き合うには十分だと、ゴーズはあらためて得心した。

 前準備を終えて翌日から、島の探索は開始された。
 見る限り緯度や地形から考えられる植生に異常なものはなく、周辺に大型の肉食動物がいる様子も見られず、人工物の類いも発見できなかったため、偵察隊が上陸し、より詳細な調査をおこなうことになった。
 目の前は岩海岸。そこからしばらくはいった先から木々がまばらに生える草原。細い川が行く筋か流れ、その源は左右の森の中に消えている。正面には小高い丘があり、その先は見通せない。異常がないように見えるというのは、その丘までの数kmだ。
 航海に出てから一週間弱。船乗り達はともかく、他の乗員にははやくも陸が恋しくなっている者もいたが、うかつに全員を上陸させるわけにはいかない。この世界には魔物=モンスターと称される怪物達がいるからだ。
 モンスターに分類される生物の範囲は非常に広い。おおざっぱにいえば
「自身を維持するよりはるかに多くの存在力を持ち、物質的な身体能力からはありえない力をふるうモノ」
「活動を停止した際、余剰の存在力が魂を核として魔石となるモノ」
 ということになる。
 すべての存在は存在力を持つが、多くは「自己が在る」という現象を維持する分を保持しているだけで、その活動は物理法則に支配される。しかし中には自己の存在からはみだすほどの存在力を持つモノが在り、さらにそれを操って、通常の物理法則を超越した現象を起こすモノがいる。
 人間の中でそれを行うことができる者は魔術士や闘士といった職につくことが多い。
魔術士は存在力――普通は魔物の力ということで魔力と称される――を見る・感じる・操る能力を持ち、魔法を模倣して魔術を組み上げ、使用する。
 闘士は便宜上の呼び名だ。格闘士・戦士・騎士その他、身体と武器をもって戦う者。その中で魔力を運用して自己強化をおこなう能力が高く、戦技の中心に置く者を魔術士と対比してそう呼ぶ。
 かつては魔物と同類だといいだす者もおり、ゆえに魔の文字を冠されたわけだが、単純に身体能力や回復力を底上げする闘士は区別があいまいで、本物の魔物という外敵がいたことから力ある者にすがらざるをえず、魔術が進歩してからは魔術士も存在を認められるようになった。
 その際に大きな違いとされたのが、魔物は活動を停止すると魔石を出すというものだ。人間の魔術士が死んでも魔石は生まれない。この判別基準は、かつての魔術士のあつかいを想像させるに十分だろう。
 鉱石として採掘されるものとはまた別種のこうした魔石は魔物の死骸からとれる素材と相性が良く、特殊な加工を施すことによって周辺の魔力を蓄積し、高い存在力を保持した武器になる。
 存在力が高い相手ほどそういった武器でなければダメージを与えにくいため、いざという時の備えとしては確保できるにこしたことはない。
 しかし、0からの探索にあたっていきなり強力なモンスターに当たるのは避けたいところだ。
 これは単に強大な戦闘能力を持つという話にとどまらない。
 体重と翼の比率から考えればどう考えても飛べるわけがないというのに高速で巡航できる飛竜や、体高3mにも達する巨体で通常種以上の俊敏性を発揮する魔狼など、移動能力の高い種がいても危険なことになるからだ。
 上陸用の小舟の数は限られる。非戦闘員を大量に上陸させた場合、再収用に時間がかかる。いざとなったら船で逃げ出すというわけにはいかなくなるわけだ。
 森の中や丘向こうをあるていど探り、時間を置いて縄張りの周回で遠方から飛来するといったことがないかを確かめてからでなければ、うっかり上陸許可を出すこともできない。
 シュリーヴィア自身もはやる心を抑えて船で待機している。
 もっとも、かたわらには偵察隊も装備している通信用の魔術具を用意していた。いくつかスイッチのついた台座に固定された水晶の玉のように見えるが、素材的にはより頑丈で、鉄製のケースに収めれば野外で軍の蛮用にさらされてもそうそう壊れたりはしない。
 事前に同調をおこなった物どうしの間でのみではあるものの、数十km以上離れてもダイレクトに音声会話ができるため、重宝される。
 偵察隊を送りだした後、見える範囲に妙な生き物が周回してくることはなかったため、第二陣の上陸はおこなっている。こちらは近くの川を調べるためのものだ。飲める水が確保できるかどうかは死活問題である。
 幸いにして水は澄んでおり、そのままでも飲めそうではあった。知識のある者が検査もしてとりあえずは問題ないとされたため、煮炊き洗い物などには使っている。樽の中の残量とにらみあいながら水を使う生活にくらべれば大きく改善されたといえるだろう。
 遠慮なく身体を拭くことができるのも女性陣には助かるところだ。もちろん男性の目を遮ったうえでの話だが。
 その報せが届いたのは偵察隊を送り出して2日後、彼らの姿が正面の丘の手前に広がる森に消えてそれなりにたってからであった。
「こちら偵察隊、騎士ロスラン。ワーズメリー応答願います」
「こちらワーズメリー。シュリーヴィアよ」
 記録付けだの会計監査だのをやりつつ通信魔術具の横で待機していたシュリーヴィアが即応対したため、偵察隊を率いていた騎士ロスランは一瞬絶句した。
 帝国を祖とする王国の身分は大枠で王族・貴族・騎士・平民に分かれており、騎士には世襲騎士と一代騎士がある。読んで字のごとくで前者は紋章院の承認で嫡子に地位を世襲することができ、後者は当人一代限り。どちらが重いかは明白だろう。
 世襲騎士であり、幼少時から鍛錬を続け、長じて騎士団にはいってから正規の訓練を受けたロスランであるが、王族の側近くに仕えるのは貴族階級の子弟の仕事であって、一般の騎士は言葉をかわすことすら稀だ。とまどうのも無理はない。
 シュリーヴィアとて国内であればこんな横紙破りはしない。煩雑で感情的には気になるものであっても、社会秩序を維持するために形式は必要だ。
 しかし、この現状ではさすがに耐えるのにも限界があったようだ。かたわらに補佐としてアルルを置き、本来通信を受ける役である通信士も同席している。彼は魔術士でもあり教育レベルも高いので書類系の雑務を手伝うこともでき、無駄のない配置といえばいえた。
 それでもわがままといえる話ではあるのだが、船長は提案を無言で受けいれ、結果としてロスランは報告に緊張を強いられることになる。
「は、は! で、殿下におかれましては」
「この場で礼儀をうんぬんする気はありません。通常どおりの報告を」
 正直無茶ぶりではあるが、長々と礼にのっとった会話を未踏地の報告でおこなうなど危険にすぎる。頭をふって思考を切り替えたロスランは本来するはずだった報告を始めた。
「では、失礼して。現在、正面の丘の頂上に到達。樹木がないため匍匐にて前進。遠方を観察。現在地より西南西、20kmほどと思われる地点に港町のようなものを発見しました」
「町ですって?」
 可能性がないわけではなかったが、正直意外な報告である。周囲が無人島の様相をていしていたこと、大陸の外は人間の文明圏からすると未開の地が多い辺境だという先入観もあった。
 しかし先住民がいるのであれば、うまく話を持っていけばなにもないところからの開拓という無謀に挑む必要がなくなるかもしれない。当初の予定では西大陸で大規模におこなわれている開拓の一角に進出し、持ってきた財貨で初期開発を賄うはずだったのだ。取引相手がいるなら近いことはできる可能性はある。
 元より意図して漂着させられた以上、なにもせずに脱出できるとは最初から考えていない。拠点を作るのが楽になるなら万々歳だ。
 相手次第では、逆に厳しいことになるわけだが。
「それで、相手の様子はなにか分かる?」
 距離が距離だけに、あまり期待した質問ではなかったのだが。
「町はかなり整備されたもののようです。大きな船は見当たりません。それで……」
 ロスランがわずかにいいよどむ。
「町の上空を飛んでいるものがいるのですが、翼人のように思われます」
 未踏の地の異種族。ハードルはいささかあがったというところだろうか。
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