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第二章

059「決断」

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——38階層

 ボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコ⋯⋯っ!!!!!!

 地面の至る所から魔物が何十匹も這い出てくる光景を見て俺は、

「走れーーーーっ!!」

 と声を上げながら、上の階層へと登る階段へと走った。

 二人も俺の声にすぐに反応し、後をついてくる。

 現在、地面から魔物が次々と這い出てきてはいるが、まだ出てくる最中なので襲ってきてはいない。なので、俺は地面へ魔物が這い出る前に上の階層への階段まで行き脱出することを考えた。⋯⋯俺の計算ではギリギリ間に合うはずだった、

 しかし、ここで問題が起きた。

 それは、俺の走る速度での計算だったため、唐沢と胡桃沢の二人の走る速度を考えていなかったのだ。

 後ろを振り返ると二人とは10メートル以上の差が開いており、結果、さっきの計算には当てはまらないことがわかった。つまり、魔物に襲われずに階段まで行くのは無理ということである。

 しかも、この時俺は『ある可能性』に気づいてしまった。そして、その可能性はおそらく間違いないだろう。

 そうなると、俺は大丈夫だが今の二人にはさすがに『これ』を対処するのは難しいだろうし、二人を庇って進むのは俺的には少々しんどくなる。

「はぁ~~~⋯⋯⋯⋯仕方ないか。買ったばかりですぐに使うとは思わなかったが使うならむしろ今だな。ていうか買っといてよかったよ⋯⋯ホント」

 そうボヤいた俺は、すぐに二人の元へ行く。

「ソラっ!?」
「ソラ君っ!?」

 二人とも顔が真っ青だ。無理もない。

「いいか、二人とも。これからこの⋯⋯⋯⋯『転移水晶』を使う」
「「えっ?!」」

 俺の言葉に驚く二人。

「で、だ? 二人とも地上に戻ったらすぐに『この事』を伝えてくれ」
「この事⋯⋯? それって、この今の魔物が大量に出ている状況をってこと?」
「そうだ。そして、これはおそらく『魔物暴走スタンピード』だ」
「「す、魔物暴走スタンピード⋯⋯⋯⋯っ!!!!」」

 二人は俺の言葉を聞いて絶句する。

「⋯⋯そうだ。そうなると、この階層よりも下の階層はすでに魔物で溢れているだろう。そして、時間が立つほどに魔物はどんどん上の階層へと侵攻してくるだろう」
「た、たしかに⋯⋯」
「じゃあ、転移水晶で一旦みんなで地上に戻ってギルド本部に報告と応援要請をするということね!」
「いや、違う」
「「え⋯⋯?」」
「転移水晶でお前たちが地上へ出た後ギルド本部へ行き、魔物暴走スタンピードの報告と応援要請をするんだ。俺はその応援が来るまでの間、この38階層で魔物暴走スタンピードの侵攻を遅らせるだけ遅らせる。⋯⋯俺が時間を稼ぐ」
「は? はぁぁぁぁぁぁぁっ?! な、何、言っているんだ、お前っ!? そんなのできるわけないだろっ!!」
「そうよ、ソラ君! バカなこと言わないでっ!! そんなの無理に決まってるでしょっ!!」
「大丈夫だ。俺はまだ本気を出していない」
「いやいやいやいや⋯⋯っ?! 本気を出したところで、一人で魔物暴走スタンピードなんて止められるわけないだろっ!?」
「そうよ! さすがにこれは無理よ、ソラ君っ!!」
「だが、誰かがここに残らないとあっという間にダンジョン内に魔物が溢れるぞ? しかも、ここは40階層までしかない比較的浅い・・ダンジョンだ。ということは⋯⋯⋯⋯わかるだろ、唐沢?」
「っ!? か、かなりのスピードで魔物がダンジョン上層へと登ってくる」
「そうだ。そして、この『魔物暴走スタンピード』で、最も深刻、且つ、危険なのは、ごく稀にではあるが⋯⋯⋯⋯地上に魔物が出てくるということだ」
「えっ!?」

 胡桃沢が俺の言葉に驚く。

 そう、これまではダンジョンから魔物が出ることは絶対になかったのだが、10年前に一度、そして3年前に一度、イギリスとロシアで魔物暴走スタンピードから魔物が地上へ出てきたのだ。

 一応、その時は地上に探索者シーカーが待機していたのでその者たちが撃退してことなきを得たのだが、これがもし撃退できずに見失った場合一般人が危険になることはもちろん、一番やばいのは魔物が地上で増えることだ。

 なので、現在魔物暴走スタンピードが発生すると、その国の探索者シーカー総出で事にあたることが義務付けられている。場合によっては、他国への要請もありだが基本国内でどうにかするものである。

 逆に、他国の探索者集団シーカー・クランへ要請する場合というのは、大抵『魔物の数が多い』または『高ランクの魔物が多い』ときだ。

 ちなみに、最近アメリカのダンジョンで魔物暴走スタンピードがあったのだが、この時、国外である日本の探索者集団シーカー・クラン『乾坤一擲』が出動要請されたのだが、このときアメリカの魔物暴走スタンピードは『高ランクの魔物』が多かったらしい。ちなみにこの時は魔物が地上に出てくることはなかった。

 まーいずれにしても『魔物暴走スタンピード』の場合、地上に魔物が出る恐れがある以上、少しでも侵攻を遅らせることと、応援の探索者シーカーをできるだけ集めることが求められる。

 そんな、俺の思っていることを唐沢もどうやら理解しているようだった。

「た、たしかに⋯⋯たしかに⋯⋯お前の言う通りだよ、ソラ。け、けどよ⋯⋯」
「もちろん、魔物がダンジョンから地上に出るようなケースはほとんど起こらない・・・・・・・・・。むしろ、ごく稀なケースだ。しかしゼロではない。だから、魔物暴走スタンピードが発生した時、誰かが少しでも魔物の侵攻を遅らせることが求められる」
「⋯⋯⋯⋯」
「はっきり言おう。俺は一人でなら最悪逃げ切ることは可能だが、二人が一緒だとそれは難しくなる。わかるよな?」
「⋯⋯あ、ああ」
「⋯⋯くっ!」

 唐沢も胡桃沢も俺が言わんとしていることがわかったようだ。ただ、二人とも自分の力の無さに嘆いているような⋯⋯そんな悔しそうな顔を浮かべている。相変わらずの負けず嫌いである。

「というわけでだ。だから、お前たちには転移水晶で地上に戻ったらすぐに応援要請を手配して欲しい」
「で、でも⋯⋯ソラ君が⋯⋯」
「⋯⋯わかった」
「ちょっ?! 唐沢っ!!」
「お前もわかっているだろ、胡桃沢! 今、何が『最適解』かを!」
「うっ?! うう⋯⋯」

 胡桃沢は苦虫を潰した顔をする。認めたくはないが納得はしている⋯⋯そんな顔だ。

「じゃあ、頼んだぞ」

 そう言って、俺は唐沢に転移水晶を渡した。

「ああ、まかせろ! すぐに応援を要請して駆けつける! だから⋯⋯死ぬなよ!」
「当たり前だ」
「ソラ君っ!! 絶対に! 絶対にすぐ駆けつけるから!!」
「わかった。頼んだぞ、胡桃沢」
「うん!」
「よし、それじゃ行け! 俺がお前が転移するまでの時間を稼いでやる!」
「わかった! 行くぞ、胡桃沢!」
「う、うん!」

 そうして、ソラは唐沢たちとは逆方向に体を向け、迫ってくる魔物へと突っ込んでいく。

 唐沢は胡桃沢と一緒にいる状態で手にした『転移水晶』を地面へと叩きつけ「転移!」と叫ぶ。すると、割れた水晶から虹色の強い光が辺りを照らし、その後、その光が消えるとそこにはもう二人の姿はなかった。



 こうして、ソラは魔物暴走スタンピード真っ只中の38階層に一人残るのだった。
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