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2.辺境の密会、魔女の耳は獣耳
Remember-69 奇襲作戦/決意を此処に、誓いを心に。
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「シャーリィ! 方角は間違ってないか!? 体感真っ直ぐ突き進んでるつもりだが、ズレたりしてないよな!?」
大海原を滑るように進む。馬車にはギリギリ負ける速度だが、それでも可能な限りの最速だ。荒れ狂う追い風のお陰で速度は一瞬たりとも落としていない。
……太陽はまだ頭の上にある。俺達の恐れている日没はまだ先の話だ。
「……? シャーリィ! 今はお前の方位磁針が頼りなんだ! 教えてもらえないと日没に間に合う間に合わないの話にすらならない! このまま迷子になるぞ!」
最初は孤島っぽい影を目指せば良いと思ったが、よく考えればその孤島は異世界の“霧”に包まれている。島の姿形が見えるわけ無い。
じゃあ海に浮かぶ霧の塊を探せば良い……かと思ったが、どうも運が悪いらしい。頭上は晴天だが水平線の上に雲が伸びているせいで、異世界の霧がどこにあるかよくわからない。
だからシャーリィの持ち物にある方位磁針を頼りに、方角で孤島を目指している。それに今、俺の手元にガラスは無い。
頭が良いし、彼女なら方位磁針無しに方角が分かるかもしれないが、今彼女はシャーリィの手元で作戦を練ってる。だから結局、進む方向を確認するためにシャーリィに聞く必要はあるのだが……だが……
……いや、あのさ。
あの子、さっきから声かけてるのに何も反応してくれないんですけど! ガラスを耳に当てて、すっかりベルと話し込んでいる様子だ。
「ッ、おいシャーリィ! シャーリィ!? 聞いているのか!?」
「――――」
「あ、あ? 何だ!? 聞こえないぞ!」
何かを言っているらしいが、まっったく聞こえない。口の動きから言葉を読み取ろうにも、魔法のイメージに頭のリソースを割いているから考えをまとめられない。二言目ぐらいから俺の思考が彼女の口の動きに追いつけなくなる。
そんなことをしていると、シャーリィの様子が変わる。腕を交差させてバツ印を作り、今度は帆を指さした。
バツ……駄目、中止、危険。
そんでもって、彼女が指さしているのは帆……いや、帆じゃなくて帆にぶつけている魔法を指している?
つまり、魔法を止めろ……だろうか?
俺は彼女の指示に従って、一度魔法を止める。水の魔法は再度かけ直すのが面倒なので、解除するのは風の魔法だけにした。
「――ッ、やっと爆音が止んだわ! アンタねぇ! 流石に限度ってモンがあるでしょ限度が!」
「――――」
開口一番、シャーリィから爆音が飛んでくる。
彼女から存在しない筈の風圧を感じてしまって後ろにのけぞってしまうが、帆を張った柱と手を水で固定されていたお陰で船から落ちることはなかった。
「うぐぐ、音圧が……可能な限り最速って指示を出したのはそっちだろ。こういう移動に関して“急ぐ”ってのはつまり全力を出す事だろ? 手加減して走るのは急ぐって言わないよなぁ!?」
「ぐ、確かにそうだけど……情報共有や意思疎通を捨ててまで加速しろと言うつもりはなかったって言うか。そうよねアザミさん!? 戦術立案とかは船の移動中にする予定だったのに!」
「私は……脳味噌ごと耳が裂けるかと思いました」
立ち上がって意見を述べるシャーリィの足下で、座り込んだまま――獣耳を隠す帽子をより深く被って――アザミは小さく呟いた。
「…………ゴメンナサイ」
直接的ではないけど、恐らく不満げ。シャーリィ寄りの意見で、多数決では敗北は確定しているので俺は速やかに謝罪した。主にアザミさんに向かって。
『まあまあ、ユウマが私をシャーリィに預けてくれたお陰で、私とシャーリィの間での情報共有はできた。シャーリィの作戦の細かい部分は伝えておくよ』
「お願いするわ……とりあえず、ちょうど良いところで止まったから一度情報共有しておこうかしら。ベル、お願いできる?」
『ああ、任せてくれ。結論から言うが、私達はもう少しで異世界に突入する筈だ』
「……!」
ざわ、と胸の中で緊張に近い揺れを感じた。
もうすぐ異世界に突入する。それをあの怪物の隠れているに違いない巣窟に足を踏み入れる事への恐怖と捉えたか、時間内に到着した事による安堵と捉えたのか、自分でも分からない。
「……そう結論づけた理由を尋ねても良いですか?」
『もちろん。結論づけた情報は二つ。シャーリィから孤島の方角を二カ所教えて貰った。一つはカーレン村からの、もう一つはノールド村からのだ』
「元々、その孤島は地図に載っている場所よ。異世界になったからといって位置が動いたりする訳じゃないから、正確な情報の筈……分かるのは方角だけだけどね」
『これで角度は求められた。次にこの二点の直線距離だが……これは私の脈拍で代用した。カーレン村からノールド村までの移動中、私は自分の脈数を数えていたんだ。今まで二つの村の間を行ったり来たりを繰り返して、今後もまた往復すると思ったからな。ふと、正確な時間が気になって数えていたんだ』
「数えていたって、えっと、ポケットの中の何も見えない状態で? というかいつの間にそんな事をしていたんだ?」
『ノールド村からカーレン村へ、アザミさんを引き込みに行く時に景色を見ていたからな……馬車の走る道は平野だから曲がり道の無い一直線だったのを覚えている。それに、ユウマ達は私の存在をアザミさんから隠していたからな。退屈で他にやることが無かったのさ……まさかこんな形で役立つとは思わなかったけど』
……若干ベルの表情がふてくされているように見えるのは、俺の気のせいじゃ無いだろう。
『私の脈拍は約62……移動中に打った脈数から、おおよその距離が分かった。“一辺の長さ”とその辺からの“二つの角度”――この二つの情報から私は結論づけた』
「……なるほど、三角形ですか」
アザミがハッと閃いたように口にする。
俺からすれば何が何なのやら分からない内容だったが、それはアザミを納得させるのに十分な情報だったのだろう。
『そうだ。二つの村と異世界を結んで作った三角形……二カ所の角度から異世界の角度を求めて――いや、自慢げに語っている場合じゃないか。あとはこの船に乗っている間の脈数でどれだけ進んでいるかを計算した。そこから求めるに、さっきの速度で残り248回で到着だ』
「……凄いです。筆記も無しに全ての情報を頭の中で整理して計算できるなんて」
『いいや、この計算も確実って訳じゃない。船での移動は当然直線ではないし、船の速度が馬車とおおよそ同じって前提も、私の体感によるものだから信頼性はやや低い……そも、脈が変化しないように平常を保っているつもりだが、脈拍も心理状態で容易く変化するものだからな。机上の空論は一見完璧だが、現実だとチーズのように穴ぼこだらけさ。目安程度の信頼性だと思ってくれ』
「いや……凄い、凄いぞベル! 目安程度って言ったが、それで良い! それで十分過ぎる!」
謙虚にも――いや、ベルからすれば本当にその程度のものだと思っているのだろうが、方位磁針ぐらいでしか異世界の位置が分からない立場からすれば貴重な情報だ。
確かに、進む方向さえ合っていればいずれ辿り着くだろう……だが、それは何時になる?
異世界に突入するその時まで常に気を張って警戒を続けるのは、体力の温存を考えれば良くないことだ。今みたいに、これから気をつけろとおおよその目安さえあれば上手く動ける……!
「非常時の有無に構わず事前からこまめに情報を集め、布石を打ち、このように活用する情報の収集力とそれらを順序立てる構築力……ベルさん。先程は力になれるのかなどと聞きましたが、それはあまりに早計な質問でした。失礼極まりない言葉だったと謝らせて頂けませんか」
『え、えっと……そ、そんな改まらなくて良いんだよアザミさん。大丈夫だから……あ、あはは、なんか褒めちぎられて照れるな、コレ……』
「私からも褒めて使わしたいところだけど、リーダーとして水を差すわ。ベル、集中して。まだ貴女には役割分担の考えがあるんでしょ?」
『ッ……と、そうだった。すまないシャーリィ……コホン』
シャーリィの責任感を重んじた言葉を受けて、咳払いをして仕切り直すベルに、こちらも居住まいを正す……いや、実際にそうしている訳ではないが、心持ち的には改まったつもりで向き合う。
『ここからは慎重に、かつ手漕ぎで行こう。理由は“異世界が近いから微調整を効かせたい”からだ。ユウマの魔法による加速力は魅力的だが、勢い余って突入するかもしれないからな……』
「……確かに、音も酷くて注意喚起すら聞こえないからな。分かった、オールを渡してくれ」
『いや、漕ぐのはシャーリィかアザミさんだ。ユウマはそのまま転生を保ってレーダーの役割を担ってくれ』
「……? レーダー?」
『この中で唯一、風の魔法を扱えるのはユウマだけだからな。周囲の空気を把握し続けて、霧を感知して欲しい。天候の都合上、目視だけを頼るのは危険そうだからな……それに、どうやら“空気”に関する知識は私よりもあるらしい。まあ、餅は餅屋ってね、専門は任せたよ』
「要は斥候ってやつか……わかった、そういうことなら俺にもできる」
「無理はしないでって前提で無理を言わせてもらうけど……ユウマ、頼りにしてるわよ。お願い」
「心配しないでくれシャーリィ、この土壇場で眠いだの疲れただの言ってられないさ」
申し訳なさそうに頼りにしてくるシャーリィに、胸を張って俺は答えた。
大丈夫だ。それに何より、俺にしかできない役割を与えられたことで胸に燻っていたものが晴れた心地だ。自信を持って、俺は“ここに居る意味がある”と言える。
……さあ、そう答えたのだから役割はしっかりとこなさなければ。
俺は精神を研ぎ澄ませて、目を瞑って探知に神経を切り替えた――
■□■□■
「……! ちょっと待ったアザミさん! 一旦漕ぐの止めてくれ!」
あれからそこまで時間は経っていない。
明確な時間は分からないが、シャーリィとアザミが漕ぐ役を交代して少し経ったぐらい。レーダー役を全うしている俺は突然違和感を感じて、咄嗟に警告する。
『! 異世界が近いのか?』
「ああ……多分な。斜め前ぐらいに急に異物の壁って言えば良いのか……多分これは霧だと思う。距離は……100mより遠く、かな」
「分かりました。少し角度を調節して、皆それぞれ準備を整えましょう」
「よく正確な距離が分かるわね……今度、本格的な魔法の性能研究をさせてもらおうかしら……」
なんか隣でシャーリィがおっかない事を言っているが、レーダーの役割はこれでちゃんと果たした……筈だ。
……役に立てたことにちょっと安心感を覚えて――っとと、危ない危ない。少し眠気でボーッとしてしまった。
「んじゃあ……はい、ユウマ」
「――んうぇ!? ……びっくりした、瓶渡されて脊髄反射で変な反応しちゃったけど、なにこの液体? 媒体の失敗作?」
突然シャーリィから小瓶を手渡されてビックリしたが、何やら中に黒い液体が満ちている。なんですこの、なんですかシャーリィさんや?
「違うわよ。珈琲よ珈琲。はい、アザミさんの分も。あ、貴女って珈琲は飲める?」
「えっと、飲んだことは一応ありますが……はい、ありがとうございます……?」
アザミも何故渡されたのか分からない様子で、シャーリィから珈琲の小瓶を渡される。俺とアザミに珈琲の小瓶を渡すと、彼女も同じく小瓶を取り出した。
「えーっと、なんやかんやで私達、徹夜で活動しているからね……気合いを入れるのと、糖分補給と……ちょっとこういうのをやってみたくてね」
「こういうの?」
「ほら、仲間同士で無事に帰還するのを願っての一杯というか……」
「ああ! 誓いの杯のようなものですね!」
「そんな感じ。それと、同じく仲間だしベルの分も用意してるけど……」
『わ、私の分もか!?』
「シャーリィって意外とこういう事にノリノリだよな」
そう言いながら四本目の珈琲入りの小瓶を取り出したので、俺も雰囲気に便乗してベルの映ったガラスを取り出して小瓶の目の前に置く。まるでお供え物みたいで少し面白い。
……つまるところ、四人揃って無事に帰還しましょう! って誓いをこの一杯の珈琲に込めてるってことか。揺らしてみると、少しとろみがあることに気がつく。砂糖か蜜が結構な量入っているみたいだ。
『誓いの意思もそうだが、糖分たっぷりな珈琲を選んだのは良い選択だな、シャーリィ。元気の前借りみたいな作用だが、これから最終決戦に挑む身には良いと思うぞ』
「だからこそ用意したのよ。ブライトさんから旅先での作り方を教えて貰ったけど、自分で淹れるのは中々苦労したわ……はい、そんな訳でみんな持って」
そう言ってシャーリィは小瓶の蓋を開けて掲げるように構える。
俺とアザミも少し遅れて、真似するように蓋を開けて――ベルは無理なので、そのまま腕を組んで微笑んでいた――同じぐらいの高さに掲げる。
「――コホン、それじゃあ、私達四人の無事生還を。あのクソッタレな化け物を日没までに倒せることを祈って、乾杯」
「か、乾杯です!」
「改まった態度でクソッタレとか普通に言うのね……ん、乾杯」
『私は飲めないけど、乾杯。私の分はユウマが飲んでくれ』
それぞれが一言答えて中の珈琲を口にする――ッ……!?
「ぶッ……あっっっまァ!? なんだコレ……死ぬほど甘いし……な、なんか口の中で違和感がする……渋味? 何コレ……」
「うっ……あ、灰汁の味がしますね」
「……ごめん、私って昔から初めてやることって失敗しがちで……灰汁の味が酷いから砂糖で誤魔化したつもりだったんだけど……あー、これダメね! 私にもヤバイって分かるわ! うえッ!?」
「み、水! 水が欲しい! アザミ水を! そこの袋の中にあるから!」
「は、はい! あと私の分も頂きます!」
「私にも頂戴! コレは思ったよりダメだわ! 味見の時はマシだったけど、冷えた分酷くなった気がする!」
あらかじめ積んでいた荷物の中から水入りの瓶を三人揃って取りだして、口の中を洗い流すために慌てて飲み始めるのだった。
『……あー、なんだ。私の分も飲むか? ユウマ』
「飲まないよ!!」
でもポケットには入れることにするのだった。ベルの分だし。
ベルの言うとおり元気は出るかもしれないが、今ので結構精神的にダメージを負ったぞシャーリィ……!
■□■□■
……あんな馬鹿みたいなやり取りがあったが、それで緊張が解れたかと言われると、微妙なところだ。
実際、シャーリィもアザミも、少し険しい顔をして霧の中を通過したのだし、やっぱり皆緊張しているのだろう。
「……良かった、確かに海が続いているわね。その協力者の情報っての、信頼性がありそうだわ」
「はい、協力者の情報だと、この先は坂道が続いて……大きな灯台――それも、異質な灯台があるとのことです」
「異質? 何、どういうことなの?」
「私にも詳しくは教えてくれませんでしたが……恐らく、現代の技術では作製不可能な代物を指しているのだと思います……あくまで推測ですが」
シャーリィの問いに対して、アザミさんは珍しく自信なさげに答える。
現代の技術では作製不可能……まあ、実際に反ギルド団体の拠点内の異世界で見たことある身としては、そういうのもあるのだとは理解出来る。
精巧な金属でできた城のような建造物……ベルホルトは確か、何かの工場だとか言っていた記憶があるが……やはり、この異世界とやらは何かしらの建物を――それも、アザミが言うような作製不可能な代物を――生み出しているのだろうか……?
……確かに、この世界に対して少なからず興味がある。
この異世界の謎に関して詳しく調べてみたいという好奇心もあるが……間違えても、あんな連中のようには堕ちたくない。
きっと連中は、この異世界の謎に魅せられすぎて、あんな非人道な行為に及んだのだろう……なんて、連中に対して今更な理解を示してみたり。
「……ちょっと、ユウマ。話聞いてる?」
「んぁ……ああ、ごめん。ちょっと余計な考え事してた」
「ッ……まあ、いいわ。それぐらい穏やかなら結構よ。変に緊張とかしていたら危ないからね」
「いや、本当にごめん……もう一回話して欲しい」
「はいはい、わかったわよ」
ぼーっとしてシャーリィの話とやらを聞き逃してしまっていたらしい。
……だというのに、なんか妙にシャーリィの態度が優しい気がするのが、失礼ながら絶妙に怖かった――いつもなら皮肉の一つや二つ、あるいは怒りが飛んでくる――ので、ちゃんと謝ってもう一度お願い申し上げる。
「私達はもう二度――いや、子供の救出を含めるとユウマは三度目か。三回も異世界に突入して転生を使っている状態よ。私達の身もかなり疲弊しているわ。そこをまず自覚すること。良い?」
「ああ、体調自体はいつも通り良いんだけどな。やっぱり異世界だと体が軽いんだ」
「前にも聞いたけど、それがよく分からないのよね……ランナーズハイみたいなモノじゃないの? 錯覚とか興奮しているだけの可能性もあるから、どちらにせよ、ユウマは特に体力の温存を重視すること!」
『そうだな……特にユウマは魔道の密会の人間を助けるために、転生中にもう一度転生を使っていたからな。自覚は無いかもしれないが、確実に残った体力は少ない筈だ』
「……ん、わかった。十分に気をつけておくよ」
シャーリィとベルの二人がかりで説得されたので、大人しく頷くことにした。
反論がある訳ではないのだが、こうも二人がかりで理屈で責められると大人しくハイと答えるしかなくなってしまう。
「それを踏まえて、敵も日光のおかげでかなり消耗している筈よ。だからこの戦いは互いがギリギリの極限状態での戦いになる……でも、その状況は極力避けたい」
『そこで私とシャーリィが出した結論は……闇討ちだ』
「闇討ち? 不意を突くってことか?」
「ええ。日没までの焦りがあるのは分かる。でも、私達は慎重に、敵に気づかれないように行動し、先に敵を発見するの」
「真っ向勝負は止めて、不意打ちで総攻撃ってことか」
『いいや、ユウマ。それも考えたが、全員で攻撃を仕掛けるのは敵に気づかれるリスクが大きい。気づかれたら迎え打たれて逆に先制攻撃を譲ることになりかねない』
「そこで、アザミさん。貴女の出番よ」
「…………はい!?」
突然の指名にアザミがビックリしている。
俺とシャーリィ、そしてベルだけの間で話がトントン拍子で進んでいた中で突然名前を呼ばれたのだから、そりゃあんな反応をしてしまうものだろう。
『アザミさんの弓が今回の戦術に最も適していると私達は結論づけた。狼の怪物を貫いたあの赤い矢……アレの射程距離はどれぐらいある?』
「私の創った矢のことですか? そうですね……あの技は転生の魔力残量に影響されますが、今の体調なら一般的な弓矢の射程以上はあります」
『すまないが、その極めて大型なタイプの弓を私は知らなくてな……その弓の具体的な情報も教えて頂けないか?』
「えっとですね、これは和弓と言いまして……張力は40kg? ぐらいで、特定の部位を狙うような精密射撃は難しいですが、ただ“中てる”だけとなれば500m離れた的を射抜けます……絶対成功する、と断言はできませんが……」
『なるほど……凄まじい、としか言えないな』
「嘘でしょ……その弓、私の弓の二倍近く重いの……!?」
詳しい説明をされても、俺には何のことだかわからないが、どうやら専門家勢からすれば目が飛び出るほどのスペックらしい。
……そういえば、シャーリィも以前弓を作っていたが、それもあってか結構大きめのショックを受けている様子。あの時のシャーリィは得意げに作ってご機嫌に説明までしてくれたし、そんな自分よりも上位な存在が居たらショックを受けるか。
『やはりこの手だな……アザミさんのその弓を使って一撃で仕留める。それが作戦だが……アザミさん、頼めるか?』
「は、はい! 失敗できないと考えると、ちょっと緊張しますが……村も、私達も守る為ならば、やってみせます!」
「決まりね。狙撃地点はどこが良いかしら……」
『先に敵の位置の確認も忘れずにな……一撃で仕留められなかった場合を考えて、ユウマとシャーリィは怪物から少し離れた場所で待機する……って陣形でどうだろう』
「私もユウマも中近距離型だものね……分かった、一先ず潜伏しながら怪物の居場所を特定……ああ、それとこの異世界に生息している怪物の状況確認ね。みんな、準備は良い?」
シャーリィとベルの立案に俺とアザミは、事を少し重く受け取って頷いて答える。
……俺も、恐らくアザミも直感で感じたことだろうが、ここから先は成すこと全てに命が懸かっている。
“自分の命を大切にしろ”というベルとの約束は覚えている。だが、俺達の作戦は全てを救うか、全てを失うかの賭け……いうなら命の賭博なのだ。
……いや、賭けだとかそれどころの話じゃない。最悪の場合、死んで流転した仲間をこの手でまた殺す必要がでてくるかもしれないのだ。
思わずこんな賭けを捨てて逃げたくなるほどのリスクのデカさだ。
(……それでも、勝たないと。怪物にも、あの時の恐怖にも――)
賭けで対価を得るには、こちらも何かを差し出さなくてはならない。
リターンはリスクに挑んだ者にのみ与えられる……と俺なりに思う。だから、体が震えを訴えていても、意思だけは負けられない。
「……行こう。そして、みんな揃って生きよう」
『ああ……無理承知で言うが、何があってもその意思で生き抜いてくれ、ユウマ』
俺の相棒がそんな無茶をポケットから言ってくる。
だけど、だからこそ俺はこのまだ冷え切っていない心を抱いて生き抜いてみせると、彼女達に向けて無言で誓うのだった。
大海原を滑るように進む。馬車にはギリギリ負ける速度だが、それでも可能な限りの最速だ。荒れ狂う追い風のお陰で速度は一瞬たりとも落としていない。
……太陽はまだ頭の上にある。俺達の恐れている日没はまだ先の話だ。
「……? シャーリィ! 今はお前の方位磁針が頼りなんだ! 教えてもらえないと日没に間に合う間に合わないの話にすらならない! このまま迷子になるぞ!」
最初は孤島っぽい影を目指せば良いと思ったが、よく考えればその孤島は異世界の“霧”に包まれている。島の姿形が見えるわけ無い。
じゃあ海に浮かぶ霧の塊を探せば良い……かと思ったが、どうも運が悪いらしい。頭上は晴天だが水平線の上に雲が伸びているせいで、異世界の霧がどこにあるかよくわからない。
だからシャーリィの持ち物にある方位磁針を頼りに、方角で孤島を目指している。それに今、俺の手元にガラスは無い。
頭が良いし、彼女なら方位磁針無しに方角が分かるかもしれないが、今彼女はシャーリィの手元で作戦を練ってる。だから結局、進む方向を確認するためにシャーリィに聞く必要はあるのだが……だが……
……いや、あのさ。
あの子、さっきから声かけてるのに何も反応してくれないんですけど! ガラスを耳に当てて、すっかりベルと話し込んでいる様子だ。
「ッ、おいシャーリィ! シャーリィ!? 聞いているのか!?」
「――――」
「あ、あ? 何だ!? 聞こえないぞ!」
何かを言っているらしいが、まっったく聞こえない。口の動きから言葉を読み取ろうにも、魔法のイメージに頭のリソースを割いているから考えをまとめられない。二言目ぐらいから俺の思考が彼女の口の動きに追いつけなくなる。
そんなことをしていると、シャーリィの様子が変わる。腕を交差させてバツ印を作り、今度は帆を指さした。
バツ……駄目、中止、危険。
そんでもって、彼女が指さしているのは帆……いや、帆じゃなくて帆にぶつけている魔法を指している?
つまり、魔法を止めろ……だろうか?
俺は彼女の指示に従って、一度魔法を止める。水の魔法は再度かけ直すのが面倒なので、解除するのは風の魔法だけにした。
「――ッ、やっと爆音が止んだわ! アンタねぇ! 流石に限度ってモンがあるでしょ限度が!」
「――――」
開口一番、シャーリィから爆音が飛んでくる。
彼女から存在しない筈の風圧を感じてしまって後ろにのけぞってしまうが、帆を張った柱と手を水で固定されていたお陰で船から落ちることはなかった。
「うぐぐ、音圧が……可能な限り最速って指示を出したのはそっちだろ。こういう移動に関して“急ぐ”ってのはつまり全力を出す事だろ? 手加減して走るのは急ぐって言わないよなぁ!?」
「ぐ、確かにそうだけど……情報共有や意思疎通を捨ててまで加速しろと言うつもりはなかったって言うか。そうよねアザミさん!? 戦術立案とかは船の移動中にする予定だったのに!」
「私は……脳味噌ごと耳が裂けるかと思いました」
立ち上がって意見を述べるシャーリィの足下で、座り込んだまま――獣耳を隠す帽子をより深く被って――アザミは小さく呟いた。
「…………ゴメンナサイ」
直接的ではないけど、恐らく不満げ。シャーリィ寄りの意見で、多数決では敗北は確定しているので俺は速やかに謝罪した。主にアザミさんに向かって。
『まあまあ、ユウマが私をシャーリィに預けてくれたお陰で、私とシャーリィの間での情報共有はできた。シャーリィの作戦の細かい部分は伝えておくよ』
「お願いするわ……とりあえず、ちょうど良いところで止まったから一度情報共有しておこうかしら。ベル、お願いできる?」
『ああ、任せてくれ。結論から言うが、私達はもう少しで異世界に突入する筈だ』
「……!」
ざわ、と胸の中で緊張に近い揺れを感じた。
もうすぐ異世界に突入する。それをあの怪物の隠れているに違いない巣窟に足を踏み入れる事への恐怖と捉えたか、時間内に到着した事による安堵と捉えたのか、自分でも分からない。
「……そう結論づけた理由を尋ねても良いですか?」
『もちろん。結論づけた情報は二つ。シャーリィから孤島の方角を二カ所教えて貰った。一つはカーレン村からの、もう一つはノールド村からのだ』
「元々、その孤島は地図に載っている場所よ。異世界になったからといって位置が動いたりする訳じゃないから、正確な情報の筈……分かるのは方角だけだけどね」
『これで角度は求められた。次にこの二点の直線距離だが……これは私の脈拍で代用した。カーレン村からノールド村までの移動中、私は自分の脈数を数えていたんだ。今まで二つの村の間を行ったり来たりを繰り返して、今後もまた往復すると思ったからな。ふと、正確な時間が気になって数えていたんだ』
「数えていたって、えっと、ポケットの中の何も見えない状態で? というかいつの間にそんな事をしていたんだ?」
『ノールド村からカーレン村へ、アザミさんを引き込みに行く時に景色を見ていたからな……馬車の走る道は平野だから曲がり道の無い一直線だったのを覚えている。それに、ユウマ達は私の存在をアザミさんから隠していたからな。退屈で他にやることが無かったのさ……まさかこんな形で役立つとは思わなかったけど』
……若干ベルの表情がふてくされているように見えるのは、俺の気のせいじゃ無いだろう。
『私の脈拍は約62……移動中に打った脈数から、おおよその距離が分かった。“一辺の長さ”とその辺からの“二つの角度”――この二つの情報から私は結論づけた』
「……なるほど、三角形ですか」
アザミがハッと閃いたように口にする。
俺からすれば何が何なのやら分からない内容だったが、それはアザミを納得させるのに十分な情報だったのだろう。
『そうだ。二つの村と異世界を結んで作った三角形……二カ所の角度から異世界の角度を求めて――いや、自慢げに語っている場合じゃないか。あとはこの船に乗っている間の脈数でどれだけ進んでいるかを計算した。そこから求めるに、さっきの速度で残り248回で到着だ』
「……凄いです。筆記も無しに全ての情報を頭の中で整理して計算できるなんて」
『いいや、この計算も確実って訳じゃない。船での移動は当然直線ではないし、船の速度が馬車とおおよそ同じって前提も、私の体感によるものだから信頼性はやや低い……そも、脈が変化しないように平常を保っているつもりだが、脈拍も心理状態で容易く変化するものだからな。机上の空論は一見完璧だが、現実だとチーズのように穴ぼこだらけさ。目安程度の信頼性だと思ってくれ』
「いや……凄い、凄いぞベル! 目安程度って言ったが、それで良い! それで十分過ぎる!」
謙虚にも――いや、ベルからすれば本当にその程度のものだと思っているのだろうが、方位磁針ぐらいでしか異世界の位置が分からない立場からすれば貴重な情報だ。
確かに、進む方向さえ合っていればいずれ辿り着くだろう……だが、それは何時になる?
異世界に突入するその時まで常に気を張って警戒を続けるのは、体力の温存を考えれば良くないことだ。今みたいに、これから気をつけろとおおよその目安さえあれば上手く動ける……!
「非常時の有無に構わず事前からこまめに情報を集め、布石を打ち、このように活用する情報の収集力とそれらを順序立てる構築力……ベルさん。先程は力になれるのかなどと聞きましたが、それはあまりに早計な質問でした。失礼極まりない言葉だったと謝らせて頂けませんか」
『え、えっと……そ、そんな改まらなくて良いんだよアザミさん。大丈夫だから……あ、あはは、なんか褒めちぎられて照れるな、コレ……』
「私からも褒めて使わしたいところだけど、リーダーとして水を差すわ。ベル、集中して。まだ貴女には役割分担の考えがあるんでしょ?」
『ッ……と、そうだった。すまないシャーリィ……コホン』
シャーリィの責任感を重んじた言葉を受けて、咳払いをして仕切り直すベルに、こちらも居住まいを正す……いや、実際にそうしている訳ではないが、心持ち的には改まったつもりで向き合う。
『ここからは慎重に、かつ手漕ぎで行こう。理由は“異世界が近いから微調整を効かせたい”からだ。ユウマの魔法による加速力は魅力的だが、勢い余って突入するかもしれないからな……』
「……確かに、音も酷くて注意喚起すら聞こえないからな。分かった、オールを渡してくれ」
『いや、漕ぐのはシャーリィかアザミさんだ。ユウマはそのまま転生を保ってレーダーの役割を担ってくれ』
「……? レーダー?」
『この中で唯一、風の魔法を扱えるのはユウマだけだからな。周囲の空気を把握し続けて、霧を感知して欲しい。天候の都合上、目視だけを頼るのは危険そうだからな……それに、どうやら“空気”に関する知識は私よりもあるらしい。まあ、餅は餅屋ってね、専門は任せたよ』
「要は斥候ってやつか……わかった、そういうことなら俺にもできる」
「無理はしないでって前提で無理を言わせてもらうけど……ユウマ、頼りにしてるわよ。お願い」
「心配しないでくれシャーリィ、この土壇場で眠いだの疲れただの言ってられないさ」
申し訳なさそうに頼りにしてくるシャーリィに、胸を張って俺は答えた。
大丈夫だ。それに何より、俺にしかできない役割を与えられたことで胸に燻っていたものが晴れた心地だ。自信を持って、俺は“ここに居る意味がある”と言える。
……さあ、そう答えたのだから役割はしっかりとこなさなければ。
俺は精神を研ぎ澄ませて、目を瞑って探知に神経を切り替えた――
■□■□■
「……! ちょっと待ったアザミさん! 一旦漕ぐの止めてくれ!」
あれからそこまで時間は経っていない。
明確な時間は分からないが、シャーリィとアザミが漕ぐ役を交代して少し経ったぐらい。レーダー役を全うしている俺は突然違和感を感じて、咄嗟に警告する。
『! 異世界が近いのか?』
「ああ……多分な。斜め前ぐらいに急に異物の壁って言えば良いのか……多分これは霧だと思う。距離は……100mより遠く、かな」
「分かりました。少し角度を調節して、皆それぞれ準備を整えましょう」
「よく正確な距離が分かるわね……今度、本格的な魔法の性能研究をさせてもらおうかしら……」
なんか隣でシャーリィがおっかない事を言っているが、レーダーの役割はこれでちゃんと果たした……筈だ。
……役に立てたことにちょっと安心感を覚えて――っとと、危ない危ない。少し眠気でボーッとしてしまった。
「んじゃあ……はい、ユウマ」
「――んうぇ!? ……びっくりした、瓶渡されて脊髄反射で変な反応しちゃったけど、なにこの液体? 媒体の失敗作?」
突然シャーリィから小瓶を手渡されてビックリしたが、何やら中に黒い液体が満ちている。なんですこの、なんですかシャーリィさんや?
「違うわよ。珈琲よ珈琲。はい、アザミさんの分も。あ、貴女って珈琲は飲める?」
「えっと、飲んだことは一応ありますが……はい、ありがとうございます……?」
アザミも何故渡されたのか分からない様子で、シャーリィから珈琲の小瓶を渡される。俺とアザミに珈琲の小瓶を渡すと、彼女も同じく小瓶を取り出した。
「えーっと、なんやかんやで私達、徹夜で活動しているからね……気合いを入れるのと、糖分補給と……ちょっとこういうのをやってみたくてね」
「こういうの?」
「ほら、仲間同士で無事に帰還するのを願っての一杯というか……」
「ああ! 誓いの杯のようなものですね!」
「そんな感じ。それと、同じく仲間だしベルの分も用意してるけど……」
『わ、私の分もか!?』
「シャーリィって意外とこういう事にノリノリだよな」
そう言いながら四本目の珈琲入りの小瓶を取り出したので、俺も雰囲気に便乗してベルの映ったガラスを取り出して小瓶の目の前に置く。まるでお供え物みたいで少し面白い。
……つまるところ、四人揃って無事に帰還しましょう! って誓いをこの一杯の珈琲に込めてるってことか。揺らしてみると、少しとろみがあることに気がつく。砂糖か蜜が結構な量入っているみたいだ。
『誓いの意思もそうだが、糖分たっぷりな珈琲を選んだのは良い選択だな、シャーリィ。元気の前借りみたいな作用だが、これから最終決戦に挑む身には良いと思うぞ』
「だからこそ用意したのよ。ブライトさんから旅先での作り方を教えて貰ったけど、自分で淹れるのは中々苦労したわ……はい、そんな訳でみんな持って」
そう言ってシャーリィは小瓶の蓋を開けて掲げるように構える。
俺とアザミも少し遅れて、真似するように蓋を開けて――ベルは無理なので、そのまま腕を組んで微笑んでいた――同じぐらいの高さに掲げる。
「――コホン、それじゃあ、私達四人の無事生還を。あのクソッタレな化け物を日没までに倒せることを祈って、乾杯」
「か、乾杯です!」
「改まった態度でクソッタレとか普通に言うのね……ん、乾杯」
『私は飲めないけど、乾杯。私の分はユウマが飲んでくれ』
それぞれが一言答えて中の珈琲を口にする――ッ……!?
「ぶッ……あっっっまァ!? なんだコレ……死ぬほど甘いし……な、なんか口の中で違和感がする……渋味? 何コレ……」
「うっ……あ、灰汁の味がしますね」
「……ごめん、私って昔から初めてやることって失敗しがちで……灰汁の味が酷いから砂糖で誤魔化したつもりだったんだけど……あー、これダメね! 私にもヤバイって分かるわ! うえッ!?」
「み、水! 水が欲しい! アザミ水を! そこの袋の中にあるから!」
「は、はい! あと私の分も頂きます!」
「私にも頂戴! コレは思ったよりダメだわ! 味見の時はマシだったけど、冷えた分酷くなった気がする!」
あらかじめ積んでいた荷物の中から水入りの瓶を三人揃って取りだして、口の中を洗い流すために慌てて飲み始めるのだった。
『……あー、なんだ。私の分も飲むか? ユウマ』
「飲まないよ!!」
でもポケットには入れることにするのだった。ベルの分だし。
ベルの言うとおり元気は出るかもしれないが、今ので結構精神的にダメージを負ったぞシャーリィ……!
■□■□■
……あんな馬鹿みたいなやり取りがあったが、それで緊張が解れたかと言われると、微妙なところだ。
実際、シャーリィもアザミも、少し険しい顔をして霧の中を通過したのだし、やっぱり皆緊張しているのだろう。
「……良かった、確かに海が続いているわね。その協力者の情報っての、信頼性がありそうだわ」
「はい、協力者の情報だと、この先は坂道が続いて……大きな灯台――それも、異質な灯台があるとのことです」
「異質? 何、どういうことなの?」
「私にも詳しくは教えてくれませんでしたが……恐らく、現代の技術では作製不可能な代物を指しているのだと思います……あくまで推測ですが」
シャーリィの問いに対して、アザミさんは珍しく自信なさげに答える。
現代の技術では作製不可能……まあ、実際に反ギルド団体の拠点内の異世界で見たことある身としては、そういうのもあるのだとは理解出来る。
精巧な金属でできた城のような建造物……ベルホルトは確か、何かの工場だとか言っていた記憶があるが……やはり、この異世界とやらは何かしらの建物を――それも、アザミが言うような作製不可能な代物を――生み出しているのだろうか……?
……確かに、この世界に対して少なからず興味がある。
この異世界の謎に関して詳しく調べてみたいという好奇心もあるが……間違えても、あんな連中のようには堕ちたくない。
きっと連中は、この異世界の謎に魅せられすぎて、あんな非人道な行為に及んだのだろう……なんて、連中に対して今更な理解を示してみたり。
「……ちょっと、ユウマ。話聞いてる?」
「んぁ……ああ、ごめん。ちょっと余計な考え事してた」
「ッ……まあ、いいわ。それぐらい穏やかなら結構よ。変に緊張とかしていたら危ないからね」
「いや、本当にごめん……もう一回話して欲しい」
「はいはい、わかったわよ」
ぼーっとしてシャーリィの話とやらを聞き逃してしまっていたらしい。
……だというのに、なんか妙にシャーリィの態度が優しい気がするのが、失礼ながら絶妙に怖かった――いつもなら皮肉の一つや二つ、あるいは怒りが飛んでくる――ので、ちゃんと謝ってもう一度お願い申し上げる。
「私達はもう二度――いや、子供の救出を含めるとユウマは三度目か。三回も異世界に突入して転生を使っている状態よ。私達の身もかなり疲弊しているわ。そこをまず自覚すること。良い?」
「ああ、体調自体はいつも通り良いんだけどな。やっぱり異世界だと体が軽いんだ」
「前にも聞いたけど、それがよく分からないのよね……ランナーズハイみたいなモノじゃないの? 錯覚とか興奮しているだけの可能性もあるから、どちらにせよ、ユウマは特に体力の温存を重視すること!」
『そうだな……特にユウマは魔道の密会の人間を助けるために、転生中にもう一度転生を使っていたからな。自覚は無いかもしれないが、確実に残った体力は少ない筈だ』
「……ん、わかった。十分に気をつけておくよ」
シャーリィとベルの二人がかりで説得されたので、大人しく頷くことにした。
反論がある訳ではないのだが、こうも二人がかりで理屈で責められると大人しくハイと答えるしかなくなってしまう。
「それを踏まえて、敵も日光のおかげでかなり消耗している筈よ。だからこの戦いは互いがギリギリの極限状態での戦いになる……でも、その状況は極力避けたい」
『そこで私とシャーリィが出した結論は……闇討ちだ』
「闇討ち? 不意を突くってことか?」
「ええ。日没までの焦りがあるのは分かる。でも、私達は慎重に、敵に気づかれないように行動し、先に敵を発見するの」
「真っ向勝負は止めて、不意打ちで総攻撃ってことか」
『いいや、ユウマ。それも考えたが、全員で攻撃を仕掛けるのは敵に気づかれるリスクが大きい。気づかれたら迎え打たれて逆に先制攻撃を譲ることになりかねない』
「そこで、アザミさん。貴女の出番よ」
「…………はい!?」
突然の指名にアザミがビックリしている。
俺とシャーリィ、そしてベルだけの間で話がトントン拍子で進んでいた中で突然名前を呼ばれたのだから、そりゃあんな反応をしてしまうものだろう。
『アザミさんの弓が今回の戦術に最も適していると私達は結論づけた。狼の怪物を貫いたあの赤い矢……アレの射程距離はどれぐらいある?』
「私の創った矢のことですか? そうですね……あの技は転生の魔力残量に影響されますが、今の体調なら一般的な弓矢の射程以上はあります」
『すまないが、その極めて大型なタイプの弓を私は知らなくてな……その弓の具体的な情報も教えて頂けないか?』
「えっとですね、これは和弓と言いまして……張力は40kg? ぐらいで、特定の部位を狙うような精密射撃は難しいですが、ただ“中てる”だけとなれば500m離れた的を射抜けます……絶対成功する、と断言はできませんが……」
『なるほど……凄まじい、としか言えないな』
「嘘でしょ……その弓、私の弓の二倍近く重いの……!?」
詳しい説明をされても、俺には何のことだかわからないが、どうやら専門家勢からすれば目が飛び出るほどのスペックらしい。
……そういえば、シャーリィも以前弓を作っていたが、それもあってか結構大きめのショックを受けている様子。あの時のシャーリィは得意げに作ってご機嫌に説明までしてくれたし、そんな自分よりも上位な存在が居たらショックを受けるか。
『やはりこの手だな……アザミさんのその弓を使って一撃で仕留める。それが作戦だが……アザミさん、頼めるか?』
「は、はい! 失敗できないと考えると、ちょっと緊張しますが……村も、私達も守る為ならば、やってみせます!」
「決まりね。狙撃地点はどこが良いかしら……」
『先に敵の位置の確認も忘れずにな……一撃で仕留められなかった場合を考えて、ユウマとシャーリィは怪物から少し離れた場所で待機する……って陣形でどうだろう』
「私もユウマも中近距離型だものね……分かった、一先ず潜伏しながら怪物の居場所を特定……ああ、それとこの異世界に生息している怪物の状況確認ね。みんな、準備は良い?」
シャーリィとベルの立案に俺とアザミは、事を少し重く受け取って頷いて答える。
……俺も、恐らくアザミも直感で感じたことだろうが、ここから先は成すこと全てに命が懸かっている。
“自分の命を大切にしろ”というベルとの約束は覚えている。だが、俺達の作戦は全てを救うか、全てを失うかの賭け……いうなら命の賭博なのだ。
……いや、賭けだとかそれどころの話じゃない。最悪の場合、死んで流転した仲間をこの手でまた殺す必要がでてくるかもしれないのだ。
思わずこんな賭けを捨てて逃げたくなるほどのリスクのデカさだ。
(……それでも、勝たないと。怪物にも、あの時の恐怖にも――)
賭けで対価を得るには、こちらも何かを差し出さなくてはならない。
リターンはリスクに挑んだ者にのみ与えられる……と俺なりに思う。だから、体が震えを訴えていても、意思だけは負けられない。
「……行こう。そして、みんな揃って生きよう」
『ああ……無理承知で言うが、何があってもその意思で生き抜いてくれ、ユウマ』
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