君と僕のガラクタだった今日に虹をかけよう

神楽耶 夏輝

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今度は僕が寝取る

ただの友達から『男』へと昇格する

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 2014年3月21日金曜日(春分の日)。

 世間は、21日から23日までの三日間、3連休だが、僕たちの業界に於いて、そんな物はない。
 サービス業たる美容業界は、人が遊んでいる時こそが稼ぎ時!

 しかし、そんな日は得てしてお客様は来店しない物だ。

 予約票はぽつりぽつり。
 いつもの半分以下の予約数だ。

 それなのに、労働力とエネルギーを無駄に消費するかのように、ダラダラときっちり19時まで受け付けをする。

 働き方改革までは、まだまだ遠いな。

 本日最後の客が会計を済ませたのは16時。

 電話すら鳴らない17時。

 店長が店内を見回してこう言った。

「レッスンしていいわよー。モデル呼びたい人は呼んで。相モデルでカット、カラー、パーマ自由にやってちょうだい」

 相モデルというのは、スタッフ同士でモデル(実験台)になる事だ。
 つまり、自由に薬剤を使って遊べという事である。

 これはチャンスだ!

 僕は早速、保坂に電話する事にした。

 カットはまだ指の調子が悪いので出来ないが、ヘアスタイルを決めたり、メンテナンスをしたりは出来る。

 水を得た魚のように、セット椅子に座ったり、カラー剤が並ぶ棚を物色したりするスタッフを横目に、僕は何食わぬ顔でバックヤードに入った。

 ロッカーから携帯電話を取り出し、リダイヤルで保坂の番号を呼び出した。

 1回目のコールの終わりを待たず、電話は繋がった。

「もしもし、泉君!」
 その声は、まるで僕からの電話を待っていたかのように、弾んでるような気がした。

「昨日はありがとう」

「いや、こちらこそ楽しかったよ」

「どうしたの? 今日、休み?」

「いや、仕事中なんだけど、店暇だから、よかったら髪のメンテナンスどうかなと思って」

「え? いいの?」

「うん。営業暇すぎて、みんな思い思いにレッスンしてるんだ。保坂さんの都合がよければ、髪触らせてもらおうかなって」

「全然いいよ!」

 よっしゃー!
 僕は、心の中で拳を引いた。

「今、ちょうどね、伊藤君と一緒なの。今からお店に行くね」

「え? 伊藤も……。ってか伊藤、生きてた?」

「ふふ、なんとかね。二日酔いでさっきまで死人みたいな顔してた。やっと顔色が戻ってきて、ご飯食べた所よ」

 いらない! 伊藤は絶対にいらない。
 ワンチャン死んでてくれと思っていたが

「生きてたかー」

 僕の呟きに、保坂はケラケラと笑った。

「泉君と伊藤君ってそんな感じだったっけ?」

「どうだったかな?」

 思い出そうにも、未だ2024年の記憶が生々しすぎて、2014年がどうだったかなんて思い出せない。

「ちょうど、渋谷にいるの。今から行ってもいいの?」

「うん。いいよ。待ってる」

 通話終了ボタンを押した瞬間、携帯を床に叩きつけたい衝動を必死でこらえていた。
 その時だ。

 バックヤードの扉が開いて、誰かが入って来た。
 背後に振り返ると――。

「あー、うん、うん、今からー。そうそう、来れる? うんうん、いいよー。マジで? じゃあ待ってる」

 宇都だ。

 え? こいつも誰か呼んだ?
 こいつに、こんな時に呼べるモデルいたっけ?

「やぁ、泉君。お疲れー」

「あ、ああ、お疲れ。もしかしてモデル? 誰呼んだの?」

 宇都は片方の口角を上げてほくそ笑んだ。

「それは、来てからのお楽しみ」

 うざ!! マジでうっざー!!!!


 保坂と伊藤がサロンのガラス扉を開けたのは、それから15分後の事だった。

「いらっしゃいませー」
 スタッフたちが威勢よく二人を迎える。

「あ、僕のモデルさんでーす」
 お客が来た! と、ちょっと勘違いしちゃったスタッフに、頭を下げながら、保坂の荷物を預かった。

 ゾンビみたいな顔色の伊藤が、「よっ!」と右手を小さく上げた。

「よっ」
 目を反らしながら、一応、応える。

「じゃ、そ、そこに……」
 待合のソファに手を差し出して、伊藤を座らせた。
 伊藤は、ポップな色合いの待合に座るなり、肘をももに突いて、両手で顔をさすった。
 まだ、だいぶキツそうだ。
 昨夜の悪いアルコールがいい仕事してる。

「じゃあ、こちらにどうぞ」

 保坂をセット椅子に案内すると、彼女は後ろで一つに括っている髪を自らほどいた。
 柑橘系のシャンプーの匂いがふわりと鼻先を撫でる。

「なんか、いい匂いした」
 そういってふふっと笑うと彼女は照れながら、口元を抑えた。

 僕は知ってる。
 女子は、チラっと見せる男のスゲベ心に弱いのだ。
 スケベまではいかない、ギリギリのラインを保つのだ!

 男と女であると言う事をじわじわと刷り込む。

 ただの友達から、先ずは『男』に昇格するのだ。

「シャンプー何使ってるの? マジでクラっと来た」
 笑いながら、ぶちかました。

 その時だ。

 入口のドアが開き、スタッフが一斉に「いらっしゃいませー」

「僕のモデルさんでーす」
 宇都が手を上げて玄関に向かった。

 その先には――。

 大人っぽい春色のワンピースを着た、15歳の梨々花が立っていた。
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