君と僕のガラクタだった今日に虹をかけよう

神楽耶 夏輝

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今度は僕が寝取る

あの時のレストラン

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 グーグルマップを頼りに、青山通りを外苑前に向かって歩いて行くと、目的のビルが目に留まった。

 この辺りにしてはこぢんまりとしたビルだが、スタイリッシュで清潔感が感じられる。

「ここの4階だね」

 これから、保坂さんにウェディングドレスを着せる。

 僕は昨日の営業後、携帯ショップに行き、ガラケーをアイフォンに変えた。
 彼女の写真を高画質で撮影するためだ。

 デジカメでもよかったが、手元でネットが繋がらない暮らしは不便過ぎる。
 それに、せっかく10年前に戻ったのだ。将来的に伸びる株なんて物も知っているわけで……(以下略)
 とにかく、スマホに乗り換えない手はなかった。

 エレベーターで4階に上がると、通路を挟んで向こう側に、ガラス張りの扉がある。
 その奥には、タイトな紺のユニフォームを着た女性スタッフが忙しそうに行き来していた。

 扉を開けると
「いらっしゃいませ」
 と言いながら、パソコン画面に目を走らせる。

「1時に予約しておいた泉ですけど」

「泉さま……? 3時のご予約となっておりますが……」
 スタイルのいい若い女性スタッフの表情に、焦りが滲んだ。

「え? 13時の予約だったと思うんですけど」

「申し訳ございません。13時と3時を聞き間違えたようで……」

 とても困った様子で、女性スタッフは眉尻をへの字に下げた。

「あー、そう、なん、ですね……」
 ネット予約ならこんな事はないのに、この時代はまだアナログで電話予約が主流だ。

「申し訳ございません。今手が空いてるスタッフがおらず……」

「あー……どうしようか?」

 保坂さんの顔を見ると
「私は全然かまわないわ。泉君さえよければ、どこかで時間潰して出直さない?」

「ああ、そうだね。僕も全然かまわないよ」

「大変申し訳ございません」
 スタッフは丁寧に頭を下げた。

「全然気にしないでください」
 思ってもなかった好機!
 保坂さんと二人でゆっくりデートが楽しめるのだ。


 ビルを後にして、しばし、街を歩いた。

 えんじゅの樹がひさしをつくるみゆき通りを通りながら、僕はふとある事を思いついた。

「保坂さん、お昼食べた?」

「ううん。まだ」

「骨董通りに行きたい店があるんだ。一緒に行かない?」

 10年後は、三ツ星の有名店になっているが、この時代はまだ予約なしでもランチが楽しめるかも知れない。
 ダメなら他の店でもいいが、中途半端に退店してお代も取らなかったあの店。『L'Époque Cachée』レポック・カシェに、どうしても行ってみたくなった。

「いいわ。行きましょう」


 進行方向におよそ10分ほど歩いた所で、あの看板を見つけた。

『L'Époque Cachée』レポック・カシェ

「フレンチ?」

「そう」

「高そうじゃない? それに予約なしで大丈夫かしら?」

 実は昨夜、どうしても気になって買ったばかりのアイフォンでググったのだ。

 この時代のレポック・カシェはランチコースが税込み5000円。コース料理が要予約だっただけ。
 10年後はフルコースのみの提供になっていたが、この時代はアラカルトでも対応していた。
 もしかしたら、アラカルトなら予約なしでも、案内してもらえるかもしれない。

「とりあえず行ってみよう。ダメだったら他の店に行けばいいよ」

 この辺りは、軒並みおしゃれなレストランやカフェが並んでいる。
 断られたって無問題だ。

 10年後と変わらないガラス戸の向こうには、あの時と同じギャルソンが控えめな笑顔を湛えて立っていた。
 髪型も表情も服装も、不思議なほど全く同じ。

 ドアを開けると
「いらっしゃいませ。ご予約のお名前をお伺い致します」

「すみません。予約してないんですけど、ダメですか?」

 ギャルソンは笑みを深めた。

「とんでもございません。コース料理のご提供はできませんが、アラカルトでよろしければご案内させていただきます」

「ありがとうございます。お願いします」

 あの時の同じ、丁寧な接客とちょうどいい笑顔で迎え入れてくれた。

 店内はまるであの日を再現したかのような、心地いい音楽と客の話し声。

「こちらのお席、いかがでしょうか?」

 正面に庭園が見える席に、手を差し出した。

「ありがとうございます。最高です」

「恐れ入ります」

 完璧な角度でお辞儀をして、テーブルにメニューを置いた。

「本日のおすすめは、桜鱒のポワレ、菜の花のブールブランソース、仔羊のロースト、春野菜とミントのジュ、新玉ねぎのクリームスープでございます。
 焼き立てのシードブレッドとご一緒にいかがでしょうか?」

「あ、ありがとうございます。それ、お願いします」

「あ、私も」

「かしこまりました」

「あ、あの!」

 背を向けたギャルソンに、思わず声をかけてしまった。

「はい」

 ギャルソンが振り返る。

「あの。僕、10年後も必ずこの店に来ます。必ず」

「ありがとうございます。お待ちいたしております」

 ギャルソンは先ほどと寸分違わない笑顔で腰を45度に折った。

 不思議そうな顔で僕の顔を見つめるのは保坂さんだ。

「10年後?」

「あー、いや、気にしないで」

 そう言って、庭園に視線を移した。

 あの時と、何一つ変わらない光景に、なんだか脳がバグりそうだ。

「それよりさ、聞きたい事があったんだ」
 僕は保坂さんにそう声をかけた。

「うん? なに?」

「俺たち、まだ二十歳じゃん?」

「そうね」

「どうして、もう結婚なんて。早くない?」

「そうかもね」

 彼女は遠くを見つめた。

「うちね、母子家庭だったの。小学5年生の時、お父さんが家を出て行ってから環境はすごく変わってしまって、お母さんも別人みたいに変わってしまった。いつもイライラしてて、不安定で……。
 貧乏なのに、子供だけは多くてさ。私は5人兄妹の一番上の長女だったから、必死で家庭をやりくりしてた」

「そうだったの? 全然知らなかった」

 その時だ。

「失礼致します」

 ギャルソンがテーブルのグラスに水を注いだ。

「ねぇ、少しだけワイン飲まない?」
 僕は保坂にそう提案した。

「そうね、飲みたいかも」
 いたずらっ子みたいな笑顔を見せる。

「食前のワインをお願いします」

「かしこまりました。ソーヴィニヨンブランをお持ち致します。春の野菜と相性抜群でございます」

「お願いします」

「かしこまりました」

 ギャルソンが去った後
「それで?」

「えっと、なんだったっけ?」
 ふっと彼女は笑って、お水が入ったグラスに口を付けた。

「毎日が荒んでて、明日がどうなるのかわからなくて、ただ無事に家族全員が一日を終える。それに一喜一憂してるような毎日だったんだ」

「そうか。大変だったんだね」

「明日が見えなくて、毎日不安だった」

「失礼致します。ソーヴィニヨンブランでございます」

 ギャルソンがグラスに、ストローイエローのクリアな液体を注ぐ。
 青々としたハーブの香りが漂う。

「ごゆっくりお楽しみください」

「ありがとうございます」

 ギャルソンの背中を見届けて
「それで?」

「中学2年の時、伊藤君に告白されて付き合うようになったんだけど。そしたら不思議と未来への不安が消えたんだ。この人と結婚したら、私の人生変わるんじゃないかって思ったの。それにね、伊藤君のお父さんが去年亡くなったでしょ?」

「ああ、そうだったね」

「人手が足りなくて、伊藤君ちも大変らしくて。彼のお母さんがすぐにでも嫁に来いっていうのよ。必要とされる事も嬉しくて……」

 それは嫁に、じゃなくて、働きにじゃないのか?
 体よく労働力を確保しようとしているだけじゃないのか!!

「それで、幸せ?」

「うん! 幸せ」

 彼女は目を細めて笑ったが、その笑顔はどこか作り物のようだった。

 僕は、ヤケクソ気味にワインをゴクゴクと喉に流し込んだ。

 爽やかなハーブテイストが口中に広がる。

 その時だ。

 ぐるんと視界が歪んで、クロスフラッシュし始めた。
 まるであの時と同じ。

 タイムリープする数時間前も、確か同じ現象を見た。

 なんだ? 一体どういう事だ?
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