君と僕のガラクタだった今日に虹をかけよう

神楽耶 夏輝

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過去は変えられる

再び過去へ

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 保坂の兄妹たちと手分けしての捜索が始まった。

『携帯が繋がらないって事は、電波が脆弱ぜいじゃくな所にいるのかも』

 僕は凛空に招待された保坂家のグループチャットに書き込んだ。

 次々に既読が着いたが、4から数字が増えない。
 つまり、保坂本人は、このチャットにアクセスしていない可能性が高い。

『僕は山の方を探してみる』

 そう書き込んで、車を発進させた。

『実家にもいない』
『公園、いない』
『図書館、いない』
『姉ちゃんが好きだったカフェ、行ってみたけどいない』

 ひっきりなしに通知が入る度、絶望の色が増す。

 ただ事じゃない空気を察した兄妹たちは、チャット上で姉に呼び掛け始める。

『姉ちゃん、どこ? みんな心配して探してる』

『お姉ちゃん、連絡ください』

『お願い、無事でいて』

 既読数は4のまま。

 にわかに往来が激しくなる国道に出て、ふと、伊藤の家の裏手に雑木林が広がっていたのを思い出した。

 灯台下暗し。

 もし、保坂が死に場所をさがしているとしたら、そう遠くには行かないはずじゃないか。
 末期癌なら体力的にも、遠くへ行くのは無理がある。

 そんな状態であるにも関わらず、こき使うような家族だ。
 夫や義家族を恨んでいるとしたら――。

 人の心理として、大事にしている敷地内で死んでやろうと思うものかもしれない。

 僕は右にウインカーを上げて、中央分離帯に寄った。
 開口部に向けて展開されている右折レーンに入り、急ハンドルを切り、車をUターンさせた。
 危険な行為だと言う事は百も承知だ。
 安全運転なんて、今はどうでもいい。

 再び伊藤の実家に向けてアクセルを踏み込んだ。

 敷地に入り、車を停車させると僕に気付いた伊藤の母親が玄関から出て来た。

「忘れ物かい?」

「いえ、ちょっと車停めさせてもらっていいですか?」

「ああ、構わないよ。しかし、いい車に乗ってるねー。どっかの社長さんかい? それともいいとこのお坊ちゃんかい?」

 金の匂いを嗅ぎつけたのか、猫なで声で寄って来た。

「どっちもです。グロウアップって知ってますか? 美容系のM&Aなんですけど。今渋谷に行けばビルの大型ビジョンに15分ごとに、うちの会社の広告が流れますよ」

 言いながら、雑木林の方に歩いて行くと。

「ちょっとちょっと、そこはうちの私有地だよ」

「そうだったんですか」
 僕は尻ポケットから財布を取り出して、3万円をババアに握らせた。

「ちょっと探し物があるんですよ。荒したりはしないんで立ち入りを許可してもらえませんか?」

 ババアは、目を白黒させて金をしばらく眺めていたが
「そうかい、探し物なら仕方がないね。どうぞどうぞごゆっくり」
 と、雑木林のほうに手を差し出して金を割烹着のポケットに突っ込んだ。

「ありがとうございます」

 軽く頭を下げて、雑木林へと入った。
 濃い土の匂いを嗅ぎながら、湿った落ち葉を踏む。
 木の間をすり抜けるようにして奥へと進んだ。

 無事でいてくれ。思いとどまっていてくれ。

 僕は、絶望と僅かな希望の狭間を行ったり来たりしていた。

 ポケットのスマホは、相変わらずひっきりなしに通知を鳴らす。

 立ち止まり、朗報を期待してスマホ画面を顔に向けたその時だった。

 目の端に、人影を捉えた。

 その気配はひっそりと、まるで抜け殻のようで、金縛りのように僕の体を硬直させた。

 呼吸が深く、早くなる。

 枝からぶら下がる、真っ白な人影。

 ちょうど目の高さに、何の装飾もない青白い素足が垂れ下がっていた。

「うあああああーーーーーーーーーーー!!!!!」
 一気に込み上げる怒りと悲しみ。
 慟哭を上げずにはいられなかった。
 その場に膝を突き、落ち葉を握りつぶす。

「保坂さん……保坂ーーーー」

 遅かった。
 何もかも……。

 彼女が死に衣装に選んだのは、あの時のウェディングドレス。
 真っ白なチュールは、木漏れ日を移しとって、穏やかな風に揺れながら、キラキラと輝いていた。

 死に顔は意外にも安らかで、彼女から苦しみや痛みは感じ取れない。

 全身の力を奪われた僕は、彼女の前に突っ伏して、しばらくの間、大声で泣いた。


 そこからの記憶は曖昧で、気が付いたら、救急車やパトカーが伊藤の家の敷地でランプを点滅さえていた。

 第一発見者となった僕は、およそ1時間に渡って、その場で警察の事情聴取を受けた。
 何を聞かれ、何を話したのかさえ、脳内に刻まれていない。

 一つだけ覚えているのは、遺書が足元に置かれていたと言う事だ。
 それは、伊藤に向けた物らしく、僕は見る事ができなかった。

 保坂さんの兄妹たちが泣き崩れる中、ブルーシートに覆われた彼女は救急車で運ばれて行った。


 抜け殻になった僕は、どこをどう歩いてここへ辿り着いたのかさえ分からず、街を彷徨っている。

 もう、ネオンが騒ぎ出す時間で、楽し気な雰囲気に苛立ちを覚える。
 僕にとって大切だった人の死は、他の人にとってみたらどうでもいい事。

 時々誰かと肩がぶつかるが、何も感じない。

 僕は完全に絶望の淵に立っていた。

 目線の先にぼんやりと看板の灯りが浮き上がる。
『L'Époque Cachée』レポック・カシェ

「レポックカシェ」

 ここは確か、伊藤の実家が野菜を卸しているレストランで、保坂さんと行った……。

 看板の文字をじーっと眺めていると、急に視界が歪んだ。

「は? え? これは……」

 歪んだ視界は、激しくクロスフラッシュする。

 来る!

 タイムリープだ!
 その瞬間、記憶が流れ込んだ。

 ギャルソンの顔に声。
 料理の味や匂い。
 店内のジャズ。

 激しいクロスフラッシュと共に、体中が引き裂かれるような強い引力を感じる。

 うわぁぁぁぁぁああああああーーーーーーーーー

 声なく絶叫して、意識を喪失した。


 ◆◆◆


 急に目の前が明るくなった。
 優しい陽光が細長い窓から差し込んで、厳かな祝いの音楽が耳に流れ込んで来る。

 丸いテーブルには、和洋折衷の懐石料理。
 懐かしい顔ぶれ。

「へ? えええええ???」
 
 急いで、腕時計を確認した。

 2014年9月1日

 ――結婚式だ! 伊藤と保坂の結婚式の会場にいる!

「なんだよ泉。急にでかい声出しやがって、びっくりするだろう」

「お、岡崎……」

 若い!!

「江藤さんに、千葉さん」
 思わず指さした。

「な、何よ、今さら」

「新郎新婦は?」

「今、お色直しよ。私たちがプレゼントしたドレスね!」
 みんな、普通に楽し気で幸せそうだ。

 ここに飛ばされたって事は、アレかな?

 映画で観た事ある。
 ちょっと待ったー! とか言って、ウェディングドレスを着た花嫁を奪うんだ。

 よし! やってやる!!

『それでは、お待たせ致しました。艶やかな和装から華憐なドレスにお色直ししました、新郎新婦のご入場です。拍手でおむ』

「きゃああああーーーーーーーーーー」
 突然響き渡った悲鳴。

 会場がざわつく。

 新郎新婦が入場するはずの入り口から、すごい勢いで走って来たのは、ウエディングドレスを着た保坂だ。
 顔は恐怖におののき、今にも発狂寸前と言った所。

 先ほど、死に顔を見た僕は生きてる彼女に感動しているが、会場は不測の事態にどよめいている。

「芙美ー!」

 追いかけるようにして登場した新郎、伊藤も戸惑いを隠せない様子。

「保坂さん」

 僕の声に彼女が振り返った。

「泉君……」

 彼女はこちらに真っすぐ走って来て、つまづき、僕の腕になだれ込んできた。
 僕の袖をぎゅっと掴み

「助けて、お願い」
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