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未来を変えろ
彼女の反撃
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Side-泉大牙
「ごめんね、遅くなっちゃって」
ホテルの前でスマホを片手に佇んでいる保坂さんの所へ駆け寄った。
「ううん、全然大丈夫よ」
中身が変わると見た目まで変わるのだろうか?
街灯に照らされた彼女の表情からは、あどけなさが消え、凛として見えた。
ノースリーブから露わになる痣を隠す事もせず、風に吹かれている。
「食事、まだだよね?」
「うん」
「イタリアンのお店を予約したんだ。個室が取れたからゆっくり話せるよ」
「ありがとう。今日は、私に奢らせて」
「え?」
「いつもしてもらってばっかりはイヤよ。昨日だって……」
「いや、君はこれからお金だってたくさんかかるんだ。こういう時ぐらい甘えてよ。そのために僕がいるんだから」
「でも……」
「いいからいいから。僕が将来どうなるかわかってるだろう。行こう」
申し訳なさそうに眉をへの字に下げる彼女の背中を押して、ネオンに向かって歩いた。
その時だ。
「芙美!」
その声に彼女は肩を跳ねあがらせた後、硬直した。
僕は振り向きざまに声の主を睨んだ。
「貴様ー。つけたのか」
「お前に用はない。失せろ」
「そっくりそのまま返してやるよ。お前と保坂さんはもう他人。いや、それ以下だ。付きまとうなら警察呼ぶぞ」
「なんだと」
伊藤が一歩、こちらに足を踏み出した。
「やめて。泉君、いいのよ、大丈夫」
彼女は伊藤と僕の間に割って入った。
「話ぐらい聞くわ」
伊藤は情けなく目の縁を赤くして、へなへなと崩れるようにその場に両膝を突いた。
「芙美。悪かった。俺が悪かった。頼む、考え直してくれ」
伊藤はアスファルトの上に両手を突いて、こちらにつむじを向けた。
保坂さんは徐にバッグを開けると何やら四角い箱を取り出した。
宝石箱みたいだ。
伊藤の前に屈むと、それを顔の前に差し出した。
「返すの忘れてたわ。婚約指輪と結婚指輪」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。頼む。お前が有機栽培したいって言うから、コンポストやら肥料やら揃えたんだ。
来週から土地を耕して、そこで野菜作るんだろ? やりたかったんだろ? 有機栽培」
保坂さんはバカにするようにふふふっと笑って、髪をかき上げた。
「有機栽培したいって言ったのは、あなたのお母さんよ」
「お前もしたいって言っただろ!」
「素敵ですねって同調しただけよ。どうして私がしたいって言った事になってるの?」
伊藤は地べたに突いた手をぎゅっと握った。
「とにかく、お前がいない事には始まらないんだ。もう二度と暴力は振るわない。だから、一度だけ、一度だけチャンスをくれないか?」
しばらく間を置いて、彼女はこう言った。
「わかったわ」
伊藤は成功を確信したかのような表情で彼女を見上げた。
「その代わり条件があるの」
「うん! なんだ。何でも言う事聞くよ」
彼女はまた不敵に笑った。
「農作業は一切やらない。家事もしない。同居もしない。その条件を全て呑んでくれるなら、戻るわ」
「へ?」
伊藤の顔は、みるみる怒りに紅潮する。
徐に立ち上がると
「ふざけるなーーーーーー!!! 農家の嫁が農作業も家事もしないだとー!」
声を荒げながら彼女に襲いかかった。
「危ない」
咄嗟に、助けに入ろうとしたその時だ。
彼女の肩を掴もうとした伊藤の手がピタリと止まった。
手首には、彼女の右手が巻き付いている。
刹那、くるっと体を翻し、なんと伊藤をいとも簡単に転がしたのだ。
「うっ」伊藤の唸り声。
何? 今の?
格闘技?
合気道?
柔道?
すぐに態勢を整えようと、伊藤が地面に右手を突いた。
その時——。
彼女はその手を、足で払いのけ、再び地面に沈めた。
「うぐっっ!!」
したたかに顎をコンクリートに打ち付け、悶絶する。
戦意喪失した伊藤に向かって、彼女は言った。
「和解不成立ね。二度と私の前に現れないで」
終始、落ち着いて見えたが、彼女の肩は、震えながら大きく上下していた。
「行きましょう、泉君」
「あ、ああ。行こうか。たたっただでさえ予約時間遅れちゃってるから、いいいい急ごう」
「くっそーーー。この、クソあまーーー」
伊藤の遠吠えを背中に聞きながら、僕たちはネオンへと向かった。
細長いグラスに注がれたプレミアムビールで乾杯して、ディナーの始まり。
サラダやパスタ、チキンにポテト。
割とジャンクなメニューを、僕たちは夢中で食べた。
「ねぇ、何か格闘技やってたっけ?」
あの華麗な立ち回りの謎が知りたくて、僕は食い気味で彼女に訊いた。
「ううん。やってない」
「習ったりとかしてないの?」
「そんな余裕ないわよ」
「じゃあ、どうして?」
伊藤は細身だが、身長は175~176はある。
物理的に考えて、華奢な彼女があいつを倒す事は不可能だ。
「YouTubeよ」
「へ? YouTube?」
「うん。いつか使おうと思って、ずっとYouTube観ながら練習してた。基本は柔道よ。柔道から派生した護身術みたいな物。女性でも男相手に闘えるの」
「へぇ」
「特に伊藤は、私が抵抗なんてしないって思ってるから簡単よ。隙だらけ」
そう言って、彼女は勝利の笑みを湛えながら、ビールをグビグビ飲んだ。
「んあーーーーー、美味しい」
「だろうね」
「いつか……反撃してやろうと思ってた」
彼女はぽつりとそう言った。
「でも、もう体が限界で……」
そう言って、込み上げる記憶に蓋をするように口を覆った。
僕はそんな彼女の背中をさすってやる事しかできない。
変わってやれるものなら、変わってやりたいと思う。
「泉君。ありがとう。泉君のお陰で胸がスっとした」
「よかった。まだ伊藤に未練があったらどうしようかと心配したよ」
「10年も経つとね、『愛しい君』も『クソ男』になるのよ」
「はは……そんなもの?」
「そんなものよ」
彼女は中指で、そっと目尻を拭って、グラスのビールを空けた。
「ごめんね、遅くなっちゃって」
ホテルの前でスマホを片手に佇んでいる保坂さんの所へ駆け寄った。
「ううん、全然大丈夫よ」
中身が変わると見た目まで変わるのだろうか?
街灯に照らされた彼女の表情からは、あどけなさが消え、凛として見えた。
ノースリーブから露わになる痣を隠す事もせず、風に吹かれている。
「食事、まだだよね?」
「うん」
「イタリアンのお店を予約したんだ。個室が取れたからゆっくり話せるよ」
「ありがとう。今日は、私に奢らせて」
「え?」
「いつもしてもらってばっかりはイヤよ。昨日だって……」
「いや、君はこれからお金だってたくさんかかるんだ。こういう時ぐらい甘えてよ。そのために僕がいるんだから」
「でも……」
「いいからいいから。僕が将来どうなるかわかってるだろう。行こう」
申し訳なさそうに眉をへの字に下げる彼女の背中を押して、ネオンに向かって歩いた。
その時だ。
「芙美!」
その声に彼女は肩を跳ねあがらせた後、硬直した。
僕は振り向きざまに声の主を睨んだ。
「貴様ー。つけたのか」
「お前に用はない。失せろ」
「そっくりそのまま返してやるよ。お前と保坂さんはもう他人。いや、それ以下だ。付きまとうなら警察呼ぶぞ」
「なんだと」
伊藤が一歩、こちらに足を踏み出した。
「やめて。泉君、いいのよ、大丈夫」
彼女は伊藤と僕の間に割って入った。
「話ぐらい聞くわ」
伊藤は情けなく目の縁を赤くして、へなへなと崩れるようにその場に両膝を突いた。
「芙美。悪かった。俺が悪かった。頼む、考え直してくれ」
伊藤はアスファルトの上に両手を突いて、こちらにつむじを向けた。
保坂さんは徐にバッグを開けると何やら四角い箱を取り出した。
宝石箱みたいだ。
伊藤の前に屈むと、それを顔の前に差し出した。
「返すの忘れてたわ。婚約指輪と結婚指輪」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。頼む。お前が有機栽培したいって言うから、コンポストやら肥料やら揃えたんだ。
来週から土地を耕して、そこで野菜作るんだろ? やりたかったんだろ? 有機栽培」
保坂さんはバカにするようにふふふっと笑って、髪をかき上げた。
「有機栽培したいって言ったのは、あなたのお母さんよ」
「お前もしたいって言っただろ!」
「素敵ですねって同調しただけよ。どうして私がしたいって言った事になってるの?」
伊藤は地べたに突いた手をぎゅっと握った。
「とにかく、お前がいない事には始まらないんだ。もう二度と暴力は振るわない。だから、一度だけ、一度だけチャンスをくれないか?」
しばらく間を置いて、彼女はこう言った。
「わかったわ」
伊藤は成功を確信したかのような表情で彼女を見上げた。
「その代わり条件があるの」
「うん! なんだ。何でも言う事聞くよ」
彼女はまた不敵に笑った。
「農作業は一切やらない。家事もしない。同居もしない。その条件を全て呑んでくれるなら、戻るわ」
「へ?」
伊藤の顔は、みるみる怒りに紅潮する。
徐に立ち上がると
「ふざけるなーーーーーー!!! 農家の嫁が農作業も家事もしないだとー!」
声を荒げながら彼女に襲いかかった。
「危ない」
咄嗟に、助けに入ろうとしたその時だ。
彼女の肩を掴もうとした伊藤の手がピタリと止まった。
手首には、彼女の右手が巻き付いている。
刹那、くるっと体を翻し、なんと伊藤をいとも簡単に転がしたのだ。
「うっ」伊藤の唸り声。
何? 今の?
格闘技?
合気道?
柔道?
すぐに態勢を整えようと、伊藤が地面に右手を突いた。
その時——。
彼女はその手を、足で払いのけ、再び地面に沈めた。
「うぐっっ!!」
したたかに顎をコンクリートに打ち付け、悶絶する。
戦意喪失した伊藤に向かって、彼女は言った。
「和解不成立ね。二度と私の前に現れないで」
終始、落ち着いて見えたが、彼女の肩は、震えながら大きく上下していた。
「行きましょう、泉君」
「あ、ああ。行こうか。たたっただでさえ予約時間遅れちゃってるから、いいいい急ごう」
「くっそーーー。この、クソあまーーー」
伊藤の遠吠えを背中に聞きながら、僕たちはネオンへと向かった。
細長いグラスに注がれたプレミアムビールで乾杯して、ディナーの始まり。
サラダやパスタ、チキンにポテト。
割とジャンクなメニューを、僕たちは夢中で食べた。
「ねぇ、何か格闘技やってたっけ?」
あの華麗な立ち回りの謎が知りたくて、僕は食い気味で彼女に訊いた。
「ううん。やってない」
「習ったりとかしてないの?」
「そんな余裕ないわよ」
「じゃあ、どうして?」
伊藤は細身だが、身長は175~176はある。
物理的に考えて、華奢な彼女があいつを倒す事は不可能だ。
「YouTubeよ」
「へ? YouTube?」
「うん。いつか使おうと思って、ずっとYouTube観ながら練習してた。基本は柔道よ。柔道から派生した護身術みたいな物。女性でも男相手に闘えるの」
「へぇ」
「特に伊藤は、私が抵抗なんてしないって思ってるから簡単よ。隙だらけ」
そう言って、彼女は勝利の笑みを湛えながら、ビールをグビグビ飲んだ。
「んあーーーーー、美味しい」
「だろうね」
「いつか……反撃してやろうと思ってた」
彼女はぽつりとそう言った。
「でも、もう体が限界で……」
そう言って、込み上げる記憶に蓋をするように口を覆った。
僕はそんな彼女の背中をさすってやる事しかできない。
変わってやれるものなら、変わってやりたいと思う。
「泉君。ありがとう。泉君のお陰で胸がスっとした」
「よかった。まだ伊藤に未練があったらどうしようかと心配したよ」
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