君と僕のガラクタだった今日に虹をかけよう

神楽耶 夏輝

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復讐。その先に

今から未来の夫を誘惑します

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 Side-芙美

 百均で買ったスタンドミラー。
 小さなデスクはそれを立てるだけでドレッサーに早変わりする。
 普段はあまり念入りにお化粧なんてしないけど、この日は別だ。

 眉を整え、濃いブラウンのアイラインを引く。
 まつ毛をビューラーでしっかり立ち上げて、丁寧にマスカラを塗り。
 ピーチピンクのグロスを引いた。

 壁掛けの時計は17時30分。
 伊藤に『話があるので会いたい』と連絡したのは昨夜の事。
 伊藤の返事はもちろん『OK』だ。

 約束の時間は18時。

 そして今日は、2014年12月24日。

 未来の夫を誘惑するには最高の舞台だ。

 小さ目のブラで谷間を盛って、胸元がちらりと見えるミニ丈のファー付きニットワンピースに着替えた。
 赤いショートブーツにモスグリーンのロングコート。
 いつだったか、伊藤がプレゼントしてくれた、シャネルのネックレスを付けて――。
 今にも千切れそうに細く、安っぽいチェーン。
 無理もない。
 このシャネルは韓国製の偽物なのだから。

 未来では、あの女に本物をプレゼントしていたわね。
 私が働いたお金で――。

 しっかりデートコーデに仕上げて、髪も巻いた。


 約束の場所は、目黒川沿いにあるカジュアルなイタリアン。
 重そうなガラス扉を押すと、ドアベルが乾いた音を転がした。

「いらっしゃいませ」
 と迎えた店員の背後から伊藤が手を上げた。
 緊張感で手が震える。

 窓際のテーブルに座る伊藤も、めかしこんでいる。
 肩に、少し力が入っているように見えるのは細身のジャケットを着ているせいだろうか。

「お連れ様ですね。どうぞ」
 店員に促されて、伊藤の対面に座った。

「ごめんなさい。こんな日に呼び出しちゃって」

 伊藤は、嬉しそうな顔で、すぐに首を横に振った。

「いやぁ、こんな日になんの予定もなかったし暇だったから、別に、その……」

「そう」

「しかし、きれいになったな、芙美」

 彼の目線は胸元と顔を行ったり来たり。

「あなたも、なんだか大人になった気がするわ」

「そうか。色々あったから」

「大変だったでしょう?」

「いや、まぁ、それなりに」

「本当にごめんなさい」

 私は彼に深々とお辞儀をした後、バッグから銀行の封筒を取り出した。

「これ」

 彼の前へと滑らせる。

「100万円入ってるわ。結納金を返そうと思って」

「え?」

 伊藤は封筒をこちらに突き返してこう言った。

「俺たち、やり直せないか?」

 そうだった。
 伊藤はこちらから寄って行かなくても、逃げれば逃げるほどしつこく追いかけて来る男だった。

「え?」
 私は機転を利かせて、わざと戸惑いを見せる。
 簡単になびいては意味がない。

「どうしても、お前じゃないとダメなんだ。仕事も手に着かず上の空。夜も眠れない。食欲もないんだ」

「伊藤君……」

「頼む! 俺と……」

「待って。せっかくのクリスマスイブなのよ。乾杯しましょうよ」

 通路で待ち構えている店員に手を上げて、ワインを頼む事にした。

「とりあえず、これは別の話だから、受け取って」
 そう言って100万入りの封筒を再度伊藤の前に滑らせた。


「あ、ああ、じゃあ一応預かっておくよ」

 戸惑いながらも、伊藤はジャケットの内ポケットに仕舞った。

「ご注文をお伺い致します」
 棒読みの店員が、伝票を携えてやって来た。

「伊藤君も飲むでしょ?」

「うん!」

「何がいい?」

「なんでも、芙美の好きなの頼めよ」

「じゃあ、ロゼのスパークリング。グラスで二つ」

「かしこまりました」

「それから、ローストチキンと、シーザーサラダ。生ハムとバゲッドのセットを、オリーブオイルでお願いします」

「かしこまりました」

「本日おすすめのパスタは2種ございまして、アラビアータとカルボナーラになります」

「じゃあ、アラビアータをお願いします」

「ありがとうございます」

 店員が去ると、伊藤は物珍しそうに私の顔をじっと見つめている。

「なに? どうしたの?」

「いや、なんだか急に別人みたいになったなと思って」

 そう言って、テーブルに置かれている水で喉を潤した。

 ドキっと心臓が跳ねた。
 そつなく行動し過ぎたかも?

「なんかいい女になったなぁと思って」
 伊藤はそういって、私から視線を外して俯いた。

「私も、色々と大変だったから。少し大人になったのかしら」

「ロゼのスパークリングでございます」

 店員が危なっかしくワイングラスを置いた。

「ありがとう」
 クリスマスイブで急遽増員したアルバイトね。
 緊張しないよう、笑顔でお礼を言った。
 店員がぎこちなく会釈をして去ったその時――。

「芙美?」
「きゃっ」
 伊藤がいきなり私の手に、自分の手を重ねたのだ。
 思わず引っ込めようとした手を彼はぎゅっと握った。

「他の男に、色目使うなよ」
 地を這うような低い声。
 ぞわっと背筋に冷や汗が流れる。

 記憶がフラッシュバックして、呼吸が苦しい。

 ゆっくりと息を吸い込んで自分に言い聞かせる。

 落ち着くのよ。今は私の方が優位よ。
 彼よりも10年という歳月を重ねてきたの。
 大丈夫、大丈夫よ。

「色目なんて使うわけないわ。私はずっと、あなたの事しか見てこなかったのよ。あ、ごめんなさい。こんな事言う資格、ないよね」

「芙美……」

 伊藤は見事に鼻の下を伸ばした。

「お前が好きだ。忘れられないんだ」

「私だって、同じよ」

「じゃあ、俺たち……」

「乾杯しましょう」

「あ、そうか」

 思い出したように、伊藤はグラスを持った。

「乾杯」

 カチンとグラスが鳴る。
 一口、口に含んで少し気持ちを落ち着けようと席を立った。

「お化粧直しに行ってくるわ」

「あ、うん」

「先に食べててね」

「わかった」

 バッグからポーチとハンカチを取って、お手洗いへ向かう。
 カウンター席の通路を足早に歩いていると、見覚えのあるデニムジャケットが目の端に映り込んだ。

「大牙……」
 違う!
 泉君だ。

 彼はこちらに振り返って片目を閉じた。

「何してるの? どうしてここにいるの?」
 小声だが少しきつい口調になってしまった。

「ごめん、気になっちゃって」
 ちょうど伊藤からは死角だが。

「つけたの?」

「ごめん」
 私の苛立ちを察したのか、彼は悪戯が見つかった子供みたいにしゅんと俯く。

「あなたは、梨々香さんとデートしなきゃ」
「わかってるよ。もう行くよ。これ飲んだら」

 背の高いシャンパングラスをこちらに掲げる。

「伊藤に見つかったらどうするの? 何もかも台無しなのよ」

 彼はそっと私の手を握ってこう言った。

「絶対あいつに抱かれないで」

 その言葉に、心臓が砕けて、膝から崩れ落ちそうになる。

 ――あの時の、大牙のセリフ。
 
 その顔で……その声で……そんな事言わないで。
 油断するとすぐに涙が溢れてくる。
 思わずハンカチで口元を覆って、トイレへ駆け込んだ。
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