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純愛
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Side-芙美
ガチャっと玄関の鍵が開錠された。
そろそろと扉が開いて、大牙、いや、泉君が姿を現し「た、ただいま」と言った。
「泉君。おかえりなさい。上手く行った?」
再びタイプリープして、大牙と入れ替わった時、わかりやすいように『泉君』と呼ぶ事にした。
彼は、スニーカーを脱ぎながら、情けない顔でふーっと息を吐いて「よくわからない」
と頭を掻きむしった。
にわかに心配が押し寄せる。
今の彼は、これまでの記憶と経験しかなく、未来の大牙のように彼女に対して恨みなどないのだ。
「どうしたの?」
彼は、ジャケットも脱がず、ローテーブルの脇に座って膝を抱えた。
そして堰を切ったように今日一日の事を話した。
西部で買い物をして、お寿司屋さんに行って、その後パルコに行って、芝生広場で――。
「キスして欲しいっていわれたんだけど、僕はまだそういうのした事がなくて」
「上手くできなかった?」
泉君はしばし不満げに黙り込んだ。
「できなかったって言うより初めてのキスは、保坂さんと……したい」
直後、私の前に立った。
「い、泉君……」
一歩、二歩と後ずさる。
彼は、魂も体も、若さと性欲に溢れる二十歳だ。
大牙のような包容力と理性は乏しいと言っていい。
どうしよう。
――怖い。
壁際まで後ずさって、泉君の胸板をパーにした両手でせき止めた。
「ちょ、ちょっと待って」
「僕たち、愛し合ってるんだよね?」
恐る恐るだが確実に、彼の顔が間近に迫って来る。
「ごめんなさい」
思わず顔を背けて、押しのけた。
「へ?」
情けなく眉尻を下げて、瞳を曇らせた。
だって、愛し合ったのは2024年の彼だ。
同じ人物であって、全く同じというわけではない。
でも、傷つけたくはない。
「まだ、話が終わってないわ」
「え? ああ、うん」
「泉君は頑張った。それでOKよ」
「本当?」
「次は私の番よ」
「保坂さんの番?」
「私が伊藤を誘惑する」
「うん。ノートに書いてあった! 梨々花と伊藤の浮気の既成事実を作る」
「二人に浮気させて、私もあなたも恋人を失ったという体を作るの」
「それで、結婚を回避するんだよね?」
「そうよ」
「でも、僕はイヤだな」
そう言って、ローテーブルの脇に、背を向けて座った。
「君が伊藤を誘惑するなんて、僕はイヤだ。再びアイツに気持ちが傾いたりするかもしれない」
「絶対しないわ。これは、未来を変えるための作戦。あなた自身の幸せにも影響する事なの。だから協力して。お願い」
こちらに背を向けたまま、彼は前後に揺れるように数回頷いた。
「ありがとう。それでね、お金を……100万円貸して欲しいの」
伊藤から結納金として受け取ったお金は100万円。
それを先ずは返還する。
結納金は全額結婚式費用に充てたが、伊藤に近づく手段としてはこれが有効だ。
伊藤は今、お金に困っているはず。
「もちろん」
泉君はバッグから財布を取り出して、キャッシュカードを抜き取った。
「このお金は君と僕の未来のために使う、とあのノートに書いてあった。好きに使うといいよ」
そう言って、こちらに差し出した。
「暗証番号は、3351だ」
「33……51」
「僕の誕生日3月3日。君の誕生日5月1日。僕が設定した番号だ」
そう言って、にっこり笑った。
その笑顔は、当たり前だけど大牙そのもの。
この延長線上に大牙が……いる。
再び彼が戻ってこないなら、このまま10年彼の傍で、大牙に逢いに行く。私は心の中でそう誓った。
「ありがとう。カード、明日、必ず持って来るね」
そう言って立ち上がり、ハンガーにかけておいたコートを取った。
「帰るの?」
「うん。晩御飯、お鍋にクリームシチュー作っておいたわ。パンかご飯、どっちがいいか分からなかったから、どっちも準備してる」
「一緒に食べて行かないの?」
彼は置いてけぼりにされる子供みたいな目で、私を見上げた。
「色々準備があるのよ。また明日、来るわ」
「送ろうか?」
「大丈夫よ。泉君、昨日も殆ど寝てないの。ゆっくり休んでね。明日は仕事よ」
少し寂しそうな顔で、彼は瞬きするように頷いた。
「わかったよ。気を付けて帰るんだよ」
「後で電話するわ」
「うん。ビデオ通話しようよ」
そう言って、そっと私の手に触れた。
優しいタッチが大牙の温もりを思い出させる。
私はその手をぎゅっと握った。
――大牙。あなたに逢いたい。
「うん。ビデオ通話、した事ないけどしてみるわ」
「うん。ありがとう。あ、シチューもありがとう。僕、クリームシチュー大好きなんだ」
「知ってるわ。喜ぶ顔が見れてよかった。じゃあ、またね」
「うん。後で」
玄関を出て、複雑な想いを抱えて歩いた。
後ろ髪を引かれるような名残惜しさと、大切な物がなくなった切なさが入り混じって、どうしようもなく心をかき乱す。
頬を冷たい風に晒したら、少しは恋の熱も冷めてくれるだろうか。
バカみたいな期待をして、速足で歩いた。
ガチャっと玄関の鍵が開錠された。
そろそろと扉が開いて、大牙、いや、泉君が姿を現し「た、ただいま」と言った。
「泉君。おかえりなさい。上手く行った?」
再びタイプリープして、大牙と入れ替わった時、わかりやすいように『泉君』と呼ぶ事にした。
彼は、スニーカーを脱ぎながら、情けない顔でふーっと息を吐いて「よくわからない」
と頭を掻きむしった。
にわかに心配が押し寄せる。
今の彼は、これまでの記憶と経験しかなく、未来の大牙のように彼女に対して恨みなどないのだ。
「どうしたの?」
彼は、ジャケットも脱がず、ローテーブルの脇に座って膝を抱えた。
そして堰を切ったように今日一日の事を話した。
西部で買い物をして、お寿司屋さんに行って、その後パルコに行って、芝生広場で――。
「キスして欲しいっていわれたんだけど、僕はまだそういうのした事がなくて」
「上手くできなかった?」
泉君はしばし不満げに黙り込んだ。
「できなかったって言うより初めてのキスは、保坂さんと……したい」
直後、私の前に立った。
「い、泉君……」
一歩、二歩と後ずさる。
彼は、魂も体も、若さと性欲に溢れる二十歳だ。
大牙のような包容力と理性は乏しいと言っていい。
どうしよう。
――怖い。
壁際まで後ずさって、泉君の胸板をパーにした両手でせき止めた。
「ちょ、ちょっと待って」
「僕たち、愛し合ってるんだよね?」
恐る恐るだが確実に、彼の顔が間近に迫って来る。
「ごめんなさい」
思わず顔を背けて、押しのけた。
「へ?」
情けなく眉尻を下げて、瞳を曇らせた。
だって、愛し合ったのは2024年の彼だ。
同じ人物であって、全く同じというわけではない。
でも、傷つけたくはない。
「まだ、話が終わってないわ」
「え? ああ、うん」
「泉君は頑張った。それでOKよ」
「本当?」
「次は私の番よ」
「保坂さんの番?」
「私が伊藤を誘惑する」
「うん。ノートに書いてあった! 梨々花と伊藤の浮気の既成事実を作る」
「二人に浮気させて、私もあなたも恋人を失ったという体を作るの」
「それで、結婚を回避するんだよね?」
「そうよ」
「でも、僕はイヤだな」
そう言って、ローテーブルの脇に、背を向けて座った。
「君が伊藤を誘惑するなんて、僕はイヤだ。再びアイツに気持ちが傾いたりするかもしれない」
「絶対しないわ。これは、未来を変えるための作戦。あなた自身の幸せにも影響する事なの。だから協力して。お願い」
こちらに背を向けたまま、彼は前後に揺れるように数回頷いた。
「ありがとう。それでね、お金を……100万円貸して欲しいの」
伊藤から結納金として受け取ったお金は100万円。
それを先ずは返還する。
結納金は全額結婚式費用に充てたが、伊藤に近づく手段としてはこれが有効だ。
伊藤は今、お金に困っているはず。
「もちろん」
泉君はバッグから財布を取り出して、キャッシュカードを抜き取った。
「このお金は君と僕の未来のために使う、とあのノートに書いてあった。好きに使うといいよ」
そう言って、こちらに差し出した。
「暗証番号は、3351だ」
「33……51」
「僕の誕生日3月3日。君の誕生日5月1日。僕が設定した番号だ」
そう言って、にっこり笑った。
その笑顔は、当たり前だけど大牙そのもの。
この延長線上に大牙が……いる。
再び彼が戻ってこないなら、このまま10年彼の傍で、大牙に逢いに行く。私は心の中でそう誓った。
「ありがとう。カード、明日、必ず持って来るね」
そう言って立ち上がり、ハンガーにかけておいたコートを取った。
「帰るの?」
「うん。晩御飯、お鍋にクリームシチュー作っておいたわ。パンかご飯、どっちがいいか分からなかったから、どっちも準備してる」
「一緒に食べて行かないの?」
彼は置いてけぼりにされる子供みたいな目で、私を見上げた。
「色々準備があるのよ。また明日、来るわ」
「送ろうか?」
「大丈夫よ。泉君、昨日も殆ど寝てないの。ゆっくり休んでね。明日は仕事よ」
少し寂しそうな顔で、彼は瞬きするように頷いた。
「わかったよ。気を付けて帰るんだよ」
「後で電話するわ」
「うん。ビデオ通話しようよ」
そう言って、そっと私の手に触れた。
優しいタッチが大牙の温もりを思い出させる。
私はその手をぎゅっと握った。
――大牙。あなたに逢いたい。
「うん。ビデオ通話、した事ないけどしてみるわ」
「うん。ありがとう。あ、シチューもありがとう。僕、クリームシチュー大好きなんだ」
「知ってるわ。喜ぶ顔が見れてよかった。じゃあ、またね」
「うん。後で」
玄関を出て、複雑な想いを抱えて歩いた。
後ろ髪を引かれるような名残惜しさと、大切な物がなくなった切なさが入り混じって、どうしようもなく心をかき乱す。
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